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アーツカウンシル東京ブログ

アーツカウンシル東京のスタッフや外部ライターなど様々な視点から、多様な事業を展開しているアーツカウンシル東京の姿をお届けします。

Tokyo Art Research Lab(TARL)

Tokyo Art Research Lab は、アートプロジェクトの担い手のためのプラットフォームです。時代に応答したアートプロジェクトをつくる学びの場と、現場の課題やこれから必要な技術について考える研究・開発を「東京アートポイント計画」と連携して行っています。

2017/05/18

100組の作家ではなく1組の作家へ。芸術祭の形を大胆に転換した「BEPPU PROJECT」の設計思想―TARL集中講座(1)レポート(前編)

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目 In Beppu「奥行きの近く」目/ツアーの様子 (撮影:久保貴史)(C)別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」実行委員会

「なぜ個展形式の芸術祭が生まれたのか~「目 In Beppu」から紐解く、これからの芸術祭の在り方~」レポート(前編)

これからアートプロジェクトに関わりたい方、現場で活躍しながら次のステップに進みたい方に向けた実践的な講座を提供し、アートプロジェクトを動かす力を「身体化」するスクールプログラム「Tokyo Art Research Lab 思考と技術と対話の学校」。その集中講座第1回目が、2017年1月29日、アーツカウンシル東京ROOM302にて開催されました。

「アートプロジェクトが向かう、これからの在り方」と題された今回の講座では、アートがもたらす気付きや可能性の意義を問い続け、実験的な活動に取り組むゲストを迎え、現在彼らが向き合う課題や挑戦を共有しながら、アートプロジェクトのこれからの在り方を探っていきます。 第1回のゲストはNPO法人BEPPU PROJECT代表理事の山出淳也さんと、現代芸術活動グループ「目」から荒神明香さんと南川憲二さんです。

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TARL集中講座「アートプロジェクトが向かう、これからの在り方」第1回。ゲストのNPO法人BEPPU PROJECT代表理事・山出淳也さん

NPO法人BEPPU PROJECTが事務局を担う別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」実行委員会は、2009年より3年毎に開催してきた別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」(以下、「混浴温泉世界」)を、2015年、3回目の開催をもって終了し、2016年からは、毎年1組のアーティストと向き合い、別府で新作をつくり出す個展形式の芸術祭「in BEPPU」を開始しました。各地で国際芸術祭が増え、参加作家や会場、予算において規模が拡大し続ける中、 多くの観客を魅了してきたフェスティバル型の「混浴温泉世界」を終了し、個展形式へ切り替えるということは、大きな決断でありチャレンジであったと思います。ではなぜ、彼らはこのような転換を決め、実現することができたのでしょうか。

今回は、BEPPU PROJECTのこれまでの活動と、2016年から始まった個展形式の芸術祭「in BEPPU」に至る経緯について、そしてこれからの展開について、「in BEPPU」第1回の参加アーティストである「目」のお二人との対話も交えながら、お話していただきました。ここでは、仕掛け人である山出さんのトークを中心に、レポートします。


クリエイティブのハブになる

「僕たちは、文化を中心に地域を活性化し、社会をより豊かにしていくためのエンジンでいたいと思っているんです」。そう語る山出さんが、世界有数の温泉地として知られる大分県別府市を拠点にNPO法人BEPPU PROJECTを立ち上げたのは2005年。

もともとまちづくりが盛んな別府市で、周りの団体や企業とも協働しながら様々なプロジェクトを展開してきたBEPPU PROJECTは、現在では別府市だけでなく大分県各地で、様々な分野でプロジェクトを行っています。その活動の流れを聞いていると、まるであらかじめ全て設計されていたのでは?という位、様々なプロジェクトが自然とつながり、広がっているように思えました。

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混浴温泉世界「バラ色の人生」大友良英 (撮影:久保貴史)(C)別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」実行委員会

彼らの活動は、2005年に有志で集まり、別府市で国際芸術フェスティバルを開催することをマニフェストに掲げ、活動を開始したところから始まります。2006年には法人化。そして2007年に別府市中心市街地の活性化を考える国際シンポジウムを開催し、そこでなされた議論を元に、空き店舗を活用して市民の活動や発信の拠点となるスペースを中心市街地の複数の場所につくりました。2009年からは、これらのスペースを主要会場に、別府現代芸術フェステイバル「混浴温泉世界」を3年毎に開催。2010年からは市民文化祭「ベップ・アート・マンス」を毎年開催するようになります。

