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アーツカウンシル東京の芸術文化事業を担う人材を育成するプログラムとして、現場調査やテーマに基づいた演習などを中心としたコース、劇場運営の現場を担うプロデューサー育成を目的とするコース等を実施します。

2022/12/06

芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座2022レポート:なぜ、社会は芸術文化に公的支援すべきなのか? 第7回:社会における芸術文化の必要性を考える~芸術文化支援を鍵に、自立の在り方等を考える~

現代舞台芸術分野での助成を行っている団体といえば、公益財団法人セゾン文化財団が筆頭に挙げられます。第7回講座では、その理事長である片山正夫(かたやま・まさお)さんにお話を伺います。前半は「芸術文化への公的支援を、どう正当化しますか?」と受講生一人ひとりに問いかけます。後半ではレクチャー「『非営利』という生き方」と受講生全員でのディスカッションを行います。

講師の片山正夫(かたやま・まさお)さん

Part 1「芸術文化活動が社会から支援されるべき根拠は?」

コロナ禍でも何度も議論にのぼった「芸術文化は社会に必要なのか?」という問いかけ。「必要だ」と主張する根拠の一つとして、芸術文化のパブリックな価値が挙げられます。それを示すことで、芸術文化には公的資金が必要であることの正当性を説明することが可能となるはずです。しかし、基本的な認識を共有しない他者にこれを納得させることが容易ではないことは、受講生を含む芸術文化に関わる人であれば実感しているでしょう。
「自分にはアートは関係ない」と思っている人にも伝わる言葉を編み出さないといけないというのは芸術文化と社会をつなぐうえで抱える課題ですが、片山さんは「この一言を言えばみんなが納得する、という言葉はない」と言い切ります。「いろんなことを地道に積み上げていくしかない。個人にとってアートの価値は、“癒し”であっても“娯楽”であっても何でもいいのですが、パブリックな価値を説明するとなるとそうはいかない。多様な観点から、いろんな人が共感できる言葉を探していければ」と、今回は受講生全員にそれぞれの活動における「公的支援の根拠」についてどう思っているのかを語ってもらいます。

受講生一人ひとりの背景をふまえ、話を聞いていきます

片山さんからの問い『あなたの活動が社会から支援されるべき理由をどう説明しますか?』について、受講生はそれぞれ、自分達の活動に根ざした具体的な根拠を挙げていきます。
創作活動を行う受講生には、まず、その活動にどんな社会的な意義があるかを語る人が多くいます。たとえば「想像力を育み、社会からこぼれてしまう人の居場所となる演劇を目指している」「市民が中心・主体になることで孤立しない社会を作る」など社会の辺境にいそうな人を包摂していく活動をしていたり、また、「伝統の継承による文化的な豊かさ」「関わる人の個性や環境づくりを育む」など文化のもたらす影響に注目する声もありました。また、表現活動を営む個人の視点から「自分のためにやっている」「何もしないと消えていくものだということを知ってもらえる」「小規模なものやマイナーなものも存在していることを知ってほしい」などの声もありました。一方で、文化的活動や芸術表現を用いて社会課題に向き合う活動については「芸術文化の表現を通して問題の認知を促したり、傷ついた人の心のケアとなる」や「(その表現ジャンルならではのやり方で)社会課題に別の視点を与えることができる」といった社会との結びつきを説明しやすい根拠もありました。
講座のテーマは『非営利』ですが、受講生のなかには営利活動に携わる人もいます。出版業界で働く受講生に対して、片山さんは「日本は出版への助成はすごく少ない。映画も営利事業とみなされてきたので、公的な助成があるようになったのは最近。今後はもっと公的支援を拡大していくべきでしょうか」と展望を一緒に想像したりと、受講生ごとに様々な視点で公的助成について考えます。

受講生からは、自身の活動にもとづく現場の実感が多くあがりました

ほかの受講生からは、片山さんからの問いに対して「支援してくれる人に合わせて言い方を変えるのがいいのでは。たとえば『高齢者にとって〇〇な効果がある』『まちの文化が豊かになり住みやすくなる』のように」といった提案もありました。ある受講生の「すでにある芸術文化についてパブリック(公的)な価値を絞り出すのは順番が逆で、芸術文化にはパブリックな価値があるという前提から話を始めるべきではないでしょうか」という意見には、片山さんもうなずきます。「確かに、あとから説明を考えるというのは順番が逆なんです。ニーズが先にある普通の政策とは逆になってしまっているのです」と、長くこの業界を支えられてきた片山さんから、文化政策がたどってきた歴史の重みと複雑さを感じました。

欧米の文化政策から“輸入”された概念が多いので、あえて英語のまま表記している

芸術文化の公的な価値・正当性は、これまでも世界中で様々な言葉で語られてきました。上の図にある「art for all(すべての人々のための芸術文化)」は、日本でも耳にするようになりました。「access to arts」は誰もがアートへアクセスする権利があるための公的サポートがあって良いのではということ、「cultural heritage(文化財)」はアートの継承の重要性などが込められています。また、「art/design thinking」は最近ビジネスの世界でもよく使われますし、日本語の「観光振興」は地域おこしやまちづくりとして一般的にも身近なものです。片山さんが一つひとつ解説していく言葉の意味と背景を聞いていると、これまで様々な視点から芸術文化の公共性について言葉を重ねられてきたのだとわかります。
これらの言葉を俯瞰して見たあとで、片山さんは前半の受講生らとのやりとりを振り返り、「(受講生のうちほとんどの方は)芸術文化の担い手だからこそ、その固有の力を信頼していて、それが社会にとって何か意味がある、というストーリーがあるように感じました。そこで『それってスポーツにはできないの?』『いやアートだからできるんだ。なぜなら……』と突っ込んでいくと明確になっていくことがあると思います」と、根拠を強めていくための後押しをしました。

