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DANCE 360 ー 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング

今後の舞踊振興に向けた手掛かりを探るため、総勢30名・団体にわたる舞踊分野の多様な関係者や、幅広い社会層の有識者へのヒアリングを実施しました。舞踊芸術をめぐる様々な意見を共有します。

2018/05/24

DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(3)藤間勘十郎氏

2016年12月から2017年2月までアーツカウンシル東京で実施した、舞踊分野の多様な関係者や幅広い社会層の有識者へのヒアリングをインタビュー形式で掲載します。

DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(3)
藤間勘十郎氏
インタビュアー:アーツカウンシル東京

(2016年12月3日)


──日本舞踊の現状についてどのようにお感じになっていらっしゃいますか?

藤間:すごく昔は、新聞に人気舞踊家ランキングという欄があったようで、その頃にはうちの祖父※1 が断トツでランキングトップだったという記事を見せてもらったことがあります。そのランキングを見ますと二代目尾上松緑(四世藤間勘右衞門)さんや、うちの祖母※2 、四代目井上八千代先生、等々今ではお亡くなりになった方々が大勢名前を連ねていました。つまり、それだけ盛んで、名人・上手が大勢いた、簡単に言えば栄えていた時代が窺えます。
現在は全盛期の時代を記憶している年代の方々が重鎮となり、昭和3~40年代の良き時代の風習が未だ残り、私からするとやはり感覚も含めてすべてが一時代昔という感じがします。その一つとして日本舞踊は簡単に言えば習い事という感覚で、〈舞踊公演〉という名目で公演が行われますが、一般客がファンとして来場するのではなく、お弟子さんや関係者がほとんどという身内に囲まれている昔ながらの状況です。
同じ古典芸能でも、歌舞伎はお客様を対象にした興行という部分が大きく、昔とは変わっています。今回の「あらしのよるに」※3 という新作は、亡くなった中村勘三郎さんから「歌舞伎に興味を持たない人間に興味を持たせるのがおまえの仕事だ」と言われた中村獅童さんが様々な事に挑戦して、歌舞伎に新しいお客様を一生懸命呼び込んでいる。ただそれと同時に、今月の歌舞伎座公演の「道成寺」や「寺子屋」のような古典の作品も、勘三郎さんたち先輩から指導を受けた若手の人間たちがしっかりと舞台を勤めている。つまりは継承だけではなく、革新的な部分も歌舞伎は両立できています。
今後の日本舞踊は踊りを教えるだけでなく、踊りを見せて生活出来るようにならないといけない。その為には日本舞踊家自身も力をつけ、今までの様な自主公演や発表会だけなく、日本舞踊を見てもらう環境を作る事も大切です。歌舞伎と日本舞踊との一番の違いは女性がいるということです。女形でなく生身の女性がいることを一つの強みとする為には今後は女性舞踊家の育成も重要になります。例えば女性の舞踊家が「鷺娘」を踊る公演があり、それを見たいと思うお客様が沢山いらっしゃるという様になっていかなければならないのです。しかし、本当にそれが可能な人材がいるのかと問われると…。

※1:藤間流宗家の舞踊家、二世 藤間勘祖、六世藤間勘十郎。1990年12月5日に逝去(享年90歳)。
※2:舞踊家、藤間紫。2009年3月27日に逝去(享年85歳)
※3:「あらしのよるに」1994年出版の同名絵本を基にした新作歌舞伎。2015年京都南座の九月花形歌舞伎にて初演。脚本:今井豊茂、演出:藤間勘十郎、発案・主演:中村獅童。

異文化がただ一緒になればよいということではなく、その見きわめをきちんとできる人がプロデュースすることが必要だと思います。

──最近は、初音ミクとのコラボレーション※4 やオペラとのコラボレーション※5 の振付、など、様々なチャレンジをされていますが、伝統を継承することとこうした新たな挑戦とのバランスについてどのように捉えていらっしゃいますか。

