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アーツカウンシル東京ブログ

アーツカウンシル東京のスタッフや外部ライターなど様々な視点から、多様な事業を展開しているアーツカウンシル東京の姿をお届けします。

DANCE 360 ー 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング

今後の舞踊振興に向けた手掛かりを探るため、総勢30名・団体にわたる舞踊分野の多様な関係者や、幅広い社会層の有識者へのヒアリングを実施しました。舞踊芸術をめぐる様々な意見を共有します。

2018/12/28

DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(20)作家・ヤサぐれ舞踊評論家 乗越たかお氏

2016年12月から2017年2月までアーツカウンシル東京で実施した、舞踊分野の多様な関係者や幅広い社会層の有識者へのヒアリングをインタビュー形式で掲載します。

乗越たかお氏(作家・ヤサぐれ舞踊評論家)
インタビュアー:アーツカウンシル東京

(2016年12月21日)


──舞踊芸術や身体芸術という大きな切り口で、舞踊分野の現状についてお考えを聞かせてください。

乗越:問題なのは、今コンテンポラリーダンスと言われているものを、なんだか確立されたひとつのジャンルのようなものと思い込んで、勝手に自縄自縛になることです。そもそもコンテンポラリーダンス黎明期の30年前は、アーティストの数やサポートの数や観客の数、いずれも今より全然少なかった。でも熱はあった。それはなぜか。よく荒れ地に例えるんですけれども、コンテンポラリーダンスとは「何もない、そのかわり何をやっても許される場所」だからです。いかに既存の常識やスタイルから逃れて新しい何かをつくり出していくか、その自由さこそが、若いアーティストや観客を燃え上がらせたんですね。
ただ30年も経つと、いろんな作品が生まれ、その残骸が残る。若い人は、山ほどある残骸を見て、コンテンポラリーダンスとは、こういう作品を作ることなんだ、と思うわけですよ。そうやって特定のスタイルやジャンルがあるように思ってしまう。本当は、背後に広がっている広大な荒れ地の自由さこそがコンテンポラリーダンスなのに。そうした思い込みは、蚕の繭みたいに、一本一本は細いけれども知らぬ間に周りに見えないコクーンをつくり、気がつくと「あれ? 何か息苦しいぞ」となってしまう。
よく「コンテンポラリーダンスをもう一度元気にするにはどうしたらいいか」という議論をしている人がいますが、無駄だと思いますね。そういう人のいう「元気だった頃のコンテンポラリーダンス」とは黎明期の盛り上がりのことですが、それはもう過ぎ去って、戻ってこない。それを経た上で今何をするかを考えるべきでしょう。
もしもコンテンポラリーダンスが行き詰まっていると感じるのなら、やめちゃえばいいんです。「もう一度昔みたいに元気にしよう」なんていうから、無理が出るし閉塞感にとらわれてしまう。大事なのは「ダンスそのもの」です。今まで伝統舞踊がつまらなくなったときや、様々な流行のダンスがつまらなくなったときはあるでしょう。でも「ダンスそのもの」がつまらなかった時代はない。なぜなら「ダンスという芸術は、人間の本能に直結しているアート」だからです。世界のどこかには、かならずおもしろいダンスがある。それをみんなで見つけて持ってくればいい。本来の意味でのコンテンポラリーとは、ジャンルに縛られない、可能性の広さのことなんですから。世界中の面白いダンスでコンテンポラリーダンスという概念自体をどんどん上書きしてアップデートしてしまえばいい。僕は、コンテンポラリーダンスの中にストリートダンスがあってもサーカスがあっても全然かまわない。だからいまも世界中を訪れて、面白いダンスを若いアーティストに紹介しているんです。

──韓国におけるダンスを取り巻く状況とは。

乗越:僕は韓国で複数の大会の審査員などで15年くらい継続的に見ていますが、特徴的なのはやはり大学や協会の強さですね。日本には戦前のモダンダンスから続く現代舞踊協会があり、ダンス界を支えてきました。しかし日本のコンテンポラリーダンスは、組織や濃い師弟関係を嫌って、自由でいたい若い人同士を中心に盛り上がったため、団体で何かをするという感覚が極めて希薄です。それは結果的に日本のダンスの多様性に貢献していると思います。ただ韓国はモダンダンスもコンテンポラリーダンスもあまり区別なく舞踊協会や大学を中心に成長してきたので、声がまとまる。政府に対しても声を届けて、動かすことができる。結果、韓国では2010年にアジアで初、そして唯一の国立コンテンポラリーダンス・カンパニーが実現しているんです。
また舞踊教育がしっかりしているので、ダンサーの技術は非常に高い。ただクリエーションは、「そもそも教えられるものなのか」という問題がありますからね。10年前には韓国でもバババッと新しい世代が出てきて、おもしろい作品がたくさん生まれました。するとこのときの成功パターンのアレンジ作品が量産されました。高い技術を持っているので質の高い作品はできるものの、既視感がついてまわる。もちろんキム・ジェドクやキム・ボラムなど、本当に独創性あふれた才能のある優れた作品で世界的に活躍している若い振付家もたくさんいますが。
ダンスでも、マーケットの要求に縛られすぎると逆算になりがちで、本当のクリエーションが生まれづらい。日本には身体の真実を追究してマーケットを拒否した結果、逆に世界的なマーケットに受け入れられた舞踏という成功例があります。すぐに振りを作るのではなく、「動きが生まれる前の動きはなんだろう」とか、禅問答みたいな探求を延々とやったりする。これも日本のダンスの多様性の源泉のひとつでしょう。科学技術でも、日本は何の役に立つかもわからないような素材の研究などをいっぱいして、50年後にノーベル賞につながったりしているわけじゃないですか。今すぐマーケットに受け入れられるかどうかよりも、真理を探究したい。ただ韓国はマーケットの要求を読んで世界中で売れたのに、日本ではひたすら高機能を追求してガラパゴス化してしまった携帯電話のようになってしまう可能性がある。ダンサーの現役時代はそんなに長くはないですからね。舞踏の成功例に縛られすぎるのも危険です。実際、日本は技術のなさが作品の弱さにつながり、競争力という意味でネックになる場合も少なくありません。
ある韓国の若いディレクターに「今さらダンスに新しいものはあるんでしょうか」と聞かれたことがあります。これは皆思っていることでしょう。しかし新しいものが本当にクリエーションにつながるかというと、必ずしもそうではないんですよ。というのも、まさにコンテンポラリーダンス黎明期にみんなが囚われたのがそれでした。オレもそうです。「コンテンポラリーダンスという新しい芸術が出てきた。新しい、新しい、すげえ、すげえ」と言って。しかしそういう「新しさ探求レース」をやっていると、どんどん小さい世界で加熱していくことになっちゃうんですよ。そして「新しい。けどつまらない」作品ばかりになる。本当のクリエーションは、このコンテンポラリーダンスという枠自体をぶっ壊すものですからね。今になってわかるけど、黎明期のダンスはべつに新しいからおもしろかったわけではない。「魅力的なダンスは、時として新しさをまとう」というだけのことなんです。
日本のコンテンポラリーダンスには、確固としたバレエの技術を身につけた修練の流れと、技術にとらわれちゃだめなんだという舞踏の流れがあります。相反する流れが両方あり、時に交わるのが日本のダンスの強いところです。
2005年前後にアジアのダンス状況は劇的に変わりました。中国では2004年に文化活動に関する法律を見直し、従来は共産党の認定代理人しかできなかったダンス公演などの文化活動を、非政府系および商業的企業でもオーガナイズすることができるようになった。これで一気にコンテンポラリーダンスが流れ込み、各地でフェスティバルも開催されるようになりました。韓国は戦前の崔承喜や趙沢元を嚆矢(こうし)として、1960年代からはアメリカのモダンダンス、70年代にはコンテンポラリーダンスに取り組んできましたが、2005年頃からは世界に打って出るための団体や施設、フェスティバルなどが立て続けにできてきました。ガッチリと大学と協会を中心にしたダンス環境は安定している反面、硬直化する危機感を彼らも当然持っていた。それで日本の藝大(東京藝術大学)にあたるような中でももっと新しい韓国芸術総合学校舞踊院をつくったり、男性ダンサー教育にも力を入れた。それまで「正統の韓国ダンス界には入れないが、すごい才能のあるダンサー」は、ストリートダンス界でバンバン世界チャンピオンになっていたわけです。アクロバティックなストリートダンスにおいて、韓国は今世界一なんですよ。もうブラジル人でもかなわない。そういう男のダンサーを授業料をほぼ免除で入れて、一からバレエ等の基礎を仕込んだ。今韓国では身長が180センチ以上あって顔がキュッとした、しかも色気のある男のダンサー達が、続々と出てきています。世界の有名カンパニーで活躍する人も多い。
ただ韓国ダンス界は、男女ともに相当に恵まれた身体以外の体型を切り捨てがちです。オレはときどき韓国の高校生のコンペティションを見る機会がありますが、この段階だと、いろんな体型の子がまだまだいるんだなということがわかってホッとしますね。もしもここに舞踏の「どんな身体でも踊れる」という考えが根付けば、伸びしろはまだまだあります。

