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ACT取材ノート

東京都内各所でアーツカウンシル東京が展開する美術や音楽、演劇、伝統文化、地域アートプロジェクト、シンポジウムなど様々なプログラムのレポートをお届けします。

2023/11/28

秋の東京でお茶を味わい、文化を再発見する「東京大茶会2023」(10月22日|江戸東京たてもの園)

東京の秋の風物詩「東京大茶会」。茶席を楽しむことができるイベントとしては、会場の広さ、参加流派の数、来場者数ともに都内最大級の規模を誇ります。

2023年で14回目の開催を迎え、会場となった浜離宮恩賜庭園(10月14日・15日)、江戸東京たてもの園(10月21日・22日)は多くの来場者で賑わいました。コロナ禍を経ての復活開催で大いに華やいだ昨年に続き、今年は4年ぶりに当日券の販売が復活。異なる流派が一堂に会し、茶道経験に関わらず誰でも気軽に参加できる機会ということで、来場者の中には普段から茶道に親しまれている方々に限らず、小さなお子様連れのご家族の姿も見られました。

会場入口の様子

江戸東京たてもの園で開催された「東京大茶会2023」を訪れたのは、日本在住のトーマス・ラクラン・バーネルさんとキャセリン・エメリー・マチソンさん。トーマスさんはイギリス・リーズ出身、キャセリンさんはアメリカ・ニューヨーク出身で、2人とも茶席は初体験だそう。体験当日は、秋らしさを感じるすっきりとした青空と暖かな日差しに恵まれ、半袖でも十分なほど過ごしやすい天気での開催となりました。今回のレポートでは、初めての茶席に期待を膨らませる2人と一緒に「東京大茶会2023」に参加した模様をお届けします。

左:キャセリンさん(アメリカ出身)、右:トーマスさん(イギリス出身)

英語で楽しむ茶席/綱島家

会場となった「江戸東京たてもの園」は、両国にある江戸東京博物館の分館として、1993年に小金井市の都立小金井公園内に開園しました。江戸時代から昭和中期までの現地保存が難しい30の建造物が移築・復元され、実際に内部を見学することができます。

最初に訪れたのは、江戸時代中期の農家「綱島家」。こちらでは「英語で楽しむ茶席」を体験しました。広々とした座敷に招かれたのは、トーマスさんとキャセリンさんを含む10名のゲスト。作法の意味や道具の使い方について、亭主の解説を英語で通訳してくださいます。
2人とも、初めて間近で見る茶道の所作に興味津々。戸惑いを感じながらも、英語のガイドに従って和菓子とお茶を楽しみつつ、意外な気づきもあったようです。

英語で楽しむ茶席/綱島家
通訳さんはアメリカ在住で、東京大茶会のために来日

トーマス「全員の手元にお茶が行き渡るまで、自分が先に飲んでいいのか、どうしたらいいのかわからなくてドキドキしたよ」
キャセリン「トーマスと顔を見合わせちゃったよね。でも、今まで飲んだ抹茶の中で一番美味しかった!紅葉の形をした和菓子も秋らしくてかわいかったね」
トーマス「はじめにお茶碗を温める所作があったけれど、あれはイギリスで紅茶を入れる時も同じだね。事前にティーカップを温めておくことは、美味しい紅茶を淹れるために欠かせないひと手間なんだ」
キャセリン「お茶を飲む前にお茶碗を回すでしょう?解説を聞いてその意味が初めてわかった。お碗の正面に口をつけるのを避けることで遠慮や敬意を表す、という考え方は新鮮だった」

正客・次客として間近でじっくりお点前を観察するトーマスさんとキャセリンさん

20分ほどの体験を終えて立ち上がろうとした時、トーマスさんに小さな事件が!体験中ずっと正座をしていたので、足が痺れてふらふらに。「お茶を飲んでいる時は夢中で気がつかなかった…!」とトーマスさん。一方キャセリンさんは、途中で姿勢を変えたり足を崩したりと器用に工夫をしていたよう。ちなみに、体験前のガイダンスで正座に慣れていない参加者向けに「ぜひ足を崩してリラックスできる姿勢で参加してください」とアナウンスが。また、すべての席で必要な方には椅子の貸し出しもしているのでご安心を。

