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DANCE 360 ー 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング

今後の舞踊振興に向けた手掛かりを探るため、総勢30名・団体にわたる舞踊分野の多様な関係者や、幅広い社会層の有識者へのヒアリングを実施しました。舞踊芸術をめぐる様々な意見を共有します。

2018/06/06

DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(5)振付家・ダンサー・ビジュアルアーティスト 梅田宏明氏

2016年12月から2017年2月までアーツカウンシル東京で実施した、舞踊分野の多様な関係者や幅広い社会層の有識者へのヒアリングをインタビュー形式で掲載します。

DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(5)
梅田宏明氏
インタビュアー:アーツカウンシル東京、宮久保真紀(Dance New Airチーフ・プロデューサー)

(2016年11月28日)


──これまでのキャリア形成について教えてください。

梅田:ヨーロッパに行ってプロの現状がどういうものかを学びました。契約や税制のことから交渉事なども最初は自分でやっていました。なるべく制作も自分で学ぼうと最初は誰もつけなかったのです。おかげで裏の仕事が少しわかるようになってきたのは大きかったですね。
……2013年か14年頃にエージェントとの仕事をやめました。その理由は商品として売られすぎてしまったためです。エージェントはやはり商品を売るだけの人なので、キャリアまでは考えてくれなかった。「とりあえずここの公演がある、行ってきて」という感じで、その公演がどのように起こっているのかや、その裏方でどういう人たちが動いているのかということがわからないまま行って処理するような公演が増えたんですね。
……このままやっていったら、多分、商品として消費されて終わるだろうということは想像がついたので、エージェントはやめ、マネージャーを専属でつけることにしました。きちんと現地の人たちとコミュニケーションをとって関係を築いていけるようにしていかないと今後は難しいだろうというのを感じていたのと、自分の作品を発展させていく上で、長い信頼関係がないとできないこともあると思うので、そのようなことを考えてエージェントとの仕事をやめました。

──現在の活動の広がりは、海外で受け入れられたことがきっかけになっているかと思いますが、日本での仕事も広げていきたいという段階かと思います。日本での受け入れられ方について、今どんなことを感じていますか。

梅田:日本では基本的にあまり仕事にはならないと思っていて、それは、お金にはならない、お金がたくさんあるようなマーケットではないので、仕事として期待すべきではないと思うようにしています。やはりヨーロッパに行くとマーケットにお金があるので、交渉も結構タフにやるわけです。「このくらい上げてくれ」とやるわけですが、日本でそういうことをやるつもりはそれほどない。日本の状況は、いわゆるビジネスの世界とはちょっと違うなという印象です。
……僕自身のやり方としては、シーンに合わせて自分が何かするということはやらないほうがいいと今、感じています。きちんと自分で自分の作品のためのシーンを築けるような活動をしなくてはいけないと。
……どこの市場が僕を求めるかにもよるのですが、今のところそういうものもあまり感じないし、残念ですけどね。僕はここ数年、ダンスよりも音楽フェスティバルでの公演のほうが多いのです。なので、日本では音楽の方々とコミュニケーションをとったりして、今までになかったようなシーンをつくっていかなくてはと思っていますね。
……(日本の印象として)価値基準が狭いというのが一番気にしていることです。例えば、僕の作品を評価されないからといって、別に文句を言うつもりはないのですが、なぜヨーロッパで受け入れられたのだろうと思うと、僕のことを評価する人もしない人もきっといるのですが、色々な評価基準で物事を見て、色々な劇場やフェスティバルが自分の方向性を出したりするので、ここでは人気ないでしょうけど、こういうコンテキストではきっと需要があるとか、価値基準が沢山あるというのが、(ヨーロッパの)マーケットの一番大きいメリットだと感じていますね。
……ヨーロッパではそういうことをやらないとマーケットの中で生き残っていけないんですよね。向こうの世界はビジネスの側面があるのと、お金を持ってくるときに派閥の戦いみたいなものが沢山あって、よくも悪くもそれで切磋琢磨しているという印象はありますね。

──作品のクリエーションはどこでやるのですか? 例えばフランスで新しいものをつくりましょうという時というのは、大体どのぐらい前のことが多いのでしょうか?