また、前回講座の『文化権』の話とも重なることを踏まえつつ、国内の法律・条例の観点から、文化芸術の公共性についても読み解きます。日本国憲法では、「access to arts」に通ずる、あらゆる人々に文化芸術に触れる権利があるということが示唆されていますし、東京都文化振興条例では「ちょっと抽象的だけど」と前置きしながら、『都民が(略)国際都市にふさわしい個性豊かな文化を創造することに寄与し、もつて都民生活の向上に資することを目的とする』と述べられています。また「経済学の面から言えば、文化は公共財としての側面を持っていると言える」など、様々な視点から話してくださいました。

Part 2「『非営利』という生き方」

後半は、今年度のキャパシティビルディング講座のテーマでもある『非営利』について考えていきます。まず「非営利と公益って、ちょっと混同してしまいませんか?」という片山さんの問いかけから、その違いを見ていきます。一般的に、『非営利』とは 利益が出ても関係者で「分配」しないこと、そしてそもそも利益を上げることを目的にしていないことを意味します。一方で「公益」事業とは「不特定多数」を対象とした「公的領域」に関わる事業だと法律は定義しています。とはいえ、どのくらいの人数が不特定多数なのかが明確ではなかったりと、少しわかりづらい言葉でもあります。

実際に『非営利』の芸術文化活動を行うにあたっては、どのような組織体制で行うかを選択する必要があります。芸術文化活動を行うのに法人である必要はなく、任意団体でも、個人でも構いません。では法人化するにはどんなメリット・デメリットがあるのでしょうか。よく起こりうる事情として、公共施設と仕事をする際などに、契約主体として法人格が必要となる場合があります。また、法人名義で財産が持てるため、代表者個人の財産と区別できるようになりますし、社会的信用にもつながります。さらに、法人格によっては税制の優遇も受けられます。一方で、各法人法に従わなければならないため、事務が煩雑になったり制約が課されるという面もあります。

では、法人化をする場合に、どのような法人がありうるでしょうか。下記の表を参照すると、芸術文化団体が非営利の法人格を取得しようとする場合は、赤色の部分が選択肢となります。

「公益」の反対は「私益」だけではなく、「共益」も含まれるので、まとめて「非公益」としてあります

なかでも黄色部分はとくに公益性が認められ、寄附税制の優遇対象となる法人です。これらの法人に個人や企業が寄附をすると所得税等が減額されるという寄附者側のメリットがあるため、寄附が集めやすくなる面があります。条件によっては寄附した額の約半額が還付されるケースもあります。本来、寄附とは損得で考えるものではないかもしれませんが、寄附者の意思決定を左右しうる要素ではあります。

寄附税制の活用例

と、ここまではメリット・デメリットの面から『非営利』について考えたものです。片山さんは講座後半のテーマである「『非営利』という生き方」について、このように話します。
「98年にNPO法ができましたが、セゾン文化財団の助成を受けている団体でNPO法人になる団体はほとんどありませんでした。当時、ほとんど唯一の例外がク・ナウカシアターカンパニーでした。主宰者である宮城聡さんにNPO法人化した理由を尋ねると「一般の人たちが劇団を評価する基準は、『テレビに出ているかどうか』『売れているかどうか』といったことしかない。でもわれわれは利益を目的としているのではなく、芸術の達成を目指している。世の中にはこういう存在もあるのだということを示したくてNPO法人にした」とのことでした。感銘を受けました。これが『非営利という生き方』ですね」。このような事例を紹介されつつ、ただ決して一つの生き方だけを選ぶ必要はないということは誤解してほしくないとも補足されます。「ある日は商業的な世界、ある日は非営利の世界、というように両方の世界を生きている人はたくさんいますし、そういう生き方もあります。非営利を、生き方の一つと捉えらていただけるといいのでは」。
片山さんが、生き方、という表現にこだわるのには一つの理由があります。現在、芸術の世界に限らず、営利セクターと非営利セクターの活動内容がとても近くなっているといわれており、事業形態や作品・活動の内容だけで両者を区別することが実際には非常に難しいのです。「線引きができるとしたら、それは生き方なんじゃないか」というのが片山さんの考えです。最後に、受講生達に法人化の可能性を聞いたり、質疑応答の時間をもって、講座は終了しました。

次回はついに最終回。受講生は年内にファシリテーターとの個別相談を経て、1月の第8回講座で「課題解決/価値創造戦略レポート」の最終発表会を行います。各自の創造活動における課題解決の具体的な実装方法を提案し、相互に思考を共有することで、今後の活動へとつなげていきます。

※文中のスライド画像の著作権は講師に帰属します。


講師プロフィール

片山正夫(かたやま まさお)
公益財団法人セゾン文化財団 理事長
1958年兵庫県生まれ。1987年、セゾン文化財団の設立時より運営に携わる。常務理事を経て2018年より現職。1994~95年、米国ジョンズホプキンス大学フェローとして芸術助成の評価を調査。現在、(公財)公益法人協会理事、(公財)助成財団センター理事、(一財)非営利組織評価センター評議員等を務める。アーツカウンシル東京カウンシルボード委員。著書に「セゾン文化財団の挑戦」、共著に「民間助成イノベーション」等。

執筆:河野桃子
記録写真:古屋和臣
運営:特定非営利活動法人舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)

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