ACT取材ノート
東京都内各所でアーツカウンシル東京が展開する美術や音楽、演劇、伝統文化、地域アートプロジェクト、シンポジウムなど様々なプログラムのレポートをお届けします。
2025/03/26
自分の身体を使って、新しい世界に会いに行く。パフォーマンスキッズ・トーキョー「冒険のはじめ方」レポート(前編)
アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)が、NPO法人「芸術家と子どもたち」と協働で行っているプログラム「パフォーマンスキッズ・トーキョー(以下、PKT)」。
このプログラムでは、ダンスや演劇、音楽などの分野で活躍するプロの現代アーティストが、都内の学校・ホール・児童養護施設などに通い、子供たちと一緒に10日間程度のワークショップを行います。そのなかで、子供たちが主役のオリジナルの舞台作品をつくり上げていき、最終日の発表公演で、ワークショップの成果をお披露目します。
一見シンプルにも見えるこのプログラムですが、その現場では実に様々なチャレンジが行われ、「誰かと協働するとは?」、「いま、ここで、このメンバーでしかつくれないものは?」、などの問いを通して、文字通りかけがえのない瞬間が生まれています。
今回はそのひとつ、ダンサー・振付家の小暮香帆さん・音楽家のよだまりえさんと、15人の子供たちが参加した、ダンスワークショップ及び発表の様子をお届けします。
休憩時間までもが冒険! 色々なことに挑戦するワークショップの時間
今回の取材でお邪魔したのは、全10回のうちの4回目のワークショップです。集まってきた子供たちに、「まずは<ラジオ体操>をやってみようか」と小暮さん。よださんの楽曲に、今回のために特別な振付がつけられたオリジナルの<ラジオ体操>は、子供たちにも人気の様子です。「待ってました!」という表情でスタンバイする子供たちが、よださんのピアノ演奏に導かれるように、<ラジオ体操>がはじまります。
<ラジオ体操>の後は、本番を想定したパフォーマンスの練習。よださんの楽曲と一緒に、色々な動きをしていくシーンです。1人で歩いたり、2人でスキップしたり、誰かの後ろをついていったり、全員で1か所に集まったり、ピアノのすぐ近くで音楽に合わせて動いたり…など、部屋いっぱいをつかって表現していきます。練習の中では、ある子供から「(途中で動きが重なる子と)手をつないで歩いてもいい?」と提案があり、小暮さんも「いいね!」と採用。思いついたアイディアや気づきをどんどん共有します。
「イソギンチャクになってみよう!」という小暮さんの声がけに、即興的にくらいついていく子供たち。
歩き回るシーンの練習の後は、1人ずつジャンプをしては1か所に集まっていく動きや、逆四つん這いをする人とほふく前進をする人とで分かれて動くシーン、名前を呼んでハイタッチをリレーしていく動きなど、色々な表現を行いました。
最初は照れていたが、だんだんとしっかり目を見て、名前を呼びあっていく子供たち。
この後、ほふく前進がプチブームになり、休憩時間にほふく前進をする遊びが行われていました。
ワークショップの途中、小暮さんがソロで踊る場面がありました。さっきまでの喧騒が嘘のように、子供たちはしんとして小暮さんのダンスに見入っています。プロフェッショナルの表現を目の当たりにしたからか、その直後は少し緊張している様子の子も。とはいえすぐに空気はほぐれ、「通しでやりたい!」という子供たちの意見も取り入れながら、4回目のワークショップが終了しました。
テーマに込めた想いとは? アーティストの声をきく
日常で慣れている動きを改めて意識してやってみること、初めて行う動きをすること、誰かと改めて“触れる”こと…。子供たちが色々なチャレンジをする時間になっていたワークショップですが、アーティストの方々にとってはどのような挑戦になっているのでしょうか。ワークショップ終了後、小暮さんにお話を伺いました。
-今回のワークショップにあたって、創作の軸にしたものは何でしょうか。
小暮香帆さん(以下「小暮」):今回、音楽で入ってくれているよだまりえさんですが、個人的に彼女の曲を10年以上聴いてきていて、どこかでご一緒したいなと思っていました。そんななか、今回のPKTの依頼をいただいて、子供たちと何か一緒にやるときに、曲や音楽を軸においた上でつくっていく…ということにトライしています。曲を演奏するだけじゃなくて、音と身体の関係を考えるとか、実際に声を出してみるとか…、身体と声、身体と音、そういうところはよださんにも新しくトライしていただいています。結構即興的な要素も入ってくると思います。
それから、「冒険のはじめ方」というテーマについて。自分自身、小さいころはわんぱくな子供で、いつも膝に擦り傷をつくっているような感じでした。一方、現代の子供たちはものすごく便利な世の中に生きていて、自分から身体を動かして何かを探すという機会が減っていっているのかなと思って。スマホやパソコンなどの技術の発達で。タッチパネルに触れるだけで色々な情報が目に触れ、頭に入ってきますよね。そんななかで、自分から手足を伸ばして何かを知る、見る、そういうことってまさに「冒険」なのかなと。自分が動かないと前に進めないし、新しい景色を見るためには自分が動かないといけない、っていうことをテーマにしたいなと思いました。
