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アーツカウンシル東京ブログ

アーツカウンシル東京のスタッフや外部ライターなど様々な視点から、多様な事業を展開しているアーツカウンシル東京の姿をお届けします。

DANCE 360 ー 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング

今後の舞踊振興に向けた手掛かりを探るため、総勢30名・団体にわたる舞踊分野の多様な関係者や、幅広い社会層の有識者へのヒアリングを実施しました。舞踊芸術をめぐる様々な意見を共有します。

2019/03/11

DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(23)NPO法人 DANCE BOX 大谷燠氏、横堀ふみ氏

2016年12月から2017年2月までアーツカウンシル東京で実施した、舞踊分野の多様な関係者や幅広い社会層の有識者へのヒアリングをインタビュー形式で掲載します。

NPO法人 DANCE BOX 大谷燠氏、横堀ふみ氏
インタビュアー:アーツカウンシル東京

(2016年12月19日)


──DANCE BOX神戸の成り立ち、変遷について教えてください。

大谷:まだコンテンポラリー・ダンスということがそれほど流通していなかった頃ですけれども、新しい身体表現をしたいという若い人たちやアーティストたちと出会って、話やミーティングをする中で、どういう環境をつくっていったらいいのかなということでDANCE BOXを立ち上げました。それで、いろいろステップアップしていけるシステムとかをつくる中で、例えば北村成美とかセレノグラフィカとか砂連尾理+寺田みさこだとか、そういう人たちがDANCE BOXだけのせいではないと思いますけれども、DANCE BOXとともに育っていったという、そういう世代があって、関西ローカルでやっている人たちが東京や海外にも出るような状況になってきて。それとJCDN ※1 ができたことによって、やっぱり全国を巡回できるような環境もできたということが総合的にいい効果を生み出して、日本全体のコンテンポラリー・ダンスの状況がすごく変わっていった時期だったと思うんですね。その頃だと(アーティストが)層として出てきてお互いに影響しながらみんなが成長したというような、競争もしながらですけれども。最近はそういう環境がなくなって、あとは、きたまりというのがポツンと出てきたりとか、そんな感じで、最近は断層が出てきたというのが実感としてあって。

※1:JCDN(NPO法人 ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク):2001年に設立されたコンテンポラリー・ダンスの促進と全国的なダンスのネットワークの構築、文化行政等におけるアドバイザー・コーディネーター等も取り組みを行う。設立時より佐東範一氏が理事長を務める。代表的な取り組みとして 三陸国際芸術祭(サンフェス)(2014年~)、「踊りに行くぜ!!Ⅰ・Ⅱ」(2001年~2016年)がある。(参照: JCDN

次の世代を担うダンスのアーティストが育ってこないと、おもしろい環境というのは生まれてこない

大谷:それまでもずっと短期のワークショップや、例えば5日間連続の中期的なワークショップというのはやっていたんですが、どうもそこから本当に人が育ってくるのかという課題を我々は感じ始めていて、5年前に「国内ダンス留学@神戸」※2 という企画を立ち上げました。これは本格的に次の世代を担うダンスのアーティストが育ってこないと、おもしろい環境というのは生まれてこないだろうという問題意識からです。

※2:国内ダンス留学@神戸:NPO法人DANCE BOXが主催する、プロのダンサー・振付家として活動していくことを志す人を対象に、劇場を拠点に、徹底してダンスに取り組む8カ月間のプログラム。多様なアプローチをもった振付家や演出家等による座学やワークショップの受講や振付家との公演レベルでの協働作業に取り組み、最後に参加者自身で作品を制作し発表する。2018年度から休止中。(参照:DANCE BOX

国際的に活躍するだけが全てではなくて、要するに、日本が持っている課題。少子高齢化とか、やっぱり社会的包摂の問題とかそういうことにも関与できるようなアーティストを育てていくというのが、我々が今、強く推進しているところ

大谷:次世代を担うアーティストというと、今までのように、例えば欧米に行って成功するということだけではないと思うんですね。あるいは東京で有名になるということだけでもなくて、地方都市を拠点としてそこで活動していくということもひとつのアーティスト像ではないかと。それは作品づくりも、あるいは地域のコミュニティと、ダンスをやっているアーティストがどのように新しい関係性を確立していくのかということが大きな課題でもあります。コミュニティダンスというのがここ数年、随分盛んに行われるようになりましたけれども、コミュニティダンスだけではなくて、身体で表現をするということが次の世代に、子供たち、青少年へ伝わっていくということと、あるいは少子高齢化していく社会ですから、高齢者や障害者とか、シングルマザーとか、社会から孤立をしていきそうな人たち、あるいはすでに孤立している人たちに対して、ダンスというアートがどういうふうに機能していくのかということも含めて、これからのダンスということを考えていかなければならないと思っていて。
…… いろんな形で国際的に活躍するだけが全てではなくて、要するに、日本が持っている課題。少子高齢化とか、やっぱり社会的包摂の問題とかそういうことにも関与できるようなアーティストを育てていくというのが、我々が今、強く推進しているところです。

