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「アートマネジメント人材等海外派遣プログラム」報告会

東京都とアーツカウンシル東京では、将来アーティストと社会をつなぐ役割を担う若手アートマネジメント人材を短期で芸術フェスティバル等に派遣し、国際的な活動の第一歩となるよう、海外の芸術文化関係者のネットワークを作る機会を提供する「アートマネジメント人材等海外派遣プログラム」を実施しています。
ここでは、派遣後の報告会をレポートします。

2025/03/13

2024年度 アートマネジメント人材等海外派遣プログラム報告会

国際的なアートハブとしての機能の強化を目指す「東京文化戦略2030」。中でもアートマネジメント人材の育成は重要なテーマの一つです。2023年度にスタートした「アートマネジメント人材等海外派遣プログラム」は、若手アートマネジメント人材を対象に海外の芸術フェスティバル等への短期派遣を行い、現地での体験や海外の芸術文化関係者との交流を通して、派遣参加者自身の国際的な活動の第一歩を後押しすること、さらに本事業をきっかけに東京と派遣先との連携を深めネットワークの構築・強化につなげることを目指しています。

2回目の実施となった2024年度は、視覚芸術分野を代表するビエンナーレである「ヴェネツィア・ビエンナーレ」に3名、舞台芸術分野においては、東南アジアで最も古いコンテンポラリーダンスのフェスティバルである「インドネシア・ダンス・フェスティバル(ジャカルタ)」に3名、世界最大規模の国際プラットフォームである「CINARS(モントリオール)」に4名と、計10名が派遣されました。

2025年2月6日、派遣参加者が一堂に会して派遣後の報告会が開かれました。第1部は、各自がプレゼン形式で派遣先での体験談や成果を紹介。主催者が企画した参加必須のベーシック・プログラムと、自らの興味関心に基づいてリサーチを行い、視察・関係者へのヒアリングなどの企画・交渉・調整を行ったオリジナル・プログラムについて、それぞれ報告を行いました。第2部は座談会形式でお互いの発見や気づきをさらに深掘りし、派遣後の展開や今後の活動について語らいました。


◼️第1部 派遣参加者による活動報告

◇ヴェネツィア・ビエンナーレ、ミラノ、ローマ派遣報告

【ベーシック・プログラム】
ヴェネツィア・ビエンナーレでは招待制のプレ・オープニングである「ヴェルニサージュ」に参加。4日間の滞在期間では見切れないほどのプログラム数で、興味のあるものをそれぞれに観て回ったとのこと。アート関係者の国際交流の舞台でもあるオープニングウィークに参加できたことが貴重であったと振り返ります。また、ミラノとローマでは、文化施設の訪問や展示鑑賞、関係者ヒアリング、アトリエ訪問を経験。行く先々で自己紹介を何度も経験するうちに、自分の興味関心を英語で表現するよい訓練になったといいます。

【オリジナル・プログラム】

三木茜さん[アートマネージャー]:
シンポジウム会場ではホワイエに映像作品が流れていて、それを鑑賞しながら軽食を片手に交流ができるんです。参加者同士がソーシャルに交流できるチャンスを事務局が設けるアイディアは、自分の仕事にも取り入れたいと思えるものでした。帰国後、ヴェネツィアで見たアーティストと再会する機会を得て、現地での話で盛り上がったことも自信になりました。

岩田智哉さん[キュレーター]:
ケアの思想や美学をいかに展覧会実践の中に落とし込んでいくかを考えながら活動しているので、そうした思想と実践の可能性や限界を目の当たりにしつつ、各国から集まったアート関係者同士で議論ができたことは有意義でした。カザフスタン館で知り合ったキュレーターに協力を仰いで、かねてより関心を寄せていた中央アジアのオルタナティブなアートシーンのリサーチができたことが良かったし、今後一緒に企画もできたらと考えています。

戸塚愛美さん[インディペンデント・キュレーター]:
ヴェルニサージュで同業者と知り合い交流する中で、国際的な舞台でのインディペンデントな活動の仕方について聞けたのが参考になりました。帰国後に早速、リトアニア館で出会った関係者と協力して展覧会を実現できたので、今後も縁を繋いで国際的な活動を続けていきたいです。

