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アーツアカデミー

アーツカウンシル東京の芸術文化事業を担う人材を育成するプログラムとして、現場調査やテーマに基づいた演習などを中心としたコース、劇場運営の現場を担うプロデューサー育成を目的とするコース等を実施します。

2021/12/17

アーツアカデミー2021「芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座」第5回レポート:広報・パブリックリレーションズとは? ~活動の価値を伝える力を磨く~

芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座」第5回のテーマは、広報・パブリックリレーションズ。キャパシティビルディング講座では初めて扱う題材です。講師の上岡典彦(うえおか・のりひこ)さんは、資生堂の企業文化誌『花椿』の元編集長です。なんと、毎月10本映画館で映画を見るので年間120本、すでに登った百名山は50以上だそう!「(例えば自己紹介の場面でも)数字を伝えると覚えてもらえるでしょう? 広報パーソンにとっては、自分を記号化することが大事です」と、講座はさっそく始まります。

最初の40分は、自己紹介をかねて『花椿』での取り組みについて解説します。上岡さんは編集長就任を機に誌面を大幅リニューアル。これまでの『花椿』の歴史・あゆみを全て振り返ったうえで、新企画として、『花椿』の伝統ともいえる詩のコーナーを作ったり、花椿のメインターゲットとして定めた30~40代女性に人気のある自社CM出演タレント、小説家などを誌面に起用しました。また、資生堂の事業との連動を狙いにアジアの国々を訪ねレポートする記事の企画もしました。さらにはWEB化も推進しました。「資生堂は、女性に次の時代の生き方を提案していく企業だ」という思いのもと構成した『花椿』が完成しました。いずれも、「これまで脈々と続いてきた花椿のDNA、そのベクトルを未来にどう伸ばすかを考え、当時の社会状況の中で広報誌として資生堂にどう貢献できるか」をリニューアルにあたって重視したとのことでした。

最後に大事なこととして、広報誌は作っただけで終わらないということ。美容部員に店頭で活用してもらいたい、まず社員に読んでもらいたい、との思いから、いろんな部署の朝礼に出向き「こんな思いを込めてリニューアルしたんだ」と伝える時間を設けてもらいました。「やっぱり思いなんですよ。暑苦しく語りました」と、上岡さんは熱を込めて語ります。

広報とは?──資生堂の事例から

広報の歴史は、18世紀アメリカに遡ります

上岡さんは、『広報(PR/パブリックリレーションズ)』の仕事とは「合意形成をつくること」と説明します。また、マネジメント全体に関係することなので、広報担当者だけでなく、(企業の場合は)経営トップやスタッフ全員で取り組むべきものです。そこには団体内外に関わらず、様々な人々とのコミュニケーションが存在しています。

広報には、伝えること以外にも目的や役割があります

『広報』と似た言葉に『宣伝』があり、よく誤解されることがあります。その違いは、『宣伝』は自己推薦で、メディアのスペースを買い取り発信すること。『広報』は基本的にはお金を支払わず、情報の内容・質で勝負し、メディアを通じて報道してもらうことです。いわば他者・第三者推薦とも言えます。どちらも、知ってもらうには大事なこと。自分から「私はこうだ」と言うことも、他人に「あの人・組織はこうだよ」と言ってもらうことも、両方が必要なのです。相乗効果をどう創出するかがポイントです。

混同しやすい『広報』と『宣伝』。いずれも必要な発信です

『広報』の活動には、次の(1)~(5)の機能があります。一般的には「発信」のイメージかと思われがちですが、役割は以下の5つに分かれます。
(1)『外部情報』の受信
(2)『外部情報』経営者・従業員への共有
(3)『内部情報』の受信
(4)『内部情報』従業員への共有
(5)外部への発信
ここからもわかるように、広報の対象は外の人々とは限りません。むしろ、団体の内部に向けたものが中心になります。これを「エンプロイーリレーションズ(=主には社員・チームメイトに、団体の理念やビジョンや方針を共有し、信頼を構築すること)」と言い、広報において大切なポイントです。

内部のメンバーに向けて広報を行うとは、どういうことでしょう。上岡さんの資生堂での経験を例に挙げながら、解説してくださいました。
例えば、経営者にメディアに出てもらった記事を社員が読み、さらに「こんなことを話していたよ」と社内コミュニケーションがうまれました(ブーメラン効果記事)。また、頑張っている社員を地元メディアに取材をしてもらうことにも注力しました(故郷に錦を飾る作戦)。ほかにも、資生堂の持つ企業資料館のバーチャルツアーを実施したり、社内イントラネットを活用してニュースを共有したり、自社の歴史を共有する社員向け素材を制作することで、団体のDNAを共有していきました。これは、内部に向けた重要な広報活動のほんの一例です。

実は、4ヶ月前にエバラ食品工業株式会社に転職された上岡さん。資生堂での経験を活かし、ラジオ企画『エバラジオ』などを立上げました。そこでは、社長の本音を聞きだす対談インタビュー、エバラあるある川柳、社員ひとことメッセージなど、自然に楽しくコミュニケーションを生む企画を考えているそうです。

