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アーツカウンシル東京ブログ

アーツカウンシル東京のスタッフや外部ライターなど様々な視点から、多様な事業を展開しているアーツカウンシル東京の姿をお届けします。

東京芸術文化創造発信助成【長期助成】活動報告会

アーツカウンシル東京では平成25年度より長期間の活動に対して最長3年間助成するプログラム「東京芸術文化創造発信助成【長期助成】」を実施しています。ここでは、助成対象活動を終了した団体による活動報告会をレポートします。

2020/12/24

第9回「福島三部作と資金調達」(前編)

対象事業:「福島三部作」(2017年度採択事業:2年間)
スピーカー(報告者):谷賢一(作家・演出家・翻訳家、劇団DULL-COLORED POP主宰)、小野塚央(福島三部作制作)


第一部レポート

三世代、三つの家族の物語を通して、福島と原子力発電所の歴史を描いた連作を2年をかけて上演、のべ1万人の観客を動員。さらに、その戯曲が岸田國士戯曲賞、鶴屋南北戯曲賞(対象:第二部『1986年:メビウスの輪』)を受賞。劇団DULL-COLLORED POPの『福島三部作』は、間違いなく、2019年の日本の演劇界のニュースでした。この挑戦的な企画は、いったいどのようにして始まり、この理想的な成功に至ったのでしょうか? 今回の報告会では、「資金」を切り口に、創作と制作のバックステージが明らかにされました。

始まりは2011年3月11日

この日配られた、プロジェクトの歩みを記した資料の最初に登場する日付は2011年3月11日。本シリーズの作・演出を担ったDULL-COLLORED POP主宰の谷賢一は、自身も福島の生まれで、原発とも深い関わりを持つ。「私は福島県で生まれ育って、父は福島第一原発にも出入りする原発の技術者でした。そういう意味ではこのプリントの日付はもしかすると、僕が生まれた1980年5月11日でもいいかもしれません。自分と原発の関係を意識したのは、高校生の時にJOCの事故があってからで、その後は個人的に原発問題について調べたりもしていましたが、これまでそのことについて発言したり、発信したりしたことはありませんでした。そんなふうに、のらりくらりと生きていたところに、2011年3月の大規模な事故が起こって。自分が暮らしてきた故郷が、人の入れない土地になるんじゃないかという危機感、恐怖を味わいました。以来、ずっと、何かしら福島のこと、原発のことについては表現したいと考えていたんです」
その思いが具体的なプロジェクトとして走り出すきっかけとなったのは2016年。セゾン文化財団のジュニアフェローに選出され、取材のための費用のめどが立ったことに始まる。「普通の助成金は、年度内に事業を完了させなきゃいけないとか、赤字補填のためにしか使えないとか、用途に制約があるんですけど、セゾンの助成金はそれがないんです。福島のことを時間をかけてやりたい、1、2年……3年はかかるかもしれないと伝えると、そういうことにこそ使ってもらいたいという話をいただきまして」。ちょうど劇団の活動休止の時期とも重なったのを機会に、その夏から下調べを始め、12月に第1回の取材を3週間にわたって行った。県内を自転車で回りながら、関係者に会い、話を聞く。公演の枠組みも、制作体制も定まってはいなかったが、「2、3年はかかる」という作品のビジョンの大枠は見えていた。「原発は怖い、放射能は危険なものだ、っていう芝居をつくっても意味はないんです。それはもう誰もが知っていることで、それが本質ではない。問題は、なぜそれほどに危険なものを自治体が抱えこんでしまい、住民たちもそれを認めてしまったのか。政治的、経済的に取り込まれていく経緯を書かなければ本当の闇は描けないと思いました。僕自身も親父が原発でもらったお金でランドセルを買ってもらい、学校へ行ったわけですし。ただ、そうなると少なくとも原発誘致の60年代くらいから話を始めて、80年代のチェルノブイリ事故の辺りを描き、2011年の福島第一原発事故に至るまでの歴史の流れを押さえなければならないだろうと。これはもうかなり長い、三部作くらいのスケールになるということは、この時点でわかってはいました」

福島三部作 創作と資金調達1
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「支援」から「共創」へ。クラウドファンディング始動

