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アーツカウンシル東京ブログ

アーツカウンシル東京のスタッフや外部ライターなど様々な視点から、多様な事業を展開しているアーツカウンシル東京の姿をお届けします。

アーツアカデミー

アーツカウンシル東京の芸術文化事業を担う人材を育成するプログラムとして、現場調査やテーマに基づいた演習などを中心としたコース、劇場運営の現場を担うプロデューサー育成を目的とするコース等を実施します。

2022/03/30

アーツアカデミー2021「芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座」第9回レポート:課題解決戦略レポートの最終発表会

東京ではめずらしく雪の降る2月10日、アーツアカデミー2021は最終日を迎えました。9月に始まった講座は、新型コロナウイルスの影響で前年に引き続きすべてオンライン開催でしたが、それゆえに全国各地から受講者16名が集まることができました。芸術文化だけでなく社会全体が先の見えない状況が続くなか、それぞれが自分の足元の切実な課題を抱えて講座に参加していたように思います。この5か月、様々な講師による8回のレクチャーを受け、各々の課題を見つめてきた受講生達。その集大成として、自身の課題の解決や目標を達成するための具体的な実装方法を提案する「課題解決戦略レポート」を作成し、発表します。

受講生・講師・スタッフ・ゲスト聴講者らによる集合写真

受講生の戦略レポート、その現在地から見る未来

発表は1人につき5分。視聴している人はリアルタイムでZoomのチャット欄にコメントを書き込めます。即時性のある反応が可視化されるのは、オンラインならではです。発表が終わるたびに、一人ひとりに、アドバイザー/ファシリテーターの小川智紀(おがわ とものり)さんと若林朋子(わかばやし ともこ)さんからフィードバックが行われます。また、ゲスト聴講者として、アーツアーツカウンシル東京のプログラムオフィサーや職員、これまでレクチャーしてくださったゲスト講師、過去のアーツアカデミーの修了生、その他文化関係者の方々も画面の前に集ってくださいました。

この日、発表した受講生の戦略レポートのタイトルは以下のとおりです(発表順)。

  • 神保治暉さん(演劇作家/演出家/拡大するアートチーム「エリア51」代表)『エリア51と持続発展への2つの航路』
  • 永田直子さん(公益財団法人岡山文化芸術創造 岡山芸術創造劇場 事業グループ 制作・学芸担当)『芸術と福祉のまざりで起こる相互作用への妄想、その企み ー新しい創造の場・岡山芸術創造劇場でこれから起こることー』
  • 端野(松谷)真佐子さん(「文化芸術×共生社会プロジェクト」実行委員会 事務員)『共生社会の実現に向けた文化芸術活動の中間支援について検討する』
  • 三富章恵さん(NPO法人アーツセンターあきた 事務局長)『アートNPOが持続可能な組織でありつづけるために』
  • 鳥井由美子さん(舞台制作者/「わが街の小劇場」劇場主)『人々の暮らしも芸術活動も、等しく大切にされる環境を作りたい』
  • 歌川達人さん(映画監督/一般社団法人Japanese Film Project)『映画界の労働環境&ジェンダー格差の改善に向けたブループリント』
  • 石崎竜史さん(20歳の国主宰。脚本家。演出家。俳優)『やっちゃえ、演劇。~「みる」演劇から「やる」演劇へ~』
  • 松浦正和さん(可児市文化創造センターala 顧客コミュニケーション室)『文化芸術を活用した社会的処方パート1 生きづらさを感じている子どもたちへ「体験」と「人とのつながり」を ~個性を活かせる居場所づくりを目指して~』
  • 高山健太郎さん(株式会社artness代表取締役/アートプロデューサー/キュレーター)『日本唯一のアートの仕事に特化した就職フェア「ART JOB FAIR」 ―文化芸術活動の創造環境を支える雇用・人材育成の課題解決を図るー』
  • 貴田雄介さん(熊本県立劇場 舞台技術グループ)『自分が感じるモヤモヤを言語化して他者と共有することの可能性 これからの劇場の役割、組織内のコミュニケーションについての私見』
  • 関口智子さん(編集、ディレクション/omusubi不動産 企画・広報チーム マネージャー/松戸市「科学と芸術の丘」ディレクター)『まちは誰のものか。文化芸術と民官学協働のまちづくり』
  • 岡田庸子さん(公益財団法人岡山文化芸術創造 岡山芸術創造劇場 事業グループ 営業・広報担当)『劇場開館にむけての広報 ~その先に、アーティストと住民がゆるやかにつながる社会を見据えて~』
  • 平松隆之さん(株式会社うりんこ 公演事業部長/名古屋学生演劇祭アドバイザー/日本学生演劇プラットフォーム理事)『全ての地域の学生演劇にスポットライトを!-挑戦するものが応援される社会に- -日本学生演劇プラットフォームの再組織化に向けて-』
  • 河野遥さん(舞台制作者)『クリエイションの現場に携わる制作者のミッションとは何か 〜看過されてきた課題に目を向け、新たなクリエイションの価値を創造する〜』

