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アーツカウンシル東京ブログ

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ダンスの芽ー舞踊分野の振興策に関する若手舞踊家・制作者へのヒアリング

今後の舞踊分野における創造環境には何が必要なのか、舞踊の未来を描く新たな発想を得るため、若手アーティストを中心にヒアリングを行いました。都内、海外などを拠点とする振付家・ダンサー、制作者のさまざまな創造活動への取り組みをご紹介いたします。

2021/10/05

ダンスの芽―舞踊分野の振興策に関する若手舞踊家・制作者へのヒアリング(12)三上さおり氏(世田谷パブリックシアター 劇場部企画制作担当)

2020年12月から2021年1月までアーツカウンシル東京で実施した、舞踊分野の振興策に関する若手舞踊家・制作者へのヒアリングをレポート形式で掲載します。

三上さおり氏(みかみ さおり/世田谷パブリックシアター 劇場部企画制作担当)


世田谷パブリックシアターには、世田谷パブリックシアターとシアタートラムの2つの劇場があり、3つのスタイル(主催公演、提携公演、貸し館)で公演が行われています。ダンス事業は、年に1・2本程度の主催公演があり、海外招聘が中心です。
提携公演は、優れた創造性を持ったカンパニーに対して、作品を発表する機会を提供し、チケット収入に応じて提携事業費をいただきます。単に場所を提供するにとどまらず、創作のためのアドバイスや広報面でのサポートを行うことで、作品のポテンシャルがあがり、カンパニーが劇場で公演することに何らかの意義やメリットを得られるように考えられています。提携公演の調整は、おおよそ2年前くらいから始まります。

アーティストの活動を後押しする社会的評価

世田谷パブリックシアターのダンス事業にとって大きなムーブメントとなったのが、「トヨタ コレオグラフィーアワード」です(以下「TCA」)。2002年から2016年まで10回開催されました。私が審査に関わったのは10回目の最終回のみですが、それぞれ次年度に行われた受賞者公演を担当しました。TCAからは、その後劇場の常連となる振付家が多数誕生しています。
これまでもコンペティション形式の賞は色々ありましたが、TCAは、コンテンポラリーダンサーたちに大きな影響力を発揮したと思います。ひとつの目標になったのではないかと。名の通った大きな企業の賞を得ることで、自身の評価が高まるだけでなく、シアタートラムで上演する機会と、そのための資金として賞金も獲得できるということから、TCAをきっかけに何かつくってみようと思った人がたくさん出てきたことは間違いない。
TCAには、当時、本当に駆け出しの若手もいれば、黒沢美香さんのような既にキャリアのある方も応募されていました。色々な人がそこに向かって、モチベーション高く創作に挑んでいたという状況は、ダンス業界にこれまでにない活気をもたらしたと思います。


ストップギャップ ダンスカンパニー『エノーマスルーム』 
撮影:片岡陽太

トヨタ自動車に限らず、アサヒビールなど様々な企業がダンスを支援してきた実績がありますが、企業が活動を評価しサポートしてくれることは、アーティストにとって大きな励みになります。時には、たとえば家族や友人に対して「自分もこういう会社からお金をもらって作品をつくれるようになったよ」と言えるようになったり(笑)。賞を得ることは、自身の創作活動に社会性がプラスされるということでもあり、それはすなわち、私的な活動がアートとして開かれるということでもあります。
しかし昨今、企業のメセナ活動が縮小し、振付家たちが少々意気消沈しているようにも感じます。「KYOTO CHOREOGRAPHY AWARD」が2021年から新しく始まりましたが、賞をもらえたり色々な形で自分の作品が認められる機会が増えてくれば、創作意欲も膨らむのではないでしょうか。アーティストにとって活動の励みになるような何かが「賞」という形であってもいいんじゃないかなと考えています。

劇場で公演をするには実際とてもお金がかかります。みなさん経済的には色々と苦労されていると思いますが、舞台の広さや条件などを少しずつステップアップして、自身のキャパシティーを広げることを目指していますよね。自分たちにその力があるかどうか多少の不安を抱えながらも、チャレンジする。TCAは、振付家のステップアップのプランに対する外からの動機付けにもなっていたと思います。
ただ、TCAの受賞者であっても、シアタートラムで公演するための経済的負担は、軽減されこそすれ、そこそこの金額になってきます。若手であれば、経済的な問題だけでなく、創作のための稽古場や、技術面、制作力など、本格的なスタートアップのための総合的なバックアップも必要です。TCAは10回で終了しましたが、この辺りは今後の課題になると思います。ともあれ、TCAに参加することで知名度もあがり、仕事が圧倒的に増えたという振付家は多かったです。

