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東京芸術文化創造発信助成【長期助成】活動報告会

アーツカウンシル東京では平成25年度より長期間の活動に対して最長3年間助成するプログラム「東京芸術文化創造発信助成【長期助成】」を実施しています。ここでは、助成対象活動を終了した団体による活動報告会をレポートします。

2019/05/21

第6回「みんなで一緒に舞台を楽しもう!」―当事者とともにすすめる観劇サポートの研究と実践

対象事業:特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク「演劇・舞台などにおける観劇サポート推進事業」(平成27年度採択事業:3年間)
スピーカー(報告者):廣川麻子(特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク理事長)、石川絵理(特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク事務局長)
司会進行:企画助成課シニア・プログラムオフィサー 北川陽子


助成対象活動の概要

「みんなで一緒に舞台を楽しもう!」を合言葉に、障害があっても気軽に劇場に足を運び、観劇ができるような社会づくりを目指して設立された特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワークによる事業。平成27年度から3年間、東京芸術文化創造発信助成の長期助成を受け、手話通訳や音声ガイドなど観劇サポートの導入を希望する劇団や劇場など主催者に対して助言や機材提供、人材派遣などの観劇サポート支援を実施するとともに、聴覚障害を持つ演劇人が演劇の稽古やワークショップなどに参加する際の手話通訳の派遣を行いました。

第一部・第二部:知ることから始まり、広がる世界

「みんなで一緒に舞台を楽しもう」を合言葉に、当事者自身が主体となって、障害のある人々の観劇支援を行うNPO法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA-net)。今回の報告会では平成27年度から29年度にかけての長期助成に採択された観劇サポート事業、コミュニケーション支援事業の内容、成果が、理事長の廣川麻子さんにより紹介されました。また、音声ガイド、舞台字幕、舞台手話通訳の実演も行われ、観劇サポートの現場の様子をより身近に感じることができました。
(文:鈴木理映子)

公立の文化施設のあり方や障害者差別をめぐる法律の整備が進み、2020年を見据えたさまざまな文化イベントも進行する今、障害のある人も等しく文化芸術の鑑賞の機会を得るべきだという考えは、広く浸透しているといえるだろう。舞台芸術においても、チラシなどの印刷物で視聴覚障害者や車椅子を使う人向けのサポートの案内を目にすることは多い。だが、実際にそれらがどのように準備され、運用されているのか、具体的な内容や手法については、観客の間ではもちろん、舞台芸術の作り手、送り手の間でもそれほど知られていないのが現実だ。

NPO法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(TA-net)では、平成27年度から3年間にわたって、アーツカウンシル東京の助成を受け、手話通訳や音声ガイド、字幕といった観劇サポートの導入を希望する団体や劇場に助言や指導、必要な人材や機材の提供などを行った。申込金は5000円。それ以外のすべてを助成金でサポートするという仕組みは、ずいぶん「安価かつ気楽」にも思えるが、そこで行われるのは「サポート」であって、観劇支援を外注する委託契約ではない。「全てをTA-netで引き受けて援助するのではなく、あくまでもいろいろな方法でやってみる、体験するというところからスタートします」TA-net理事長の廣川麻子さんは解説する。「たとえば字幕サポートですと、座席の前にホルダーを置き、そこにつけたスマホやタブレットで字幕を見るという方法があります。また、薪能の舞台では字幕を眼鏡型の機械で見るということもしています。こういったアプリの開発をしている方がTA-netの会員の中にいらっしゃって、一緒に研究もしています。また、字幕の場合は、本番前にモニター会の開催が必要になります。字幕を作るのは聞こえる方ですが、それを観るのは聞こえない人。ですから通し稽古やゲネプロの際に、実際に聞こえない人にきてもらって、その意見を聞き、字幕の質を高めていかなくてはいけません」

第一部 特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク理事長の廣川麻子さんによるプレゼンテーション

「まず実践」とばかりに徒手空拳で挑んだ1年目を経て、2年目には作り手が自ら字幕配信を行うための字幕制作講座を開講、3年目には受付に特化した対応の方法を指導する取り組みも行った。また、聴覚障害を持つ人、一般の人、演劇関係者に向けた啓発映像も、同時期に撮影、公開している。※1

