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アーツカウンシル東京ブログ

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ダンスの芽ー舞踊分野の振興策に関する若手舞踊家・制作者へのヒアリング

今後の舞踊分野における創造環境には何が必要なのか、舞踊の未来を描く新たな発想を得るため、若手アーティストを中心にヒアリングを行いました。都内、海外などを拠点とする振付家・ダンサー、制作者のさまざまな創造活動への取り組みをご紹介いたします。

2021/11/09

ダンスの芽―舞踊分野の振興策に関する若手舞踊家・制作者へのヒアリング(15)橋本唯香氏(ダンサー)

2020年12月から2021年1月までアーツカウンシル東京で実施した、舞踊分野の振興策に関する若手舞踊家・制作者へのヒアリングをレポート形式で掲載します。

橋本唯香氏(はしもと ゆいか/ダンサー)


ベルギーのP.A.R.T.S.という舞踊学校の3年間のプログラムを終えて、2016年からアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルが率いるダンスカンパニー〈Rosas〉に参加しています。カンパニーでは今まで主にレパートリー作品を踊ってきていて、昨シーズンからミュージアムでパフォーマンスをする新しいプロジェクトにも参加しています。


Rosas『Achterland』
撮影:Anne Van Aerschot

踊れることを有難いと思う一方で、自分の時間を持つことも大事なのかな

コロナの前は、毎年70〜80公演くらいしていたと思います。ツアーで忙しい時は、月の半分以上はブリュッセルにいない生活が続いたこともありました。ロックダウンでカンパニーの仕事がゼロになって、初めてゆっくりする時間ができたことは、色々と考えるきっかけになりました。働けること、踊れることを有難いと思う一方で、自分の時間を持つことも大事なのかなって。オンとオフのバランスが下手で、それまでどこかで無理をしていたことに気づきました。今年(2020年)11月半ばからリハーサルは再開しましたが、ベルギー国内ではまだパフォーマンスができない状態です。PCR検査を毎週しながら、いつ本番ができるかわからないままリハーサルを続けています。
個人の活動は、最近はあまりできていなくて、2019年の夏に私の地元の金沢でソロを発表したのが最後です。その前年には、金沢21世紀美術館で「Re:Rosas!」の一般向けワークショップもやらせてもらいました。あとはサクソフォンのグループと一緒にパフォーマンスをつくり、ベルギーで何回かコンサートをしていました。

ヨーロッパで仕事を探してダンサーとしての経験を積みたくて

日本女子体育大学3年の頃、卒業してどうしようか考えたときに、海外に行って勉強しようと思い立ったことが渡欧のきっかけでした。思い込みもあるかもしれませんが、日本では社会の中でダンサーという仕事があまり認められていない印象があって、実際周りに聞いてもバイトしながら踊っているという人が多く、ダンスを職業にしたいという想いがあった私は少しもやもやしていました。そこで、海外だったらもう少し仕事として成り立っているのではないかと、ヨーロッパの舞踊学校のオーディションを受けに行くこともしました。評判を聞いていたベルギーのP.A.R.T.S.とオーストリアのSEAD、オランダのコダーツと、オーディションの時期が近くて移動もできる学校を選んで予定を組んで。結果、第一希望であったP.A.R.T.S.に入ることができました。23歳で、年齢制限マックスの年でした。
P.A.R.T.S.はそれまで、トレーニングサイクル2年間、続けたい人はさらにその後リサーチサイクル2年間というトータル4年のサイクルだったのですが、ちょうど私たちの年から3年間のプログラムに変わりました。ダンサーと振付家の両方を育てる方針で、ダンス以外にも演劇や歌、リズムのクラスがありました。あとセオリーのクラスも多く、舞踊史や芸術史だけでなく、社会学や哲学もありました。
卒業後に必ずしも全員がプロフェッショナルダンサーとして活動しているわけではありません。年齢関係なく大学の学部や修士に入って、たとえば哲学など全く違う勉強をする人も割と多いです。勉強して、また違うアプローチから作品をつくるみたいな感じですね。最近になって、卒業と同時にダンスのディプロマ(学士号)がもらえるようになり、さらに選択肢が広がったようです。
私は、ヨーロッパで仕事を探してダンサーとしての経験を積みたいと思っていました。Rosasのオープンオーディションはここ数年行われていないと聞いたので、3年目になったら徐々に仕事を探そうと思っていたら、運良く3年目が始まってすぐに、『Rain』のレパートリーダンサーの募集があったのです。11月には結果が出て、他のオーディションを色々受けることなく仕事が決まった形となりました。本当にタイミングが良かったと思います。


