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コラム & インタビュー

アーツカウンシル東京のカウンシルボード委員や有識者などによる様々な切り口から芸術文化について考察したコラムや、インタビューを紹介します。

2015/06/30

官民協働を推進するために

アーツカウンシル東京カウンシルボード議長 / 公益社団法人企業メセナ協議会 専務理事
加藤種男

 消費ではなく創造が重要だ、と言い続けてきた。芸術文化振興を担う機関が、これほど消費にだけ関心を持ち、創造に配慮しないのは世界的に見ても珍しい。

 長く製造業に籍を置いた者から見ると、製造と販売が一体となるのは、あまりにも当然。にもかかわらず、芸術文化の分野では、製造に当たる創造が考慮されずに、販売に当たる公演や展示にだけ注目される。これでは、日本文化は流行の変化にだけ敏感だが、使い捨てのタレント文化に終わり、真の芸術家、芸術活動を生み出すことが出来ないのではないか。

 大量生産大量消費型の娯楽文化は、消費経済の観点からは重要なものだが、だからこそその消長は市場に委ねておけばいいのである。市場になじまない公共財への支援が、行政の文化政策や企業のメセナ活動の対象となる。これは何十年も前に確立した芸術文化政策の通説であり、また経済学の通説でもある。にもかかわらず、オリンピック・パラリンピックの文化プログラム展開という公共性の高い事業に、なぜ相も変わらず市場消費型のイベントを繰り出そうとするのか、不可解なことだ。
 
 企業が、まがりなりにも、消費財としての娯楽文化と、創造型の公共財としての文化を区分して来たのはなぜか。企業は、普段の改革、イノベーションを求められていて、そのために常に社会の最先端の動きにアンテナを張っている。社会の変化をいち早く表現し発信するのに得意なのは、創造的なアーティストやクリエイターである。したがって、彼らの予見能力に賭ける意味が企業にはある。常にチャレンジを追求し、恐れないのは、そのためである。公共性公益性の高い新しい社会サービスや製品開発を生み出す源泉がここにある。だから、宣伝のために娯楽文化を使うことがあっても、企業メセナ活動では、創造性を重視して、この二つを区分している。

 先駆的なアーティストやクリエイターの創造性に最も抵抗するのは、すでにある文化システムの既得権を有する専門家たちである。行政もしかりで、本来社会ニーズを先取りした新たな公益サービスの開発提供をすべき機関であるにもかかわらず、既存のサービスを保守する傾向が強い。

 一例をあげると、都市行政における、水際を巡る考え方である。近年まで、都市政策の圧倒的な傾向は、水際嫌悪政策というべきものだった。河川や運河や堀や、湖沼、潟、海浜などと共存する都市づくりをめざす政策は、長く拒絶されてきた。その結果、水際と見ると、これを堤防で遮断し、湖沼や潟や運河や掘割は埋め立てられ、それが叶わなければ、河川は蓋をされて暗渠となった。こうして水際拒絶政策がどういう結果をもたらしたかは、日本橋の状況に象徴的である。ようやくその価値を再評価する時代が来ても、高速道路の撤去移設は容易には実現しない。

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すみだ川アートプロジェクト(SRAP)

 アサヒビールが1989年に、フィリップ・スタルクの設計で、「フラム・ドール(金の炎)」を隅田川に向けて建設したのは、この政策の転換を促す意味もあった。巨大彫刻によって、つまりは芸術文化によって都市政策に一石を投じようとしたのである。近年隅田川の親水性が高まったのは、この結果だとまで言うつもりはないが、政策転換は大いに評価したい。

 さらに、この方向性を推進するため、アサヒビールでは「すみだ川アートプロジェクト」(SRAP)を2009年に立ちあげて、この「フラム・ドール」から隅田川全域でのアート活動へと拡大を図っている。実に隅田川は80年前には、ここで泳げ、まさに白魚の棲む川であった。だから、その再生を80年かけても達成したいとの願いを込めて、SRAPは2089年まで続けると宣言している。
 
 行政は、文化の創造性における企業の先駆性をまず評価しなければならない。我々もまた、行政の持続力を評価している。相互のリスペクトがあって、はじめて官民の協働は成立するのではなかろうか。