「お茶に夢中でうっかりしてた…!」とトーマスさん

お気に入りの建築を探索

茶道プログラムの合間に、江戸東京たてもの園内の散策も楽しむことに。
日本の昔ながらの建築に興味があるというトーマスさんは、以前にも一度江戸東京たてもの園を訪れたことがあるそう。「ここが僕のお気に入り」と案内してくれたのは、日本の近代建築を牽引した建築家・前川國男の自邸。

トーマス「大きな窓から光が入ってくるところが好きなんだ。それに比べてドアや窓は小さくてかわいいでしょう?」
キャセリン「リビングを風が通り抜けて気持ちいいね。こんな家に住めたらいいのに!」

「つい覗いてみたくなる小窓もあるね」とトーマスさん

一方、キャセリンさんがひと際目を輝かせたのが、昭和初期の商店建築が立ち並ぶエリア。乾物屋を移築・復元した「大和屋本店」では、算盤と帳面が置かれた帳場と、日本円が打てるように改造されたアメリカ製のレジスターが並べられているのを発見し、時代の移り変わりや海を渡ってきた道具のディティールを興味深く観察していました。

「元々のボタンはドルだけど改造されて表示は円になっている!」とキャセリンさん

キャセリン「普段東京の街を歩いていても、路地や街並みが気になる。こうして小さな商店が向かい合って、ちょっとした街並みになっているところを歩いてみると、昔の暮らしや人々の生活が想像できて面白いよね」

「お店やさんごっこもできちゃうね」とキャセリンさん

まちなかコンサート/子宝湯

そんな街並みの突き当たりに堂々たる構えを見せるのが、昭和4年竣工の銭湯「子宝湯」。トーマスさんとキャセリンさんの次の目的地はこちらです。実は「東京大茶会」では、茶席以外にもパフォーマンスプログラムが組まれているほか、子宝湯では東京文化会館主催で「まちなかコンサート〜芸術の秋、音楽さんぽ〜」と題したコンサートが開かれていました。


まちなかコンサート/子宝湯

2人が聴いたのは、トランペット四重奏のコンサート。男湯の浴室から脱衣所まで所狭しと埋め尽くされた観客が今か今かと待ち望む中、トランペッターたちが登場。軽快で華やかな演奏を披露しました。

満員御礼!で大盛況のコンサート

トーマス「銭湯でクリスマスメドレーが聴けるなんて、意外で面白かった。イギリスでも古い教会でのミニコンサートは体験したことがあるけれど、お風呂場を会場にするのはなかなかユニークだね」
キャセリン「コンサートを楽しむにはいいけど、お風呂場としては窓がありすぎてちょっとびっくり。当時はどうやって使っていたのか興味が湧きました。昔の広告がたくさんあるのも面白いね」

コンサートを楽しむキャセリンさんとトーマスさん

野点/伊達家の門

次に2人が向かったのは、屋外で催される茶席「野点(のだて)」。一般的に屋内での茶席と比べてよりカジュアルに参加できるものとされています。

キャセリン「綱島家の茶席は、少しフォーマルで緊張したけれど、解説付きで流れを学びながら体験できた点で理解が深まったし、初体験にはぴったりだったと思う。雰囲気は秘密の会合みたいな感じだったよね。それに比べて野点は、屋外の開放的な雰囲気のおかげか気負わずに参加できた気がする」
トーマス「確かにリラックスして楽しめたね。慣れもあるのかな。綱島家ではメインゲストの位置(正客)に座らせていただいたこともあって、みんなの注目が集まってドキドキしたけど、野点は後ろからみんなを眺めることができたから、ゆっくり楽しめてよかった」

野点/伊達家の門

茶席終了後には、亭主を務めてくださった先生に素朴な疑問を投げかける場も。キャセリンさんが気になったのは、野点傘に掛けられていたお花。この日のお花は先生のご自宅の庭で摘まれたもので、花の少なくなる秋には、小さな野の花々を集めて花束のようにして掛けるのだそう。茶席に招かれたお客様にできる限り華やいだ気持ちになってほしい、というホストの心遣いだといいます。

亭主から説明を受けるキャセリンさんとトーマスさん

トーマス「そういえば、お茶の味は2つの茶席で全然違ったよね」
キャセリン「綱島家でいただいたお茶は、苦味が効いていて素朴な味がした。野点でいただいたお茶は、より滑らかで泡がきめ細かい気がする。甘みがあったね」
トーマス「完璧な食レポだね!流派によって違ったり、飲む環境によって印象が変わったりするのかな」

