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DANCE 360 ー 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング

今後の舞踊振興に向けた手掛かりを探るため、総勢30名・団体にわたる舞踊分野の多様な関係者や、幅広い社会層の有識者へのヒアリングを実施しました。舞踊芸術をめぐる様々な意見を共有します。

2018/07/20

DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(10)りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館舞踊部門芸術監督、Noism芸術監督 金森穣氏

2016年12月から2017年2月までアーツカウンシル東京で実施した、舞踊分野の多様な関係者や幅広い社会層の有識者へのヒアリングをインタビュー形式で掲載します。

DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(10)
りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館舞踊部門芸術監督、Noism芸術監督 金森穣氏
インタビュアー:アーツカウンシル東京

(2016年12月2日)


──りゅーとぴあ ※1 舞踊部門の芸術監督になられて、アーティストという立場からも、言葉をきちんと発していったほうがいいということを常々おっしゃっていますね

金森:行政と話をするためには、言葉を持っていないと話にならないですよね。彼らは芸術の専門家ではないし、ヨーロッパのように一般教養としての芸術の知識もある訳ではないので、共通言語が無い。だから、その人たちに対して自分たちがやっていることがどういう価値があってというのは、当事者が説明していかないといけない。これは残念なことですが、実際にそれは話さないと伝わらないんだし、ほっといたらいつまでも、「好きな人は好きなんでしょうけど」というままで理解が進まないわけだから、アーティスト自身が言語化しなきゃいけない。まして、バブル期みたいに企業にお金があって、何かおもしろそうだなってばらまいてくれるような時代じゃないんだから、時代的にも、より芸術家自身が自分たちの活動を言語化して賛同を得ていくというのは、必要ですよね。
……諦めたらもう終わりだから、自分が彼らにも理解し得ることを勉強しなきゃいけないし、しゃべっていかなきゃいけない。自分が変わるしかありませんからね。そのために、(自分は)日本の劇場文化の成り立ちとか、それこそ舞踊の歴史的な、戦前・戦後からどういう変遷を経てきて今のような環境になっているだとか、新潟というまちの成り立ちとか、その歴史性とか、いわゆる行政の(人が読む)文化政策的な本とかを読む。それって、実演家として日々トレーニングをしたり、創作に明け暮れたりとかしているだけでは、わざわざ手にとらないですよね、そんな本は。もっとおもしろそうな、有意義な本は山ほどあるんだから。だけど、あえて巷で言われているアートマネジメントとは何かということを知るために読む。だって、行政の人たちはそういうのを読むわけだから。彼らがそこから知識を得ているんだとしたら、その同じ知識を自分も入れれば話すことができます。その論理はそうでしょう、でも、こっちは、その論理でいくとこうなんだよということが言えるでしょう。それをやっていく必要があったんです。それで話が通じるんだから、必要なことなんですよ。通じない相手の悪口を言うのは簡単だし、いらいらするのも簡単なんだけど、本当に変えたい、本当にどうにかしたい、できると思っていましたからね。そうやって本を読んだり、自分でいろいろ考えたりして、それで何かが変わっていけばいい。ただ、当時、そうやったところで話が通じるとは誰も思わなかった。だって、先人がいないので、誰にも相談できないわけですよ。だから、自分はとりあえずやってみた。今もやってみているとしか言いようがないですね。
……Noismが始まった当初から主張していますが、カンパニーを続けていく上では、劇場にもっと根ざしたり、助成金をもらったり、そのために有用な主義主張は何かということを戦略的に考えていかないといけません。舞踊界の方々に向けてもそう言ってきたけど、10年過ぎてやっと、みんなも年をとってきて、真面目にそういうことを考える人も増えたのではないかと思います。
……自分が始めた当初、アーティストなのにそんなことして、そんな政治的なことに足を突っ込んだり、官僚みたいな価値観になったりとかして、とよく言われました。今もそういうふうに言っている人たちはいると思います。批判することは簡単だし、自分もその気持ちはわかります。ただ、こういう場ではこういう話をしつつ、裏側では万人には理解されてなくてもいいという、芸術家としての視座というものを手放さないようにすること。もちろん大変さはあるけれど、それをしないとこの国ではやっていけないわけです。本当に変えようと思ったら、それはしなきゃいけないんですよ。それを、いよいよみんなが気づいてきたのであれば、一応、先にやっている者として、その辺の苦労とか、どういうふうになっているかというのは、伝えていけるなと思っています。

