アーツカウンシル東京の事業

いつ明けるともしれない夜また夜を

  • 団体名 : 布施砂丘彦
  • 区分 : 都内での創造活動
  • 助成タイプ : 単年個人
  • 分野 : 音楽

事業概要

 けっきょく、音楽には戦争を止めることなんてできない。疫病を治すこともできない。腹を膨らせることも寒さを凌がせることもできない。音楽には、わたしたちを癒してわたしたちが見たくない現実を忘れさせること以外に、なにかできることはあるのだろうか。
 わたしは知っている。ベートーヴェンやショスタコーヴィッチの交響曲を演奏したとき、わたしは興奮した。頭に血がのぼった。激しい音楽は、それが優れていれば優れているほど、演奏しているわたしのなかにある攻撃性や排他性をあらわにする。わたし自身のなかにも暴力をふるったり他人を差別するような可能性はあるのだと、わたしは演奏を通して知った。
 わたしは知っている。バッハの受難曲を演奏したとき、わたしは傷付いた。静かな痛みを伴う音楽は、わたしが見たくない、わたしのなかにある汚い部分をわたしに見させるのだ。わたしがいかに愚かで惨めな人間であるのか、わたしは演奏を通して知った。
 わたしはニュースを見た。ひとがひとを差別していた。そのひとたちは疫病や戦争の当事者だったり、あるいは当事者でなかったりした。そのひとは傷付いた、痛めつけられた、あるいは死んだ。こんなかなしいことが、なんで、なんで起きなくちゃいけないんだ。
 音楽は戦争を止められなくても、病気を治せなくても、せめて、わたしやあなたが誰かを傷付けないようにすることくらいできるのではないか。わたしたちは誰でも簡単に加害者になりうる。音楽はそれをわたしたちに教えてくれるのではないか。
 わたしは、音楽が持つ、そんなちっぽけな可能性を信じたい。

プロフィール

【布施砂丘彦】
東京芸術大学卒業。演奏、批評、企画の3つの領域で活動する。演奏家としてはプロオーケストラへの首席客演、実験音楽の演奏やパフォーマンスなどを行うほか、古楽器(ピリオド楽器)の演奏もしており、これまでにアントネッロやバッハ・コレギウム・ジャパンなどの公演に出演。多様なサイズ、調弦のヴィオローネを演奏する。批評家としては時評「音楽の態度」で第7回柴田南雄音楽評論賞奨励賞を受賞してデビュー。音楽雑誌『レコード芸術』や朝日新聞などに寄稿している。現在、オルケストル・アヴァン=ギャルド首席コントラバス奏者、ミヒャエル・ハイドン・プロジェクト主宰、箱根おんがくの森アートディレクター。

お問い合わせ

コントラバス奏者、ヴィオローネ奏者、音楽批評家、音楽プロデューサー
布施砂丘彦
dunebass@gmail.com

実施場所

BuoY(東京都足立区)