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DANCE 360 ー 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング

今後の舞踊振興に向けた手掛かりを探るため、総勢30名・団体にわたる舞踊分野の多様な関係者や、幅広い社会層の有識者へのヒアリングを実施しました。舞踊芸術をめぐる様々な意見を共有します。

2018/12/07

DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(18)黒田育世氏(BATIK主宰 振付家・ダンサー)

2016年12月から2017年2月までアーツカウンシル東京で実施した、舞踊分野の多様な関係者や幅広い社会層の有識者へのヒアリングをインタビュー形式で掲載します。

黒田育世氏(BATIK主宰 振付家・ダンサー)
インタビュアー:アーツカウンシル東京


──2002年に「ランコントル・コレグラフィック・アンテルナショナル・ドゥ・セーヌ・サン・ドニ ヨコハマプラットホーム」※1 で「ナショナル協議員賞」を受賞をされたことが、1つのターニングポイントだったと思います。それ以降、「トヨタコレオグラフィーアワード」※2、「朝日舞台芸術賞」※3 や「キリンダンスサポート」※4 なども受賞をされて、活動が飛躍する大きな力になったのではないかと思います。黒田さんの活動においてどのような意味を持っていたでしょうか。

黒田:セゾン文化財団「セゾン・シニア・フェロー」として毎年幾らというお金(助成金)がいただけて、何に使っても、作品にどういうふうに使っても構わなくて、稽古場が使えるということが、多分、ものすごく大きかったと思います。ほかの賞でも、この作品を再演できますよ、という具体的な副賞や、創作の現場を差し上げますと言ってくださったり。その具体的な副賞が、次のクリエ―ションにつながったことは非常に大きかったですね。今でも世界各国にツアーをしている作品が、その当時にできたという感じです。人とつながれたということは、そういった意味では大きかったですね。

※1:Rencontres chorégraphiques internationales de Seine-Saint-Denis:フランスで1969年に設立された隔年開催の「バニョレ国際振付コンクール」が、2002年のディレクター交代に伴いコンクールからフェスティバル形式に変わり、名称も現在のものに改められた。1996年から2004年までの間、「横浜ダンスコレクション」が日本から同企画への推薦枠を懸けた選考会(ヨコハマ・プラットフォーム)としての役割を担い、計4回が実施された。現在のディレクターはアニタ・マチュー。2003年より毎年の開催。(参照:http://www.rencontreschoregraphiques.com/
※2:トヨタコレオグラフィーアワード:トヨタ自動車株式会社と公益財団法人せたがや文化財団 世田谷パブリックシアターの提携事業として2001年に創設。一般公募の中から選ばれた6名の振付家が作品を上演し、「次代を担う振付家賞」と「オーディエンス賞」が選出され、「次代を担う振付家賞」受賞者は翌年に受賞者公演とそのためのクリエーションの機会などが授与された。2006年以降隔年開催となり2016年の10回目の実施を区切りに終了となった。
※3:朝日舞台芸術賞:朝日新聞社が創設した舞台芸術賞。毎年1月から12月までの1年間に、日本国内で上演された舞台芸術が対象として、全国の舞台関係者からの推薦をもとに選出。2001年から2008年まで8回実施。
※4:キリンダンスサポート:「朝日舞台芸術賞」でノミネートとされた現代舞踊を対象にして、作品の再演および地方公演実現を支援するキリン株式会社の行うサポート制度。2008年の「朝日舞台芸術賞」終了に伴い終了。

──今、(フェローの期間が終了し)森下スタジオ※5 が自由に使えなくなった以降は、どのような形で活動をしていますか。

黒田:ダンサーを育成するのに再演をやることが一番糧になるので、純粋な再演をしたくて、大きい公演と大きい公演の間に再演を入れ込んでいきたかったんですけど、それが経済的に不可能で破綻してしまうので、スタジオパフォーマンスという形で、再演の抜粋だったり、ものすごい縮小バージョンとかを、森下スタジオでやっていたんです。本来は再演がしたいけどできないので、苦肉の策でワークショップにして、ワークショップ生に踊ってもらう、そこにBATIKが混じるみたいなやり方をしてきたんです。
……(森下スタジオも状況の変化で借りにくくなり)再演ができないということを作品の縮小や、抜粋、ワークショップ、という形で乗り越えてきたけど、それすら乗り越えられなくなっちゃった、という。だから、大きい作品と大きい作品の間の活動は、赤字が確定なのです。稽古場もない、発表する機会もない、場所もないというふうになったときに、どう手だてを打つかというところです。

※5:森下スタジオ:公益財団法人セゾン文化財団の助成団体が利用できる、同財団の運営する演劇・舞踊の分野を対象にした、稽古をはじめとする活動のための東京都の江東区にある専用施設。(参照:http://www.saison.or.jp/studio/