※1:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館:1998年、文化と建築と環境の調和をはかり、音楽・舞台芸術の中心・発信地となるべく誕生。同劇場が舞踊部門芸術監督に金森穣氏を迎えたことにより設立した劇場専属のダンスカンパニー「Noism」はコンテンポラリー・ダンスの世界では国内で唯一の公立劇場専属のダンスカンパニーとなる。(参照:https://www.ryutopia.or.jp/

──金森さんのような活動の在り方は、本当に先達がいなかった。全て自分で、プロデューサーみたいな思考回路も開発しないといけなかったでしょうし、1人が何役もやる状態ですね。もし他の人に任せることができる部分があるのなら、本来はこの役割は他の人にやってもらいたいというようなことはありますか。

金森:例えばこういうことを考えること、こういう話をするのは誰かに任せられたらというふうには考えないんですよね。ただ単純に、自分が考えたり悩んだり直面したりしているような問題や課題を、共有できる人が1人でも多く欲しい。なぜなら、まだまだ先は長いし、戦いはすごくハードだから。1人でもそれを理解している人がいてくれれば改善はされていく。それに、できる人がいたら、この部分を任せられれば自分は楽なのにな、なんていう程度の戦いじゃないんですよね。プロデューサーがいて、予算のこととかを任せられるんだったら、自分は作品に専念できるということではないんです。そのプロデューサーにも、ただお金を取ってくるだけじゃない、新潟がどういうまちになろうとしている、市長をはじめ役所の人たちがどういうビジョンでこのまちを変えようとしている、今、世の中はどうである、東京がどうである、世界がどうであるということをちゃんとお互いに話し合えて、その中で、俺は芸術家としてこういうアプローチをしたい。じゃあ、プロデューサーとしてできることは何なのかということでやってくれないと。ただ、数字が弾ける人が横にいてくれればいいとかいう話じゃないですね。
例えば70年代の演劇の場合は、どのすぐれた演出家のもとにも必ずこの人ありきみたいな敏腕プロデューサーがいて、その人が劇団を海外に連れていったり、その演出家を一躍スターにしたりプロデュースしていた。だけど、その人は、単純にすごい仕事ができる人で、その人がつけば誰でも同じようなところに行けたかというと、そうじゃないですよね。人と人として、同じ時代を生きて、何かつながるものがあったわけでしょう。同じ戦いを生きる同志だなと。こいつが戦おうとしていることは理解できる。じゃあ、自分の役割はこれでいくという話であって、最初から役割ができる人がいれば物事が進むという価値観じゃないから。まして、舞台芸術なんて集団でやることですよね。それはうちのスタッフでも同じですよ。Noismとして何をしようとしているかという部分を共有していなかったら、いくら予算書をつくったり、いくらスケジュール管理したりできたとしても、それだけでは充分ではありません。

育成するにしても、3年間は、自由にやらせなきゃダメです。

──芸術監督になられてから13年たった中で、何か変化があったとお感じになっているところはありますか。

金森:ありませんね。もちろん、自分も含め、長くNoismで働いている人たちの経験値が上がってきているから、感じられること、考えられること、できることのスキルは当然上がっています。だけど、それを取り巻く環境に関しては変わっていない。その厳しい環境をどうやって乗り切っていくかということのスキルは上がっているから、設立当初よりはましだけど、劇場文化も変わっていないし、日本の社会も変わっていないし、世界の趨勢(すうせい)としては、何なら良くない方向にいっているでしょう。

──文化庁の「2020年に向けた文化イベント等の在り方検討会」など、国や地方自治体の文化政策に関する場でも金森さんが発言をされていらっしゃいますが、舞踊分野から表に出てきちんと発言してくださる方がこれまでいらっしゃらなかったので、それだけでも大きな進歩だと思うのですが。