国際芸術祭と並行したこの市民文化祭には、回を重ねるごとに参加する市民が増加し、これまで文化に関わりのなかった方が表現活動を始めたり、発表形態や表現ジャンルも年々多彩になったりと、別府市の賑わいや文化振興に大きく寄与しています。と同時に、町の情報を丁寧に紹介したフリーマガジンを発行し、従来別府観光の顧客ではなかった若年女性をターゲットに据えた情報発信の事業も行ってきました。

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市民文化祭「ベップ・アート・マンス」

「混浴温泉世界」をきっかけに別府に移り住むアーティストも多く、滞在施設の整備や仕組みづくりなど、アーティストやクリエーターの移住を促進する事業を行うとともに、海外作家のレジデンスプロジェクトも実施。

2012年から2014年にかけて、山出さんがディレクターを務め、展開された「国東半島芸術祭」では、会期終了後も見ることのできるサイトスペシフィックな作品を複数設置し、国東半島ならではの自然や文化に触れながら作品をめぐるツアーを提案。同時期に行われた県産品のブランディング事業では、厳選された県産品からなる地域ブランド「Oita Made」を創出し、アートイベントの参加者が、生産者の顔の見える商品をお土産として購入できる仕組みもつくりました。

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国東半島芸術祭 千燈プロジェクト「ANOTHER TIME XX」アントニー・ゴームリー(撮影:久保貴史)(C)国東半島芸術祭実行委員会

その後も大分県内で開催される文化イベントをつなぐ仕組みづくりや、小学校や福祉施設へのアウトリーチプロジェクト、地域のお祭りを盛り上げるための楽隊の企画・運営など、本当に様々なプロジェクトを手がけられてきています。小さなワークショップや講座も含めると、その数は1000を優に超えるそうです。

「クリエイティブのハブになるような組織として、企業や団体、行政など、様々な所と協力して活動してきた」と語る山出さん。こうして見ると、まさに一つ一つのプロジェクトが、他地域も巻き込みながら、有機的につながり、広がっているように感じられます。例えば2015年の「混浴温泉世界」開催時には、大分市内でトイレをテーマにしたアートフェスティバル「おおいたトイレンナーレ2015」も同時期に開催されましたし、国東半島では「国東半島芸術祭」で制作された作品を鑑賞することもできました。また、大分市の水族館「うみたまご」の新施設「あそびーち」には、アートな遊具が設置され、竹田市や日田市でも文化事業が開催されました。これらを廻る仕掛けとして、JR九州では電車をアート化し、主要駅に設置されたスタンプを台紙に捺すことでオリジナルの絵本を完成させるプロジェクト「JR九州おおいたトレインナーレ」を実施。お土産には、厳選された大分県産品を「Oita Made」で・・・と旅をデザインしていきました。そしてこれらの情報が集約されたフリーマガジン「ARTrip」も発行されました。このように、県内各地の組織と連携し、これまで積み重ねてきた様々なプロジェクトが相互に関連しあい、大分県全域に広がるものとなっていました。

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大分県の県産品から生まれた地域ブランド「Oita Made」。アートイベントの参加者が、生産者の顔の見える商品をお土産として購入できる仕組みもつくった。(C)Oita Made

複数年にわたって積み重ねられてきた、このような広がりは、どのような観点からつくりあげられてきたのでしょうか。

山出さんは、「10年以上継続的に活動する中で、一つのビジョンを持ち、どういう風に地域が変わっていくのかを考えながら変化を起こしていく」のだと語ります。一つの大きなビジョンを持ち、そのビジョンに向かって長いスパンで物事を見ていくこと。また、変わっていく地域の状況を見据えて、「見直しのタイミング」を設計に入れることが必要なのだそうです。
「10年継続すると、それ以降も継続が望まれていきます。そこで一旦見直しの時間をとらないと、ずるずる継続だけが求められてしまうので、僕は一つのプロジェクトの区切りを10年と考えています」。