(舞踊芸術は)瞬間芸術なので、絵画や彫刻といった文化財のようにイメージがわかないかもしれないけど、身体を運べばそこで成立するれっきとした文化財。

──新作ではなく過去の作品への取り組みが若手の育成にもつながるという意味や理由を教えてください。

黒田:(クリエーションにかける時間というものは)ものすごく濃密な、非常に凝縮された時間なのです。パンパンな水風船が弾けそうなぐらい、みっちりと密度が高い時間を過ごすわけです、1年間。それが結晶となったのが作品だったとして、この作品には1万年ぐらいの時間が詰まっていると思っていただけるといいと思うんです。日常の時間に換算したらものすごい時間の密度なんですよね。それをたった1回でお客さんにわかっていただくというのは、非常にハードルの高いこと、難易度が高いことなんですね。
……何か物事の本質が表面に出るのは、ある程度の時間がかかるはずなんですよね。表面に出てから、ああ、こういうことなんだというふうに受け取り側は思うわけじゃないですか。その本質をつくっているわけですよね。アーティストがそのときに感じた本質というのが表面に出るのは10年後。10年後を先読みしているんじゃないんです。本質を見つめていて、その結果が出るのは何十年後かわからないですね。だから、例えば私がいま投げた一投は10年後に表面化するのかもしれないし。
……(舞踊芸術は)瞬間芸術なので、絵画や彫刻といった文化財のようにイメージがわかないかもしれないけど、身体を運べばそこで成立するれっきとした文化財。というのは、上演時に、公的な助成金をたくさんいただきまして、お客さんに立ち会っていただいて、チケット収入をいただいて成立している、その意味で本当に公的なものなわけですよね、その作品自体が。その自覚がないといけないと思うし、それを誰が維持できるんですか、となったときには、作家+ダンスカンパニーしかあり得ないんですよね。カンパニーの継続なく作品の維持というのは非常に難しいと私は考えます。
……(過去作への取組や再演には)3つの意味があります。一つ目は1回では終われないという、私の私情、感情の部分。二つ目は時間のお話、投げた一投というのが何年後に着地するかわからないというのと、三つ目は、文化財であるということ。(作品というのは)本当に多面体なんですよ。ものすごい可能性を持っていて、それが理解してもらえるまでにもものすごい時間がかかるし、それに気づくまでにも、作家自身もすごく時間がかかることだと私は思います。あがいてこなかったら気がつかなかったことだし、それを証明できるほど作品を維持している人は、私はいないと思うんです。なぜかというと、簡単には維持ができないから。

踊りとは、昨今のスマートフォンに乗っ取られた無意識の身体と非常に反対側、真逆にあると思うんですよね。踊りはだいぶ対極をとれている気がします。今、この世の中から踊りがなくなったら、どういうふうになるかを想像したら怖いですよね。

──カンパニーの維持は、どういう条件がそろえば可能だと思いますか。

黒田:カンパニーを維持できるためには劇場付きであるということがすごく重要だと思います。稽古場がなくてヒイヒイ言って、パフォーマンスがなくなっちゃったというふうになって、じゃあ、私たち、結局何があればできるんだろうとなったときに、劇場は、最後に行き着いた先です。私も10何年やってきましたけど、行き着いた先ですね。

──アーティスト、芸術文化の社会における役割とは?

黒田:お金が稼げないんだから、集客ができないんだから、役立たずですよね。けど、だから要らないというふうになるんだとすると、とても優生思想だと思うんです。
……踊りとは、昨今のスマートフォンに乗っ取られた無意識の身体と非常に反対側、真逆にあると思うんですよね。踊りはだいぶ対極をとれている気がします。今、この世の中から踊りがなくなったら、どういうふうになるかを想像したら怖いですよね。ここ数年で生まれ始めた新しい無意識、あれが増大していった先というのが何なのか、という。歯どめがきかないじゃないですか。だけど、踊りは、それを緩やかにできると私は思っています。

──舞踊の本質とは?

黒田:踊りは、意識という皮膚にかたどられる前の心みたいなものかなという気がしますね。踊りの本質って何ですかと言われたら、実践です。全ての実践ですね。心の実践ですかね。
……(踊りというのは)この経済社会から、この社会と全く別のメカニズムで動いているので、別のメカニズムで動いているものからしか照射できないものというのがあるんですよね。
……だから、踊りというのは、まるっと。知的に分解してもしようがないんですよ。まるっと別のメカニズムで動いているんですよ。社会というのは効率とか知的な作業で生き残っていくんだと思いますね。だけど、全く知的な分析で何とかできない別のメカニズムのものがあるという、まるっとそこにあるということがすごく大事。だから、ばらばらにしちゃだめなの。切ったり張ったりしちゃだめということ。

──(古典バレエのような形式と異なる同時代につくられた舞踊の)再演という行為は時代とともにどのような意味を持っていくと思いますか。

黒田:作品が普遍的であればいいんじゃないですか。例えば社会問題を取り扱った作品だったとしても、それだけを言っているわけだったら別に報道でいいわけで、それを作品にしたからには、何かの普遍性があるんだと私は思うんです。それが50年後に再演されても何の遜色もないと思うんですね。人間、絶対同じ過ちを繰り返すから。だから、むしろこれは50年後にやったほうがいいと思います。
……再演については、普遍性のある作品に関しての話なんですよね。だから、普遍性がないものというのは、そんなにやっきになって再演、再演、言わないかもしれないですね。自分は、あまり同時代性とかということよりも、普遍性のほうが、再演する上で重要になっていきますね。


黒田 育世

(C) 池谷友秀

BATIK主宰 振付家・ダンサー
6歳よりクラシックバレエを始め、97年渡英、コンテンポラリーダンスを学ぶ。02年BATIKを設立。バレエテクニックを基礎に、身体を極限まで追いつめる過激でダイナミックな振付は、踊りが持つ本来的な衝動と結びつき、ジャンルを超えて支持されている。BATIKでの活動に加え、金森穣率いる Noism05 、飴屋法水、古川日出男、笠井叡、野田秀樹、串田和美など様々なアーティストとのクリエーションも多い。
http://batik.jp/

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