フェスティバルの機能として重要なのは、フェスティバル同士がネットワークを組んで、アーティストを回す機能です。

──閉塞感について

乗越:オレは今年10周年を迎える「福岡ダンスフリンジフェスティバル ※1」のアドバイザーをやっています。それ以前から日本中にダンスのレクチャーをしに行っていました。福岡や北九州に行ったとき、ダンスの最新情報やダンスの見方など一通り話し終わってから地元のスタッフと話すと、暗い話が多かった。彼らはいろいろ東京からダンスカンパニーを呼んで、公演して、ワークショップをやって、ダンス作品をつくったり、本当にいろいろやってきているんです。でもやっぱり集客もままならないし、ダンスが根づかない。「東京みたいにはいかないですよ」と閉塞感を感じていた。でもそんなのは当たり前なんですよ。だって東京じゃないんだから。オレは「君らは、ちょっと地図を近くから見すぎる」と言いました。日本地図だけ見ていると、福岡は東京から遠く端っこにあるわけじゃないですか。でももっと離れて、アジア全体の視点から見れば、福岡は一番大陸に近い。地の利があるわけでしょう。「だから福岡は、ここが日本のダンスの窓口ですと言っちゃえばいいんだよ。わかりゃしないって。外国の人間にしたら、こんな狭い国のどこに福岡があって、どこに東京があって、どこに新潟があるのかなんて、どうでもいいことだよ。君らだって、どこにベルリンがあって、どこにフランクフルトがあって、どこにヴッパータールがあるかなんか、知らないだろう。要はその街が、いいダンスを持っているかどうかだけが重要。だから福岡が日本の中心だと言っちゃいなよ。東京なんて気にしないで、直接海外とつながれば良い」と言ったら、パーッと顔が明るくなった。
で、その後、韓国のSeoul Performing Arts Festival 内のソウル・ダンスコレクションに、僕が審査員で呼ばれていたんですね。「せっかくこういうでかいフェスがあるんだから、日本のフェスティバル・ディレクターが来てくれたら紹介するよ、つながろうよ」と声をかけても、誰も来なかった。唯一ソウルに来てくれたのが福岡フリンジのディレクターのスウェイン佳子さんだったんです。SPAFのディレクターに紹介して、じゃあ、来年、韓国から誰か呼びましょうみたいな話が進んでいった。そこからはもう僕ではなく、スウェインさんとスタッフ達が頑張って、自分たちの力でアジアのネットワークをどんどん広げていきました。中国や台湾、シンガポールなど、今では日本でも有数のアジアとのコネクションを持ったフェスに成長しました。
愛知県芸術劇場の唐津絵理さんや高知県立美術館の藤田直義さんのように、関東以外でも魅力的な自主プログラムを組んでいるところもありますが、ごく稀です。それに、閉塞感を持っている人に対しては、お金を渡しても、頑張れと応援しても、あまり効果がない。結局は心の中でモチベーションが燃えてこない限りは、焼け石に水だと思うんですよ。噛み合ってない歯車に一生懸命油を差すようなものです。視点を変えさせることが一番大事。世の中にはおもしろいことなんか幾らでもあるんだぞということを見せつけること。そして歯車がひとつ噛み合えば、ものすごいパワーが出る。僕がアドバイザーとして関わっている北海道ダンスプロジェクト「ニュー・チャレンジ」や「踊る。秋田」といった国際ダンスフェスティバルは、現地のディレクターやスタッフ、ダンサーが本当に頑張っていて、どんどんアジアのフェスティバルと直接連携を取るようになってきています。
それはかつてのフランスで起こったことと同じなんです。30年前にフランスでバッとコンテンポラリーダンスの波が起こった大きな要因のひとつが、「地方に文化を」という政府の方針で、地方に振付センターをつくって、若いダンス・アーティストをぶち込んだこと。そこで作られた作品はパリを経由せず、いきなり世界につながっていったから、大きな波が起こった。遅まきながら日本でもそういう波を起こしたい。そうすれば自然に東京も活気が出る。ちょっと視点を変えるだけで、全てが劇的に変わりますから。僕には金も権力もないけれど、それだけはできます。

※1:福岡ダンスフリンジフェスティバル:2008年に第一回目を行い、「新進気鋭の振付家・ダンサーの、作品発表・実験の場であること」「多様で新しいダンスをさまざまな角度から楽しむ・探究する場であること」「振付家・ダンサーおよびダンスに関心のある人の交流の場であること」を目指し、出演作品を日本全国・アジア諸国はもちろん世界各国から募集し開催するダンスイベント。海外のフェスティバルやディレクターともネットワークを結び、毎年このフェスティバルをきっかけにいくつもの作品が海外に招聘されている。芸術監督をスウェイン佳子氏が務める。NPO法人コデックスCo.D.Ex.、公益財団法人福岡市文化芸術振興財団、福岡市が共同主催。(参照:http://d-codex.asia/fdff/