※1: 「字幕をつけて観たい!」(3分34秒)https://youtu.be/ynwv-QNQy_I、「演劇公演に字幕をつけたい!」(6分45秒)https://youtu.be/63DFWrNFRmc

「3年間、さまざまな現場でのさまざまな体験を経て、制作関係者の方々にも、いろいろな提言ができましたし、アプリの開発者や配信にかかわるNPOなど関係団体への報告もできました。ただ、やはり、資金と人材の問題もあって、その後も継続してサポートを行なっている団体が少ないというのは課題だと思っています」

公開された啓発映像や今回のプレゼンテーションからは、「手話通訳」や「字幕」をつけるノウハウを学ぶこと=観劇サポートではない、難しさ、醍醐味が伝わってくる。理解しやすい字幕のあり方とはどういうものか、それを観る環境や機器の扱い方の案内をどうするかといった課題はもとより、劇場についてから席に着くまでの流れの中にも障害をもたない人には気がつきにくい障壁があり、それらを一つひとつクリアしていく姿勢こそが、「観劇サポート」の充実を支えているのだ。

さらに、今回の長期助成では、公演本番だけでなく、創造現場におけるコミュニケーション支援のあり方を模索する取り組みも推進された。聞こえない人が稽古やワークショップに参加する場合、どのようなサポートが必要とされるのか。彼らがよりクリエイティブな体験、貢献をするためにはどうしたらいいのか。行政区による福祉制度の違いや舞台創造に精通していない手話通訳者による障壁を越えるため、文化団体に直接、訓練された通訳を派遣する取り組みは、決して大規模なものではないが、より多くの人がより自発的に芸術を体験するための契機を提供することにつながっていったようだ。「手話通訳を派遣する福祉制度は、各自治体にありますが、その運用のルールは異なります。ワークショップですと趣味とみなされて使えないこともありますし、もし仕事としてそうした場に参加するとなると今度は営利目的ということで制度が使えないこともあります。また、稽古やワークショップは通常の会議や講演会の手話通訳とは違います。講師の立ち位置や聞こえない人のいる場所、話のタイミングも考えて通訳しなくてはいけません。こうした問題を受けて、私どもでは、文化団体へ手話通訳を派遣したり、小さな団体のワークショップの場合はできるだけ無料でそれを支えるような環境づくりに取り組みました。ただ、これに関してもやはり資金が必要ですし、手話通訳のスキルをアップするための研修の場も、もっと必要なのではないかと感じています」

廣川麻子さん

なお、この日の報告会は、視覚障害者のための音声ガイド、手話通訳、UDトークというアプリケーションを使った字幕などの実演も、映像を交えて行われた。いずれの方法でも、興味深かったのは、サポートの手法や内容が大きく作品の印象を変えるということ。たとえば、笑い声や泣き声、こまかな感情の揺れをどこまで補足するかによって、作品の受け取られ方は大きく変わってくる。どこまでを訳し、どこまでを観客の想像に任せるか。観劇サポートは、海外戯曲の「翻訳」と同様に深い意味を持つ分野でもある。さらに、翻訳の方法が、作品やその作られ方にも影響を及ぼすケースもある。この日は、字幕を吹き出しのように舞台の背景に投影する例が紹介された(舞台上が動く漫画のように見える)が、これも、手話や字幕といったツールの扱い方が上演空間自体の色合いを変える、わかりやすい例として印象に残った。もちろん、それだけの影響力を持つからこそ、どのように観劇サポートを作品に介在させるか、苦慮せざるをえないような場面も、実際の創作現場では起こりうる。だが、その影響力や進む技術革新を、むしろ積極的に取り入れた、新しい表現も、今後、さらに誕生してくるのではないか。「支援」が単なる補助的な役割にとどまらず、舞台芸術の新しい「創造」を開拓する原動力になる—そんな未来さえ、この分野の行く先には開けているように思う。

第三部 深堀インタビュー 観劇サポートの実際と今後の可能性とは?