藤間:自分が生まれる前から、能と日本舞踊、オーケストラと日本舞踊、等々いろいろなコラボレーションを母(七世藤間勘十郎/現・三世藤間勘祖)や祖父(二世 藤間勘祖、六世藤間勘十郎)は手掛けていました。何をもって新たな挑戦なのかは、それは日本舞踊として取り組む意義があるかという部分であり、今までやった事の無いものと融合すれば良いわけでありません。そのためには過去から現在まで先人達の遺してくれた様々な遺産をしっかりと伝承することが必要であり、そして異文化がただ一緒になればよいということではなく、その見きわめをきちんとできる人がプロデュースすることが必要だと思います。
(初音ミクとのコラボレーションを)演出した際に感じた事は、伝統のある歌舞伎的な演出法は決して古くなく、現代の人達にも受け入れられるということです。歌舞伎座という古来よりの劇場のみならず、コラボレーションの場でもきちんと通用するのはさすがだと思います。これもやはり歌舞伎は伝統をきちんと継承したうえで、見極める目をもって挑戦を続けているからこその結果ではないでしょうか。歌舞伎俳優の皆さんだけでなくスタッフや関係者が一つの作品を作り上げる為の情熱は、非常に熱いものを感じます。

※4:ニコニコ超会議2016(2016年4月29、30日、千葉・幕張メッセ)で行われた超歌舞伎『今昔饗宴千本桜』。史上初、新作歌舞伎のインターネット生中継を行った。演出・振付:藤間勘十郎、脚本:松岡亮、出演:中村獅童、初音ミク ほか。ニコニコ超会議2016の総入場者数は15万2561人(リアル)及び554万8583人(ネット)。当日入場者は観覧無料だった。http://chokabuki.jp/2016/
※5:日伊修交150周年記念オペラ『ジャパン・オルフェオ』。日伊修交150周年記念事業として、イタリアのオペラと日本の能、舞踊、雅楽といった伝統芸能が融合した公演として、日本とイタリアで上演された創作オペラ。http://japanorfeo.com/

──日本舞踊の世界における観客開拓について。流派・会派や様々な舞踊家の新作舞踊公演なども最近は多くみられます。

藤間:各自が知恵を絞ってやっていることは良いことだと思います。ただそれを誰が求めているのかが大切で、今の日本人が日本舞踊というものを求めているのかという点です。
皆様が日本舞踊はやはり習い事だと思うか、いや崇高な舞踊芸術だと感じるか、または古典文化として廃れない程度のものだから保護するものだ、等々様々な見識をお持ちだと思います。私は実際に皆様が日本舞踊に接して、面白かった、これは何が面白いのか、ここは良いがあそこはつまらない、といった判断や理解が出来るようになって頂くことが第一歩だと思います。皆様の日本舞踊に対する意識の高低によって、新作舞踊公演等の位置づけや取り組み方も変わっていくものだと思います。

朗々と10ページ語るよりは、3行踊ればいいんです。それで納得させる力があるのが舞踊の本質だと思います。

──舞踊の本質、強みは何とお考えでしょうか。

藤間:「あらしのよるに」もそうですけど、踊りは台本が10ページある分量が1ページぐらいにまとまってしまう。踊りにすると、ぎゅっと凝縮して、それで1つの清涼剤になるというイメージでしょうか。例えるならばずっと長台詞ばかりあった中に、「ぱん」と踊りが入って、ちょっと「ほっ」とできる等、語らないで見せるだけ、踊りにはその力があります。また、力強さを表現する場合でも「おれはこんなにすごいんだ」ということを朗々と10ページ語るよりは、3行踊ればいいんです。それで納得させる力があるのが舞踊の本質だと思います。