本日のテーマ「重なりを見つける」

2つの円が重なる部分が「広報すること」にあたります

自分が伝えたいことばかり発信しては、独りよがりで相手に届きません。「伝えたいこと」と「時代の潮流、社会の関心」が重なるところにしか、受け手とのコミュニケーションが発生しないのです、と上岡さんは言います。では、どうやって時代の潮流や社会の関心を掴めばいのか、その考え方を紐解いていきます。

ヒントとして上岡さんがご紹介された、日本新聞協会発行の「ニュースの定義」(昭和41年)には、異常性、人間性、普遍性、社会性、影響性、記録性、地域性の7点に合致するとニュースになると書かれています。

ではどうすれば、これに当てはまることに、自分達が伝えたいことがマッチするのでしょう。上岡さんは例として、メイクアップアーティストを30人以上抱える資生堂らしく、女性役員向け、浴衣やマスク着用時、ひいきのチームのスポーツ観戦など、世の中で流行りかけていることと掛け合わせたメイクを提案し、ニュースリリースを発信しました。また、注目を集めるため、プレス発表会では当時話題になっている場所で、なかなか集まるのが難しい4人の売れっ子モデルを一同に会させました。ほかにも、当時では考えられなかった広告宣伝費の公開をしたり、戦略PRとして、メンズスキンケアブランドの実習会とトークイベント「これからの男の生き方について」を合体させ、さらに人脈構築パーティーを設けた、男性を集客した広報イベントを開いたりもしました。関心を持ってもらうのはどうすればいいか、さまざまな工夫や考えることが大事なのです。

また、「危機管理広報」として、メディアからどのような質問がきても対応できるように対応フローを作成したり、Q&Aを作成したり、事前にイメージ記事を数パターン準備していました。そういったノウハウもありながら、上岡さんがもっとも大事にしていることは「広報していく中で、どんな思いを込めているか。それがないと伝わりません」と言います。「妄想して、妄想して、とにかく妄想してください。世の中の接点と自分の伝えたいことが社会や時代とどう重なるのか、妄想するという「想像力」を武器に、その思いを伝えていくことです」。

「予算がなければ?」「効果測定は?」「コミュニケーションは?」

講座の後半、本来であれば広報戦略のベン図(集合図・論理図)を作るワークショップに取り組む予定でした。しかし、密度の濃かった講座を受けて、急きょ質疑応答に変更。上岡さんに、Zoomのチャットに集まった質問に答えていただきます。

受講生からは「予算がない場合もある。まず広報として取り組むことは?」「広報誌の効果をどうはかるか?」「広報部内でのコミュニケーションで気を付けていることは?」などの質問があがります。上岡さんは「社内の皆が何を伝えたいか、何をやっているか、社内の声を聞きまわることが大事」「広報は効果測定が難しいので、自分達が満足するものを作り、反省会をし、それを積み重ねていくこと」「1on1をきちんとやり、褒める部分から伝えること」など、経験則に基づく具体的なアドバイスを伝えてくれました。
ほか、「化粧品の広報として、性別のギャップをどうとらえているのか」や「障害者に関する取り組みは?」など、時代に即した社会倫理を重要視する質問もありました。

最後に、上岡さんが現在勤めているエバラ食品工業で計画している戦略を紹介。転職して4ヶ月。新たな場所で広報に取り組んでいくためにいろんな部門、関係会社に足を運んだそう。「自分達だけでできることは限られているので、こちらから出向きます。来てもらうのではなく、相手のホームグラウンドに行くことで見えることがあります」と、行動することの大切さを強調されました。

最後には、今回の講座内でやる予定だった、上岡さんのお話しを実践に落とし込むためのワーク(下記、ベン図)の紹介もされました。もっと時間があればと名残惜しいほど盛りだくさんの講座でした。

ベン図(集合図・論理図)。空欄を埋めることで、広報戦略を立てます

次の第6回講座は、小川智紀さん、若林朋子さんによる「思考の整理・課題の抽出・設定」として、キャパシティビルディング講座の前半を振り返り、受講生それぞれが向き合う課題やその取り組み方を皆で共有し対話する時間を予定します。

※文中のスライド画像の著作権は講師に帰属します


講師プロフィール
上岡典彦(うえおか・のりひこ)

エバラ食品工業株式会社 執行役員コミュニケーション本部長
1987年資生堂入社。営業、広報を経て、2009年第14代『花椿』編集長就任。同誌のリニューアルに取り組み、資生堂創業140年、『花椿』創刊75年の2012年に新装刊させる。その後広報に復帰し、2015年から広報部長。2019年社会価値創造本部アート&ヘリテージ室長。2016年から日本パブリックリレーションズ協会副理事長も務める。2020年には第36回「企業広報賞 企業広報功労・奨励賞」を受賞。2021年7月より現職。

執筆:河野桃子(かわの・ももこ)
運営:特定非営利活動法人舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)

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