報告会の後半では、TA-net代表の廣川麻子さん、事務局長の石川絵理さんを中心に、手話通訳の小島祐美さん、字幕制作の河島幸世さん、音声ガイドの鈴木大輔さんと美月めぐみさん(ともに演劇結社ばっかりばっかり)を交え、活動の中で見えてきた課題や今後の可能性、サポートを受けた団体や観客からの反応などについてお聞きするインタビューも行いました。報告会に集まった参加者の方々との質疑応答のコーナーでは、よりよい支援を実現するための方策や技術についての具体的な質問が相次ぎ、観劇サポートへの関心の高さが伺えました。

―今日はプレゼンテーションに続き、音声ガイド、字幕、手話通訳の実演もしていただきました。その違いもとても面白かったのですが、今回紹介していただいたもののほかにも、視覚障害、聴覚障害の方へのサポートとして使われている手法はあるのでしょうか。

廣川 聞こえない人の中には、補聴器を使って音を聞きたいという方がいらっしゃいます。そういった方のために、より聞こえをよくするサービスがあります。たとえば、ヒアリングループという装置は、磁気誘導ループを通して音声信号を電気信号に変えて補聴器と接続して使うもので、よりはっきりと音が聞こえるようになります。また、椅子やクッションに特殊な機材を埋め込み、音の振動を伝える方法もあります。

―実際に観劇サポートを体験された観客の方からの反応はどのようなものでしたか。

石川 聞こえない方は、今まで芝居を観た経験がないわけですから「こんなにたくさんの台詞があるのか、面白かった。びっくりした」というような声はよく聞きます。ただ、聞こえない方の場合は、それぞれの教育環境の違いもあり、中には日本語が得意でない方もいらっしゃいます。ですから、字幕よりは手話通訳がいいという場合もあります。手話通訳が舞台に立って、それを一緒に楽しむ方がいい。そのあたりは、やはり、それぞれの方が自分にとってよい方法を選べるというのがいいと思います。

廣川 石川さんがおっしゃったように、今まで芝居を観たことがない、そういう機会もなかった方に、字幕をつけて観せると、見たこともないようないろいろな情報が字幕の中に入っているんですね。こんなにたくさんの情報があるんだと驚かれる一方で、なかなかその処理ができない、逆に混乱してよくわからなかったという方もいらっしゃいます。
また、音楽の表現の仕方についても、この3年間いろいろと工夫を積み重ねてきました。音楽のイメージも、説明の仕方によって印象が変わってきます。最初は、字幕の場合は、音符のマークを出すだけだったんですが、それでは不十分で、もっと具体的な説明がほしいとの声もあって、さまざまな表現を試して表出しています。

―ありがとうございます。ちなみに、今日、舞台手話通訳の実演をしてくださった小島祐美さんは、通訳をされるようになって何年くらいになりますか。

廣川 彼女は手話通訳そのものの経験はとても長いんです。ただ、舞台手話通訳に関しては、若い頃に一度経験されたんですが、それは大変だったそうです。それでさきほど映像でも紹介した養成講座を横浜でやった際に申し込んでいただいて。頑張って訓練を受け、今回、改めて、舞台手話通訳をやっていただくことになりました。

舞台手話通訳の実演(小島祐美さん)。役者の衣装に合わせた服装も用意する

小島 手話通訳と舞台手話通訳というのは基本的に違います。手話通訳の場合は、決まった立ち位置でびしっと立って通訳をしますが、芝居の場合では服装も役者と同じようにしたりします。また、たとえば親子が駆け回っているようなシーンでは、通訳者が駆け回っているということを伝えるよりは、役者さんたちの方を見てほしいということがありますから、そこはあえて通訳をするのではなく、こういう(舞台の方を向いて視線を誘導する)ふうにすることもあります。作品の雰囲気を壊すわけにいきませんので、そうやってお客さまを場面に誘導していくようにするんです。また、通常の通訳だと、この言葉にはこういう意味があるんだといった補足をしたり、オチまで説明するというようなこともあるんですが、演劇では補足はされませんよね。せりふも途中で切れていたりしますし。ですから舞台手話通訳者の場合は、台詞の意味をつかんで補足するようなことはしません。あくまでも見ていただくお客様を主体に、聞こえるお客様と同じ状態で、ご自身で意味に気がついていただく。そのためには、あえて省くような手法も必要だというのを、私は学ばせていただきました。今日のような機会を通して、こういった舞台手話通訳ならではの手法も皆さんに見ていただき、わかっていただけたらいいなと思っております。