──海外のダンスの動向の紹介が、何かつくりたいという人に対する新しいインスピレーションにつながって、それが動機づけの1つの有効な手段になっている。

乗越:そうあってほしいと思っています。僕は30年前のベルギー・ダンス、20年前のイスラエル・ダンス、10年前のコンテンポラリー・サーカスなど、日本ではほとんど知られていない時期から心あるディレクター達とともに紹介してきました。もちろん日本国内、特に若手をしっかり見ていくことも大事にしています。でもやっぱり日本以外にコネクションをつける手伝いをすることが大切ですね。コンテンポラリーダンスに関してフェスティバルの役割は、ゴロゴロ変わってきていますし。昔は「海外のいいダンスを一堂にお見せしますよ」というのがフェスだったけれど、今はさらに、シンポジウムやワークショップ、つまりダンスとは何かを考える場であること、アーティストが出会う場所であるということが大事になっている。そこがちゃんとしていないものは、どんなに立派な公演をたくさん呼んでも、フェスティバルとして格が落ちる。

──関心を寄せているものなどはありますか。

乗越:フェスティバルは、ダンサーのみならず、様々なアーティストが出会う場であってほしい。最近すごくいいなと思ったのは、YCAM(山口情報芸術センター)※2 でダンサーとコンピューターのプログラマーの共同合宿をさせた話です。YCAMが開発したダンサーの動きをリアルタイムでコンピューターに取りこんで活用するRAM(Reactor for Awareness in Motion)というプロジェクトがあって、これにはダンサーとコンピューターのプログラマーが両方必要なんです。でも互いに互いのことをあまりにも知らなすぎるので、相手にどう要望を出したらいいかすらわからない。そもそも出会う場自体がない。ならば作ってしまえ、ということで、強制的に会わせて、合宿みたいにしてダンサーとプログラマーが何組かになって協働させたそうです。
さらに今、フェスティバルの機能として重要なのは、フェスティバル同士がネットワークを組んで、アーティストを回す機能です。日本だけでダンサーが食っていこうとするから無理が出る。そもそもアーティストを1つの国で養っている国なんか、まずないんですよ。ヨーロッパだってEUという約束事があって、すぐにヨーロッパツアーができるという状況でダンサーは生き残っていけるわけです。10年後もEUがあるかどうかわかりませんけどね。

※2:山口情報芸術センター:通称YCAM(ワイカム)。山口県山口市にあるアートセンター。メディア・テクノロジーを用いた新しい表現の探求を軸に活動しており、展覧会や公演、映画上映、子供向けのワークショップなど、多彩なイベントを開催。同センターの内部に設置された研究開発チーム「YCAMインターラボ」は、「制作ラボ」「教育ラボ」「地域開発ラボ」の3つのラボで構成され、それぞれがゆるやかに結びつきながら、市民やアーティスト、研究者、外部のエンジニアの協働で多様な成果を生み出している。(参照:http://www.ycam.jp/

──日本の舞踊を取り巻く特徴について

乗越:日本のダンスは、「バレエ的な技術がなくてもプロの振付家としてやっていける人が沢山いる」という珍しい状況ですが、多様性という意味ではすごくいいと思う。でもこれは、いい意味でも悪い意味でも日本がガラパゴス的な状況だからです。特定の環境下で最適化されているわけですから、中にいる分には居心地はいい。ただ外に出てマーケットで戦っていくのは難しい。そこを突破するとガッと評価されるということはありますけどね。ただマーケットの奴隷になってもしょうがない。長い目で見ればガラパゴス的な多様性から本当の才能が出てくる可能性がある。実際ここ数年間で、日本でも才能のある若手のダンサー・振付家はバンバン出てきていますよね。非常に楽しみです。僕自身は閉塞感などは、全く持っていませんよ。

たとえ国が亡びるかもしれないときでも、この数式を解きたいとか、この1つの曲を完成させたいというのがアーティストの根本的な性(さが)だからです。100年、200年後に残るのは、こっちだと思うんですよね、作品としては。

乗越:日本の場合には、クリエーション専門の教育施設、設備がなかったがゆえに、15年〜20年前ぐらいまで、学生でダンスをやりたいという人は、じかにプロのカンパニーに入るしかなかった。でも、それで間近でプロのクリエーションを肌で感じることができた。丁稚みたいな感じですが、厳しさや様々なことを自分が創作するときに活かすことができた。でも横浜ダンスコレクション ※3 等の超若手の傾向をみると、学校の課題でしかつくったことがない人も多い。でも学校の課題って、要は、先生から良い点数をもらうためにつくるわけじゃないですか。でも、アーティストの仕事は、根本的に違う。世界を敵に回しても、俺はこれをやりたいんだという覚悟を持ってぶち当てるものです。マイナス点が100個あっても、プラスのインパクトが1,000あったらいいじゃんということですよ。その違いを胸に刻む必要がある。
フランスのマチルド・モニエという、国立振付センター(Centre National de la Dance)の芸術監督になった振付家と京都で対談したときに、「そもそもクリエーションは教えられるものだと思うか」と聞きました。なるほどと思ったのは、「教えるのではなく、必要なのは伴走することだ」と彼女は言ったんです。アーティストが何を求めているのか、どこに向かって行きたいのかを見きわめて、一緒に走ってやることが必要だと言っていました。アジアのダンス教育は「教師が教え、導く」という意識が強い。それは技術に関しては有効でしょうが、クリエーションはそれだけでは限界がありますね。

※3:横浜ダンスコレクション:横浜赤レンガ倉庫1号館(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)が主催し、「若手振付家の発掘と育成」「コンテンポラリーダンスの普及」を目的として1996年より実施されている。企画の軸となるコンペティションでは、現在、初作品を発表してから15年未満の振付家が対象とする「コンペティションⅠ」と25歳以下、本格的に振付家としての活動を志す新人を対象にする「コンペティションⅡ」があり、それぞれ審査員賞のほかに、海外への招聘公演を賭けた「若手振付家のための在日フランス大使館賞」、「MASDANZA賞」、「タッチポイント・アート・ファウンデーション/ボディ・ラディカル賞」等が設けられている。コンペティションのほかにも海外アーティストの招聘公演など、日本有数の国際的なダンス・プラットフォームとして存在感を示している。(参照:http://yokohama-dance-collection.jp/