金森:舞踊分野ではそれをやらない人たちが多いのでね。でも、次に続く人が出てこないと何の意味もありませんよ。1人であるうちは何の意味もない。あくまでもその人がどういう生き方をしたかというだけの話で終わってしまう。業界的に何かが変わるためには、劇場の中で働くこととか、そのことの価値というものを、同時代の複数人が立証したり、発言したりしてくれるような世の中にならないと。
一昨年ぐらいからそういう場に呼ばれることが立て続けにあったので、自分なりに、拙い知識の中で何か言えることは言おうと思って。と同時に、そこでどういう人たちがどういう話をして、この世の中をつくっているのかが知りたくて行ったんですね。本当だったら、月に1回、新潟から東京へ行くのは稽古時間も奪われますし、そういう堅苦しいところには行きたくないんです。でも結局、民間でやっていることと同じで、各業界の人たちが、中で働いている官僚とかとつながるための場所なんです。自分をプレゼンして、そこに来ている人たちと、どこか別のそういう組織委員会とかで出会った時に、「ああ、あのときはありがとうございました」とか、持ちつ持たれつしながら、その輪の中に入る。官僚機構の中に、芸術家でありながら入れた人が発言の場をもらえたり、そういう、いわゆる世の中を動かす中に入っていけるのであって、その組織自体をぶち壊したり、変えたり──自分がいちアーティストとして売れるとか、チャンスを得るとかということ以上の、社会の仕組みを変えるような発言を誰もしないんですよ、あのような会議の場でも。みんな、こういうイベントをやった方がいいとか、自分の作品ばかりプレゼンする。もちろん自分もアーティストだから、自分の作品が一番だと思っていますし、その気持ちも分かるけれど、でも、ここはそういう会じゃないだろうと思いますね。
芸術様式は何でもいいんですが、いろんな業界の環境、要するに文化的な環境が、世界的に見ても、先進国の中で拙いとか、文化予算が少ないとかもさんざん言われているし、各業界の人たちも苦労しながらやっているわけでしょう。でも世界的に評価されるようなアーティストは、自分だけ海外へ行ったり、自分だけ潤ったりして、その知名度なり、自分の力を使って業界をどうにかしようということではなく、とりあえず自分が生きている間に自分が有名になればいいみたいな感じになってしまっている気がします。だから、それがあのような現場でもそうなのであれば、そりゃあ今まで日本は変わってこなかったし、これからも変わらないだろうと。だから、行っても意味がないなと思いましたね。

──次世代のアーティスト、芸術監督を担えるようなアーティストの育成についてはどう考えていますか。

金森:育てるも何も、やらざるを得ない環境に放り込むしかないですよね。地方にはいっぱい劇場があり、施設が余っていたり、すばらしい環境が整っているでしょうから、とりあえず育成したい人材を選んで、そこに放り込むしかない。フランスでも80年代に振付家を選んで地方の劇場に放り込むということをしています。それぞれの地方の現場に行った人たちが、その現場の官僚とか役人とかと向き合って、活動する上で自ら学ぶしかない。新潟の、この風土で育ってきた役人の物の考え方と、例えば高知の行政の人とでは、考え方は違うはずです。もちろん、同じように行政が考えること、考えがちなことというのはありますが、やっぱり違うんですよ。その時の首長だったり、部長レベルの人だったり、その人とどう向き合うかということが行政とのやりとりの一番大切なこと。しかも、これがまた、人が代わるんです。その人とうまくいったら20~30年は安泰ですというわけじゃなくて、2~3年ごとにかわるのが行政の成り立ちだから、毎回毎回、戦わなきゃいけないし、毎回、違う人と向き合わなきゃいけないということを、実際にやらせる以外にないですよね。
……東京は、ある才能を選んで、特権的に、この人たちは守りますとして、それ以外は自分たちで頑張ってくれみたいにしなきゃダメです。どうせ今だって、みんな結局ほっとかれているわけだから。(天才的な)才能は、出るときは出る。才能を出そうと思って何かを行政的にやっちゃうと絶対失敗する。出てきた才能をどれだけ守れるかでしょう。その人が本当にその才能を活用できるように、それをもって日本が世界に発信できるようにするためにサポートすればいい。
……育成するにしても、3年間は、自由にやらせなきゃダメです。作品にしてもプロデューサーなどがあまり意見を出さない方がいい。例えば自分の場合で意見するのは、それは指摘した点をそのアーティストが意識していないから言う。意見を聞いて変えるかどうかはアーティストの判断に任せる。そもそも言われたから変えるような振付家は、どうせ通用しないから。誰に何と言われても、これでやりたいという我がなかったら、世界で勝負なんてできませんよ。まして、今、振り付けをすることがすごく簡単になっています。情報がいっぱいあふれているし、舞踊の世界でも、みんな即興をしたり、自分で振り付けをさせられたりというのが、当たり前になっている。逆に言うと、作品は誰でもつくれるんだけど、本当にそれで世の中を変えたいとか、世界に出て勝負したいとかという気概を持っている子がどれだけいるか、それを見定めることのほうが難しいでしょうね。
……役人の方でも、プロデューサーに、そういう場所とか、予算的な権限も渡すのであれば、あなたがアーティストを選んでくれていいけど、そのアーティストが、本当にこの国のこれからの文化を背負っていくような才能であるということを立証してくれと。そのアーティストたちがだめだったら、それはプロデューサーとしてのあなたの力量のなさだから責任取ってやめてくれとか、そういうことをちゃんと突きつけなきゃダメですよ。まあ、その判断をするには、役人のほうでも教養が必要なんですけどね。
……ちゃんと支える環境があって、支えられてる人たちが、恵まれていることを自覚した上で活動すること。そうすれば恵まれたものの責務として、後世のことも考えるし、活動の社会性についても考えるようになる。どういうビジョンを持って、何を目指しているのかを言語化して、その上でさらなる要求もして、その発言の責任をアーティストは背負わなきゃいけません。