舞台手話通訳について説明する小島さん

―私どもで長期助成をさせていただいたのは、2014年から2017年までの3年間です。この間には社会の状況の変化もあったと思いますが、何か新たな発見、課題などはありましたか。

廣川 2016年に障害者差別解消法というものができたこと、それから去年、文化芸術基本法が変わりましたね。また、2018年の6月には、障害者芸術文化活動推進に関する法律というものができました。この3つの法律によって、行政の制度もいろいろと変わってきています。また、2年後の東京2020オリンピック・パラリンピックを見据えて、障害者も含めたいろいろなサポートが必要だというような気運が、社会全体に広がりつつあります。それが、一番大きなことではないかと思います。

石川 以前は助成金の申請をする際にも、私たちのような字幕制作や通訳にかかる費用は項目として認められなかったんですね。でも、今年からは申請できるようになりました。それも大きな変化だと思います。

―助成をさせていただいた活動の中には、観劇支援や情報保障を希望される団体、劇場といった主催者へのアドバイス、コンサルティング活動も含まれていました。そうした団体からの反応はどのようなものでしたか。

廣川 やはり最初は「サポートしたい」という思いだけで始められることが多いんですが、実際の準備が始まって「大変だ」と気がつかれることが多いようです。それでも聞こえない方が本番にいらして、実際に聞こえるお客様と同じタイミングで笑うことができた、感動できて涙したという声を聞くと、感動されます。同じ空間を一緒に楽しむための取り組みに効果があったと実感できることは、大変だった苦労を忘れてしまうほど嬉しいものだそうです。ただ、そうした取り組みを次の公演でもやろうとしても、やはり資金の面が難しくなってくる、人材の確保ができないといった課題はまだまだあります。
とはいえ、いろいろな会場のご協力もいただきつつ、個人でも伝統芸能に字幕をつけるサポートを行っているという例もあります。今日は、その方が会場にいらっしゃいますので、その活動もここでご紹介します。

―今日この会場でも「UDトーク」という音声認識ソフトを使った字幕を出しています。その操作のサポートでいらしている河島幸世さんが、そうした活動をしていらっしゃいます。

音声認識技術を使ったコミュニケーション支援ソフト「UDトーク」の操作を担当した河島幸世さん。橘の会という団体で能楽など伝統芸能の字幕サポートの活動を行っている

河島 皆さんこんにちは。今日はお集まりいただきありがとうございます。今回はこうした字幕だけではなく、手話や音声ガイドなど、いろいろなシステムをご覧いただいて、演劇体験を共有できるということを知っていただけて、とてもよい機会になったと思います。
伝統芸能の字幕サポートについては、3年間にわたってTA-netをサポートしていただき、活動して参りました。最初は増上寺の薪能でした。能の場合、面を掛けていると口元も見えないですし、表情もわかりにくいです。ではどうして能だったかというと、能の台詞にあたる謡はあらかじめ決まっています。また能というのは比較的緩やかなテンポで始まります。そこで、たまたま私が字幕支援を行っている関係で、字幕をつくり、それを台詞に合わせて出すという試みを始めることになりました。ところがこれが、もともと聞こえない人のための支援だったはずが、意外にも、聞こえる人もどんどん集まって楽しんでくださるようになりました。能楽師の「能」と、日ごろなかなか参拝する機会がなく、宗教的な距離感も感じるお寺の「僧」、そして聞こえない人の「聾」の三者が出逢い(笑)、それぞれに敷居が高く、「特別」と思われがちな方々が、どうやってお互いコミュニケーションをとればいいのか模索する様子を拝見しつつ文字支援をしていく中で、 「支援」というよりも、一つの「コンテンツ」として楽しんでいただけたのはとてもよかったです。またそういう状況の中で、聞こえる人も知らず知らずのうちに環境整備を心がけてくださって、「次回もやろう」というふうに活動が繋がってきている面があると思います。これまで続けてこられたのも、そうした皆さんのご助力によるものです。