梅田:その時々にプロデューサーを募るので、今までだとフランスの劇場などがお金を出してくれるときに、そこで一緒にレジデンスもやるということが多いですね。せいぜい1 年前でしょうか。その予算の時期が、フランスだと9月でシーズンが変わるので、4月ぐらいまでに全員フィックスしたいとなると、多分、12月ぐらいにアプローチかけるのがちょうど良いという感じになると思います。

──今、日本で活動を展開しようとするのは何故でしょうか?

梅田:2つ理由があって、僕自身、実験的なことが好きで、そういうビジョンをなるべく日本でやる。それは昔からそうなのですが、海外はマーケットがかなり成功しているというか成熟しているので、日本人の僕が行くときは、実験的なことはあまりやっていられないのです。行って、すぐ評価されるような世界なので、試しにいろんなことをやって、あまりうまくいかなくなったら、日本から人なんか呼ばなくなるわけですから、基本的にあまりチャレンジングなことはしづらいと感じていました。日本では、そのマーケットの小ささも含めて、逆にもっと実験的なことを沢山やって、もっと色々なものを出していけば、僕自身も満足する。日本では成功するか失敗するかは置いておいたとして、なるべくそういうチャレンジングなことをしたいと思っています。それが1つの理由で、もう1つは、やはり自分の国なので、文化の発展になるべくかかわりたいと感じています。

──身体を使った表現活動を本格的にやってみようと思ったのは、いつごろですか。

梅田:大学で僕は写真を勉強していたのですけど、僕はアートをやるためにダンスを始めているわけですね。ダンスをやっていてダンスをやっているわけではなく、作品をつくるためにダンスを始めた。アートの大学に行って写真を勉強していたのですが、写真が自分の表現にあまりフォーマットとして合わないと感じていて、そういう中で色々探している中にダンスがあって、じゃあダンスで作品をつくってみようと思いましたね。でも、日本はおもしろくて、そういう人が多いと感じています。

基本的に技術が論理化できていればヨーロッパの方々ともシェアできるわけなんです。そういう技術をつくっていかないと、日本人のユニークなダンスで終わってしまう。

──梅田さんにはご自身で立ち上げたメソッド(Kinetic Force Method)がありますが、自分のオリジナルをつくっていこうと思われた核心はなんでしょうか?

梅田:なるべくいろんなダンスにつながるような技術、普遍性の高い技術というのをまず論理化したかったのです。
……コンテンポラリーダンスでは身体的な技術が積み重なっていかないということはすごく感じていて、自分がダンスを始めたときに、そういうものが欲しいと感じていました。だから、ダンスの技術というよりは、身体をどうやって動かすかという技術をつくるためのメソッドを今、自分で確立しています。ダンスに限らず姿勢教室とかもやりたい。それぐらい、なるべく普遍性の高い身体の使い方の技術を発展させたいという思いがまず1つです。
……(日本には)とにかくユニークなダンサーが沢山いる中で、彼らをすばらしいと僕は思っているのですが、ヨーロッパであまり受け入れられないと感じていました。その理由は一体何だろうと思うと、論理化が弱い。基本的に技術が論理化できていればヨーロッパの方々ともシェアできるわけなんです。そういう技術をつくっていかないと、日本人のユニークなダンスで終わってしまう。そうすると現地の文化とのコミュニケーションにはなりにくいと思っています。
……そういった論理を使うことによってコミュニケーションがとれるようになる。逆に、そういうことをやればユニークなメソッドも受け入れてもらえるのではないかとは感じています。だから、もう少しユニバーサルなメソッドをつくりたいと思っています。

1つ思うのは、色々な価値基準をしっかり教育の中に入れていくということはすごく重要ではないかと思っています、ダンスを評価する上で。

──海外と日本を比べて、お客さんの反応や批評のリアクションに違いはありますか?