──アーティストは何を追求していくべきでしょうか。社会性とか、社会の中でアーティストにはどういう存在意義があって、何を発信するべきとお考えでしょうか。

乗越:これは大きな問題です。例えば歴史的に社会を変える契機になった作品、というのが実際にあるじゃないですか。それは素晴らしいと思う。でも根源的に「アーティストが社会のために何をするべきか」と問われたら、オレは何もしなくていいと思う。なぜならアートは「何かのため」と言い出した時点で、それがどんなに正しく見えることでも、違うものになってしまうからです。それこそ戦争の真っ最中で、今逃げなきゃ死んでしまうかもしれない、たとえ国が亡びるかもしれないときでも、この数式を解きたいとか、この一つの曲を完成させたいというのがアーティストの根本的な性(さが)だからです。100年、200年後に残るのは、こっちだと思うんですよね、作品としては。
例えばイスラエルのアーティストは、ほとんどと言っていいくらいパレスチナに同情的だし、イスラエル政府に批判的なんですよ。でも、一つ批判する作品をつくった場合、次の作品が政治的な作品でなかったら、「いま政府がやっていることは認めるのか」となり、そういう作品しか作れなくなってしまう。今の社会にプロテストするとか、これを伝えたいということはもちろんあるけれども、本来的にアーティストというのは、もっと大きい、生きるというのはどういうことかとか、人類というのはどういうことかということのために全身全霊で作品を作るものじゃないでしょうか。「政府に問題がある国のアーティストは、政府に対する明確な批判を全ての作品でしなくてはならない」というのも偏った話でしょう。そうはいっても、政治的に読み取れるような作りにしたり、暴力そのものをテーマにしたり、あるいは直接的に批判する作品を作ることはありますけどね。それは本当に作りたければ作ればいいことで。

──若い世代が、まだなかなか自分の中の目指すものが見つけ切れなかったりで、作品自体の訴求力が弱く見えるときもあります。

乗越:基本的にダンサーにとって「何をつくりたいか」「自分がどうすべきか」という答えは、全て自分の身体が知っていることで、そこはのたうち回ってつかみ取るしかない。外から与えることはできません。僕らにできるのは彼らがそこに気づいて掘り起こせるように手助けをし、幸運にもその手がかりを作品にしたとき、いち早く見つけてその価値と意義を言語化することです。僕は将来性を見抜くことに関しては、自信があります。彼らを取り巻く環境も変えていきたい。しかし成長はアーティスト自身がするしかない。
ヨーロッパの助成の仕方に「カルト・ブランシュ」がありますね。白紙委任状という意味で、アーティストに全権を委ねる、ということです。アーティストが受け取った助成金をどう使ってもいいし、最終的に作品を作るとか、成果を出さなければいけないという責任も負わせない。そんなことをしたら、ただ遊んで終わりじゃないのとかと思いますが、アーティストは意外にみんなちゃんと頑張るそうですよ。
東京のアーティストを支援することを、究極の意味で言うなら、まず他のアジアの国のアーティストを支援して、彼らを東京のアーティスト達にガッと会わせるほうが、よっぽど真の刺激になるかもしれませんね。30年前、コンテンポラリーダンスの衝撃が、日本の若者たちを燃え上がらせたように。東京の中だけで何とかしようとするから、手詰まり感が出るのではないでしょうか? 今、ソウルで若手のアーティストがやっぱり既存のフェスではダメだと言って、自分たちでフェスを立ち上げているんですよ。これがまたおもしろくて。日本でもKENTARO!!や北尾亘らが徐々に始めていますね。30歳前後の世代に、才能の塊があるようです。
ソウルには現役のダンサー・振付家のユ・ホシクが2011年に立ち上げた「ニュー・ダンス・フォー・アジア(New Dance for Asia)」という若い国際ダンスフェスティバルがあります。オレはアドバイザーで、じつは名付け親でもあるんですが、フェスティバルの名前には韓国もソウルも入っていません。「若い君たちが新しいフェスティバルをやるのなら、アジア全体のアーティストのための物を作れ」というメッセージからです。それがもう今年で5年目になって、様々な助成がつき始めた。韓国の公的助成制度では、初めの3年間は助成対象になれないんですよ。やり逃げを防ぐため、本気度をはかるんですよね。芸術監督のホシクは2年目には「車を売りました」と言っていました。金が余っているからやっているわけじゃないんだとわかって、すごく応援しているんですけど。その芸術監督が東南アジアに行ってきて、「数年後には、あっちでやろうかと思うんですよ」とか言っていて。要は、ソウルよりも物価が圧倒的に安いから。もう1カ月ぐらい泊まって、飲み食いして、ワークショップしながらフェスができる。ならば韓国にこだわる必要はない、という自由な発想が出てきている。フェスは、国や都市から自由になる時代です。

アートフェスティバルを東京でやるなら、東京というまち自体を再発見するためのフェスを立ち上げて、劇場なんていうのは休眠しているのを掘り起こして使えばいいんですよ。

──東京でのフェスティバルの在り方について

乗越:今、ヨーロッパなんかは、新しいモビリティを持ったフェスティバルが多いじゃないですか。年ごとにフェスティバルの開催地が変わる。ドイツやスイスやオランダ、さまざまあります。ただ日本では、多くの場合フェスティバルが劇場と一体化している。それはコンテンポラリー・ダンス黎明期に孤立無援の中、劇場の人たちが頑張ってやってきた歴史の名残であり、しょうがない面もあります。しかし基本的には、フェスの運営にとって、劇場は使う場所でしかないので、「同じ時期に2つのフェスティバルが同じ劇場を交互に使う」なんていうのも、普通にあることです。だから劇場とフェスの呪縛からも、ちょっと外れないといけないし、外れてみればいくらでも可能性は広がる。だって東京みたいに、ほとんどの区にこれだけ立派な劇場がある街なんか、ちょっとないですよ。なのに自主企画で活発に活用している劇場はほんの一握りしかない。劇場をつくるときには政治家に金が流れるからバンバンつくるけれども、できたあとはママさんコーラスくらいしか利用しないなんていうことだからダメなんですよ。中には「一般の公演などはできるだけ受けないように」と指導してくるというとんでもない区の話も漏れ聞こえてくる。だから、東京でフェスを立ち上げるのなら、フェスはフェスで、東京中の区で休眠しているような劇場を全部使って、東京巡りをさせるようなことだってできるんじゃないですかね。北区とか荒川区に行ったことがない人とか、いっぱいいると思いますよ。
……アートフェスティバルを東京でやるなら、東京というまち自体を再発見するためのフェスを立ち上げて、劇場なんていうのは休眠しているのを掘り起こして使えばいいんですよ。アジアの人たちが来て、東京中の劇場を巡るというのは、本当に楽しいと思いますよ。観光化されていない下町もいろいろあるし。浅草ばかりじゃなくて。