―伝統芸能以外でも、視覚障害や聴覚障害の方へのサポートとして面白い例があれば、お聞かせいただければと思います。

廣川 演劇だけではなく、音楽の分野でも、サポートをしたいという声が増えてきていますので、そういった相談にもお応えするようにしています。たとえば、知的障害の支援で有名な糸賀一雄さんの記念コンサート(糸賀一雄記念賞音楽祭)のようなお祭りが滋賀県で行なわれていますが、今年はそこで初めて、聞こえない人を対象にした支援をやりました。聞こえない人は音楽を聞かないと思い込むのではなく、逆に、来てもらうためにはどんな工夫が必要か。そういう試みを始めるところがもっともっと増えてほしいなと思います。そのことによって、聞こえない人も文化を楽しむ幅が広がっていくと思います。

石川 知的障害や精神障害、その他いろいろな障害を持っている方ですと、芝居を観るときに、途中で出たり入ったり、あるいは大声を出したり、わけがわからないとパニック状態になったりすることもあります。そういう場合にも「そういう人がいるんだな、それでもいいよ、一緒に観よう」という、「リラックスしたパフォーマンス」といった名前がついた観劇の機会を提供するところも少しずつ増えてきています。またそのための支援者養成をやっているところもあります。

鈴木 聴覚障害者プロレスという、聴覚障害のレスラーがいるプロレス団体があります。そこでは、試合は普通にやるんですが、マイクアピールの時には、コーナーに手話通訳者がついて、客席に通訳をしています。また、そこに僕らが視覚障害のお客さんと一緒に観に行って、試合の実況を音声ガイドでするという試みもしています。プロレスの実況と音声ガイドだとコツが違ってくるので、プロレスに詳しくて音声ガイドをやっている僕と、もう一人でやっています。たとえば「ブレーンバスター」という技がありますが、これだと「相手の頭を小脇に抱えて持ち上げて、投げられる方は足が上になっている。そのままマットにたたきつける、これが『ブレーンバスター』という技です」というくらいの説明は必要です。また二人で赤コーナーと青コーナーの担当を分けて、「殴った!」と赤コーナーが言えば、殴られたのは青コーナーの選手なんだなとわかる、というような工夫もしています。

「これが『ブレーンバスター』という技です!」臨場感溢れるプロレスの試合実況を披露する鈴木大輔さん

―ありがとうございます。いろいろと知らないことがあって世界が開けるような気がします。最後に、シアター・アクセシビリティ・ネットワークさんで今後取り組みたいこと、将来に向けた活動のビジョンなどをお話しいただければと思います。

廣川 「いつでも、どこでも、自分の好きな方法で楽しめる」、そういう社会をつくる、それが、最初からの大きな目標です。この目的に達するまでには、まだまだ道半ばというか、遠いんですが、少しずつでもそこに向けて進んでいきたいと思っています。変わらずサポートの現場、機会を増やし、その幅もどんどん広げていきたいと思います。
 
石川 今までは見えない方、聞こえない方に絞った活動をしていましたが、今年からは盲ろうの方にも幅を広げています。といいますのも、盲ろうの当事者の方から、劇を観たいけれどどうしたらいいのか、サポートがないね、どうやって観ていいかわからないね、と、とても悩んでいるお話を聞いたからです。私たちのように当事者が活動する団体としては、やはり一緒に芝居を観て、楽しみたいという気持ちがありますから、これからまた三年間をかけて、もっともっと外国も含めたいろいろな情報を集めて、それを発表できるように頑張っていきたいと思っております。

質疑応答

質問者1 私は今日初めて、舞台の手話通訳を見ました。こういった試みは諸外国ではどのように進んでいるんでしょうか。

廣川 私たちが把握している例はイギリスとアメリカです。どちらの場合でも、あらかじめ手話通訳のつく日時を決めて公演が行われていますし、その情報はホームページなどでわかるようになっています。聞こえない人専用の申し込み窓口があって、そこに連絡すると、手話通訳が見やすい席を用意してもらえるというシステムもあります。
また、アメリカでは、ついこの間、裁判があって、以前は決まった日時だけに手話通訳や字幕がついたんですが、その判決では、希望する時につけなくてはならないということになったので、決まった日以外にも希望すれば手話通訳はつけられるようになりました。