梅田:お客さんに関しては、日本の人は静かで、「何を考えてるかわからない」ということ。僕だけでなく、海外の人も言っていましたが。「何を考えてるかよくわからない。すごく自分の作品が悪かったという気になる」と。それぐらいリアクションがないんですよ。アジア全体ですが、それは感じています。ヨーロッパの人たちはダイレクトにいろんなことを言ってくるので、それはすごく刺激になります。
……僕はお客さんとコミュニケーションをとることは重要なことだと思っています。例えば、ヨーロッパだったら、先ほどの話じゃないですけど、社会とつながらなくてはいけないとなった時に演じた人と直接話すって結構刺激的なことだと思います。
……日本で感じるのは、お客さんが非常に主体性がない。だから批評家の人や偉い人が言っていることを受け入れてしまう若者がすごく多いと感じています。それは昔から感じていたのですが、今、若い人たちと接していても自分で良し悪しを判断する力というか考え方を持ってないのが問題だと思っています。例えば、偉い人たちが言ったら、これがいいんだという受け方をする人たちが結構いるので問題だなとは感じていますけどね。そうするとコントロールした人が勝ってしまうわけです。
……1つ思うのは、色々な価値基準をしっかり教育の中に入れていくということはすごく重要ではないかなと思っています、ダンスを評価する上で。日本でそれが非常に曖昧だというのは僕がダンスを始めたときから感じていて、一体これが何で賞を受賞するのだろうとか、これがなぜ評価されるのだろうといったときに、あまり理解できないことが結構あるんです。そういうのは、もうちょっとはっきり色々出していけば、自分で評価基準を持ってない若者たちも、とりあえず選択肢は増えるということになると思うので、まずそういうのがとても重要ではないかなと。

──明確な価値基準、価値をつくっていくことが重要だと。

梅田:多様的なもの。僕もそうでしたけど、僕が日本でしか活動してなかったら、ほとんど日の目を見ることはなかったわけです。ですから、そういう人たちはきっと今でも沢山いるのだろうなというのは感じています。それを評価する人たちがいれば、きっと社会に出てくるものも沢山あるでしょうから、そういう仕組みが必要なのではと思っていますね。
……海外だとビジネスで創作をする振付家がいるんです。コンテンポラリーの世界でも、お金が動くし。ビジネスマンみたいな仕事をする振付家に、良い印象を持てないです。日本には、あまりいないですかね、あまり見たいことないですね。

──一緒に仕事をしてみたいアーティストはいますか?

梅田:安易なコラボレーションはしないようにしています。これはどこの国でも見るのですが、お互いアイデアがないと、大体、悲劇になるわけです。僕自身もあまりそういうことはしたくなくて、役割がはっきりしているコラボレーションでないと、中途半端な作品になることが結構あるなというのは感じています。

日本で最近活動していて思ったのは、まず教育があまりされていないと感じました。ダンサーはいるけれども振付家の教育とかはほとんどないんです。圧倒的に教育が足りないというのを僕は感じていますね。例えば、ヨーロッパで何か自分の作品とかをプレゼンテーションするときにも、どのくらい社会とつながっているものなのかというのを振付家は話さなくてはいけないわけです。助成金や支援をもらったりするときに。

──今の日本、あるいは東京の文化の現状と課題についてどう考えますか?

梅田:ダンスに限って言えば、僕は日本で最近活動して、まず教育があまりされていないと感じました。ダンサーはいるけれども振付家の教育とかはほとんどないんです。例えば大学に行ってもほとんどダンスが体育の授業になってしまうので、振り付けはアートとしてまだ確立されていないというのはやはり認めなくてはいけないなと感じていますね。それが1つ大きな問題だと思います。価値基準の話とつながりますが、教育の中で色々な可能性を与えていたり、そこでもう少し社会とどのようにつながるのかということまで考えられれば社会とのコミュニケーションもできてくるでしょうから、圧倒的に教育が足りないというのを僕は感じていますね。例えば、ヨーロッパで何か自分の作品とかをプレゼンテーションするときにも、どのくらい社会とつながっているものなのかというのを振付家は話さなくてはいけないわけです。助成金や支援をもらったりするときに。
……あと、日本の振付家の方で、喋るのが苦手という人は結構いると思うのですが、僕もそうでしたけど、それをやらないとマーケットでは生き残れないし、それはある意味、社会の人たちに対するマナーというか礼儀だと僕は感じるようになったのでなるべく言葉にするようにします。それも教育レベルでやっていかないといけない。僕が閉塞感と感じるのはそこがすごく弱いこと。もちろん口だけ達者になっても仕方がないのですが。ある程度そういう意識を持ち、一般の人たちが見たときに、これがどういうものなのだろうかという視点や示唆がないと難しいというのを感じていますね。
……ダンスがアートの世界で注目されているものではないと僕は感じて、ダンスを始めています。自分がやるからには、せっかくだからいろんな人に見てもらえるようなものをつくりたいなというのを、基本、根本の部分に持つようにしました。
……言葉にするという部分は、そういうところ、その一般の方々とどうつながるのかというところまで考えた上で、物事を進めるという意味で、言語化と言っています。「何をやっているの」と誰かに聞かれた時にコンテンポラリー・ダンスと言っても、もちろん誰も知らない。ダンスの世界にいない人たちは。僕はどちらかというと友達も含めてそういう人が多かったので、じゃあ、こういう人たちに見せられるものはどういうものなのだろうということを常に考えてきたのですけど、そういうものを教育の中で入れていくべきなのではと思います。