──アジアを取り上げるというのは、特別な魅力がありますか。

乗越:1つは、やっぱりアジアでは国がバックアップして、複合劇場施設とかがバンバンできているじゃないですか。香港も台湾もそう。そういうのがつながればいい。今、小野晋司(横浜ダンスコレクションチーフ・プロデューサー)とソウルのイ・ジョンホ(Seoul International Dance Festival」芸術監督)と、香港のカレン・チャン(「Guangdong Dance Festival」「Beijing Dance Festival Program」芸術監督)とで、3都市提携でフェスティバルやろうとしていますが ※4、東京全体でもそうした挑戦をするべきでしょう。東京は、DNA(ダンス・ニュー・エアー)などが奮闘していますが、ダンスフェスに関しては横浜に押されているじゃないですか。東京の休眠している場所を、フェスというクラウドな存在が立ち上げて、つなげて盛り上げていったらいいんじゃないでしょうか。

※4:「HOTPOT 東アジア・ダンスプラットフォーム」は2017年に立ち上がった。

ここ数年で、心から行ってよかったと思っているフェスは、「Aerowaves ※5」なんですよ。フェスというのは、多かれ少なかれ、その国の見本市的な要素がありますが、それを全部取っ払って、それこそハンガリーとか、ルーマニアとか、そういう「大国ではないけれども、そこでしかありえない熱いやつら」をヨーロッパ中の小国からピックアップして見せる要素もあるフェスなんです。ちゃんとしてなくてもいい、10分間しかなくても、破綻しててもいい。本当のクリエイティビティの発露が光っている。東京のフェスに「ちょっと頭がおかしいんじゃないか」というような奴が日本中から集まったらいいですね。福岡フリンジで目指したのはそこで、だいぶいい感じにはなってきているんですけれども、それをさらにアジアとかに広げていたい。もっともAerowavesのアジア版の話は、もう随分前からジョン・アッシュフォード(Aerowavesディレクター)も言っていることではあります。でもやっぱりヨーロッパの輸入になってはしようがないので、アジアの中から立ち上がらないと意味がない。ただ「では誰が音頭をとるのか」という話になると、先述した通りまとまりのない日本で、いったい誰が旗を振れるのか、と堂々巡りです。
さらにAerowavesは、若者20人ぐらいを招いて無料で見させ、評論を書かせて最終日に発表しています。こういう書き手の育成など、将来を見据えた布石を着々と打っている。そういう将来へのパースペクティヴをもった施策が必要ですね。彼らもそんなに金があるわけではなくて、ゲストに自分の国のワインを1本持ってくるよう頼むんですよ。それをレセプションで出して経費を浮かせるわけです。金のなさをアイデアとユーモアで補う姿勢も大いに見習うべきですね。
フェスの重要な役割には、もうひとつあります。アーティストにとって渾身の大作をつくるお金をもらえるのは、確かにすばらしいですが、もっと大事なのは、「安心して失敗できる場がある」ということです。そっちのほうがよっぽど大事です。みんな苦労して助成金をもらって作った作品の評価が次の助成金に響くとなれば、それはやっぱり考えますよ。人間ですから、安全策について考える。でもバーンとやって失敗をしてもいいんだと心から受け入れている環境であれば、本当の挑戦ができる。評価なんて肯定と否定が半々ぐらいが、本当に挑戦しているアートの証明だと思うんですよね。そういう作品を見て「俺もやってみたい」という若いアーティストは必ず出てくると思う。
そういう意味ではAerowavesはまさにそうだし、d-倉庫で行われている「ダンスがみたい!」シリーズなどは、かなり安心して失敗できる空気がありますね。ただAerowavesの場合には、作品をセレクションする人間の目に「これは小さいし、でたらめだけれども、いいんだ」という確固とした評価軸を感じるんです。単に何でもありでノンセレクションなのではない。それはやっぱりフェスの矜持としてもっているので、相反することではないと思う。

※5:Aerowaves:1996年にロンドンのダンスセンターのThe Placeで、同劇場のディレクターだったJohn Ashfordによって集められたヨーロッパの舞踊関係者による小さな集団としてとして始まった。ヨーロッパ各地のプロデューサーとの連携によって有望な若手ダンス・カンパニーの小作品10点を選考しThe Placeで紹介するというものだったとのこと。2011年にフェスティバル「Aerowaves Spring Forward」を立ち上げ、提携するヨーロッパ各地の劇場で持ち回り(毎回ホストが変わる)のフェスティバルを行っている。(参照:http://www.aerowaves.org/

──大きなビジョンが、一貫して通っている。かつ、選ぶ人たちもダンスのエキスパートやプロデューサーですから、きちんとした目で見ているというのは大きいですね。

乗越:もう終わりましたけれども、「トヨタコレオグラフィーアワード ※6」が途中から審査員が全員ディレクターになりましたね。自分たちの劇場で回せるものを選ぶという感じになった。まあ日本の場合、ディレクターに比べて、評論家なんて海外取材している人が圧倒的に少ない現状もあるので、あれはあれで有意義な挑戦だったと思います。実際変更後しばらくは人気も盛り返していました。
ただ最終回の授賞式で「コンテンポラリーの中で踏ん張ってくれる人を選んだ」というコメントが出たときには、そりゃトヨタも無くなるわ、と思いましたね。アーティストにしても、そんなものを守るためにやっているわけじゃない。トヨタの功績は大きなものですが、それはコンテンポラリーダンスなどという枠(がもしもあるなら)自体を壊す、新しい表現を創り出す人を応援するための賞だったからですよね。

※6:トヨタコレオグラフィーアワード:トヨタ自動車株式会社と公益財団法人せたがや文化財団 世田谷パブリックシアターとの提携事業として2001年に創設。一般公募の中から選ばれた6名の振付家が作品を上演し、「次代を担う振付家賞」と「オーディエンス賞」が選出され、「次代を担う振付家賞」受賞者は翌年に受賞者公演とそのためのクリエーションの機会などが授与された。2006年以降隔年開催となり2016年の10回目の実施を区切りに終了となった。

──審査員がダンスの定義をどの範囲で考えているかという点も関係すると思います。

乗越:審査の経緯を公開したほうがいいと昔から言われ続けましたが実現しませんでしたね。個人的に対応する審査員はいましたが。僕は国内の審査員は受けない主義で、しばしば驚かれますが、それは「権威に近づきたくない」等の理由の他に、「他人と合議してひとつの賞を出す」ということに違和感を感じてしまうからです。なのでエルスール財団新人賞など、僕一人で決められる賞は、いくつか引き受けています。でも本当は、1人に強権を与えて、責任も負わせて、その方針で審査をやらせてみるというのが一番だと思うんですよね。