◇インドネシア・ダンス・フェスティバル(ジャカルタ)、ドラマリーディング・フェスティバル(ジョグジャカルタ)派遣報告

【ベーシック・プログラム】
自国のアーティストが世界とつながる場としてインドネシアの国際的なプレゼンスを高めることが強く意識されたインドネシア・ダンス・フェスティバル(以下、IDF)、ローカルなコミュニティをベースに直面しているテーマと向き合うインドネシア・ドラマリーディング・フェスティバル(以下、IDRF)と、2つのフェスティバルを体験。ジャカルタではIDFのディレクターやキュレーターへのヒアリング、ジョグジャカルタでは現地のアーティストやアートワーカーが拠点とするスタジオやシアターを訪問し、食事を一緒にいただきながらひたすら話をしたそう。お互いの活動についての会話が大いに盛り上がったようで、現地での和気藹々とした雰囲気が感じられた報告でした。

【オリジナル・プログラム】

寺田凜さん[制作、アートマネジメント]:
IDFは人材の発掘育成に力を入れている点で注目していました。本派遣で現地アーティストの制作環境を具体的に想像できるようになったことは、今後の仕事に生きそうです。IDFが集団キュレーションを採用することには、インドネシアという国が文化の多様性を自負しており、それゆえに国内外問わずあらゆるコンテクストやローカリティを表象する使命感を強く感じました。

菊地もなみさん[ディレクター、パフォーマー]:
「集い、ともに時間を過ごす」という意味のNongkrong(ノンクロン)という文化があり、その文化の延長にアート・コレクティブの在り方があるという言葉が印象に残っていて、Nongkrongの文化が生活と地続きにあることを実感しました。インドネシアのアートコミュニティの成り立ちと文化や経済が発展していくエネルギーの大きさも肌で感じました。

黒木裕太さん[ 制作、ダンサー、演出家]:
想像以上に国際的な連帯に向かっているIDFのあり方を目の当たりにして刺激を受けました。特に若手制作者に対するレクチャーで、アーティストが活動していくための資金調達や連帯のあり方などが題材とされていた点は日本の状況とも共通していました。

◇CINARS(モントリオール)派遣報告

【ベーシック・プログラム】
CINARSのいくつかの公演を鑑賞したほか、MUTEKの本拠地やシルク・ドゥ・ソレイユの本拠地などを見学。メディアアートやコンテンポラリー・サーカスなど、モントリオールが世界に誇る舞台芸術の心臓部に迫りました。CINARSのエグゼクティブ・ディレクターとのミーティングでは「長期的な視点を持って、2回、3回と通う中で関係性をつくっていけばいい」という心強いアドバイスに勇気付けられたといいます。

【オリジナル・プログラム】

臼田菜南さん[舞台芸術広報]:
CINARSの広報担当者や出展者との対話で、各国の広報ツールの違いや人材・予算についての課題感を共有したことで、お互いに手を取り合って協力できることもありそうだと可能性を感じました。客席の観客の反応が大きかったのも印象的で、日本でも観客との交流をもつことに広報や創客につながる糸口を見いだせるかもしれないと感じています。

大塚健太郎さん[劇作家、演出家、プロデューサー]:
モントリオール在住の舞台照明家・西川園代さんとお話しして、身体芸術に対する公的資金の充実度や文化に対する理解度・持続可能性への意識の高さを学ぶ機会を得ました。CINARSには世界中からプロデューサーが訪れ、交流を通じて日本の作品を海外に向けて発信するための課題と可能性を理解することができました。また、YPAM(横浜国際舞台芸術ミーティング)とKYOTO EXPERIMENT(京都国際舞台芸術祭)の国際的な注目度の高さがわかり、日本国内でできることもまだあると思いました。

大野創さん[アートマネージャー、アドミン、制作者]:
CINARSは動線の中に参加者同士が話す仕掛けがたくさん仕込まれていたのが印象的でした。会場でドリンクを飲みながらパフォーマンスを見て、終演後はそのまま盛り上がって同じ送迎バスでホテルへ帰りながら話ができる雰囲気だったり、拠点がホテルなのでロビーやプールなどでざっくばらんに交流したりと、随所に自然と関係者とつながれる仕組みがあるんです。それが参加者のネットワーキングのために有効に機能していると感じました。

笠川奈美さん[ 振付師、ステージングディレクター]:
毎朝ホテルのプールで繰り広げられていた感想合戦は、いろんな言語でいろんな意見が飛び交っていて刺激的でした。帰国後にアドバイザーのケベック州政府在日事務所文化担当官の久山友紀さんにご紹介いただいて参加したシルク・ドゥ・ソレイユのキャスティングミーティングでは、労働契約や労働環境が明文化され整っていることに感動。日本でパフォーマーを目指す若者が直面する状況を改善するヒントが得られればと興味深く耳を傾けていました。

◼️第2部 座談会(ラウンドテーブル)

