アーツアカデミー
アーツカウンシル東京の芸術文化事業を担う人材を育成するプログラムとして、現場調査やテーマに基づいた演習などを中心としたコース、劇場運営の現場を担うプロデューサー育成を目的とするコース等を実施します。
2021/04/01
アーツアカデミー2020 第7回レポート:芸術文化と社会の関わり方を磨く ~社会とのつながりを捉え、「接続」と「循環」を考える~[講師:大澤寅雄]
講座としての実施は最後となる今回、オンラインでの講義やグループワークにも慣れ、受講生同士の関係性も温まり、一番の盛り上がりをみせる回となりました。講師は3年連続で登壇いただいている大澤寅雄(おおさわ とらお)さんです。今回は「芸術文化と社会の関わり方を磨く ~社会とのつながりを捉え、「接続」と「循環」を考える~」というテーマで、「文化生態系」の視点をヒントに社会との関わりの更新について学んでいきます。
講師の大澤寅雄さん
第7回の講義の前に受講生には宿題が2つ出されていました。1つは、リチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子』の「ミーム―新登場の自己複製子」の章を読むこと、2つ目は自分年表の作成でした。まずは、宿題になっていた『利己的な遺伝子』のおさらいからはじまりました。リチャード・ドーキンスは『利己的な遺伝子』の中で「ミーム」という概念を提唱しています。人間は文化を持っているということが他の動物と違い、その文化を遺伝的な伝達と似た形で伝達していることを「ミーム」と定義しています。大澤さんは、「御園の花祭り」という愛知県奥三河地方の神楽が伝播して「東京花祭り」へとなった例をあげながら、文化的な遺伝というのは、遺伝子のようなものが垂直にも水平にも様々に広がって、受け取られるからいまの私たちがあるとお話しされました。
生態系の循環と文化の循環
この文化伝播を広く解釈し、文化の生態系と捉えていると大澤さん。続いて文化の生態系とはなにか説明がありました。生物における3つの多様性は、「遺伝子」「種」「生態系」とありますが、それを文化に置き換えると「表現」「分野」「環境」に分けられます。同じ曲でも指揮者によって解釈が変わりリズムや強調するところがそれぞれ違うという表現の多様性、音楽があり、演劇があり、絵画があるという分野の多様性、劇場や美術館、映画館といった環境の多様性です。また、生態系の構成要素は生産者、消費者(第1次消費者、第2次消費者…)、分解者とありますが、文化も文化施設・文化事業(生産者)、事業者・利用者(第1次消費者)、観客・参加者(第2次消費者)、市民(分解者)と当てはめることができます。つまり、文化も生態系と同じように循環が起きているはずで、小さな循環がたくさんあって拡張していくことで大きな文化の循環になるとよいとのこと。「心の有機物」を循環させて文化施設・文化事業から一番遠い市民が分解者となり吸収されるということが、文化の循環によって可能なのだと思いました。一番身近な消費者だけでなく、循環させ、伝播をさせていくことを意識すると私たちの活動の内容も変わりそうです。
いわき芸術文化交流館アリオス「アリオス・プランツ!」の様子
今までの話を踏まえて「アリオス・プランツ!」という、2008年いわき芸術文化交流館アリオスで行われたマーケティング・プロジェクトの紹介がありました。アーティストの藤浩志さん発案の「アリオス・プランツ!」は簡単に言うと市民参加による企画会議なのですが、ディスカッションを行い、市民から出たアイデアを実践しているというところが大きなポイントとなります。参加した市民は「いわきに住み、モヤモヤしている」、「アリオスに対しての第一印象は必ずしも良くない」、「異なる価値観の人との出会いと共感」という共通点があるとのこと。そんな中で東日本大震災が起こり、いわきアリオスが避難所になったことで、初めて足を運ぶという人が増え、コミュニティの場になり、市民といわきアリオスの距離が縮まったそうです。その後「アリオス・プランツ!」の復興版として「アートおどろく いわき復興モヤモヤ会議」が2011年に立ち上がり、現在も続く企画が生まれています。「アリオス・プランツ!」の特徴として、「1. 指導者がいない」、「2. 計画性がない」、「3. 何をやってもいい」、「4. 失敗してもいい」というものがあり、とにかくやってみて失敗しても次に活かそうという寛容さがあるとのこと。コロナ禍だからこそアリオス・プランツから学べることも多くあるような気がします。
続いて、グループワークに移ります。ここでは事前に出されていた宿題の自分年表についてです。1990年から2050年までの主な社会事象を書き込んだスプレッドシートに各受講生が自分年表を書き込みました。様々な世代の受講生の年表の集積は「みんなの年表」となり壮観です。その「みんなの年表」を見ながら、「他の人と共通の“ミーム”を見つけられるかな?今まで自分自身が突然変異したきっかけとなった“ミーム”はなんだったのだろう?」、「昨年を振り返って、自分にとって最も大きな環境の変化はなんだろう?もし、今年もそれが続いたら、その環境に適応するために、どのように自分自身が変化すればいいのだろう?」、「未来の文化生態系の中で、自分はどういう役割を果たすべきなのだろう?どういうミームを残すのだろう?」という3つのテーマでディスカッションが行われました。最後のグループワークとなる今回、受講生同士の関係も温まってきた中でとても盛り上がった回となりました。グループの中で同じアーティストから強い影響を受けていたことがわかったり、同じ“ミーム”を共有しているのではないかという発見や、2つの事柄が組み合わさったところに文化伝播が起こりやすいのではと話されていました。
生態系における撹乱
さいごに撹乱(こうらん)という生態系に起こる現象のお話がありました。撹乱とは、生態系を乱し、大きく変え、次世代の個体の居場所を生み出すような環境変動のことなのですが、生態系の中では撹乱の発生は必然のことなのだそう。撹乱のあとの再生によって生態系に多様性が生み出されるというお話に、文化芸術が直面したコロナ禍のこの状況も、多様性へ向かう前進なのではないかと希望を感じることができました。
新型コロナウイルスの影響によって、大きなダメージをうけた芸術文化業界でしたが、生態系の概念が文化芸術にリンクするときに、今まで感じていた閉塞感の打開策を得られた感覚になりました。次回はいよいよ、受講生渾身の課題解決戦略レポートの最終発表会です。お楽しみに。
講師プロフィール
大澤寅雄(おおさわ とらお)
(株)ニッセイ基礎研究所芸術文化プロジェクト室主任研究員、NPO法人アートNPOリンク理事長、NPO法人STスポット横浜監事、九州大学ソーシャルアートラボ・アドバイザー。2003年文化庁新進芸術家海外留学制度により、アメリカ・シアトル近郊で劇場運営の研修を行う。帰国後、NPO法人STスポット横浜の理事および事務局長を経て現職。共著=『これからのアートマネジメント“ソーシャル・シェア”への道』『文化からの復興 市民と震災といわきアリオスと』『文化政策の現在3 文化政策の展望』『ソーシャルアートラボ 地域と社会をひらく』。
執筆:アーツアカデミー広報担当 山崎奈玲子(やまざき・なおこ)
運営:特定非営利活動法人舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)