──プロのダンサーやプロのアーティスト、振付家になる人を育成するためには、専門の育成機関があるほうがいいというお考えですか。

金森:振付家を育成する機関は要らないんですよ、舞踊家を育成する機関が必要なんです。創作というのは、教えられるものじゃないから。ひらめくかひらめかないかだし、その才能があるかないか。何よりつくりたい人は教えなくたってつくりますよ。でも、舞踊家の育成については、大学がきちんと機能していませんからね。
……日本の舞踊家たち、特に男性は幼い頃からトレーニングしてきていないので、その使い物にならない身体をまず鍛える必要があった。そこでNoism独自のメソッドを考案しました。もちろん世界に出ていける独自の訓練を模索していたこともあるけれど、学校できちんとした基礎を学んできた身体を持つ舞踊家がNoismに来るんだったら、考案していなかったかもしれない。でも、日本では、作品をつくる前に身体の使い方とか知識を教えなきゃいけない。精神的にもそうだし、いろいろな意味で弱過ぎるから。
……何でNoismではそういうことができているかといったら、時間と場所と予算を保証されているからです。じゃあ、今、Noismメソッド、うちのトレーニングを東京でやりましょうといったら、まず場所を見つけなきゃいけない。お金がかかりますよね。人を呼んで、誰が教えるとかになってお金がかかってきちゃうから、またビジネスになるでしょう。ビジネスベースでいき始めたら、一般のダンス教室やお稽古の世界と同じことになっちゃうわけです。1人でも多く来てくれないと採算が合わないし、下手でも、才能がなくてもいいから受け入れるしかなくなります。大学も同じです。
大学は、本当に問題なんです。戦後に大先輩たちが大変な苦労をして、舞踊教育をなんとか入れてくれたわけだけど、それが芸術じゃなくて保健体育の授業でしょう。それは、その当時の志とか、舞踊がもっと社会で認知されるという意味では必要だったかもしれないんだけど、もうとっくに形骸化しちゃっているんですよ。

東京を離れれば楽ということではなく、離れたほうが、自分がなぜそれと向き合っているのか、どのように向き合うのか、社会の中で自分がやっていることが何なのかということをより感じられますよということ。