質問者2 舞台手話通訳者が舞台の上演と直接関わるようなこともあるそうですが、それはどういったものですか。字幕ですと、上演とは交わらず、並行して進んでいきますよね。

廣川 簡単に説明しますと、お父さんと息子が舞台の前の方でキャッチボールをしながらおしゃべりしている場面があるとします。普通、手話通訳者はお父さんとは離れた端の、固定された場所にいることが多いんですが、キャッチボールを始める前に場所を変えて(前に出て)、身体の向きを変えながら、会話を手話通訳したという例もありました。これは、演出家の方にも考えていただいて、聞こえない人の視線の負担がないようなところに通訳者が移動したわけです。とても珍しいケースだったと思います。

石川 舞台の端っこにいると、聞こえない人たちがどうしても手話通訳の方を見てしまうということがあります。本当は、通訳者としても舞台と一緒に見てほしいですし、俳優も自分の演技を見て、表情を見てほしいということがありますから、できるだけ手話通訳に近くに来てもらって、一緒に芝居をやりたいというふうに工夫されている例もあるようです。

質問者3 さきほどのプレゼンテーションの中で、主催者が自分で字幕作りをすることで、サポートの幅も広がるというというお話しがありましたが。もう少し具体的に、どのように幅が広がるのか教えていただければと思います。

廣川 手話通訳も表現の一つですし、字幕も表現の一つ、作品を構成する大切な要素だと考えています。ですから、作品を十分理解している主催者が字幕をつくるのがいちばんいいと考えています。たとえば音楽が流れていることを表現する方法についても、それによって伝えたいことは何か、どういう意味で音楽を流しているか、この場面の意図は何かということをいちばんよくわかっているのは主催者ですから。字幕の作り方のスキルさえわかれば、自分でメッセージを込めた字幕をつくることができます。もちろん、字幕を外注することもできますが、やはりそこには限界があるんです。何度も稽古場に通ったり、演出の意図を確認したり、いろいろな作業が増えてしまう。ですからできるだけ主催者に近い立場の方が一緒に字幕をつくっていく環境も必要だと考えています。
現場によっては、サポートにいっても、舞台づくりと字幕づくりとは関係ないというような雰囲気があったりして、なかなか意図について質問もできず、きちんとした字幕をつくれなかったということもありました。そういった現場の雰囲気づくりも含め、やはり、作り手の方の近くにいて、お互いに字幕について相談できるような環境づくりが必要だと思っています。これも、この3年間の経験でわかったことです。

石川 舞台の背景にある大道具、それをうまく使って字幕を表出するというやり方もあります。そういった面白く見せる工夫というのもまた、演出家の方と一緒に考えなくてはならないところです。今日音声ガイドを披露してくださった鈴木大輔さんと美月めぐみさんの劇団、演劇結社ばっかりばっかりでは、役者さんが話すせりふを漫画の吹き出しのように、背景に映像で出して、その枠の色も登場人物の衣装に合わせるというような工夫をされています。また、さきほどご紹介しました河島さんがされている伝統芸能の字幕の場合は、たとえば狂言ですと、笑ってほしいところが多々ありますね。そういうポイントには顔文字を入れて、どんな感情で今、せりふをいっているかを表現しています。そういったちょっとした遊びをしながら工夫するというのは、主催者の方が考えるからこそできることです。ですから是非、それぞれに、いろんな挑戦をしていただきたいと思っています。