双葉町を舞台にすると決め、2度目の取材に出かけたのが翌年5月。この時期に制作の小野塚央の参加が決まり、公演実現のためのクラウドファンディングも動き出した。庭劇団ペニノの制作としても活動する小野塚は、谷とドラマトゥルクの野村政之がタッグを組んだプロジェクト「テアトル・ド・アナール」の制作も務めた縁があった。「私は制作会社のゴーチブラザーズにも所属しているんですが、社内の今後の企画の中に『福島三部作』というタイトルだけがあって。テアトル・ド・アナールでの創作の過程もすごく面白かったし、福島のことなら何か意味があるんじゃないかと手を挙げたところ、社長から(個人の企画なので)『まず、谷くんに会いに行けば』と言われたんです」(小野塚)。一人の企画が二人のチームになったことは大きな前進になった。「ちょうど劇団の制作もいなくなってしまった時期で、手を挙げてくれる劇場もなかったんです。だから、能力も仕事ぶりもよく知っている小野塚さんがやりたいと言ってくれて、それなら劇団でやれるかなと見通しも立ちました」(谷)。
クラウドファンディングで集めた資金は、目標金額150万円に対して197万5,000円。公演実現につながる金額であることはもちろんだが、何より二人だけで始動した企画が、大きな賛同を集めたことに「背中を押された」と谷は振り返る。「実は僕、クラウドファンディングってあまり好きじゃなくて。演劇人はやっぱり木戸銭でやっていくべきだというふうに思っている方なんです。ただ、この三部作に関しては、社会的な意義もあるし、支援してくれる人たちと一緒にプロジェクトを進めていこうというビジョンが見えていたので、自信を持って進めることができました。小野塚さんが加わってクラウドファンディングの形を整えてくれたんですが、その時点では、この世の中に『福島三部作』をやりたいっていう人は我々二人しかいなかった。それが募集開始したとたん、あっという間に、いろんな人が『応援したい』と言ってくれて。震災から6、7年が経って、もう福島のことは忘れられているかもしれないと感じていたので、こんなに関心を持ってくれるんだ、ということには、すごく勇気づけられました」
今もインターネット上に残るクラウドファンディングのサイトには「『支援』から『参加』『体験』『共創』へ」とのコンセプトが掲げられている。広報物へのクレジット掲載やDVD(非売品)と同時にリターンに挙げられているのは、メールマガジンやプレイベント、稽古場見学を通じた取材報告やプランの公開といった創作プロセスの共有だ。アイデアが徐々に具現化していく道程を支援者に見せていくことは、作り手にとっても、折々に手応えや方向を確かめられる道しるべとなったはずだ。

第一部開幕へ。法人化と劇団力

クラウドファンディングと併行し、アーツカウンシル東京の助成申請(単年度/不採択)、芸術文化振興基金への助成申請(154万円)と、公的助成を使った資金調達も進めた。2017年11月には合同会社DULL-COLORED POPを設立。これは契約や支払いをスムーズにするだけでなく、任意団体のままでは助成金申請ができないといったケース、契約の際に源泉徴収を引かれるといったデメリットを踏まえての決断だった。「うちの劇団はそれまで、あまり積極的に助成金申請をしてこなかったこともあって、法人化を先送りにしてきたんです。ただ、三部作をやることが決まって、福島公演もできそうという話になった時に、やっぱり任意団体だと劇場との契約上支障が出てくるということがあって。なかなか大変なことではありますが、これはもう、会社としてやろうと踏ん切りがつきました」(谷)

(左)小野塚さん、(右)谷さん

迎えた2018年。第一部上演に先立つ5月にはアーツカウンシル東京の長期助成(2カ年480万円)も決定し、翌年までの事業のめどもついてきた。7月、こまばアゴラ劇場で幕を開けた第一部『1961年:夜に昇る太陽』の予算規模はアーツカウンシル東京の助成金のうちの50万円を含む約800万円だった。「2年目の方がお金がかかるだろうということで、1年目はなるべくアーツカウンシルからの助成金を低く抑え、その分劇団員が衣装を集めたり、オペレーションを谷さんがやったり、かなり切り詰めた運営をしていました」(小野塚)。「予算を切り詰めたい時には、ダルカラ(DULL-COLORED POP)ではよくやる手です。翌年の三部作連続上演ではすべてオペレーターに任せていましたが、この時は僕が音響のやり方を教えてもらい、ブースできっかけを叩き、ダメだしもとっていました」(谷)。
第一部初演の動員は20ステージで1,972名。福島(いわきアリオス)での公演も含めて注目度は高く、前売は完売。客席にも熱気が感じられ、劇評やインタビューの掲載も相次いだ。また、この公演と前後し、翌年の二部、三部、そして三部作連続上演の会場に東京芸術劇場が決まったことも、プロジェクトの行方を明るくするニュースとなった。
とはいえ第一部を経験したからこその不安や課題もあった。「第一部では、劇団員の人たちに、かなりのスタッフワークを振っていて。それでもお金のやりくりは大変でしたし、これだけやることが多いとなると、相当しっかり管理していかないと、とは思いました」(小野塚)。「うちの劇団は外注のスタッフをあまり使わないんです。劇団員に振れることは振って、そのぶんギャラを出すということを方針にしているので。今回だったら小道具として人形が出てきたんですが、その人形づくりだったり、制作業務の一部も劇団員にやってもらっていました。ただ、今振り返ると、その時は『ギャラを増やそう』ということで、一生懸命やっていて良かった面もあると思いますが、プロじゃない人間が触ることで時間がかかったり、うまくいかなかったことも多いわけで、そこは大変だったなと思います」(谷)

