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アーツカウンシル東京ブログ

アーツカウンシル東京のスタッフや外部ライターなど様々な視点から、多様な事業を展開しているアーツカウンシル東京の姿をお届けします。

アーツアカデミー

アーツカウンシル東京の芸術文化事業を担う人材を育成するプログラムとして、現場調査やテーマに基づいた演習などを中心としたコース、劇場運営の現場を担うプロデューサー育成を目的とするコース等を実施します。

2018/01/29

アーツアカデミー2017レポート第4回:芸術が「役に立つ」ということはどういう事か [ゲスト:吉岡洋さん]

アーツカウンシル東京が2012年から実施している「アーツアカデミー」。

1年を通してアートをめぐるリサーチを行いながら、東京都の文化政策や助成制度を知り、芸術文化活動の評価のあり方について考え、創造の現場が抱える問題を共有するアーツアカデミーは、これからのアートの世界を豊かにしてくれる人材を育てるインキュベーター(孵化装置)です。

当レポートでは、アーツアカデミーの1年をご紹介していきます。



去る8月29日、アーツアカデミーの研究会が行われました。アーツアカデミーのプログラムのひとつである「研究会」は、多彩なゲストをお招きしたレクチャーや調査研究員同士の分野を越えたディスカッションを通して芸術文化支援の方法や理念を考える場です。

この日は美学者の吉岡洋さんをお迎えして、「芸術が『役に立つ』ということはどういう事か」をテーマに調査研究員を交えたディスカッションが行われました。

まず吉岡さんによって、さまざまな話題を交えた内容のレクチャーが行われました。たとえば1980年代と1990年代に生じた大学のカリキュラムの「横断領域指向」について。やがてそれは芸術への価値判断にも及び、芸術がかつての独立した対象を超え出て、美学・心理学・社会学・さらにはビジネスとも関連した複合的視点で観察される対象となってきたことについて、ご自身が実際に関わった仕事の事例に触れながら具体的にお話しされました。

吉岡さんは美学者ということもあって、わたしたちがものを考えたり価値判断したりすることそれ自体について考えるという、哲学的な視点をお持ちです。したがって、お話しされるどのエピソードも、何かを判断する基準というものが固定した絶対的なものではなく、むしろ曖昧な部分を含むものであることをさりげなく伝えているように思われました。社会や環境の変化に対して客観的な視座をもち柔軟な精神で対応する能力は、芸術文化に関わる調査研究においても役立つ部分がありそうです。

お話はさらに縦横無尽に展開して行き、いよいよ今回のテーマ「芸術が『役に立つ』ということはどういう事か」と直接的に関わる話題へと移ります。手掛かりとするのは、吉岡さんが前日まで滞在していた韓国の国立現代美術館ソウル館で開催中の現代美術家クシシュトフ・ヴォディチコ※1の展覧会です。

ヴォディチコは、ホームレスや退役軍人や引きこもりの人など大都市で声をあげることのできない人たちの映像を都市の記念的建造物に投影し、同時に彼等にインタビューした声をシンクロさせることで、まるで歴史的建造物が語りかけてくるような強烈なメッセージを発する作品で知られています。では、この作品は、何かの役に立っているのでしょうか。普通の製品のような意味で役に立たないからこそ、社会や国家と人々との関係を変えることにつながっているのではないでしょうか。つまり、問題が解決したから「役に立った」と考えるのではなく、人々の意識に働きかけること自体が、芸術によって社会を守るために「役立っている」と言えるのではないか・・・。

今回の吉岡さんのレクチャーは、芸術として「役に立つ」ことの意味とあり方について、芸術を背後で支える時代や状況の価値観との関わりを意識しつつ、ひとりひとりの心の内部で認識を深めていく時間となりました。

※1
クシシュトフ・ヴォディチコ Krzysztof Wodiczko
1943年、ポーランド、ワルシャワ生まれ。ワルシャワ美術アカデミー大学院工業デザイン科修了。MIT先端視覚研究所教授を経て、ハーバード大学大学院デザイン学科アート・デザイン・公共圏コース教授、ワルシャワ人文社会科学大学上級講師を歴任。公共の建造物にスライドやヴィデオを映写して社会的メッセージを発する「パブリック・プロジェクション」という独自の形態の作品で知られており、戦争や暴力の被害者、移民、ホームレスなどの存在を意識した、抑圧する側と抑圧される側との障壁を扱った創作活動を行っています。ヴェネツィア・ビエンナーレ(1986年と2009年)、ドクメンタ8(1987年)、光州ビエンナーレ(2000年)などに参加。1998年第4回ヒロシマ賞受賞。2011年ポーランド文化賞受賞。日本でも多くの作品が紹介され、高い評価を受けています。
今回、吉岡さんが言及していたのは、2017年7月5日〜10月9日まで国立現代美術館ソウル館で開催されたクシシュトフ・ヴォディチコの東アジアで初となる大規模な回顧展です。ヴォディチコの作品は、現在の世界の政治情勢や難民問題等さまざまな社会問題に対して、アートによって何ができるのかを問いかけるものです。
http://www.mmca.go.kr/eng/exhibitions/exhibitionsDetail.do?menuId=1020000000&exhId=201703080000525

<ゲスト>
吉岡洋(よしおか・ひろし)
京都大学こころの未来研究センター特定教授/美学会会長
情報科学芸術大学院大学教授、京都大学大学院文学研究科教授などを務めたのち、2016年より現職、また、2016年10月より美学会会長を務める。
18世紀以降のヨーロッパ近代思想に由来する美学・芸術学やメディア理論をバックグラウンドとしつつ、現代の芸術やメディアアートの現場と関わりながら多数の論考や出版物を発表し、一方では京都ビエンナーレにてディレクターを務めるなど、作品制作や発表の場でも活動している。

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