モデレーター(以下、M):第1部の発表ありがとうございました。まだまだ話し足りないことやお互いに聞いてみたいことなども含めて、ここからは座談会形式としたいと思います。まずは皆さん全員への質問です。今回の派遣プログラムでの経験を踏まえて、今後どのように活動していきたいですか?
※ヴェネツィア・ビエンナーレ派遣参加者(V)、インドネシア派遣参加者(I)、CINARS派遣参加者(C)

大野さん(C):CINARSで体験したネットワーキングを意識した動線デザインを、自身が担当する海外派遣事業でも実装できないか提案しています。
笠川さん(C):日本以外に拠点を持ちたいです。海外でクリエーションの仕事ができる人材になりたいです。
黒木さん(I):派遣で得た新たな人脈を活かして既存のプロジェクトを展開させていきたいです。自分が専門とする障害者との創造活動をインドネシアへつなげていくのも面白そう!
菊地さん(I):国際共同制作をしたい思いがより強く具体的になりました。実現に向けて動き出したいです。
寺田さん(I):人材育成は自身のキャリアの軸になると再確認しました。自分から外に出て継続的に人に会ったりフェスティバルを訪問したりすることが大事だと実感しています。また、海外から招聘を受け入れる際は、自国のやり方を押し付けて誰かを排除していないかを考えたいと思いました。

三木さん(V):自分が何者かを何度も説明したおかげでやりたいことがクリアになりました。そういった場を若手のためにもつくりたいです。
岩田さん(V):大規模な催しを体験したからこそ、自分のオルタナティブなスペースで取り組みたい国際的な活動の形が見えてきました。いつか国際展のキュレーションに携われたら今回の経験を生かせるはず。
戸塚さん(V):海外で活動し続けることが目標です。
臼田さん(C):広報をコミュニケーションと捉える姿勢に共感しました。今回の経験を伝え続けていくこと、出会いを持続させること、海外の方との新たな出会いを求めることを大切にしたいです。
大塚さん(C):興行としての成功と自分たちがやりたいことの追求との折り合いがついている演劇活動の新しいモデルをつくりたいです。

M:現地で一番刺激を受けたこと、現地に行ってわかったことを教えてください。
黒木さん(I):首都移転の影響でジャカルタが文化拠点文化都市へと転換を図ろうとしている中で、フェスティバルがその一助を担っていたのが印象的でした。
戸塚さん(V):ヴェネツィア・ビエンナーレでは各国の政治状況が水面下で複雑に働いているので、それを調整するキュレーションサイドの苦労を垣間見ました。

M:海外と日本で異なると感じたこと、日本でも取り入れたいと思ったよい点を教えてください。
三木さん(V):美術のための美術の場所ではなく、国際関係や環境問題など複合的に多様な物事が絡んでいることに非常にオープン。トークイベントやシンポジウム等の強化は日本でもするべきです。いかに作品を届けるかにリソースを割く余裕を日本の現場でも取り入れていけたら。
菊地さん(I):今できることを柔軟にやる伸びやかさと、余白の中に何かが生まれる豊かさが印象的でした。私も自分から余白を生み出せる人になれたら。国際的に活動するなら知っておきたい、東南アジアと日本の関係、日本の歴史背景や国際的な立ち位置を勉強する場を同世代でつくりたいと思いました。
大塚さん(C):日本における舞台芸術関係の助成は赤字補填の意味合いが強いが、ベンチャー企業への投資支援のように助成の先にある発展につながる仕組みがあれば、例えば国際展開を目指すような作品づくりがよりしやすくなると感じます。

満員の聴衆に見守られながら、派遣先での体験を熱量そのままに熱く語る10名。共通していたのは、派遣先での体験を素直に吸収することで自らの課題意識やキャリアの軸を再確認し、自分の次のアクションについて派遣先で得た人脈や情報を生かして、早速実践に動き出す企画力と実行力を兼ね備えていること。短いながらも濃密な1週間から得たものはかけがえのないものであったことが伝わってきました。各々の異なる視点から紡がれる言葉が折り重なって、現地の様子が立体的に浮かび上がってくるように感じられた報告会でした。

【派遣参加者プロフィール】

◇ヴェネツィア・ビエンナーレ、ミラノ、ローマ派遣
岩田 智哉 IWATA Tomoya
キュレーター
東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科修了。2022年4月より、キュラトリアル・スペースThe 5th Floorのディレクターを務める。「Gwangju Biennale Academy International Curator Course」(光州、2024年)、「2024 Workshops for Emerging Arts Professionals: New Flows」(Para Site:香港、2024年)等の国際的なプログラムやシンポジウムに参加。