もう中堅であっても、自分の作品を自分の言葉で説明できないアーティストは、作品に対して責任能力がないと思われてもしょうがない。

──アーツカウンシル東京の助成制度について。現状は、舞踊分野は個人での申請は設けていません。

乗越:それは時代の変化に対応できていないと言わざるを得ませんね。たしかに30年前は、ダンスといえばカンパニーが活動の中心で、ヨーロッパでは劇場なりオペラ座なりにレジデンスしたり、CND(Centre National de la Danse)とかの振付センターが中心になってやっていて、日本でも踏襲してきました。しかしもう今はヨーロッパでもそういう大きなカンパニーを維持できなくなってきていて、ウィリアム・フォーサイスやナチョ・ドゥアトといった実績と実力のある大物ですら、追い出されてしまう時代じゃないですか。
その結果、現在のヨーロッパでは「プロジェクト志向」になってきています。イギリスのプロデューサーがフランスのダンサーとベルギーの振付家で小作品を作る、みたいな。全部有名人だから、チケットは売れるし、小さいパッケージなのでツアーで回しやすい。助成金もそれぞれの国から取れる。今の日本もそういうものが増えてきています。昔は事務的なことはカンパニーが全部やってくれて、アーティストは海外でも、行って、踊って、帰ってくればよかった。しかし今はアーティスト自身がフェスを通してディレクター達と個人的に関係をつくって、プロジェクトを立ち上げる、そういうインディペンデントな時代にどんどんシフトしています。これまで日本は「アーティストが生活していくのは難しい」と言っていましたが、いまや普通の人が生活するのも大変な「貧困国家」として考え直す時期だと思うんですよ。先進国内でみると平均賃金の低さや貧困世帯の数はアジアの中でも酷いレベル。日本のアーティストが生き残るには、やっと形成されてきたアジアのマーケットとの連携を抜きには考えられない。個人のコミュニケーション能力を高めるセミナーとか、そういうのが必要です。
それこそセゾン文化財団がアーティストのための英会話教室とかやっているけれども、ヨーロッパとかだと、もう国別に企画書の書き方講座とかをやっています。各国のディレクターが参加したりする。するとフランス人のディレクターが「ドイツ人の企画書は写真が少なくて見る気がしない」というと、ドイツ人のディレクターが「フランス人の企画書は哲学用語ばかりで何を言いたいかサッパリわからない」と喧嘩したりする。そういう実践的なセミナーとワークショップとクリエーションを一体化してアジア各国に滞在しながら学ぶプログラム「ダンサーズ・ネスト(Dancers’ Nest)」を準備中です ※7。NDAフェスティバル(ソウル)、黄金4422(名古屋)、詩篇舞集(マカオ)との連携です。ちなみにこの命名もオレで、アドバイザーでもあります。

※7:「ダンサーズ・ネスト(Dancers’ Nest)」は2018年に立ち上がった。

──セルフ・プロデュース能力までを求める必要もありますが、アーティストは自分の創作に専念する立場で、それが得意じゃない人もいます。そういうときに、マネージャーなりプロデューサーの存在も必要になってくると思うのですが。

乗越:もちろん全てをアーティスト自身がやるのは無理でしょう。しかし実際のところマネージャーもプロデューサーも有能な人は絶対数が少ないので、掛け持ちがほとんど。どこも即戦力を欲しがるくせに、育てる環境やシステムはほとんどないのですから、無茶な話なんですよ。
コンテンポラリーダンスの黎明期にはそういう会社がありました。要は日本の劇場やアーティストが海外事情に疎かったので、彼らと海外の劇場やフェスティバルをつないでいた会社です。なぜ今彼らの仕事がほとんどなくなって潰れたり縮小したりしているかというと、日本の劇場やフェスも海外とダイレクトにやる時代だからですよ。「何で間に入ったこいつに金を払わなければいけないの?」という話になってきちゃう。しかも今は格段にスピードが速い。海外のディレクターは様々なフェスを回って、いいと思ったら、すぐに楽屋へ行って「今年の10月、オレのフェスに呼びたいけど空いてる? 必要な物は?」と交渉が始まる。このときの口約束は100%守られる。その強権が海外のディレクターにはある。なのに日本は「とりあえず日本に持ち帰って会議につぐ会議、それが通って助成金を申請して、返事ができるのは2年後」なんていうトロくさいペースをいまだにやってるからダメなんですよ。
だからアーティストは自分から外のフェスティバルに出て行ってプロジェクトを立ち上げる、起業家であるべき。そこで必要なのはセルフ・プロデュース能力です。「ボクの作品は、好きに受け取ってくれればいいんですよー」なんて言っているとどんどん居場所がなくなる。もう中堅であっても、自分の作品を自分の言葉で説明できないアーティストは、作品に対して責任能力がないと思われてもしょうがない。
そもそも招聘されることが決まってから申請書の書き方を調べる、という人が山ほどいるわけでしょう。昨年フランス人のディレクターから、「私のフェスティバルに日本のダンサーを招聘しようと思っているんだけど、助成がおりないとかでもめている、そんなことじゃ困るのよ。ノリコシから話してくれないか」と言われたことがあります。「韓国や中国や台湾などは自国のアーティストを海外に紹介・派遣するための組織や助成金を国の後押しで立ち上げている。日本もこのままじゃいけない、たった1人送るだけであたふたしているような状況じゃだめだ」と。それはその通りで、申し訳ないと言った。ただその後、そのディレクターはその日本人ダンサーに「そんなことでぐずついているようだったら、あなたは必要ない。ほかに有能なアーティストは幾らでもいるから、そっちを呼ぶ」と言ったと聞いて、ムカッときましたね。すぐに別の海外フェスティバルでそのディレクターに会ったときに「国ごとに状況が違うのは当たり前だろう。それは国が悪いのであって、その責任をアーティストに被せるのは違うんじゃないか」と猛抗議しました。結局そのダンサーはフランスを始めいくつかヨーロッパで公演ができたようです。

──とても痛切に感じます。同じことを韓国のイ・ジョンホさんも仰っていました。才能はたくさんいろんなところにあるから、だったらそっちを選ぶ、という話を。

乗越:まあ正直言うと、向こうの言っていることが現実ではあるんです。そしてそれだけの取り組みを、国がしている。ドイツの国際見本市「Tanz Plattform」で、僕はアジアの中でも日本が遅れている現実を見せつけられました。これは毎回開催都市が持ち回りのフェスで、2012年のドレスデンのときに行ったときのことです。このフェスは基本的に「世界のディレクターにドイツのダンスを売り込むための見本市」なわけですよ。それなのに中国と韓国は、昼間などの空き時間を利用して、海外のディレクター達を招いて軽食を出してもてなし、資料を配り映像をバンバン流して自国のダンス作品のプロモーションをしていたんです。もちろんフェスへの筋は通した上でやっているんだろうけれども、「人のフェスの庇を借りて、こんなことをするのか!」と驚き、感心しました。じつに効率的です。ヨーロッパで一からディレクター達を集めることを考えたら、すでに集まっているフェスに乗っかったほうがいいに決まっている。昼食代なんて簡単なサンドイッチ程度でいいんですから微々たるものです。でも日本だけが無策のままポーッとしている。じゃあ日本の誰ができるのかと考えると、暗澹たる気持ちになりましたね。僕も海外のフェスティバルで日本のダンスについてレクチャーをすることがありますが、それはフェスティバル側からの依頼ですから。どこか日本の組織がオレを送り込んでくれればいいんだけど、その組織自体が日本にはない。クールジャパンというのなら、こういうところにこないとダメですよ。