──アーティストが地方に拠点を移す動きが最近見られ、東京の空洞化が懸念されることについて。

金森:みんなで東京に残って、誰が生き残れるかみたいなことをやっていると、本来、頑張るべき人たちも腐っていく。アーツカウンシルが、この人たちは才能があって、世の中のために活動できるんじゃないかという人たちを見定めて、彼らが東京を離れて活動を始めるきっかけづくりができればいい。本当に自分の人生をかけて、舞踊の力をもって社会に参画したいのであれば、地方に行った方が良いと思います。地方には時間と場所がありますからね。そこが大きく違うでしょう。東京は本当に時間と場所がなくて人だけが多いでしょう。人がたくさん集まってにぎわうイベント的なことをやるのであれば、東京でやればいい。でも我々がやっているような、トレーニングが必要で、日々、身体と向き合わなきゃいけない舞踊というのは、本当に時間と場所が必要な芸術なので。まして、それが美術みたいに1人でできることじゃなくて、一定の人数が必要となると、それなりの場所が必要で、時間も、みんなで集まる時間を決めなきゃいけない。だから、そういう場所は地方にいっぱいあるし、地方の公立劇場で空いているスタジオはいっぱいあるんじゃないかと思います。
……東京は市場であり、世界に名だたる主要都市ではあるので、東京でフェスティバルをやるとなったら、地方の質の高いものを集めればいい。そしたら、「どうせ定期的に東京で公演できるなら、これ、東京にいるより地方にいたほうがいいんじゃね?」みたいになって、みんな地方へ行くかもしれない。ただ、みんな、東京にいないと、業界のネットワークから外れちゃうんじゃないかとか、心理的な不安がすごくあるんですよね。例えば舞踊家であれば、幾らカンパニーに所属しているといっても、それだけじゃ食べていけないから、いろんな舞台に出たいと思ったら、東京のほうが当然多くのチャンスがあるでしょう。地方へ行ってしまったら、例えばNoismの舞踊家たちが、新潟のその辺の発表会に出るかといったら、みんな出ないですし、Noismだけになっちゃうから、それはハイリスクなんですよ。それだけで勝負しなきゃいけないから。だから、東京を離れれば楽ということではなく、離れたほうが、自分がなぜそれと向き合っているのか、どのように向き合うのか、社会の中で自分がやっていることが何なのかということを、より感じられますよということ。

──東京以外の地域、例えば新潟から世界につながるというお考えについて教えてください。

金森:あと10年、20年もしたら、演劇と舞踊という垣根はなくなって、まず舞台芸術と呼ばれるものがひと括りになるというのが個人的な認識です。もちろん、クラシックバレエのような古典的なものは残りますよ。でもそれ以外の新しい表現では、その辺の垣根はなくなってくる。そういう舞台芸術フェスティバルみたいなものを、新潟でやりたいとは思っていますが、フェスティバルをやること自体が目的ではありません。私みたいな芸術家に活動環境を与えたり、自治体で雇用したりすることで、その地域でこういうことが可能になりますよ、役人の発想では成し得ないようなことが可能ですよというのを、立証することが重要なんです。
……そのためにも、役人を説得できるだけの言葉を持たなきゃいけない。この13年の中で何がしんどいかといったら、言葉を発する、これだけのことをやりますと言ったら、それを立証するような成果を見せなきゃいけないんですよ。芸術家として、発言するだけじゃなくて、それを活動で立証しなきゃいけないんです。我々は世界に出ても恥ずかしくないものをつくるんだから、これだけの環境や理解が欲しいということを言う。「じゃあ、やってごらんなさい」と言われたら、それだけの作品をつくらなきゃいけない。芸術家も、そこまで背負わなかったら、今の時代、社会的賛同なんて得られませんよ。

──社会における舞踊表現の価値や役割についてどう考えていますか。

金森:舞踊表現の役割というよりは、身体表現の役割ですよね。言語的な情報の伝達というのは、どんどん機械がやるようになっていくから、演劇も、喋る言葉の意味だけじゃなく、より身体的なことが問われると思いますね。そういう意味で、舞踊寄りになっていくと思います。テクノロジーが進歩していけばいくほど、人間の身体とは何だということがより強烈に問われるようになってくるはずですし。だから、舞踊の価値というよりは、その身体とは何だということを専門的に表現したり、考察したりする人たちの価値ということになるでしょうね。そしてそれは絶対に失われないと思っているので、別に心配していないんですね。ただ、より専門的な知識っていうのが問われるはずだから、好きでやってますというのとは全然違うレベルの、専門的な知識なり技術なりを持たないと、生き残ってはいけないでしょうね。


金森穣

演出振付家、舞踊家
りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館舞踊部門芸術監督、Noism芸術監督
17歳で単身渡欧、モーリス・ベジャール等に師事。NDT2在籍中に20歳で演出振付家デビュー。10年間欧州の舞踊団で舞踊家・演出振付家として活躍後帰国。04年4月、日本初の劇場専属舞踊団Noismを立ち上げる。新潟市文化創造アドバイザー、京都芸術センター運営委員。平成19年度芸術選奨文部科学大臣賞、平成20年度新潟日報文化賞ほか受賞歴多数。
www.jokanamori.com
Twitter:@jokanamori


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