戸塚 愛美 TOTSUKA Manami
インディペンデント・キュレーター
公共空間における展示のあり方に関心を寄せ、サイトスペシフィックなアートプロジェクトに多数参画。主な展覧会に、さいたま国際芸術祭2020公募キュレーター企画展「I can speak」(2020年、さいたま市)、「Words are Bellows」(2024年、リトアニア首都ヴィリニュス)など。NPO法人BARD代表理事。

三木 茜 MIKI Akane
アートマネージャー
武蔵野美術大学卒業後、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ修了。アートフェア東京、あいちトリエンナーレ2019、ANB Tokyoなどで事務局を経験。2023年よりフリーランスとして活動を開始し、アートと社会をつなぐさまざまな事業の進行管理や制作に携わる。クリエイティブな事務局づくりを目指し、アートと社会をつなぐさまざまな事業の進行管理や制作に携わる。

◇インドネシア・ダンス・フェスティバル(ジャカルタ)、ドラマリーディング・フェスティバル(ジョグジャカルタ)派遣
菊地 もなみ KIKUCHI Monami
ディレクター、パフォーマー
早稲田大学文化構想学部卒業。
俳優としてキャリアをスタートし、劇場での舞台班、演出助手などを経験。山形、兵庫、奄美など日本各地のフィールドワークを展開し、各地の風土や暮らしに育まれてきた表現、土地と身体のつながりを探究する。
2023年インドネシア滞在。(国際交流基金)国や文化、分野を越えた協働と、様々な人が集う「場」づくりに関心をもつ。

黒木 裕太 KUROKI Yuta
制作、ダンサー、演出家
2020年度東京芸術劇場プロフェッショナル人材養成課程修了。以降はフリーランスとして東京芸術劇場社会共生担当事業に携わる。2018年からインドネシアのアーティストとコラボレーションを行っている他、地元宮崎県の中山間地域でのコミュニティプロジェクトなど、地域に根差した多様な人々との活動を展開している。

寺田 凜 TERADA Rin
制作、アートマネジメント
東京学芸大学教育学部教育支援課程(E類)表現教育コース卒業。学生時代の俳優業やロンドンへの留学を経て、合同会社syuz’genに新卒入社。以降、人材育成事業や現代演劇の公演制作を担当。2021年より、東京芸術祭の人材育成事業「東京芸術祭ファーム」の制作を担当し、2024年には統括を務めた。

◇CINARS(モントリオール)派遣
臼田 菜南 USUDA Nanami
舞台芸術広報
舞台芸術業界の広報支援を担う中間支援団体にて、公演宣伝のための記事執筆やSNS運用等を担当後、2023年からはフリーランスで、これまで同様芸術分野の広報業務に加え、他業界のマーケティングにも携わる。2024年より、舞台芸術に関心をもつ人が集うコレクティブ「ゲイジュツの空き地」を始動。創客につながる取り組みの実践をつづけている。

大塚 健太郎 OTSUKA Kentaro
劇作家、演出家、プロデューサー
劇団あはひ主宰。早稲田大学文学部演劇映像コース卒業。2022-23年度セゾン文化財団セゾン・フェローに選出。2024年度より三井みらいチャレンジャーズオーディション(カルチャー創造部門)に採択。

大野 創 ONO Hajime
アートマネージャー、アドミン、制作者
桜美林大学にて劇作、演出を学び、その後東京を中心に同年代の劇団で制作活動を開始。劇団の団体運営を請負ながら、公共の事業のアドミンとして活動。
現在は緊急事態舞台芸術ネットワークが主催する『SOIL事業』の事務局として事業を推進している。

笠川 奈美 KASAKAWA Nami
振付師、ステージングディレクター
中学生から演劇を始め、大学在学中、トルコの演劇学部に交換留学。大学卒業後ダンスに目覚める。モダンダンサー森澤碧音に師事。広崎うらん、増田ゆーこの元でアシスタントを経験し現在、振付師、ダンサー、ステージングディレクターとして活動中。


アートマネジメント人材等海外派遣プログラム
東京都が世界的な芸術文化都市を目指す上で、世界に通用する作品を生み出しその価値や芸術性を発信することで東京と世界とをつなぐ役割を担う、若手アートマネジメント人材の育成が欠かせません。本プロジェクトでは、意欲溢れる若者たちを短期で海外の芸術フェスティバル等に派遣し、先駆的な作品や創作創造現場に直に触れ、グローバルな視点から創造的な活動を推進、海外セクターとネットワーク構築・強化する機会を提供し、国際的な活動の第一歩となるよう後押しすることを目指しています。
2024年度事業ページ

2024年度映像


撮影:中山裕貴
取材・文:前田真美

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