音声ガイドについて説明する美月めぐみさん

美月 演劇結社ばっかりばっかりの美月です。字幕や手話のことだけじゃなく、音声ガイドでも全く同じことが言えます。外部の人が音声ガイドをつくるために現場に行くと、「この人、何しに来ている人なんだろうな」みたいな扱いを、よく受けます。でも、演出家や脚本家、それに近い人たちが、自分たちが表現したいことはなんなのかをちゃんと把握した状態で、音声ガイドに携わることができたら、本当にいいものがつくれるんじゃないかと思うんです。映画の音声ガイドを聞いたりしていても、「監督さんの意図はどこにあるんだろう」と思うことはよくあります。それと同じで舞台の音声ガイドでも、全部を説明することはできないので、何か取捨選択はしなくちゃいけない。そんな時に、もちろん作り方のノウハウみたいなものは学ばなければいけないけれど、どこをいちばん大事にしてほしいかをわかっているのはやっぱり関係者だと思います。ですから劇団内でもそういうふうにつくっていただけたら、非常に嬉しいなというふうに思います。

質問者4 聞こえない人の中には、日本語のとおりの字幕は難しいこともあると思います。その場合台詞とは言葉を変える必要もあるんでしょうか。また、日本語が苦手な場合はやはり、手話だけがいいという要望も出てくるんでしょうか。

石川 日本語のとおりの字幕を希望する方もいらっしゃれば、もう少し簡単にまとめてほしいという要望もあります。両方用意して選んでもらえる形になるのがベストだと考えています。

字幕実演(字幕操作:鎌倉宏志さん)

廣川 ただ、まとめる場合は、その結果を演出家や脚本家に全部チェックしてもらう必要があります。どうしてもニュアンスが変わってしまうことがあるのと、それを確認する手間が必要という意味では、要約はやはり難しいですね。ですので、字幕については、しゃべった通りに字幕を表出する方法がいいかと思います。ただ、手話がいいのか、字幕がいいのかということについては、聴覚障害者本人が選べるということが、とても大切だと思います。
現状では手話も字幕も選べるという状況自体がなかなか実現が難しいところです。ただ、イギリスやアメリカでは、一つの作品の公演期間中に、今日は手話がつく日、来週は字幕がつく日というふうに、2つの機会を用意するような取り組みはされています。日本では舞台手話通訳もまだまだこれから普及させなければなりませんが、将来的には私たちも、字幕と手話通訳と、また音声ガイドも同じようにある中から選べるというふうになっていけばいいなと思っています。

質問者5 舞台上で手話通訳がついた場合、記録映像はどのようなものになりうるでしょうか。DVD化されるような舞台の場合、ワイプを使ってそこに通訳さんが出てくるようなことも考えられると思いますが、実際にはどんな可能性、進捗があるんでしょうか。

廣川 新しい質問ですね。手話通訳が入るように画面を引いて舞台を撮影しても、それでは手話自体がきちんと見えなくなってしまいます。それで、私どもがつくった啓発のDVDでも、舞台を3分の2、残りを3分の1を手話というように、画面を分割したり、それを組み合わせたりということが必要でした。そういうことをしないと、手話通訳が映像で見づらくなってしまいます。確かに今は舞台作品の映像がDVDで販売されたり、インターネットでそういうものを観るということも増えています。そういった場合に手話通訳をワイプで入れたり、あるいは字幕を表出できるようにして、それらを自分でオン/オフもできるというようになれば素晴らしいですね。それができれば、もっともっと幅広い方に楽しんでいただけるようになると思います。

質問者6 字幕のスマートグラスの導入を検討されたことはありますか。

廣川 眼鏡型のですよね。2年ぐらい前から、いろいろ出てきています。あれは、字幕メガネというデバイスと、字幕を出すシステムは別々のもので、字幕データをPCから飛ばしメガネに表示させます。ですからシステムから眼鏡に接続して字幕を出すというものです。今、日本で字幕をつける配信のシステムは4つあると言われています。そのうち2つは、実際に眼鏡に字幕を表出するものです。劇団四季が使っているのもそれです。ただ、この字幕眼鏡そのものが高価だという課題はあります。一台7、8万円はしますから、ひとつの劇団が複数それを持つのは現実的ではないんです。とはいえ、映画でも、そういった眼鏡をかけて字幕を見る方法は広がっていますから、将来的には聞こえない人が自分でその眼鏡を持って劇場に行き、字幕のシステムにつなげて、それを見るということもできるようになるかと思います。また眼鏡そのものも、今はエプソンが販売していますが、いろいろな業者が参入してくることによって、競争が起こり、研究が進み、より軽く、使いやすく、安価なものが発売されると思いますし、それによってもっともっと普及が進んでいくといいなと期待しています。