今さらオペラとかクラシックバレエでは、もうパリ、ベルリン、ミラノには敵わないとわかっているわけです。でも、新しいダンスならいけるぞと

──フィンランドはダンスセンターもありますよね。

乗越:インスティテュートは割と多いですし、しかも外務省直属とか国として取り組んでいます。韓国だって「文化スポーツ観光局」つまり、「いい文化、いいスポーツを持つことは、観光に役立つんだ」という産業視点なわけですよ。世界中がそうですが日本は文化交流という、もやっとした感じなので、やっぱり焦点が定まらない。だから、ここという一点突破ができないんですよね。誰かが責任を持って、リスクを負って、強権を託されて腕を振るえる体制、センターとかを作らないと、状況は動かない。じり貧です。

──物理的な場ではなくてもいいのかもしれないんですよね。日本のダンスの情報がつかみにくいというのは、海外からだけではなくて、もう日本の中でさえも、ダンスの情報をどこで手に入れればいいんだということも言われています。

乗越:それらインスティテュートはその国のダンサーや振付家のデータをまとめた小冊子を世界中に撒いています。添付されたDVDにはデータと写真と映像も入っている。もちろん英語で書いてあって、どこの国の人が来ても、それを1冊渡せば全部わかる。フィンランドやスイスとかは真っ先につくっていましたし、最近は韓国でもありますね。海外の批評家やジャーナリストだって、まとまっていれば、すぐに記事が書ける。つまりアクセスが簡単。その連絡先も全部書いてあるし。僕は海外のフェスに行くたびに海外のフェスティバル・ディレクターから「日本のダンスを知りたい。ノリコシのオススメを教えてくれ」と言われるので、一時期、自作の資料とお勧めのダンス作品映像を入れたDVD「ノリコシ・スペシャル」を作って、世界中で配っていました。ただ海外の人も驚きますよ「なんでオマエは個人でやってるんだ?」と。ダンサーの活躍の幅を広げたい一心でやっていましたが、自腹を切って作って、ダンサーが招聘されたところでオレに一銭も入るわけじゃない。こんなことを個人でやっているのが異常で、本来は政府のしかるべき機関が予算を付けてやることなんです。先進国ならね。
これに関してはJCDN ※8 がいち早くウェブで「ダンサーズファイル」をやったけれども、やっぱり更新が追いついていない。あれを全部やろうとしたら大変ですからね。あと国際交流基金の舞台芸術ウェブサイトPANJ(Performing Arts Network Japan)のロングインタビュー集は、内容も濃くて貴重なアーカイブだと思います。アーティストとプレゼンター両方扱うのも、各時代ごとの空気がよく伝わる。積み重ねることに意義がありますね。

※8:JCDN(NPO法人 ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク):2001年に設立されたコンテンポラリー・ダンスの促進と全国的なダンスのネットワークの構築、文化行政等におけるアドバイザー・コーディネーター等も取り組みを行う。設立時より佐東範一氏が理事長を務める。代表的な取り組みとして 三陸国際芸術祭(サンフェス)(2014年~)、「踊りに行くぜ!!Ⅰ・Ⅱ」(2001年~2010年)がある。(参照:JCDN – http://jcdn-web.org/

──舞踊芸術の社会における価値とはどのようなものだとお考えですか。

乗越:文化的芸術的なことをさておき、アーツカウンシル東京のインタビューであるこの記事を読むであろう読者を想定して答えるとするなら、一番外貨を稼げるコンテンツだということです。だって演劇が海外で公演をすると華々しく取り上げられますが、要はでかいフェスで名の通った人がやっているから記事になるわけでしょう? でもダンスは言葉の壁もなく、ソロ&デュオの作品も多く、海外公演へのハードルは演劇より低いですから。トータルの数でみれば、世界中を飛び回っているダンサーやダンス作品のほうが、断然多いと思いますよ。だいたいマスコミは海外有名バレエ団の日本人ダンサーはよく取り上げるのに、その最高峰パリ・オペラ座バレエ団から作品を3回も委嘱されている勅使川原三郎はほとんど触れないとか、わけがわからない。これこそ快挙ですよ。
日本のクラシックバレエ団のレベルは高いですが、それでも世界のマーケットで全員日本人が踊る『白鳥の湖』を上演するのは簡単ではないでしょう。そういう意味では東京バレエ団の『ザ・カブキ』や『M』は戦略として素晴らしい。モーリス・ベジャールという巨匠の振付、ダンサーと作品両方の質の高さもさることながら、日本人が踊るのが一番良いと納得させるあのキラーコンテンツは、海外のマーケットにも強くアピールするわけです。じつはヨーロッパで北欧や東欧・中欧とかが今やっているのも、そういうことなんですよ。つまり、今さらオペラとかクラシックバレエでは、もうパリ、ベルリン、ミラノには敵わないとわかっているわけです。でも、新しいダンスならいけるぞというので、国を挙げて後押ししているんですよ。外務省等の下にあるということは、つまり国のイメージ、それこそ今のオリンピックじゃないけれども、日本の文化のアピール、国のイメージのアピールとして、こんな言葉の壁もなく、世界中にワッと広がれるコンテンツなんかないじゃないですか。しかも舞踏という、世界に冠たるブランドまで持っている。日本政府は、ダンスこそ力を入れるべきだと思うな。