長期的なプラン設計の通過点として

最近コンテンポラリーダンスの低迷が話題となりますが、私自身はそのようには感じません。ただ、傾向として、内向きの作品が目につくでしょうか。こだわりがあることはよくわかりますが、それが見るものに開かれていないというか。もちろん全部がわかりやすい必要はないけれど、何か入り口となるものがないために、「踊る人」と「見ている人」という関係性を乗り越えられないものや、観客の心をつかむところに達していない印象を受けるものもあります。
私は、世田谷パブリックシアターで公演するということを、ある長いスパンの中でとらえていただけたらと思っています。劇場を使いたいと言うアーティストに、ただその機会を都合するのではなく、創作についてどこまで一緒に話し合い準備できるか。他の劇場での公演や、色々な活動もある中で、「世田谷ではこれをやろう」と意識してもらえるようになれば、どういう準備が必要か、そのためにどんな公演や活動が布石となるか、人脈づくりや、公演資金はどのように蓄えるか、「では世田谷の次は?」といった色々なことを考えることになると思います。世田谷パブリックシアターで公演すると決めたことが、自分たちの活動の根幹を見つめ直すチャンスになるような、振付家やカンパニーのプラン設計の一部としての世田谷公演を、一緒に考えられたらと思います。
劇場がアーティストの経済面も積極的にサポートできたら良いですが、残念ながらそういうわけにもいきません。劇場の稽古場は数が少なく、いつも埋まっています。けれども、たとえば会場が世田谷であるということが、助成審査員の信頼度を増すような劇場でありたいですし、アーツカウンシルのような外部機関と協力して振付家をサポートする事業を立ち上げて、他の施設と連携して稽古場を都合しあえるようなシステムだったり、アーティストの創作環境を向上させる工夫ができないものか考えていきたいです。


現代能楽集Ⅸ『竹取』(小野寺修二演出)
撮影:青木司

アーティストの良きパートナーであること

一方で、アーティストの制作姿勢も、「自分から」というよりも「機会を待っている」ように感じられるところはあるでしょうか。何はさておき「踊りたいから踊る」という、ある意味で前のめりな自発性に欠けるというか。お金がかかりそう~とか、色々大変そう~とか、劇場で公演することにちょっと後ろ向きなイメージがあるのかもしれません。
これまで数多くの海外カンパニーを招聘してきましたが、そこで培ったネットワークを、国内のカンパニーとシェアできたらと考えます。当劇場で上演された作品を、海外の劇場に紹介したり、海外カンパニーに日本人ダンサーを紹介したり。中堅カンパニー同士が交流するワークショップや国際共同制作など、他機関に協力要請しながら劇場が中心となってオーガナイズできるところは沢山ありますし、期待値の高いアーティストが多様な作品を上演することは、劇場の価値を高めることにもつながります。アーティストと劇場が双方向に必要とし合う関係でありたい。
TCAの終了や、2分の1助成などによる公演資金の調達問題、コロナによる先行きの不透明感など、カンパニーとして成熟していくための経験が、今なかなか積めない状況です。これからの若手のために、劇場として何かしらステップアップの道筋をつくることができたらと思います。

インタビュアー・編集:呉宮百合香・溝端俊夫(NPO法人ダンスアーカイヴ構想)、アーツカウンシル東京


世田谷パブリックシアター、シアタートラム
今後のダンス・パフォーマンス公演予定

三上さおり(みかみ さおり/世田谷パブリックシアター 劇場部企画制作担当)
世田谷パブリックシアター劇場部勤務(企画制作担当)。国内外の個性的なダンスカンパニー、作品を紹介するとともに、若手カンパニーの活動支援、ワークショップやレクチャーの実施など、ダンスやパフォーマンス系事業を中心に携わる。文化庁新進芸術家海外研修員として、仏・トゥールーズ振付開発センター、仏国立トゥール振付センターにて研修。

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