石川 私たちの方では、さきほどご説明したUDトークというアプリを開発した人の協力を得てVRを使うことを検討しております。VRは見たことはあっても、実際に使ったことのある方はあまりいないのではないでしょうか。私たちが使っているのは、ゴーグルに差し込んだスマホのカメラを使って舞台や映像を映し、別のところで撮影した手話通訳の映像も差し込むシステムです。今はまだ、できたばかりですが、1年、2年後にこれが広まってくれるといいなと思います。

質問者7 舞台の内容を忠実に表現するためには、稽古に参加し、通訳の内容も練りこんでいく必要があるかと思います。作品によりけりというところもあるとは思いますが、実際、どのくらい稽古に参加しているのか、それをどのように通訳につなげているのか、お聞かせいただければと思います。

廣川 お稽古に行く回数は多ければ多いほどいいですね。通し稽古が始まるころに通い始めて、俳優と同じくらい参加して、流れをつかみ、ダメだしも受ける。その中では、作品の意図について聞くこともあると思います。そのうえで、通訳をします。どんな作品にもその作業は必要で、当日いきなり、その場に行って手話通訳をやるのはとても無理なことです。ただ、行くための時間、そして交通費などを含めたお金の保障は必要になります。ですから、どこまでそれが払えるのかということも問題になってきます。

質問者7 もう一つお聞きしたいんですが、手話通訳は一般的に15分から20分程度で交代するものかと思います。舞台手話通訳についてもそのような交代はあるんでしょうか。それも作品の世界を守るために一人の人が続けてやるんでしょうか。

廣川 舞台の上演中に、ひとつの役の俳優が別の人に交代するということは、基本的にはないですよね。ですから手話通訳も一人が通してやるようにしています。一般的な手話通訳に交代が必要なのは、その場で聞いた情報を翻訳して、手話として表出するという作業にとても身体的な負担がかかるからです。ですが、舞台通訳の場合は前もって稽古をし、流れをつかんで、どんな手話表現をするか考えておくことができます。その場で翻訳するわけではないので、体力のペース配分なんかも自分で調整して稽古することができますから、一人でやることができるんです。
ただ、アメリカでは、2人制を取り入れている例もあります。途中交代ではなく、たとえばAさんとBさんというふうに役割を決めて、二人の会話を手話で見せていくというものです。ですから、やり方はいろいろありえます。

素晴らしいチームワークで報告と実演をしてくださった特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワークの皆さん。左から、小島祐美さん、河島幸世さん、石川絵理さん、鎌倉宏志さん、美月めぐみさん(演劇結社ばっかりばっかり)、鈴木大輔さん(演劇結社ばっかりばっかり)、廣川麻子さん

特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク
「みんなで一緒に舞台を楽しもう!」を合言葉に、当事者自身が主体となって視聴覚等に障害のある人々の観劇支援を行う中間支援組織。「日本ろう者劇団」で俳優・制作者として活躍してきた廣川麻子が、ロンドンで1年間に渡り障害者の芸術アクセシビリテイ支援の先進事例を学んだ経験を生かし、平成24(2012)年に設立。手話通訳の派遣や養成、観劇サポートのコーディネートや助言などを行う他、文化庁や全国公立文化施設協会などで障害者の鑑賞機会の拡充やバリアフリー化に向けた会議の委員などを務めている。
http://ta-net.org/

  • アクセシビリティ公演情報サイト(特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワークのウェブサイト内)
    http://ta-net.org/event/
  • 「観劇サポートガイドブック~視覚・聴覚障害者編~」(2018年3月発行)
    聴覚障害者だけでなく、視覚障害者への対応、さらに設備面、制作面、予算の立て方など、TA-netがこれまで積み重ねてきた経験や、得られた知見を幅広くまとめたガイドブック。(公益財団法人日本財団の助成により出版)

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