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アーツカウンシル東京ブログ

アーツカウンシル東京のスタッフや外部ライターなど様々な視点から、多様な事業を展開しているアーツカウンシル東京の姿をお届けします。

アーツアカデミー

アーツカウンシル東京の芸術文化事業を担う人材を育成するプログラムとして、現場調査やテーマに基づいた演習などを中心としたコース、劇場運営の現場を担うプロデューサー育成を目的とするコース等を実施します。

2018/01/22

アーツアカデミー2017レポート第3回:芸術・文化に「税金を使う」根拠、どう説明する? [ゲスト:片山正夫さん]

アーツカウンシル東京が2012年から実施している「アーツアカデミー」。

1年を通してアートをめぐるリサーチを行いながら、東京都の文化政策や助成制度を知り、芸術文化活動の評価のあり方について考え、創造の現場が抱える問題を共有するアーツアカデミーは、これからのアートの世界を豊かにしてくれる人材を育てるインキュベーター(孵化装置)です。

当レポートでは、アーツアカデミーの1年をご紹介していきます。



8月1日の研究会のゲストは、公益財団法人セゾン文化財団常務理事の片山正夫さん。「芸術文化に対する公的支援の根拠」をテーマに、芸術文化支援の最前線を走ってこられた片山さんと、各々の立場でアート制作の現場にかかわってきた調査研究員の間で、熱いディスカッションが繰り広げられました。

「アートは社会に役立つ」という議論がはらむ問題

調査研究員には、事前に片山さんの論考「アートで社会課題を解決?」を読み、それを踏まえて、芸術文化への公的支援は必要ないと考えている人に対して、その根拠をどう説明するか考えてくる、という宿題が出されていました。

芸術文化に対する公的支援については「文化芸術基本法」に明記されており、公的な芸術支援の仕事はこの法律の執行といえる、と片山さんは語ります。しかし、この法律は第1条から具体的な振興の方法について述べており、支援の根拠を規定しているわけではありません。前文では“文化芸術は、人々の創造性をはぐくみ、その表現力を高める”、“多様性を受け入れることができる心豊かな社会を形成“し、“世界の平和に寄与する”といったことが述べられていますが、そこに説得力を感じるかどうかには大きな個人差がありそうです。

片山さんによれば、そもそも芸術文化支援に根拠の説明が必要かどうかという点は、国によっても差が大きいとのことです。たとえば欧州諸国、特にフランスは、政府の芸術支援に強いコンセンサスがある社会だと見なされています。一方、米国は政府の役割が相対的に小さいかわりに、芸術を市民で支えようという機運があり、民間の寄付がさかんです。

「日本は、政府の芸術支援に対するコンセンサスが弱い社会という印象があります。民間がアートを支えようとする動きも、決して強いとはいえません。だからこそ、公的支援の根拠が必要になってくるんですね」

そのため、近年「アートは社会の役に立つ」といった議論がさかんになっていますが、そこには危険もあると片山さんは指摘します。アートが社会課題解決の手段と見なされるということは、他の手段にたやすく取って代わられる可能性もあるし、役に立たない(ようにみえる)芸術に支援は不要という風潮に行き着くかもしれません。

「たとえば『芸術は地域コミュニティの一体化に役立つ』という主張がありますよね。でも『いや、それならスポーツのほうがいいでしょう』と言われたとたん、支援の根拠はもろくも崩れ去ってしまいます」

アート支援は「社会の硬直化を防ぐ投資」!?

では、他の手段ではなく、芸術・文化に税金を使う根拠はどう説明できるのでしょうか? 調査研究員からは様々な意見が出されました。
「コミュニティの倫理に反すること、たとえば『人を殺したい』という欲望に対し、それを刑罰をもって規制する法律、倫理を学ばせる教育という制度があります。芸術には、倫理に反する混沌としたものも否定せず、救っていく役割があるのでは」
あるいはまた、こんな意見も。
「まったく役立たないと思われていた科学の基礎研究が、後の世の常識を変えることがあります。同様に、意味不明と思われていたアートが新しい思考回路を示して、思考のインフラが崩れるような危機を救う場合もある。基礎研究に一定の予算が必要なように、社会の硬直化を防ぐための投資として、芸術への支援には根拠があるのではないでしょうか」

議論はさらに、未来の思考回路を変える可能性があるほど先鋭的なアートの支援は、国がすべきか民間がすべきか……といったことへと進んでいきました。最も先鋭的なものにこそ国が投資すべきという意見もあれば、いやそれでは国民の理解が得られない、何物にもとらわれず自由に使える民間の投資こそふさわしい、という意見の両方があり、どちらも正しいと片山さんは言います。「民間支援の機運がふつふつとわいているなら国は税制などでそれをバックアップすればいいし、必要なのに民間支援の機運が少ない領域があれば国が主体となって支援する必要があるでしょう。実際は現場で起こっていることを見るしかない」。文化政策の現場に長く携わってきた片山さんならではの、重みのある言葉でした。

研究会後半では、今年度のアーツアカデミーにおける各調査研究員の研究テーマについて、片山さんを交えてディスカッションが行われました。最後に、片山さんは「現場を知っている皆さんならではの強い問題意識と情熱を感じました。時間は限られていますが、聞いた人が『ああ、そうだったのか』と発見を得るような研究にしてください」とアドバイス。研究会は熱気のうちに閉会しました。

次回の研究会は、京都大学こころの未来研究センター特定教授で美学者の吉岡洋さんをゲストにお招きし、芸術の役割についてさらに考えていきます。どんなディスカッションになるのか、次回のレポートにご期待ください。


<ゲスト>
片山正夫(かたやま まさお)
公益財団法人セゾン文化財団常務理事/アーツカウンシル東京カウンシルボード委員
1958年兵庫県生まれ。(株)西武百貨店を経て1989年、セゾン文化財団事務局長に就任。2003年より常務理事。1994~95年、米国ジョンズホプキンス大学政策研究所フェローとして、芸術助成プログラムの評価を研究。立教大学21世紀社会デザイン研究科特任教授のほか、(公財)公益法人協会、(公財)助成財団センター、(公社)企業メセナ協議会理事、(学)国立学園監事、東京都芸術文化評議会専門委員、アーツカウンシル東京・カウンシルボード委員、市民社会創造ファンド運営委員等を務める。著書に『NPO基礎講座』『プログラム・オフィサー』『民間助成イノベーション』(いずれも共著)等のほか、昨年には『セゾン文化財団の挑戦――誕生から堤清二の死まで』を上梓。

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