多角的なアプローチから、いろんな言葉を紡ぎ出していけるような人が増えていくと、つくり手が消耗されずに活動できるんじゃないかと

横堀:DANCE BOXが立ち上がった時は、アーティスト間の連携が強く、アーティスト同士で自分たちの創造環境を良くしていこうという横の繋がりがあったのだと思うのですけど、現在は、そういった土壌が希薄になっているのかなと感じています。ダンスシーンやダンス作品に対する批評性を持った言葉がもっとあれば、多様さを担保した活性化に繋がるのではないかと思っています。もっと多角的なアプローチから、いろんな言葉を紡ぎ出していけるような人が増えていくと、つくり手が消耗されずに活動できるんじゃないかと。言い過ぎかもしれませんけど。
あとはバランス感覚のあるアーティストが増えているなという感じがあります。昔はもっと、破天荒な、大きな額の借金をしてでも大胆に活動するようなアーティストがいたと思います。もちろん借金して、なかなか次の活動が打てなくなってしまうということもあるんですけど。それはつまり、かつてのような破天荒なアーティストを受けとめられる土壌が、希薄になっているのではないかなと感じています。これはプロデュースサイドにも問われているところだと思うんですけれども、プロデューサーがこういうことを望んでいるんだろうなということに、上手に応えていくことではなく、それをひっくり返せるような、ひっくり返さざるを得ないような衝動を持った人が活動しにくくなっているんじゃないかなと。

アーティストたちの当事者意識というか、環境を自分たちでつくっていくんだということは大切

──そういうアーティストは少ないかもしれないけど、今も存在はしている。

横堀:昔はもっと雑然としたというか、混沌としたところがあって、その中で実験的過ぎるようなことをやっているアーティストというのは多くいたんですね。DANCE BOXに限らずですけれども。いろんなプログラムに予算がついて、整理されてきた中で、そういう雑然としたところで何か発表できるような場が少なくなってきた。それは自戒も込めてなんですけど。

大谷:やっぱり初めに言ったアーティストたちの当事者意識というか、環境を自分たちでつくっていくんだということは大切で。DANCE BOXやJCDNができたある種、弊害かもしれないんですが、そこに乗れば何とかやっていけるということも(功罪として)あって。一つの目標が「トヨタコレオグラフィーアワード」※3 であったり、「横浜ダンスコレクション」※4 であったりするので、それに選ばれると一つのステータスになっていくという、一つの何となく道筋があった。それに乗れるか、乗れないかみたいなことがあったと思うんですね。それがちょうど「トヨタコレオグラフィーアワード」がなくなるというのは、僕はいいことだと思っていて、また違うものを、自分たちがつくり出していくというふうなことをしていかないとダメだから。

※3:トヨタコレオグラフィーアワード:トヨタ自動車株式会社と公益財団法人せたがや文化財団 世田谷パブリックシアターとの提携事業として2001年に創設。一般公募の中から選ばれた6名の振付家が作品を上演し、「次代を担う振付家賞」と「オーディエンス賞」が選出され、「次代を担う振付家賞」受賞者は翌年に受賞者公演とそのためのクリエーションの機会などが授与された。2006年以降隔年開催となり2016年の10回目の実施を区切りに終了となった。
※4:横浜ダンスコレクション:横浜赤レンガ倉庫1号館(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)が主催し、「若手振付家の発掘と育成」「コンテンポラリーダンスの普及」を目的として1996年より実施されている。企画の軸となるコンペティションでは、現在、初作品を発表してから15年未満の振付家が対象とする「コンペティションⅠ」と25歳以下、本格的に振付家としての活動を志す新人を対象にする「コンペティションⅡ」があり、それぞれ審査員賞のほかに、海外への招聘公演を賭けた「若手振付家のための在日フランス大使館賞」、「MASDANZA賞」、「タッチポイント・アート・ファウンデーション/ボディ・ラディカル賞」が設けられている。コンペティションのほかにも海外アーティストの招聘公演など、日本有数の国際的なダンス・プラットフォームとして存在感を示している。(参照:http://yokohama-dance-collection.jp/

──DANCE BOXの現在の運営について教えてください。

大谷:助成金とか(文化庁の)委託事業というのを申請して、来年度の大体、総事業の一覧ができて、そこから制作費、人件費などを生み出していくというやり方を毎年続けているので、いわゆる公共ホールの指定管理とは全然そこは違います。だから、劇場の運営するための自主事業費じゃなくて、公共ホールだったら普通に職員の給料も、一応保障されますけど、僕らは全然保障されない中でやってきたということが反対に、常に危機感があってやるので、更新していかないと、多分続かないだろうということ。それがある意味、20年継続してきたという状況です。
…… 大体30代の前半の人とか中盤の人とか。やっぱり感覚がちょっと違うんですね。例えば僕に見えないことが横堀には見えて、横堀に見えないことがまた違う人には見えたりするので、常にそういう意味では、アンテナが更新されていっている。でも、古いことだったら僕が知っているという。コンテンポラリーって別に定義があるわけではなくて、むしろ時代を過ぎても変わらないものというのもコンテンポラリーじゃないかという。新しさだけを求めていくと、表層的な新しさだけに偏ってしまう。でも、普遍性を持って生き残ってくる、その時代で生き残っているものは、僕はコンテンポラリーだと思っています。
……(DANCE BOXの位置付けについて)いわゆる僕らは、公設民営という言い方をしていて、指定管理とは違う。大阪のときはなかったんですけど、ここ神戸は家賃とか使用料というような形で発生していて。だから、それも大変ですよ。
…… 主な収入源は、自主事業と貸し館事業があります。貸し館が最近少し伸びてきたのですけれども、やっぱり自主事業の比率のほうが多くて、でも貸し館ばかりになると、劇場の一つの特徴がなくなってしまうので、そのバランスをどうとっていくかなんです。