三部作一挙上演!「誤算」含みの成功

第一部公演後の11月には「三部作一挙上演」として芸術文化振興基金の助成を申請、457万1,000円の内定を得た。さらに、これまでの、東京、福島公演に加え、大阪公演も行うためのクラウドファンディングにも挑み、目標金額70万円に対して104万1,000円を集めた。だが、第一部の成功を受け、経済的にもできるだけの準備はして臨んだはずの一挙上演企画の幕開けは不安から始まったという。
「2019年7月6日のいわきでの第二部(『1986年:メビウスの輪』)上演が始まった時点で、8月からの東京公演でのチケットの販売率が30%程度だったんです。『ダルカラは潰れるかもしれない』という恐怖がありました。8月5日の東京の小屋入りの時点でも50%くらい。SNSでキャンペーンをしたり、リピーターチケットを販売したり、いろいろ工夫をしました。第三部(『2011年:語られたがる言葉たち』)が始まったのが14日で、徐々に予約は増えていましたが、まだ後方の席が売れ残っている状態だったんです」(小野塚)
状況が大きく変わったのは三部作連続上演が始まった8月23日以後。急速に予約が伸び、補助席や立ち見席を増やして対応することになった。当日券を得るために、数時間前から並ぶ人もおり、SNSでは観客による情報交換や感想の投稿が相次いだ。結局、2019年夏の連続公演での動員は、福島、東京、大阪の合計で8,502人(予算規模は約4,000万円)。前年の第一部と合わせれば1万人を超える人たちが、『福島三部作』に触れた計算だ。第一部初演が行われたこまばアゴラ劇場のキャパシティが100人に満たないこと、多くの小劇場の公演の会期が数日から1週間程度ということを考えれば、この数字がいかに大きいか。
実は資金の面では、最後に誤算もあった。予想を超えた終盤の売上げで総収入があがったことにより、430万円残したはずのアーツカウンシル東京の助成金が、最終的に235万5,555円となったのだ。結果、劇団は、劇場費としてあらかじめ受けとっていた経費(概算払い)320万円のうち、84万4,445円をアーツカウンシル東京に返金している。
「アーツカウンシル東京の助成は東京公演のみなので、本来は地方の分と予算を按分しなければならないんですが、私が全てを東京に乗せてしまい、結果として支出の多い予算書で概算払いを受けたことになりました。また、クリエーションの進行度合いによって、キャストやスタッフにかかる費用は変わりますが、その変更手続きもうまくいっていなかったんです。変更は初日の前日までできるので、小屋入り前のバタバタの時期でもこまめに費用を把握し、予算修正をしていくことが必要だったと思います。チケット売上げとの関係で弱気になりすぎない見込みも必要でした。1ヶ月前の時点で、あらゆる可能性を想定しつつ現実に近い予算書をつくることが理想です。それと、劇団としては、一つの公演が黒字ならいいというのではなく、全体の収支バランスを考えて動いていかないといけないというのも今回感じたことです」(小野塚)
『福島三部作』は強い意欲と筆力に加え、劇団力、制作力を結集させた、谷とDULL-COLLORED POPの代表作となった。今回の報告のテーマ「資金調達」が、その基盤となったことはもちろんだが、振り返ればそこには、単に着実に金額を積み上げていくだけではない、創作と資金の関係が見えてもくる。スケジュールにとらわれず自由にアイデアを育てるための資金(セゾン文化財団)、「支援する/される」にとどまらない創作のプロセスを共有する場としてのクラウドファンディング、より具体的な公演準備と実施のための費用を賄うための資金(アーツカウンシル東京、芸術文化振興基金)と、それぞれに異なる意味合いを持ち、時には制限も設けられた支援、資金をどのように捉え、組み合わせながら、クリエーションを駆動させるか。『福島三部作』の舞台裏での取り組みは、今後新たなクリエーションに挑むアーティストやカンパニー、制作者にとっても、大いに参考になるだろう。

福島三部作 創作と資金調達2
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(取材・構成 鈴木理映子)

第9回「福島三部作と資金調達」(後編)につづく


プロジェクト概要:https://www.artscouncil-tokyo.jp/ja/what-we-do/support/program/34165/

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