ダンスを知りたいと思った若い子が知るすべがない。だって、80年代の一番いいときの映像を見られないわけでしょう。

──ダンスにおける情報発信の課題についてはどのようにお考えですか。

乗越:日本のダンス作品をDVDなどで販売できればアーカイブとして積み重なっていくわけですが、ここでネックになるのが音楽著作権協会(JASRAC)です。基本ダンス公演は何曲も楽曲を使うので、楽曲使用料が膨れあがる。しかも初演の上演には助成金が出るけれども、DVD制作は二次利用の商的行為だから、まず助成金は出ない。そのため、ファンでも買えないような高値になって、企画自体が流れてしまう。その結果「30年前のフランスのダンスは普通に見られるのに、10年前、20年前の日本のダンスを知るすべがない」という、ばかみたいなことになっているわけです。それだったらNoismの一部作品のように、最初から全部オリジナル曲で依頼し、DVD化まで含めた契約を上演の時点でしておくとか。KENTARO!!も、曲や歌も全部自分で作っていますよね。
海外では例えば、フランスのポンピドゥー・センターとかシネマティーク・ド・ラ・ダンスとか、美術館が扱う限りにおいては、著作権からフリーにするという法律をつくっている。そうやってどこかの機関が率先して権利関係をクリアしていかないと、アーカイブなど夢のまた夢です。文化が積み重ならない。ダンスを知りたいと思った若い子が知るすべがない。だって、80年代の一番いいときの映像を見られないわけでしょう。NHKの番組「芸術劇場」がいいコンテンツを一番大量に持っていると思いますが、出さないじゃないですか。建前としては「我々は公開しています。ネットでも見られます」と言ってるけど、肝心な舞台関連のものはとたんに「対象外」ですよ。ひどいもんです。勅使川原三郎の若いころの作品だけでも、相当残っているはずなのに。いまや海外では新作大作をネットでライブビューイングもやっているのに。
映像のアーカイブと公開は国としてやらないといけない。だって、それは国民の財産ですからね。上演にあたっては助成金も出たろうし、撮影にかかったNHKの費用も含めて、国民の金が使われている以上、国民は見る権利がある。学術のために、あるいは国の文化の発展のためなど、一定の目的のためには楽曲使用料などを免除して公開してほしい。

──若いダンサーなどが日本の舞踊の歴史を知る方策もないということはちょっと懸念しています。

乗越:先進国でこんな国はないですよ。ニューヨークのリンカーンセンターのライブラリなんて、今はデジタル化してるだろうけど、昔は100年前のフィルムでも頼めば実物を回して見せてくれた。世界中の研究者の尊敬を集めている由縁です。
定期的にアーカイブの話は盛り上がるけど、成果となると難しい。ネットで何でも調べられると思ったら大間違いで、インターネットが普及する1996年以前の日本のダンス作品に関する映像資料は、もう絶望的です。とある重要なフェスの唯一の舞台記録映像を見たことがありますが、VHSの3倍速でテープにカビが生えてましたからね。拙書『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイド』はおかげさまで長期にわたって版を重ねていますが、改訂版を出すたびに悩むのもそこです。最新情報を入れたいが、昔の作品についてまとめて書いているのはこの本ぐらいだし、映像がない以上、ネット普及前の情報は文章で残したものしか手がかりがない。これを削ると、歴史の中では「なかったこと」になってしまいますから。

──批評の場ということに関しては、どのようなお考えをお持ちですか。書く媒体も読む機会も少なくなっている。

乗越:大前提として、評論家とは「研究者とジャーナリストのハイブリッドであるべき」と思っています。ダンスの大きな歴史を掘り下げ、それを踏まえた研究者として、目の前の作品を位置づけができること。そして日本中・世界中を飛び回るフットワークと、自分の目にかけていち早く新しい才能を見つけ出す新鮮な感性、それが世界の中でどういう位置にいるのかという同時代性をもつジャーナリストの視点。その両方できていて、初めて評論家だと思うんですよ。
そして「優れた評論は、それ自体が表現であるべき」だと思う。文章自体に力がなければ、人の心に届きはしない。言いたいことが十全に言えていればいい論文とは違うんです。評論は、それを読んだダンサーとか、制作者とか、観客とか、様々な心に届いて、それぞれの胸の中で化学変化を起こし、彼らの「次の行動」に変わっていくものでなくてはならない。海外では科学やアートなど様々な専門分野をわかりやすく人々に伝える「コミュニケーター」という存在が重要になっています。評論家が仲間内で「わかるわかる」と言っているのではなく、ダンスの世界を開き、伝えていく「ダンス・コミュニケーター」がこれからは必要です。僕が各種レクチャーや、酒を飲みながら話す「ダンス酔話会」をやっているのもそのためです。これは「公演だけじゃなく、もっとダンスを深く知りたい」という観客が気持ちの表れですからね、素晴らしいことです。一般財団法人地域創造が行っている「ダン活(公共ホール現代ダンス活性化事業)」のように、ダンス・コミュニケーターのレクチャーを各地で行うサポートがあるべきだと思う。まずは観客を育てることですよ。あと、若いダンサーもビックリするくらい知りませんからね。ダンスの歴史が身体と知性の実験の歴史だと言うことを知ると、現在やっていることの理解が格段に深まるのに。公立の芸術高校でも、楽しいレクチャーをさせてほしい。
評論では、よくいるじゃないですか「評論を書く場がなくなっている。嘆かわしい」とか文句を言っているだけの人が。ふんぞり返って待っていて、注文が来ないから「書く場がない」とか言っている人はダンサーの爪の垢を煎じて飲んだらいい。彼らが「踊る場がない、嘆かわしい」なんて、言っているか。バイトして、金をためて、手打ちで公演を打っているわけじゃないですか。彼らに対して申し訳ないと思わないのか。

──書き手はもっと自ら動くべきだということですね。

乗越:今、出版業界全体が生き残りのために死に物狂いになっているときに、何もしなければ淘汰されるのが道理でしょう。そもそも発信するだけならSNSもある。なまじの評論家以上に舞台を見ている一般のダンスファンがゴロゴロいる時代、発信力のない評論家に意味があるのか。
もちろん評論家の「食えない現状」をなんとかするために、公的助成の充実はぜひともお願いしたいところです。アーティストを支援する助成金に比べて、フリーの評論家を支援する助成金は極めて少ないですから。取材や研究のため、執筆出版のため等々、若い書き手を支援する仕組みを、ぜひともお願いしたい。日本の舞踊評論家のほとんどは大学の先生たちの副業です。もちろん素晴らしい人はいますが、生活がかかっていないのでギャランティも「いいよいいよ」で済ませがちです。このためギャラの相場は低きに流れて、若い書き手のクビを締めている。僕ももうオッサンのポジションなので、若い書き手が後に続けるような体制作りを考えなくてはいけないと思っています。良い評論と良いアートは両輪なのですから。
変化というのは、緩やかに起こるのではなく、あるとき誰かが全てを変えてしまい、みんなが後追いすることが多い。だから、このアーツカウンシル東京さんがやるべき助成というのは、みんなに腹いっぱい食わせることではなくて、本当に状況を変える力のある者の背中を押してバーンと打ち上げてやることじゃないですかね。どの芸術でも、評論もそうです。20年に1人ぐらいかもしれませんが。まんべんなくやったほうが「これだけ助成しています」というポーズは取れるんだろうけど、これからは助成する方にも、力のある者を見きわめる目が問われるということですよ。3年後、10年後のために、今この人を支援するんだ、という金の使い方をしないと、何も変わらないと思いますよ。


乗越 たかお

作家・ヤサぐれ舞踊評論家
株式会社ジャパン・ダンス・プラグ代表。06年にNYジャパン・ソサエティの招聘で滞米研究。現在は国内外の劇場・財団・フェスティバルのアドバイザー、審査員など活躍の場は広い。著書は『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』(作品社)、『どうせダンスなんか観ないんだろ!?』(NTT出版)、『ダンス・バイブル』(河出書房新社)など多数。

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