アウトリーチをやるのと同時に、“インリーチ”という「劇場へようこそ!」 という事業もやっています。

大谷:だから、外部のコーディネート事業もやる。例えば他府県のコーディネートの事業とかもやったり、そういうものを充てたりとかします。
…… 劇場の近くに住んでいます。できるだけ職住一致にしたいなという思いがあります。交通費も要らないし。やっぱり地域と関わっていくプログラムを幾つかやっていて、住んでいると全然また違う。地域住民の人たちの顔も見えてくるし、やっぱり我々に対するある種の信頼性みたいなものも出てくる面があって、例えば教育関連の事業だと、コミュニケーション教育授業で小学校に教えに行ったり。毎年5校から、今年は多くて7校やったりとか、そういうアウトリーチをやるのと同時に、“インリーチ”という「劇場へようこそ!」※5 という事業もやっています。子供たちが劇場に来るんです。ちょっと普通のバックステージツアーと違うのは、ちゃんと演出が入っているんですよ。ダンサーがいろいろ考えて、例えばロビーに集まったら、子供たちに初めに、「おはようございます」と。この業界では夜でも「おはようございます」と言うんですよとかね(笑)。チラシの挟み込みをちょっとやってもらったりとか。
…… この間、大学生版の「劇場へようこそ!」というのをやって、それは横堀がマレーシアのFive Arts Centre ※6 というアートセンターのマリオン・ドゥ・クルーズという創始者が考案したアイディアをテキストにして、「国内ダンス留学@神戸」の学生たちがロビーとかバーカウンターとか楽屋とか倉庫とかいろんなところに潜んで、それぞれパフォーマンスをするのを大学生たちが見て回る。その見て回る中で、ああ、劇場ってこういう構造になっているんだということを体感してもらうようなことをしました。アウトリーチもするけれども、反対にインリーチをしたり。だから、僕らだけがしかけるんじゃなくて、地域の盆踊りとかに必ず呼ばれるんですよ。今年は妖怪音頭というのをつくって。婦人会のおばちゃんも小学生もそれを踊りました。

※5:劇場へようこそ!:DANCE BOXが主催する地域住民向けの劇場体験プログラム。2017年1月の実施回では「ハッピーラッキーラジオ編」とサブタイトルを設け、劇場をラジオ局に見立て、ラジオ番組の収録への参加とともにそこに組み込まれたダンスを子供たちが体験するというものだった。(参照:http://db-dancebox.org/program/348/
※6:Five Arts Centre:マレーシアのアーティスト、プロデューサーらによる共同体。1984年に演出家のChin San Sooi、Krishen Jit、振付家・ダンサーのMarion D’Cruzによって創設。現在のセンターには、分野も年代も異なる14組のアーティストとアクティビストが所属。演劇、ダンス、音楽、児童劇、ヴィジュアルアーツの5分野で活動を行い、マレーシアのアーティストに支援や創作の機会を提供。演劇やダンス公演、展覧会、現代ガムラン音楽の演奏会、演出家のためのワークショップやトレーニング・プログラムなどを実施。国際コラボレーションにも力を入れている。(参照:http://www.fiveartscentre.org/abouthttp://www.performingarts.jp/J/society/1512/1.html

今、豊かさというのは読み直さなければならない時代に来ているときに、僕はアジアの中にヒントが隠されていると思うんですね。アジアの中でもやっぱり本当に急速な近代化がすごい格差社会を生んでいくだろうと思うんですけれども、でも、そういう中でも核として頑張っているアーティストは必ずいるので、そういう人たちと出会いたいし、そういう人たちも呼びたい。

──劇場が街の中で、そうやって呼ばれるぐらいに親しまれているという感じなんですか。

大谷:いろんなレイヤーを持っているので、そこでいろんなレイヤーで知り合う人たちがいて、小学校の場合は教育委員会を通じてというのもあるんですけれども、例えば「みんなのフェスティバル」※7 の中に、「男性のための真夜中倶楽部」というのがあって。真夜中じゃないんですけど、夜に男の人たちが集まる。女の人もそれを高いところから睥睨(へいげい)しているんですけども、例えば防災についてとか、アートについてとか、そういうのを話し合う。そんなユニークな企画も地域と共働しています。そこに来てくれるのが、PTAの会長さんであったり。またご縁ができて夏祭りに呼ばれたりします。

※7:みんなのフェスティバル:「まちを遊び場に、劇場を原っぱに!」を掲げ、新長田の様々なスペースにて、ダンスやイベントを行うフェスティバル。DANCE BOXの主催。

──2001年から海外との交流が始まりました。神戸-アジア・コンテンポラリ―ダンス・フェスティバル ※8 など、徐々にアジアにフォーカスしていった理由はありますか。