タイトルを「冒険のはじめ方」にしましたが、色々考えた時に、「はじめ方」ってタイトルは面白いなと思ったんですよね。「○○の冒険」ではなくて、冒険自体のはじめ方。新しいことをはじめたり、新しい世界に飛び込んだりするきっかけになることと、ダンスをするということが通じている、似ているのかなと思って選びました。
-子供たちと関わっていて感じることや、子供たちの変化への気づきなどはありますか。
小暮:今日はワークショップの4回目だったんですが、子供たちがぎゅっとしてきたというか、お互いに遊ぶようになってきたと思います。休憩時間に、ほふく前進とか、ジャンプをするゲームとかも生み出されていましたよね。昨日までは、きょうだい同士とか、グループとかで固まっていたんですが、4回目で互いの距離が縮まった感じがしますね。
また、今日は子供たちから「最初から通しでやってみたい」とか、色々提案があったのはよかったです。
アーティストとしても、みんなの個性がそれぞれ分かってきて、慣れてきました。以前から、子供たちが意思を表明してくれることはありましたけど、よりリラックスしてきた、素の部分が出てきた、と感じています。意外なところで表情がパッと明るくなったり、「身体が新鮮なものを見つける」ことで、その喜びが思わずあふれたり、みたいな瞬間が起きるようになってきたかなと思います。そうすると、空気も柔らかくなってくるんですよね。そして空気感にも、「今は集中する/リラックスする」といったメリハリが出てきて、このメンバーだからできる空気感の密度や、充実感が毎回濃くなっている気がします。これからさらにどうなるか、楽しみです。
ただダンスや振付をわたす/受け取る関係ではなくて、子供たちから出してもらったものを私たちが受け取ることも大事にしていけたらと思います。
小暮香帆さん(ダンサー・振付家)
-1人1人がどうというより、アーティストの皆さんも含めた全体でどうなるのか、何が起きるのか、という感じですね。
小暮:お互い何となく緊張していた状況が、名前を言ってハイタッチするだけで、場が和みましたよね。知らない場所で、知らない人たちと何かをやるって、まさに「冒険」に近くて、子供たちにとっては大変だろうなあと思いますけど…(笑)。そんななかで、毎回、びっくりするくらい美しい瞬間とか、ハッとする瞬間があり、何かがこみ上げそうなときがいっぱいあります。
-今回参加した子供たちにとって、今回のプログラムがどうつながっていったら嬉しいと思いますか。
小暮:その子の人生がもっと生きやすく、楽しく、深くなるきっかけの一粒になれたら良いなと思います。もちろん、ダンスが楽しいと思って続けていく子もいると思いますけど、ダンス以外のこと、自分の外側に興味を持っていくきっかけや糧になったら十分嬉しいですね。
―こういった事業に、ダンサーとして関わることの意義はどんなことでしょうか。
小暮:普段から、ダンスの活動を行う場には枠をつくりたくないと思っています。なので、こうやって子供たちと触れ合えたり、スタッフの皆さんと一緒に作品をつくれたりするのはありがたいです。社会とつながっている感覚もより強く感じるプログラムなので、ひとつの居場所というか、ダンスを伝えるとか共有するという立場になった時に、貴重な場だと思います。こういう場がもっと増えていったらいいなと思いますね。
ただ、内容自体は普段他の場所でやっていることとあまり変わらないというか。今回は子供対象ですけど、大人向けに何かを伝えたりとか、作品をつくったりするときの姿勢と、あまり境はないです。あまり子供扱いしないように、対等にいれたらと思います。ただ、「名前で呼んで」と言うきっかけを逃してしまって、「先生」って呼ばれちゃってるんですけどね(笑)。
それぞれの挑戦が、本番に向けて、そしてその先に向けて、どういうかたちにつながるのか。後編では、本番の様子をお届けします。
後編はこちら >>https://www.artscouncil-tokyo.jp/ja/blog/73270/
パフォーマンスキッズ・トーキョー「冒険のはじめ方」
アーティスト:
小暮香帆(こぐれかほ)/ダンサー・振付家
よだまりえ/音楽家
実施日程:
【ワークショップ】
2025年1月18日(土)、19日(日)、25日(土)、26日(日)、2月8日(土)、9日(日)、11日(火・祝)、22日(土)23日(日)
【発表】
2025年2月24日(月・振)
会場:S&Dたまぐーセンター[青梅市文化交流センター]
主催:アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、特定非営利活動法人 芸術家と子どもたち
共催:青梅市教育委員会
助成・協力:東京都
撮影:中山裕貴
取材・文:岡野恵未子