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BEPPU PROJECTでは、フリーマガジンや散策マップなど、さまざまなメディアも発行。

観客数ではない、別の評価の在り方

2009年から開催されてきた別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」も、開催当初より3回(約10年間)の開催を謳い、その中で様々な変化をつくってきたそうです。第1回、第2回の「混浴温泉世界」は、マップをたよりに町中に点在する作品を歩いて見てまわるという形式でしたが、2015年の最終回は、ガイドとともに町を歩く「路地裏散策」を参考に、ツアー型のものに変更しました。この形式は、山出さんの強い希望で実現しました。別府の路地裏散策は、それまで海外に住んでいた山出さんが帰国し、BEPPU PROJECTを始める動機となったものでもありました。

「別府のまちづくりをしている人たちが、路地裏散策をしているということをインターネットの記事で読んだ事が、僕が日本に帰ってくる動機の一つとなりました。そこには“お客様が一人でもいれば必ずガイドツアーを行いますので、気軽に来てください”と書かれていたんです。別府は温泉の湧出量が全国1位、世界でも2位の世界有数の温泉観光地であり、昔から団体旅行客が大変多いところです。僕は、別府が個人客向けのサービスをしているということが信じられなくて、パリから別府市役所に電話で問い合わせたんです。そしたら担当者がものすごく情熱的に語ってくださって、その熱が国をこえて伝わったんでしょうね。ぜひ、このいろんな活動をしている人に会ってみたいなと思い、日本に帰ってきたんです。」

もっとじっくりと別府の町や作品に出合ってほしいという思いから「芸術祭の形が少人数に対するサービスにたどり着いた」と山出さんは語ります。
ツアーは完全予約制。15名限定のこのツアーには案内人がつき、別府の歴史や建物にまつわるストーリーなどを紹介しながら、観客とともに夕暮れの町をゆっくりと歩いていきます。細い路地に入り、閉ざされた扉の鍵を開け、怪しい建物を通り抜けていく行程の中で、いくつもの作品と出会います。中にはポルノ映画館の跡地や、今は使われていない温泉の屋上にある公民館、50年間閉ざされていた地下通路など、普段は見る事のできない場所に立ち入る事で、観客はこれまで見えていた「温泉地別府」とは異なる場所や時間へと引き込まれていきます。

しかし、少人数型のツアーにするということは、参加できる観客の数を制限することでもあります。実際に2009年には9万人、2012年には11万人を超える参加者のあったこのフェスティバルは、ツアー型にした2015年には5万3千人と、約半分に激減しています。このことは、問題にならなかったのでしょうか。

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山出さんは「観客数ではない、別の評価の在り方を示したことは、とても大きかった」と語ります。

地域ごとの規定を元に計算される「観光消費額」は、ある期間に地域で消費された金額を計るものです。この計算式によると、11万7千人が別府を訪れた2012年の「混浴温泉世界」では、2ヶ月間の会期中、4億2千万円が使われたという計算になりました。2015年はどうだったのかというと、参加者は5万3千人に減りましたが、観光消費額は4億7千万と、2012年よりも上がっています。ツアーの開催を夕方からにしたことで、別府市内での食事やお土産品の購入に加え、宿泊費も活性したことから、金額が上がったのだそうです。

通常、芸術祭や文化的なイベントは、観客数で評価されます。前回よりも観客数が増えなければ失敗とみなされ、予算を縮小されることもあるでしょう。しかし、BEPPU PROJECTでは観客数ではない別の評価の在り方を示すことで、行政や実行委員会、地域の方々にも「こういう考え方があるんだ」と気付いてもらえたのだといいます。

プロジェクトや芸術祭を行った結果、どういう事が起こったのかをデータ化し、根拠として提示することで、関係機関や関係者を納得させていく。このような検証によって、個展形式の芸術祭「in BEPPU」も受入れられていったのでしょう。

>>後編レポート「芸術祭で紹介するアートの「質」を見直す。現代芸術活動グループ「目」×BEPPU PROJECTの舞台裏」につづく

*関連リンク

BEPPU PROJECT
目 In Beppu
思考と技術と対話の学校 集中講座|第1回 アートプロジェクトが向かう、これからの在り方


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