大谷:以前から他の国からのいろんな資料を送ってもらって、フランスがやっぱり一番あったかな。オーストラリアは一応アジア圏内に入ったりするんですけれども。ただ、欧米のコンテンポラリーがだんだんおもしろくなくなってきたというのがあって。それは僕らが共通して実感をしているところで、アジアでおもしろい新しいダンスが出てこないかなと思っていました。アジコン(神戸-アジア・コンテンポラリ―ダンス・フェスティバル)の1回目のときはまだ、例えば各国の伝統舞踊と欧米のモダン・ダンスのスタイルとかバレエのスタイルをミックスしたようなものが多くて、本当にアジアの身体性というようなものがあんまり見えてこないという印象があったんですね。
2回目にピチェ・クランチェンというタイのアーティストを呼んだときに、これだ!と思ったんですよ。アジアの身体性ということをすごく新しい形で提示している。古典で鍛えられた身体なんですけれども、それを古典舞踊そのものに挑戦をするという姿勢が表現として出ていたので、我々全員が、ああ、これはすごいなというのが思って。1回目に呼んだ香港のアーティストがピチェを紹介してくれたんですけれども、タイにコンテンポラリー・ダンスなんてあると全然知らなくて。未開拓な部分というのがアジアにはたくさんあって、そういうものと出会いたいという思いがあって、売り込みだけじゃなくて、いろんなネットワークを使ってみると、キーになるおもしろい人が時々出てくるんです。インドネシアのジェコ・シオンポとか。
日本もそうですけれども、近代化のプロセスが、要するに、欧米化することイコール近代化というふうな、歴史をたどってきたんですけれども、それが新自由主義とかそういうものと結びついて、ある種、大量生産、大量消費の世界になって、それがもう行き詰まった。今、豊かさというのは読み直さなければならない時代に来ているときに、僕はアジアの中にヒントが隠されていると思うんですね。アジアの中でもやっぱり本当に急速な近代化がすごい格差社会を生んでいくだろうと思うんですけれども、でも、そういう中でも核として頑張っているアーティストは必ずいるので、そういう人たちと出会いたいし、そういう人たちも呼びたい。だから、前回のアジコン(神戸-アジア・コンテンポラリ―ダンス・フェスティバル)からはクリエーション作品を4本をつくったんです。持っておられる作品を上演したり、それを鑑賞するとかワークショップをしてもらうという形から、一歩進んだと思います。アーティストのレジデンスも組み合わせるものもあって。

※8:神戸-アジア・コンテンポラリ―ダンス・フェスティバル:DANCE BOXが開催している国際ダンスフェスティバル。2001年から2009年まで「アジア・コンテンポラリーダンス・フェスティバル」として大阪にて6回実施され、韓国、中国、香港、台湾、インドネシア、マレーシア、タイ、オーストラリア、シンガポールの8カ国および地域から42組の振付家、ダンサーを招聘し、アジアの〈現在〉を紹介。2009年4月に神戸に拠点を移したのを機に、同タイトルに変更された。https://kacdf2017.wixsite.com/2017/(出展:国際交流基金 Performing Arts Network Japan

横堀:新長田という地域が、関西では2番目に大きな在日コリアンのコミュニティがあり、ベトナム人のコミュニティがあったり、ミャンマーの人や、さまざまなアジアをルーツとする方が多く、あとは沖縄や奄美からの移住者のコミュニティがある。逆に、この地域だから考えられるアジア性ということを追求していきたいなというふうには考えています。

大谷:ある種、移動してきた人が多い。明治時代以降ね。そのためにやっぱりある種の寛容性がないと共生していけないという、そういう経験をしているまちなので、やっぱりほかのところと比べるとすごい寛容性があるなと僕らは感じています。僕らもわずか7年ですけれども、こんなに地域と濃く付き合えるようになったのはやっぱりここだからというのがあります。だから、それは在日外国人だけではなくて、沖縄の人や九州の人やいろんな人が流入してきたという歴史と、21年前の阪神・淡路大震災を共同体験をしたということも大きいですね。

──大阪時代 ※9 と比べて、今の体制は変わりましたか。

大谷:大阪時代も閉鎖することが決まって、「ビッグ盆!」という盆踊りを49年ぶりに復活させたんですね。それは当時、フェスティバルゲート ※10 内に入っていた4つのNPOが協力して、地元の人も協力してもらって、それが大きく地域とかかわるということの初めだったと思うんですね。
…… インターローカルという言い方をしているんですけども、そのローカリティにかかわるというのは、僕らの劇場は本当に100人ぐらいの小さな劇場ですから、できることをやろうと思ったときに、一つはコンテンポラリー・ダンスのような実験的なことができる。これは1,000人の劇場だったらとてもじゃないけどできないことができる。とはいえ、なかなか地元の人がコンテンポラリー・ダンスを見にくるかというと、なかなか見にこないであろうという。でも、じゃ、見にきてほしいので、いろんなことを考えて。だから、おもしろいことに、日本の劇場の中で地元率が一番高い劇場やと思うんです。長田区民割引もつくっていたりします。
…… ロビーも今年ちょっと改造しました。まだ完全にできていないんですけど、床はがして、みんなで壁塗って、ふだん公演がないときでも、地域の人たちや国内ダンス留学の卒業生とか子どもも来て、いろんなところで仕事をしたり。そこにライブラリーを整備している最中で、本とか映像も自由に閲覧できるような環境をつくって、たまり場としての劇場を作ろうとしています。一応パティオ(スペイン建築の中庭)をイメージしています。

※9:DANCE BOXの劇場「ArtTheater dB」はもともと、2002年から2007年までの間、大阪市浪速区で運営していた。現在の「ArtTheater dB 神戸」は神戸市より招致され、2009年4月に神戸市新長田にオープンした。(参照:http://db-dancebox.org/about/
※10:フェスティバルゲート(Festival Gate):大阪市浪速区にあった大型遊具や娯楽施設と商業施設を合体させた「都市型立体遊園地」。「ArtTheater dB」も同施設内にあった。1997年に開業し2007年7月に閉業。