※岡崎未侑さん、近藤未佳さんは欠席

過去講座で得たヒントを、自分の言葉で消化する

「一歩踏み出せるように、可能性に光を当てられる場にしたい」という若林さんの前向きな言葉で始まった発表会。受講生のほとんどはパワーポイントで資料を作成し、限られた5分という時間のなかで密度の濃い発表を行いました。

鳥井さんは、那覇で劇場主として活動する現状を踏まえ「地域に住む人々のことも芸術活動と同じように大事にしたい」と、近隣の“あなた”にこそ応援してほしいというメッセージを伝えられないかと思案しました。その地域ならではの劇場をめぐる環境や人間関係に丁寧に目を向けており、街の空気を感じられる発表でした。アドバイザーの小川さんは「劇場が街にはみ出していくという感覚は、神保さんや関口さんの意識していることにも近い」と言い、受講生間の共通の“ミーム”が感じられます。
高山さんは、アート業界の就職フェア『ART JOB FAIR』(アートジョブフェア)を立案。講座を通して、アートの現場の雇用や就業、人材のキャリア形成等の課題の重要性を実感し、雇用者・求職者・イベントプログラム・会場を想定し、持続的に運営するための仕組みづくりなどの計画を立てました。レポートはそのまま具体的なプロジェクトの企画書となっており、NPOや芸術祭等を運営しているほかの受講生から「出展したい」というコメントも寄せられました。

各自の発表において印象的だったことは、ほぼすべての方がこれまでの講座で学んだことを活かして自身の戦略を構想していたことです。神保さんは第2回講座を参考に、自身のアートチーム「エリア51」の仲間たちで「エコノミック、ソーシャル、ライフ」のアンケートを取った結果を課題の見直しに活用していました。歌川さんは第3回講座で説明のあったエコシステムー文化生態系ーが参考になったと言い「学んだことがダイレクトに結びついている」とコメント。石崎さんは広報についての第5回講座を活かしてレポートタイトルをつけました。第7回講座をもとに、永田さんはシステムマップを制作し、松浦さんは考えた事業フレームをアウトカムとして紹介しました。また、平松さんは講座で紹介された書籍を購入し、課題解決提案のアイデアの参考にしたそうです。各発表のなかで「講座のどんなところが参考になったか」を明確化することは、自身の考え方の根拠として、発表内容に説得力を持たせていました。

フィードバックでも、小川さんは広報(第5回)や評価(第7回)などを振り返りながら、受講生のレポートを読み解きます。また若林さんは『戦略』『提案』『レポート』の3つのポイントについて、それぞれどうだったかと良い点・改善点に触れ、この先どうしたらいいかと具体的なアドバイスを行いました。
その間、チャット欄では随時「どういうところが面白かったか」などの感想や「こんなこともできるのでは」といったアイデアが書き込まれていきます。また、参考となりそうな関連リンクも共有され、活発に意見交換が行われました。

アドバイザー/ファシリテーターの小川智紀さんと若林朋子さん

オンラインで地域を越えたネットワークを

約3時間、視聴していたゲスト講師の方からは「(それぞれの課題と発表に)切実さがある」「自分達なりに悩みを消化していっている」と感想が寄せられました。また、この日初めてアーツアカデミーに参加したゲスト視聴者からは「ずっとオンラインでの開催だったのに、ここまで互いにコミュニケーションがとれるんですね」と驚きの声があがりました。他にも受講生同士のネットワークの大切さに触れるゲスト視聴者が複数名おり、昨年の修了生の一人からは、オンライン開催により講座中は直接会えなかったけれど、講座終了後にお互いの活動に協力しているエピソードなども紹介されました。

画面越しに修了証書が授与されました

最後に、一人ずつ修了証書のオンライン授与式が行われた後、主催であるアーツカウンシル東京の玉虫美香子企画助成課長から、発表会全体を終えてのコメントがありました。「発表は多彩な切り口の幅広い内容でしたが、共通している点も感じました。それは、‟人から考える”ということです。発表のなかで、‟映画界ではなく映画人” “劇場フレームを取り外して子供たちファースト(で考える)”‟市民とは誰のこと?”という言葉や、 ‟企画から人が離れてしまっている”という問題意識も語られました。制度や組織ではなく、人を原点に自分の仕事やプロジェクトを見つめ直す、そのような感性と思考にこれからの可能性を強く感じました。ここで生まれたネットワークが今後の皆さんの活動につながっていくことを心より願っています」と語りました。
コロナ禍以前はほぼ関東圏の受講生だった本講座も、オンライン開催により、沖縄から秋田まで全国からの参加がありました。受講生は、この5か月の講座を通じて、他の地域の受講生の活動状況や直面している問題を知り、自らと共通の課題を見出すとともに、各地域に固有の背景や切実な課題があることも実感していました。各地域の問題が交わることで刺激が生まれ、それを自分事として課題解決に還元している様子も伺えました。また、全員が講座初日に比べて課題や提案がはるかに具体的になっており、それぞれが学んだことを咀嚼していることがわかります。ここで明確化された課題解決案が土台となり、講座でうまれたネットワークを活用しながら、未来への一歩を踏み出せることを願っています。講座各回の様子と受講生のレポートをまとめた報告書&レポート集は2022年4月に完成、公開予定です。

執筆:河野桃子(かわの・ももこ)
運営:特定非営利活動法人舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)

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