何か学んで盗んで、自分の国を育てていこう。最終的に目指しているものが、自分の国というよりは、外の国の人々にどうやって香港を知らせるかとか、見せるかということを想定してやっていると思うんです

──どのようなレベルの教育をお考えですか?

梅田:本来だったら、大学などにあると一番いいと思いますが、それはすぐには変わらないと思うので、例えばワークショップをやったり、シンポジウムをやったり、振付家を育てるためのワークショップなどをもう少しやったほうがいいのではないかなというのは感じていますね。
……例えば、香港のウエストカオルーン・カルチュラル・ディストリクト(西九文化區) ※1 では、壮大な文化地区計画の過程で、2018年だか2019年だかを目指してそういうワークショップをやっているんです。きっと彼らにとっては新しい自分たちのアイデンティティーをつくるために、新しいメディアを使って、香港らしいものをつくりたいという思いを持っているのだと思うのです。自分たちは、西洋に比べたら弱いというのを、アジアの人たちは思っていて、それは台湾もそうですが、僕が感じているのは。
……何か学んで盗んで、自分の国を育てていこう。最終的に目指しているものが、自分の国というよりは、外の国の人々にどうやって香港を知らせるかとか、見せるかということを想定してやっていると思うんですね。そうなったときに、政府はお金を出すのだと思うのですが。国一丸となって香港をどうやってプロデュースしようかということを考えていたので。そういうことを日本でもできたらいいのではないかなとは感じています。

※1:West Kowloon Cultural District(西九文化區):香港の西九龍地区に文化芸術のためのインフラの集合地域を整備し、香港の国際的アピールとともに文化振興を目指す事業。面積は40ヘクタール、「M+」美術館をはじめ博物館、劇場等多数の文化施設から成る。母体となる西九文化区管理局は、香港特別行政区政府によって2008年に施行された「西九文化区管理局条例」のもとに設立された。文化区の各施設は2015年以降順次開館。(参照:https://www.westkowloon.hk/en

──2020年を節目として東京も、東京の文化を世界に発信するという抽象的な目的ははっきりしています。しかし現状としては、舞踊分野はじめ、何が特徴なのかを明確には打ち出せていません。

梅田:彼ら(香港や台湾)の試みを見ていて感じたのは、僕がやったのはマルチメディアのアートということでワークショップをしているのですけれども、多分ほかのこともやっているんです。民族系のワークショップだったりとか、長期でいろんなことをやっていく、トライ・アンド・エラーを繰り返すのだと思うんですよね。日本もきっとすぐに何かを決めるのではなくて、いろんなことをやっていきながら育っていくものがあると思うので、なるべくそういうことにお金を使えばいいのではと思いますね。
……台湾は、具体的にはあまりわからないんですが、やはりデジタルアート系にお金を出していて。盗んでやろうみたいな、何かを吸収してやろうというのはものすごく感じましたね。韓国もそうですし、昨日行ったところは、光州ACC(Asia Culture Center:国立アジア文化殿堂) ※2 というところでしたけど。去年、アジア・ダンス・ワークショップという企画をACCが主導してやっていた。
……アジアの14カ国の国からボードメンバー、政府の人1人とダンスマスターを1人呼んで、28人でアジア・ダンス・カンパニーというのをつくると韓国が言いだして、14カ国からそれぞれダンサーを呼んできて、アジア・ダンス・カンパニーをつくるんだって言ってやっていたんですよ。これはすごいと思って、僕は振付家として呼ばれたので、僕が振り付けして、ACCで公演したのですが、明らかにアジアのセンター、中心になってやろうという気があるわけですよね。経済的にも韓国は強くなっているのでしょうけど、日本もお金があるのだから、内輪に向くのではなく、アジアのセンター、中心になってやろうだとか、ある種の気合いみたいなものがないと。ちょっとエネルギーを感じないな、というのは思います。