カレンダーみたいなものがあれば、今アーティストがどんな活動をしているのかとかがもっと見えてきやすいのかな

──トリイホール(でかつてプロデューサーを務めていた)時代から、長らく東京界隈を見ていて、今どのような印象を持っていますか。

大谷:全体としてはあんまり見てなくて、例えばアーティスト個人とか、それこそ黒沢美香さんであるとか山田うんさんであるとか、そういう人たちの仕事は見ていて、それはたまたま横浜や東京であるというふうに考えていて、まあ、ただ、やっぱり相変わらず、東京に一極集中しているなという印象は拭えなくて。予算もそうかもしれないけども、芸術文化関係。やっぱり今でも70%ぐらいは東京でしょう。多分、エンターテインメントも入れると。松竹とかそんなのも入れると。芸術産業も入れるとね。

横堀:以前に舞踊批評家の武藤大祐さんがご自身のホームページで関東圏における公演のスケジュールを一覧でアップされていました。それでなんとなく東京でどういう公演があるのかというのが見えていました。今はそのような統括されたものがないんですよね。だから、関東圏のどこで何が起こっているのかということを、自分からどこかに直接アクセスしていかないとなかなか見えてこないなという感じがあります。
武藤さんのようなカレンダーみたいなものがあれば、今のようなアーティストがどんな活動をしいるのがもっと見えてきやすいのかなとも思います。

西日本のネットワークづくりを目指した公演プログラムとかエクスチェンジプログラムを始めています。

──最近、ダンスのアーティストに限らず、東京を出て、地方に拠点を移す人々が増えてきている感じがします。

大谷:確かに地方で、劇場だと、鳥の劇場 ※11 とか頑張っているし。だから、僕らも松山や岡山や鳥取とのアーティストの交流とか、実際にこちらで公演してもらったり、ワークショップを向こうでしたりという、西日本のネットワークをつくっています。DANCE BOXだけじゃなくて、西日本に複数の拠点があるという、複数拠点化みたいなことを考えていて、岡山の人が神戸のDANCE BOXを拠点として考えるとか。お互いに交流できるような。いろんなことを共有できるような環境にしたいなと思って、これはもう4年目くらいになるんです。西日本のネットワークづくりを目指した公演プログラムとかエクスチェンジプログラムを始めています。

※11:特定非営利活動法人鳥の劇場:2006年1月、演出家の中島諒人を中心に設立。鳥取県鳥取市鹿野町の廃校になった幼稚園・小学校を劇場施設へ手作りリノベーション。収容数200人の“劇場”と80人の“スタジオ”をもつ。自主プログラムを軸に上演を行い、フェスティバル(「鳥の演劇祭」)や国内外のアーティストの招聘、教育普及活動なども行う。(参照:http://www.birdtheatre.org/

──ファンドレイズなどはどのような状況ですか。

横堀:西日本における劇場とのネットワーク化ではなく、アーティストとのネットワークを構築するという形をとっています。文化庁(「劇場・音楽堂等活性化事業」)からの補助金です。

大谷:一般財団法人地域創造の助成金が(「地域の文化・芸術活動助成事業」は地方公共団体等の自主事業を助成対象とするため)、うちは申請できないんです。要するに、神戸市から申請しないとだめなので、その神戸市から場所を安価で提供されてはいますけれども、神戸市の自主事業をうちが担っているんじゃないんですよね。自主事業、助成金は申請をして、ようやくもらえるという。とにかく市の事業としてでないと地域創造は申請できない。
…… 例えば、名目上、(DANCE BOXの企画を)神戸市の主催です、とかというね(笑)。直営に見えるみたいにしてくれれば、と神戸に来た年に市にまず提案してみたんですけど。それはできないと言うので、新しい助成金の枠組みを500万ぐらいのをつくってくれて、そのうち2つは僕らも申請できるので。それはその当時、僕らを呼んだ部署の部長クラスの人に直接言ったら、ああ、わかった。それならつくるというので、次の年、すぐつくってくれて。
…… うちも神戸市の4つぐらいの部署とお付き合いをしていて、やっぱりいずれも同じで、縦割りなので、それがもっと横につながれば、もっといい形で事業ができるのにとは思うことはありますね。でも、何となく市としても、DANCE BOXの活動に関しては一応認めているような気がします。20周年のときは市長も区長も来て挨拶されたのでね。

ここの卒業生が新長田に残って、住みながら関西で活動するという人がいます。そういう人たちが今のDANCE BOXの活動をすごく支えてくれていたりするんです。

──「国内ダンス留学@神戸」の取り組みについて、5年継続されている今感じている成果や課題などがあれば教えてください。

横堀:ここの卒業生が新長田に残って、住みながら関西で活動するという人がいます。そういう人たちが今のDANCE BOXの活動をすごく支えてくれていたりするんです。そういう国内のダンス留学@神戸の卒業生の、層の厚みが少しずつ出てきたなと思います。あと、今年度に内容を大きく変えたんですね。これまでは3カ月間、いろんな方のワークショップ、集中ワークショップを受けて、その後、次の3カ月で自分たちで作品をつくって発表する。その中から優秀作品が選ばれて、もう一度その作品をつくり直すというような3段階のプログラムで進めていましたが、各々段階の進め方が早急過ぎるとスタッフ間で話し合いました。今年度に関しては8名の振付家の作品に取り組む。最後の2カ月弱の期間で、自分たちの作品を発表するという内容にシフトをしました。変えてよかったなと思っていて、DANCE BOXが私たちも一緒に仕事をしたいと思っている振付家と、国内ダンス留学@神戸を通して一緒に舞台がつくれることももちろんあるのですが、毎月本番を迎えるような非常に実践的なプログラムなので、ダンサーとしての力がすごくメキメキついてきているなというふうには感じています。