天才は1の才能で9の努力。それをしっかりと見極める目と環境を整えておかなければいけないと思います。

──次世代の芸術家(舞踊家、振付家など)の育成のためには何が必要と思われますか。

藤間:僕の意見としましては、通り一遍の勉強・修行が基本的に必要なのはもちろんですけど、ただしそれを無理やり続ける事は絶対だめだと思います。
実は以前から日本舞踊の継承や次世代の事については考えてはいましたが、それとは別に舞踊家という肩書を捨てて振付師としてやっていこうかと考えていた頃もあり、一時私は職業欄に「舞踊家」ではなく「振付師」と書いていた事もありました。今現在では頻繁に踊っていますが、自分が日本舞踊を初めてやりたいと感じたきっかけは、やはり母や祖父の舞台や、母と父のコラボレーション舞台を見て、面白いな、楽しいな、そして自分もその場所に出たいなと感じた時だったと思い起こされます。面白いと感じた感覚が、自分からこの世界を始めようとしたきっかけでした。その後は自分がこう感じたから、見て下さる方に面白いと感じてもらえるもの、自分自身がやってみたいと思うものを創作し公演したいということが原点にあります。つまり、歌舞伎、文楽、能などの古典芸能も現代においては基本的にエンターテインメントだと思いますから、これは絶対に勉強ではないし教育ではない。やはり楽しむものとして捉えられる事が、今後の育成にとって重要な要素だと考えています。
舞台で踊ることに関しては、昔はあんまり踊ること自体が好きではなく、どちらかといえば振付とか演出の仕事が中心でした。その後、私自身に子供ができまして、先日初舞台を迎えました。我が家の跡取りができた頃に、この子は舞踊が好きになるのか、あるいは嫌いになるのかと想像していました。その時に、どちらの結果になるにしてもやはり確かな踊りの道を残しておかなければと思い、個人的ではありますが自分自身がしっかりと踊りに取り組むきっかけとなりました。
母の言葉ですが「何かをしてもらえることに対して頼っていたらだめだ。それは結局出来ない人たちが頼るだけだから。」と、出来なければ出来なくとも、自分で何をするかを考えなければいけないと思います。天才は1の才能で9の努力。それをしっかりと見極める目と環境を整えておかなければいけないと思います。
初代の水谷八重子※6 先生ですが、その時代の新派※7 は女形芝居だったようで、そこに彼女が女優として出てきて、凄い才能を持っているとみんなが感じた。そこでみんなでこの人に合う作品を作る、着物を作る、演技指導をする、様々な形でサポートしてこの人をスターにしようという空気で三世代にわたる人達が盛り上げて世に送り出しました。すると女優の枠にとらわれず、いわゆる歌舞伎っぽいせりふ回しも言えれば、所作もできるし、踊りも踊れるという水谷八重子先生が誕生しました。これこそ彼女の才能と努力、そして周りの人たちが彼女の才能を認めて抜擢し、環境を整えた結果だと思います。

※6:初代水谷八重子(1905~1979):本名松井八重子。東京生まれ。10代のはじめから、島村抱月、松井須磨子の芸術座に子役として出演。1928年松竹入り、新派に加わり、花柳章太郎亡き後を晩年まで率いた。演劇界を代表する女優の一人。(参照:劇団新派公式サイト―松竹株式会社
※7:新派:明治時代に自由民権運動が盛んになるころ、歌舞伎を『旧演劇』、その時代の世相や風俗、人情をあつかった大衆的な現代劇としての新演劇を『新派』として呼び名が生まれたといわれる。(参照:劇団新派公式サイト―松竹株式会社

──これからの夢

藤間:自身の劇場を持ちたいというのが大きな夢としてあります。
亡くなった西川流二世家元の西川鯉三郎先生※8 も同じことをお話ししていらしたようで、舞踊界の僕らの大先輩です。自分としましては誰でも使える劇場を作りたいですね。だから、稽古場を建て替えるときいっそのこと劇場にしてみようかなと…、どうせ借金抱える事になるのであれば、とことん抱えたほうがいいでしょう(笑)。でも劇場として使うには最低でも2階分は必要だそうです…、でもそれは能楽堂だと2階分と言ってたかな、トイレの数だけでも驚いてしまいます。

※8:二世 西川流家元。台東区浅草出身。1983年7月31日に逝去(享年73歳)

藤間勘十郎
日本舞踊 宗家藤間流 八世宗家
祖父・六世藤間勘十郎と母・三世藤間勘祖の元、舞踊家、演出家となるべく研鑚を重ねる。高校卒業後歌舞伎舞踊の振付や演出を担当すると共に、若手俳優の舞踊の指導・育成に努める。また苫舟(作曲・筆名)の名前にて数々の新作を発表している。2002年八世宗家勘十郎を襲名。2003年第58回芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞、2012年第3回創造する伝統賞受賞。

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