※2:Asia Culture Center(国立アジア文化殿堂):韓国光州を文化都市として成長させるという政府の方針のもとに設立された、芸術劇場をはじめとする5つの施設から成るアジア最大の複合文化拠点として2015年にオープン。(参照:https://www.acc.go.kr/en

──アジアのダンスカンパニーをつくってやろうというのは今も進行しているのですか。

梅田:僕は振付家として行ったのですが、日本と中国はボードメンバーにはいなかったみたいですよ、その14カ国の中に。でも、そういうことをアジアの隣の国がやっていて、日本は呼ばれてないわけですから。色々な理由があるでしょうけど、そうなっていくと置いていかれるなとも思うし。でも、よくも悪くもアジアを引っ張る気持ちとか、アジアにすごく影響を与えようとか、そういうつもりでアートをつくっていかないと、文化としては育たないのではないかなと思いますね。
……アジアのその人たちもそうだし、ブリティッシュ・カウンシルとか、いろんなそういう、海外に自分たちの文化を広げようとやっているところは、とにかく自分たちの文化を見せしめようという気構えみたいなものがあるんですよね。それくらいでないと強いものは出てこないというのを僕は感じていて、それは日本にいると感じられないことが多いかなと思います。

──今、日本人のダンサーの方を集めて活動されていますけど、ご自身が次の振付家を育成したいお考えはありますか。

梅田:あるのですが、あまり僕の色に染めないほうがいいかなというのもあって、もしやるとしたら、もっとニュートラルな状態でやるほうが育てるという意味ではいいのかなと思っています。僕自身のアシスタントみたいなのを育てることには興味ありますけど、もしそういうワークショップとかをやるとしたら、また全く別のコンテキストでやるほうがいいだろうというのは感じていますね。

──今後の活動で具体的に何をやっていかれたいですか? 「Somatic Field Project」3 ※3 のことや、将来的なビジョンについてお聞かせください。

梅田:振付という概念をなるべく広げたいと思っていまして、僕はインスタレーションとかもつくっているのですが、そういうことももっと力を入れていきたいなと思っています。最近、僕がよく言っているのは、自然のものを振り付けしたいと思っていて、例えば水や、最近考えているのは、顕微鏡で細胞を振り付けできるのではないかと思っています。何が重要かというと人の体という以前に僕らは生物であるとか、なるべくそういう普遍性の高いものに下げていって、それでもやはり振り付けできるというようなことをやりたいので、なるべく人の体という概念にとらわれないで。ただ、僕がつくるようなメソッドを生かして、何かそういう別なものまでアプローチできたらいいなと思っています。
……歩き方や立ち方からメソッド化したいので、一般の人にもやりたい。僕は本当に姿勢教室をやりたいと思っていて、歩き方とか、そういうことをメソッドにしたいなと思っています。でも、それは、ダンスから人の生活とか、先ほどの話じゃないですけど、そういうのになるべくつながっていったら、また色々広がるなとは思っています。
……そういう自分のやりたいことを考えていくと、現代美術とかのほうがいいかもしれないなとは思っていますね。あと、最近、VRって、ありますよね、ああいうのでも作品をつくりたいなと思っています。今、そうするとデジタルアートとかになるので、そのものに合わせていこうかなと思います。

※3:Somatic Field Project:「ムーブメントのリサーチと実験、及び世界的に共有できるメソッドの確立。トップレベルのダンサーの育成」をコンセプトに2014年に発足したプロジェクト。梅田独自のメソッド「Kinetic Force Method」を軸に、ワークショップはじめ、分野を横断した共同制作など多岐にわたる取り組みを展開。(参照:http://hiroakiumeda.com/somatic.html


撮影:Shin Yamagata

梅田宏明

2002年より自身の振付作品がパリ・シャイヨー国立劇場など世界各地に招聘され、これまでの公演先は世界40ヵ国/150都市以上に上る。作品では振付、ダンスだけでなくサウンド・映像・照明デザインも手がけ、近年は身体的感覚にフォーカスしたインスタレーションも制作している。その他、ヨーテボリ・オペラ・ダンスカンパニー、L.A. Dance Project などに委託振付作品を提供。2014年、日本の若手ダンサーの育成と、自身の「Kinetic Force Method」の発展を目的として「Somatic Field Project」を開始。


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