少子高齢化しているまちに若い人が住み始めて、そのうち何人かが定住するかもしれない。

──今日見学させていただいたような「国内ダンス留学」のワークショップ(講師:余越保子)は、具体的にはプログラム運営の中で週に何回ですか。

横堀:基本は月~金の10時から18時です。

大谷:国内ダンス留学の受講生は本当に地方の人が多いので、今年は11人のうち8人が引っ越ししてきました。
…… いわゆる公演なんかをしたときにいろんなところからお客さんが来るという、交流人口が増える。国内ダンス留学の場合は、少なくとも8カ月。残る子は2年、3年とか、4年。5年目の子もいますから、そこで関係人口という言い方をしているんですけれども、やっぱりそういう少子高齢化しているまちに若い人が住み始めて、そのうち何人かが定住するかもしれない。これは例えば東京からどこかに行くのではなくて、新長田から東京に行く。新長田から海外に行くという。帰ってくるときは新長田に帰ってくる。当然、地域の人とも交流しますから、だんだんそういう人たちが増えてきて、今、美術系の若いアーティストたちも少し住み始めています。ここは空き家が増えてくる地域なので、その空き家対策にもなるし、高齢化しているところに、例えば力仕事とかそういうのができるとか。

横堀:それこそお祭りのときに踊ったり、力仕事も担ったりします。

大谷:そうですね。だから、やっぱりここがあるということは、ダンスをしているアーティストにとっては大きなことなんですけれども、と同時に、住みやすいまちなので。物価は安いし、人がいい意味での世話焼きが多いので、だから、留学生が来ていても、銭湯が多いんですけど、銭湯に行っても、ちょっとビールおごってもらったりとか。

横堀:地元の人も、「次、5期生、どんな感じや」と。気にしてくれますね。みんなでチラシやポスターを貼りに回ったりした繋がりで見にきてくれたりとか、ちょっとでもできる範囲で支えていこうみたいな感じで、定着してきている感じはありますよね。

──応募される方の地域別の比率は。

横堀:言っても、神戸は少ないですものね。神戸以外からが80%ぐらいですかね。

大谷:関西でも30%ぐらいですね。

横堀:東京とか、いろんな所からですよね。

大谷:別府、青森。うん。いろいろですね。松山、広島。

──大体応募数はいつもどれぐらいあるんですか。

大谷:少ないです。やっぱりこれは8カ月間拘束されるということがあるので。よっぽど覚悟が要るんですね。今年は、去年もそうだった。18歳、高校出てすぐ来る子とかは、毎年1人ぐらいかな。高校出て、一旦海外で1年ほど留学していて、戻ってきて入った子というのが10代で来ている子が何人かいて、あとは大学を休学して来ている子もいます。

──昔、文化庁が新進芸術家海外研修制度の国内版をやってましたよね。ああいうのもイメージにありましたか。

横堀:どちらかというと英会話の駅前留学を参考にしましたね(笑)。

──8カ月間、この長さにしようと思ったとのはどういった意図で。

大谷:本当はもうちょっと長くてもいいんですけども。要するに、文化庁の「新進芸術家育成事業」という(委託)事業なので、その(採択)結果が出るのが遅いんですよ。

横堀:毎年度、(採択の)見直しが入るので、極力早くから次年度の募集をかけていきたいところなんですけど、やっぱりそれができないので。

──国内ダンス留学の中で、批評家講座も設けていますね。

横堀:ダンス留学生も批評家講座は必修で受講するということになっていますが、私たちの期待として、関西で批評家になりたい人、書きたい人にここで出会えたらいいなと思っていましたが、結果的にゼロでした。ダンサーや観客の方、制作者など、いろんな方が来てくださいましたが、書きたい人という方は今回出会えず。「そういう人はここには来えへんで」と言われてしまいましたけど(笑)。

──書く場をどうやってつくっていくか。たとえ評論家になったとしても、それを活かせる場がないということを私たちも懸念しています。

横堀:私たちも実施していることをなかなか言語化できていないということがずっと課題としてあるので、今回の「国内ダンス留学@神戸」では、公募の段階で振付家にインタビューをするということと、クリエーション期間中にさらにインタビューするということと、公演後のレビューをウェブサイトに載せるというようなことをできる限り全部の回でやっていこうとしています。

──東京界隈の舞踊の活動を見ていても、やっていることの言語化は今欠けているところかなと思います。関西圏で、批評の場とか、ダンスの創造活動の客観的なアウトプットや、フィードバックを得られる仕組みや場みたいなのはありますか。

横堀:あまりないと思います。古後奈緒子さんがされていたdance+というウェブサイトがありました。あとは個々の批評家の方がご自身のブログで書かれていたり。あと、京都芸術センターのニュースレターに批評の講座、レビューのレポートがありますよね。
…… また、批評の場では、バイリンガルでできるといいんだろうなと思います。

私たちが進めているダンスと地域の人が行っているダンスなど、いろんなダンスのあり方が対等に混在していくような場がつくれたらおもしろいんじゃないかなと思っています。

──人材育成という視点で、プロフェッショナルなダンスを目指す人々と、アマチュアの活動としてダンスを楽しむといった、2つあると思うんですけど、この2つをどう意識してやってらっしゃいますか。