味が違う!と感想を交わし合うキャセリンさんとトーマスさん

こんな風に様々な茶席に参加して飲み比べを楽しめるのも「東京大茶会」ならではの面白さかもしれません。

“おもてなし”からそれぞれの国の文化を考える

茶会は人々のコミュニケーションの場。お茶や和菓子を味わい、ユニークな空間に心惹かれながら、席を共にする人々との交流を楽しむ時間にはかけがえのない豊かさがあります。トーマスさんは、イギリスのティーパーティーと日本の茶席とでは、似ている部分と異なる部分の両方があるといいます。

トーマス「イギリスのティーパーティーと日本の茶席は、どちらもホストがゲストをおもてなしして、お茶を介して交流を楽しむ点では近い体験だと思う。でも、一番違いを感じるのは、日本の茶席ではホスト自身がお茶を点てて、ゲストに提供し、片付けをするところまでが一連のおもてなしの所作になっていること。使う道具や壁に飾られた掛け軸、お花といった室礼にもホストのメッセージがこもっている。イギリスでは、ティーセットを用意してテーブルを囲んだら基本はセルフサービスで、自由に楽しむ。茶葉の香りを楽しむためにお湯の温度を管理したり、美しい食器にこだわったりするのはイギリスも日本も同じだね」
キャセリン「同じお茶を通したコミュニケーションの文化だけれど、国によってそれぞれ違いがあるんだね」

お茶を受け取るトーマスさん

文化を体験することは、その国で暮らす人々の物語を辿ること

2人が日本の文化と触れ合う時に共通しているのは、体験そのもの以上に、その背景にあるストーリーに強い関心を寄せていること。例えば園内を歩いて古い建物を眺めていても、歴史、伝統、風習といった、かつてそこにあった物語を想像して、目で見えている以上のものを豊かな感性で受け取っているように見受けられました。そんな2人は今、手を動かして学ぶことに興味を惹かれているそう。

英語で楽しむ茶席/綱島家

キャセリン「私はカゴ編みや江戸切子のレッスンに通っていて、工芸に興味があるの。見た目も綺麗だし、贈り物にもいいし、自分で持っておくにも気分が上がるし、生活の一部に素敵なものがあると嬉しいでしょう。何をするにも、一回限りのお試しでは満足できなくて、時間をかけて自分のものにしていくことに楽しみを感じる。あとはローカルエリアを旅して、日常の暮らしを覗いてみるのも面白そう」
トーマス「僕は学生時代ギターをやっていたので、今度は三味線に挑戦してみたい。僕もキャセリンと同じで、一度きりの体験レッスンではなくて定期的にレッスンして上達して弾けるようになりたいんだ。それから日本料理。日本語のレシピ本を見て作れるようになれたらいいなあと思っているよ」

キャセリン「東京大茶会は、英語では “Grand Tea Ceremony”と名付けられているけれど、字面から想像するよりは格式張っていなくて、親しみやすいイベントでした。気軽さがもっと伝わるといいな」
トーマス「確かにそうだね。僕自身、このイベントに参加する前に不安に感じていたのは、礼儀作法がわからなくて失礼な振る舞いをしてしまうんじゃないかってこと。逆に、事前に情報が得られれば安心できると思うよ」

盛会のうちに幕を閉じた「東京大茶会2023」。茶席をきっかけに、そこから感じたことや気が付いたことを語り合ったり、新しい興味が芽生えたり、歴史的な建造物の空間を味わってみたりと、単なる文化体験にとどまらない豊かな交流と発見の時間がゆったりと流れていました。肩の力を抜いて“おもてなし”の心に身を委ねてみると、自然と表情が柔らいで、身体がぽっと温まったような心地に。秋にほのかなぬくもりを添えてくれるイベントでした。


東京大茶会2023

  • 日程・会場:2023年10月14日(土)・15日(日)浜離宮恩賜庭園
    2023年10月21日(土)・22日(日)江戸東京たてもの園
  • 主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京
  • イベントページ:https://www.artscouncil-tokyo.jp/ja/events/60709/

撮影:川田航大
取材・文:前田真美


このインタビュー記事の英語版/ English version of this page [PDF].

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