Rosas『Fase』 
撮影:Anne Van Aerschot

ダンスをアートの一部として見るようになった

P.A.R.T.S.で学んだことで、ある意味で視野がとても広がりました。もちろんダンステクニックの面で得たものもたくさんありますが、それ以上に、1人のアーティスト、1人の人間としてのあり方を考えることを学んだ気がします。学校なのでルールはありますが、最終的に決めるのは自分で、考える余地があったというか。作品をつくるときも色々な先生に見せるのですが、「これはどうして?なんでこうするの?」と問いかけられることが多かったですね。
3年間すごくギチギチのプログラムで、在学当時はトゥーマッチと思っていたほどなのですが、今になって、学校ってそういう場でもあるのかなと思い始めています。色々なものをいっぱいもらうことで、自分の得意なことや好みや興味に気付くことができる。ある意味でそのチャンスを学校はくれているのかなと。
また、ダンスをアートの一部として見るようになったのもP.A.R.T.S.のおかげです。それまでずっとダンスばかりで来てしまっていたのですが、音楽や美術など他のアートにも興味の幅が広がりました。舞台に関しても、日本で見ていたものよりもブリュッセルのものは振れ幅が激しくて、「これもコンテンポラリーダンスなのか?」と最初は混乱しました。でも授業を受けるうちに、カテゴリーを決める必要はないんだなと学びました。個人的には、ダンスやシアターよりも「パフォーマンス」という言葉が今はしっくり来ています。
日本女子体育大学の頃は、実技のクラスはどれも週1回で半年間という形でした。毎週続けるとはいえ、毎日は続けない。それがP.A.R.T.S.では、4週間毎日同じ先生のクラスを受けるというのが基本サイクルで、継続性の強みを初めて実感しました。同じ先生が何度も来ることもあって、回を追うごとに新しい発見があったり、やろうとしていることを理解できたりして。こういった経験は、みっちりのプログラムでないとなかなかできないことかもしれません。
その意味で日本女子体育大学は、色々なダンスを少しずつ体験して、更にやりたいことがあれば学校外の教室に通うという感じでした。逆にP.A.R.T.S.は、学校でとことんやりますという形で、外にクラスを受けに行くことは全くありませんでした。だからファンクションや目的がちょっと違うのかもしれませんね。舞踊全般を扱うか、コンテンポラリーダンスに特化しているかという違いもあると思います。


Rosas『Rosas danst Rosas』 
撮影:Anne Van Aerschot

P.A.R.T.S.みたいな学校が日本にあったら?

たとえばP.A.R.T.S.みたいな学校が日本にあったらと考えたこともありました。でも、卒業後の受け皿がないことは課題ですよね。
この2つの学校を今振り返ってみて「あったら良かったな」と思うのは、卒業後に何が必要か、どういった仕事や活動の方法があるのかを知るような場です。プロダクションはどのように成り立っているのか、税金をどのように払うのか、どのように契約を取るのかとか、もちろん皆自分で探していくのでしょうけれど、それこそフリーランスの人の体験談やアドバイスを聞きながらシミュレーションできたら有り難かったなと思います。
渡欧してから、海外であってもダンサーが職業として十分認められているわけではないと知りました。でも日本よりは、芸術自体がより多くの人に親しまれているような感覚はあります。ダンスカンパニーにフルタイムの契約で所属するのは、日本ではできない経験です。またフリーランスの場合も、アーティストに対する経済的・社会的保障があるベルギーと日本の違いは大きいです。そのため正直今は、日本に帰国して何かやるということはあまり考えていません。日本でダンサーとしてやっていくには、自分でもっと色々なやり方を見つけていかなければならないと感じています。


Rosas『Rosas danst Rosas』 
撮影:Anne Van Aerschot

コロナ禍を通じて体を使うことの大切さを強く実感した

昔から教えることに興味があります。ダンサーを育てるというよりは、もっと多くの一般の人に、体を動かす楽しさを体験してもらいたいと思っていて、ゆくゆくはそういうことにも取り組みたいです。コンテンポラリーダンスはよくわからないと言われますが、実際に自分で体験してもらうと、それだけ興味を持ってもらいやすくなるのではないかと感じます。
アンヌ・テレサは一時期「マイ・ウォーキング・イズ・マイ・ダンシング」という言葉をモットーに、ブリュッセルやパリで『スローウォーク』という4時間かけてゆっくり街を歩く参加型のイベントをやっていました。私が初めて参加したのは学生のときだったのですが、「へぇ〜そんなの誰が来るの」と思っていたら、割と普通に全くダンスを知らない人も来ていて驚きました。それこそFacebookでイベントを見つけて興味を持って来たとか、世の中どんな人がいるかわからないですよね。こんなシンプルなことでもダンスへの入り口になるのかと思った経験でした。
人間が生きる上で必要なものの中にダンスは入らないかもしれないとどこかで思っていたのですが、コロナ禍を通じて、私は体を使うことの大切さを強く実感しました。今一番心配なのが、コロナで皆ステイホームしなくてはいけなくなっていることと、授業がオンライン化したことで子供たちが体を動かす機会が減ってきていること。人との交流を避けなくてはいけない中で、触れ合いが全くなくなるのは怖いなと思っています。身体性を失わないよう、劇場はもちろんそれ以外の場所でも、体を動かしコミュニケーションする機会をもっと増やし、Rosasでもらった知識をシェアしていけたらと考えています。

インタビュアー・編集:呉宮百合香・溝端俊夫(NPO法人ダンスアーカイヴ構想)、アーツカウンシル東京



撮影:Anne Van Aerschot

橋本唯香(ダンサー)
1991年石川県出身。幼少期よりモダンバレエを永井与志枝に指示。日本女子体育大学舞踊学専攻卒業。上京後クラシックバレエを豊川恵美子、コンテンポラリーダンスを太田ゆかりに師事。2013年にベルギーへ渡り、P.A.R.T.S.(Performing Arts Research and Training Studios)の3年プログラム修了。在学中にField Workにてインターン、『carry on』出演。2015年よりサクスフォンカルテットScarboとコラボレーションし『PAGINE』を発表。2016年よりRosasに入団。

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