大谷:「国内ダンス留学」に関しては、みんなプロフェッショナルを目指していますね。ただ、プロフェッショナルなダンサーなのか、ダンスを職業とするといった場合に、ダンサー、振付家だけではなくて、例えば教育の現場の人材のような場合もあるので、それらも含めてのプロフェッショナルというのは基本的にあります。
…… ダンスそのものもそうですし、いろんなアートの分野がボーダレスになってきているなという気がしています。ダンスの人が例えば美術や音楽とのコラボレーションという形だけではなくて、領域を超えていくような活動をしたり、反対に美術の人が、昔からないことはないんですけども、ダンス・パフォーマンスをしたりとか。その辺も含めて、プロフェッショナルなダンスの今後のあり方というのはやっぱり変容していくような気もしますね。かつてのモダン・ダンス(とクラシック・バレエ)のように、今、日本ではコンテンポラリーとモダンと分かれていて、モダン・ダンスって何か古い創作ダンスみたいなふうになっているように、コンテンポラリーという言葉がひょっとしたら(今の)モダン・ダンスのよう(な位置づけ)になっていて、違う言葉が生み出されるかもしれないなとも思います。

横堀:DANCE BOXが拠点を移した時、2009年より新長田という地域を知るために「新長田で踊る人に会いにいく」というプロジェクトを5年間行いました。基本的には、お稽古場を訪問して、インタビューさせていただきます。その中で、奄美の徳之島のご出身のご婦人方の踊りの集まりや在日コリアンの音楽家と舞踊家の夫婦、近所のダンス部など、いろんな方やコミュニティの踊りに出会いました。そのことを通して、新しく新長田の街を知ることもできたのですが、踊りやダンスって一体何だろうという問いを逆に差し向けられるような時間が沢山ありました。
だから、劇場で上演するダンスだけではなく、もっと生きている、生活している空間の中にあるダンスなど、もっと多層に見ていけたらなと思っています。主催事業として、劇場で上演しているようなコンテンポラリーダンスの文脈をそのまま地域の方々に手渡すというようなことは容易に行わないようにしています。私たちが進めているダンスと地域の人が行っているダンスなど、いろんなダンスのあり方が対等に混在していくような場がつくれたらおもしろいんじゃないかなと思っています。

──新長田あたりはアマチュアの活動としてダンスを楽しむ人たちの層が多いですか。

大谷:多いと思いますね。(在日)コリアンも多いし、ダンス好きですし、沖縄の人もダンス好きですし、わりと踊り好きな人が多いと思います。盆踊りもまだ頑張ってますね。各校区ごとにあって。

横堀:夏は毎週どこかで盆踊りしていますね。

活動している結果が社会の課題の解決につながっていくということはあってもいいですけれども、そのためのツールになってはいけないなというのはいつも思っています

──社会の中で文化とか芸術とか舞踊といったときに、それがどういう役割を持っているでしょうか。

大谷:ある意味、何の役にも立たないという役割があると思います。いや、何かの役に立つということを前提にしてやってしまうと、絶対おもしろくないものになってしまう。本来、役に立たないものが世の中には必要だということですよね。そういう意味において、芸術文化は絶対必要だとは思いますけれども、でも、これによって社会の課題が解決できるかなんて。一応言うてますよ。言うところでは言うてますけども(笑)。でも、それは本末転倒で、活動している結果が社会の課題の解決につながっていくということはあってもいいですけれども、そのためのツールになってはいけないなというのはいつも思っています。
…… アーティストって、例えば江戸時代以前くらいの坊さんみたいなものですよね。畑を耕すわけでもないし、魚をとるわけでもないし、何かをつくるわけでもなくて、悩みごと相談して、お布施をもらって、それで生きていく。
…… 実はアートって何かを生産するわけじゃないんですよ。もちろんアートの産業化と言われますけれども。何にも生産しないけれども、要するに、社会の中のいろんな人々、例えば悩んでいる人とかが、舞台を見て、「生きててよかったな」と自殺をやめる人もいるかもしれないし。自殺を止めるためにやっているわけではないんですけれども。言ってみれば本当に個人個人が持っている悩みごととかそういうものを解決するというものだと思いますし、特にダンスも含めたコンテンポラリーなアートというのは、エンターテインメントと少し違うのは、エンターテインメントというのは観客を一つの感覚に同化していく。「ああ、よかった」と感動するというふうな方向。それは商業化しやすいですね。コマーシャルしやすいですけれども、コンテンポラリーのような実験的と言われる舞台は、要するに、観客の想像力をいかに喚起できるかということがとても大事で。それは一つの答えでなくてもいいと思うんですね。ある人はこう思って、ある人はこう思って。だから、世界に入り込んで、笑ったり、泣いたりして、「ああ、気持ちよかった」というのとは少し違う、アートであるということが世の中には必要であるという。でないと、想像力というのはどんどん衰えていくし、おそらくこれからの社会というのはイマジネーションの想像力とクリエイティブな創造力というのがもっと求められるようになる社会かなと僕は思っているので、そういう意味で言うと、アートというのはとても大事なものだと思っています。

横堀:あとはダンスというのは、自分の身体ってわかっているようですけど、よくわかっていないというか。もしかしたらこの身体の謎を突き詰めれば、宇宙の謎に答えられるかもしれないぐらいの、人間ということを一つ素材にした、表現になるものなので、何か見えないものや知らないことをもしかしたら何か見せられる力があるかもしれない。そういうふうに思います。

