アーツアカデミー
アーツカウンシル東京の芸術文化事業を担う人材を育成するプログラムとして、現場調査やテーマに基づいた演習などを中心としたコース、劇場運営の現場を担うプロデューサー育成を目的とするコース等を実施します。
2018/01/19
アーツアカデミー2017レポート第2回:社会における芸術文化の役割とは? [ゲスト:林立騎さん]
アーツカウンシル東京が2012年から実施している「アーツアカデミー」。
1年を通してアートをめぐるリサーチを行いながら、東京都の文化政策や助成制度を知り、芸術文化活動の評価のあり方について考え、創造の現場が抱える問題を共有するアーツアカデミーは、これからのアートの世界を豊かにしてくれる人材を育てるインキュベーター(孵化装置)です。
当レポートでは、アーツアカデミーの1年をご紹介していきます。
7月18日、蒸し暑い真夏の午後。アーツカウンシル東京の会議室に三々五々、今年の調査研究員が集まってきました。研究者から批評家、ダンサー、音楽家、劇団主宰者、劇場制作者まで、20~30歳代ということを除いて、その属性は多岐にわたっています。
今日は前回のオリエンテーションに続く初回の研究会。当アカデミーのOBで、翻訳者、演劇研究者の林立騎(はやし・たつき)さんをゲスト講師に迎えて、「社会における芸術文化の役割」について考えます。
アートが届ける「かたちにならないもの」
セッションではまず、林さんの仕事についてお話しいただきました。
ドイツ語を学び、戯曲の翻訳をきっかけに舞台芸術の世界へ足を踏み入れた林さんは、10年以上にわたり創作ユニット「Port B(ポルト・ビー)」の作品づくりに参画。近年では、東京、台湾、フランクフルトなどで、その土地の忘れられた歴史や現状に光を当て、芸術表現というかたちで伝え、議論する場をつくる活動を行っています。
創作活動の一方、教育にも携わるようになり、東京藝術大学の人材育成のためのリサーチプログラム「geidaiRAM」では3期にわたりディレクターを務めました。リサーチやフィールドワークを行う中で、異分野の人々や国内外の場所とのつながりが生まれ、今回のテーマでもある「社会にとって芸術とは何か」についての議論や実践を積み重ねてきました。
その他、「あたらしい公共」をキーワードに同時代のアートに関わるプロジェクトの企画運営・研究調査を行うNPO「芸術公社」のディレクター・コレクティブとしての活動や、港区の文化芸術サポート事業アドバイザーとして地域の活動の支援も行っています。創造、教育、支援などさまざまなアプローチで芸術と関わってきた林さん自身は、「社会における芸術の役割」についてどうお考えなのでしょうか。「自分なりに答えを出すなら……」と前置きしつつ、こんな言葉が返ってきました。
「社会には、政治や経済、学問が扱えない部分が残っていると思います。知られていないもの、見えるかたちになっていないものを、芸術表現という手段で届け、それによって社会を多様化していく。そういう役割が芸術にはあるんじゃないでしょうか」
いま芸術にとって重要なことは、異分野のいろいろな要素を組み合わせて力にしていくことではないかと林さんは言います。福祉と演劇、教育と演劇、観光と演劇――社会におけるさまざまな関係性の中で、芸術というジャンルの境界が揺らぎ、芸術の可能性が問い直される中で、そこで仕事をする人の領域もどんどん広がっています。
「芸術にしかできないこと」とは?
今年の調査研究員にもジャンルや職種を超えて活動する人がいますが、後半のディスカッションでは、「社会における芸術の役割」を各人の活動に照らして語ってもらいました。議論は、芸術を支援すること、さらには支援するための指針となる評価の問題にも及んで行きます。
「何かしらの〈思考の種〉を与えるのが芸術の社会的な役割のひとつなんじゃないか。それがうまく渡せていない現状もあると思う」
「自分の知らない〈他者〉について気づかせてくれるもの。紋切型だけど、それが芸術じゃないか」
「そもそも芸術は〈役に立つもの〉であるべきなのか? 作者さえ意図しないところで活用されることがあっていいのでは」
調査研究員たちの議論が続くなか、林さんから本質的な言葉が投げかけられました。「〈芸術の役割〉というものは同意を得て定義し、固定化するようなことではないですよね。むしろ枠組みを崩すもの、新しいつながりをつくり、社会の新しい可能性を伝えるものが芸術なのだと思う。支援ということでいえば、そういった社会の可能性を示してくれる芸術活動で、経済的に自立しないものをサポートしていくということなんじゃないでしょうか」。
アーツカウンシル東京は公的な支援機関です。今日、「社会における芸術文化の役割」について調査研究員同士で議論を戦わせたことは、芸術と公共性、助成制度のあり方、評価のあり方など、アーツカウンシル東京の活動の原点、「支援」という視点を共有するために欠かせないセッションでした。
「〈芸術でなければできないこと〉を語らなければいけないと思います」。林さんのこの言葉は、アーティストにとっては「なぜ作品をつくるのか?」「どんな作品をつくるのか?」という問いかけになり、一方、アートをサポートする側にとっては、「なぜ芸術を支援するのか?」「どんな芸術を支援するのか?」という問題を投げかけます。
今年のアーツアカデミーは始まったばかりですが、これからの調査研究員たちの仕事は、〈芸術でなければできないこと〉について考えながら、芸術に携わる者として、どういう言葉でその考えを届けるのかを模索していく作業になっていきそうです。
次回の研究会は、セゾン文化財団常務理事でアーツカウンシル東京のカウンシルボード委員を務める片山正夫さんをゲストにお招きし、公的助成という具体的なテーマについて考えます。どんなディスカッションになるのか、次回のレポートにご期待ください。
<ゲスト>
林立騎(はやし たつき)
翻訳者/演劇研究者
おもに戯曲や演劇理論の翻訳を手掛け、訳書にノーベル賞作家エルフリーデ・イェリネクの『光のない。』(白水社、第5回小田島雄志翻訳戯曲賞受賞)、共編著に『Die Evakuierung des Theaters』(Berlin Alexander Verlag)。リサーチ活動にPort B『東京ヘテロトピア』など。2014-17年、東京藝術大学のリサーチャー育成事業「geidaiRAM」ディレクター。現在、京都造形芸術大学非常勤講師、東京都港区文化芸術サポート事業アドバイザー、沖縄県文化振興会プログラムオフィサー、NPO法人芸術公社ディレクターズコレクティブ。