──大谷さんは長年舞踊に関わってきて観客の変化や観る側の変化は何か感じていますか。

大谷:その当時(40年程前)、僕は舞踏をやっていたんですけれども、やっぱり舞踏というのは当時の時代のすごい熱い波を受けていたし、新しい提示をしていたという。だから、やっぱり観客も見たら騒乱状態になるわけですね。それは一つは近代という、近代化されてきて、演劇でいうと、新劇とかできて、モダン・ダンスがあってというものに対する疑問が生まれ始めた時期だったと思うんです。そういうときに日本人の身体性、肉体性ということに着目した舞踏というジャンルのものが出てきたときに、何か本当にその当時の観客というのはもう熱狂したんですね。学生が中心だったと思いますけども、学生運動をやっている人たちもいたし、それは左翼が多かったですけれども、右翼もいてというふうな、ある意味、意識が高い観客が多かったなという。
でも僕がDANCE BOXをプロデュースしたころと今と、どう変わったのかというと、あんまり変わってないような気がします。基本的には、この20年の間では。そうですね。ただ、観客も、わからないのは、本当に何でこの人、毎回来るんやろうという人もいるしね。
…… 昔のほうがやっぱりやや理屈っぽいお客さんが多かったですね。僕ら自身もDANCE BOXを始めたころにダンスサーカスというプログラムがあると、公演終わった後に、5組のアーティストが出るんですけれども、終わった後にみんな劇場で円陣組んで、一人一人がそれぞれのダンスについてしゃべるというような熱い時間がありましたね。

例えばそういう劇場間のネットワークで一つの作品をつくるということがあってもいいかもしれないですし、一つの劇場だけがつくっては終わり、つくっては終わりということではないような、何か作品をもっと生かしていくような道というのをつくりたい

──今これが問題だとか、越えるべきハードルだと思っていることがありますか。

横堀:新長田に移ってから、ここでアーティストに滞在していただいて、作品をつくっていくというようなプログラムにシフトをしていき、ほとんどの作品が初演となります。ここでつくったものをいろんな場所で上演していけたらなと思います。ダンスのプログラムをしている劇場間のネットワークのようなものがつくれたらいいなと思いながら、なかなか着手できていません。劇場間のネットワークで一つの作品をつくるということがあってもいいかもしれないですし、一つの劇場だけがつくっては終わり、つくっては終わりということではないような、何か作品をもっと生かしていくような道というのをつくりたい、それが今やりたいと思っていることのひとつですね。
…… アーティストにしたら、つくった作品をいろんな場所で公演したいだろうとは思います。ただ、私たちの人員とネットワークとまだ足りないということもあって、なかなかそれが叶っていません。

大谷:この泥臭い新長田と新開地というような、持っている地域資源みたいなものというのはやっぱりあるので、それは少し連携させていきたいなと思っていて、キャパもここが大体100ちょっとなのが、KVAC(神戸アートビレッジセンター)※12 は200あるので。200あるのと、ギャラリーと、映画館と、リハーサル室を2つ持っている、随分立派な施設なので。何かそういう連携もしていきたいなと。遊びながらね(笑)。

横堀:あとアーカイブですね。なかなかそこまで手が回らないんですよね。VHSビデオのDVDやデータ化を進めてはいるのですが、なかなか追いついていかなくて。写真やビデオの整理と、どういった形で公開していけるようになるのか、次の世代につなげていくことができるような残し方ができるのか。
DANCE BOXのこれまで約20年間のプロダクションも含めて、次につなげていくということを進めていきたいです

大谷:引き継いでいくということをね。

※12:神戸アートビレッジセンター(通称KAVC):かつて神戸随一の興業街として栄えた新開地の再生と若手芸術家育成を主たる目的として、神戸市により1996年に開設。収容数約200席のホールの他、シアター、ギャラリー、音楽スタジオ、リハーサル室、会議室などがあり、演劇、ダンス、美術、映像、音楽等の制作・練習・発表・鑑賞・交流の場を広く提供する、神戸市で有数の文化拠点。(参照:https://www.kavc.or.jp/)

NPO法人DANCE BOX

DANCE BOXは1996年に大阪にて、コンテンポラリーダンスに携わるアーティスト・コレクティブとして設立された。2002年にNPO法人化し、大阪市と連携した劇場を開設、2007年に閉館。2009年から神戸市長田区に拠点を移し、を開設。席数120の小さな劇場を起点に様々な事業を展開。劇場の運営を主軸にしながら、アーティストの育成事業や国際交流事業、地域における教育や福祉、まちの活性化等の事業にも関わる。


©Peggy Kaplan

大谷 燠

NPO法人DANCE BOX 理事長/神戸アートビレッジセンター館長
大阪生まれ。1996年に大阪でDANCE BOXを立ち上げ、多数のコンテンポラリーダンスの公演、ワークショップをプロデュース。2009年4月、神戸に拠点を移し、「ArtTheater dB 神戸」をオープン。Asia Contemporary Dance Festivalなど国際交流事業やアートによるまちづくり事業も多数行う。2010年度国際交流基金地球市民賞。2015年度KOBE ART AWARD大賞。2017年度文化庁長官賞。


©Iwamoto Junpei

横堀 ふみ

NPO法人DANCE BOX プログラム・ディレクター
神戸・新長田在住。劇場Art Theater dB神戸を拠点に、滞在制作を経て上演する流れに重きをおいたダンスを中心としたプログラム展開を行う。同時に、アジアの様々な地域をルーツにもつ多文化が混在する新長田にて、独自のアジア展開を志向する。新長田アートマフィア一員。ON—PAM(特定非営利活動法人舞台芸術制作者オープンネットワーク)理事。

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