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アーツカウンシル東京ブログ

アーツカウンシル東京のスタッフや外部ライターなど様々な視点から、多様な事業を展開しているアーツカウンシル東京の姿をお届けします。

東京芸術文化創造発信助成【長期助成】活動報告会

アーツカウンシル東京では平成25年度より長期間の活動に対して最長3年間助成するプログラム「東京芸術文化創造発信助成【長期助成】」を実施しています。ここでは、助成対象活動を終了した団体による活動報告会をレポートします。

2023/05/17

第14回「ろうの映画芸術 - ろう者主導の団体が創る新しい共生社会」(後編)

友人たちとゼロから映画祭を立ち上げた2017年以来、数多くの観客やメディアから注目を集めている東京国際ろう映画祭。国内外のろうにまつわる作品をろう者スタッフがセレクトして上映する映画祭は日本で初。その始まりのきっかけや作品選定の基準、運営方法、3年間の助成を受けた活動実績を報告した前編に続き、後編では、映画祭が生んだ成果について振り返っていただきました。

第14回「ろうの映画芸術 - ろう者主導の団体が創る新しい共生社会」(前編)はこちら


登壇者(左から):湯山洋子、牧原依里  撮影:松本和幸

社会への影響

国内外の作品の上映や海外ゲストの招聘、世界各国の手話や音声言語、文字情報に対応した情報アクセシビリティの充実など、より多くの人たちが楽しめる場をつくってきた東京国際ろう映画祭。ろう者の社会や芸術の発展に寄与するとともに、聴者とろう者の相互理解の場を創出するために始まったその活動は、第1回、第2回の映画祭開催を経てメディアで取り上げられる機会が非常に増えたという。

「TBSやNHKといったテレビ番組や新聞各紙、WEB媒体のほかにも、例えば熱心な映画ファンの皆さんに人気のTBSラジオ・アフター6ジャンクションという番組に3回ほど出演し、ろうにまつわる映画などについて語る機会をいただけました。初めは『ろう者がラジオに出演?』と思いましたが、やってみたら意外と面白かったです。放送後に文字起こしした記事も公式サイトにアップされました」(牧原)

「ラジオでは手話は映らないため音声のみの配信となります。生放送ということもあり手話通訳は大変だったと思いますが、私もラジオはとても楽しかったです」(湯山)

日本の映画制作者への影響

2022年に第79回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に選出された『LOVE LIFE』(監督:深田晃司/2022年/日本・フランス)では、ろう者の俳優・砂田アトムがメインキャストとして出演。牧原も協力者として関わった。

「2018年に深田晃司監督がろう者向けの映画ワークショップを引き受けてくれたことから、東京国際ろう映画祭と深田監督の関係は続いています。『LOVE LIFE』ではろう者役にろうの俳優がキャスティングされています。こうしたケースは非常に稀で、ほとんどの映画やドラマではろう者の役を聴者が演じています。東京国際ろう映画祭が深田監督に与えた影響もあるでしょうし、また深田監督のお話から私たちが学ぶこともとても多くあります。映画界の労働問題や雇用機会均等に向けた深田監督の取り組みなど、私たちも考えていかなければいけないことはたくさんあります。そして深田監督との出会いと同様に、映画関係者との繋がりから私たちの活動は広がっています」(牧原)

「第3回開催のとき、アメリカのコーダ・コミュニティを撮影したドキュメンタリー映画『私だけ聴こえる』(2022 年/⽇本) を先行上映した松井⾄監督とのアフタートークがありました。映画は2022 年に全国各地の劇場で公開され、映画祭のご縁から私が啓発活動しているコーダ子育て支援事業がまとめたパンフレット「コーダとは?」を松井監督が各地でご紹介くださいました。日本のコーダたちにスポットライトを当ててもらい、広がりを実感しております」(湯山)

ろう社会への影響

聴者への影響に加えて、これまでの上映作品では、アメリカのジョシュ・アロンソン監督によるドキュメンタリー映画『音のない世界で』(1999年/アメリカ)、『音のない世界で—6年後—』(2007年/アメリカ)など日本のろう社会で議論を引き起こしたものも数多くあったと振り返る。

「『音のない世界で』は、家族全員がろう者であるデフファミリーの娘が人工内耳をつけてみたいけれど、両親は躊躇しているという状況の中で、最終的に人工内耳はいらないというエンディングが描かれました。ただ、その続編となる『音のない世界で—6年後—』では、父親以外の家族全員が人工内耳を装用したのです。それも人工内耳の会社が助成を行ったということでした。私がアメリカの大学にいた頃はちょうど『音のない世界で』を通して人工内耳の是非について活発な議論がされ、論文も多数書かれていた時期でした。日本に帰国した後、しばらくして続編がつくられ、その作品では人工内耳が当たり前のように広まっている様子が描かれていることを聞いてとても驚きました。そのことを牧原さんにお話ししたところ、第2回の映画祭で取り上げることになりました。ろう者もそれぞれ個性があり多様な価値観があるので、聴者に近づきたい人もいれば、ろう者はろう者でありのままで良いという人もいます。価値観は時代と共に変化していきます。こういった現状があることを日本のろう社会に投げかける必要があると思いました。ただ、東京ろう映画祭実行委員会が人工内耳装用を肯定する立場ではなく、中立であることを示すために、上映後にろう者でもある宮城教育大学教授の松﨑丈先生による解説を実施することにしました。単に映画を発信するだけではなく、発信したその意図をきちんと観客と共有することが重要だと思いました」(湯山)

「当日はろう学校の先生やろうの子供を持つ親たちがたくさん来場され、皆さん映画に対してとても衝撃を受けていたようでした。もし松﨑先生による解説がなければ、納得いかない怒りを抱えたまま帰ることになったかもしれないと吐露された方々もいらっしゃいました。聴者にとっては人工内耳を装用した方が人生が充実すると思うかもしれませんが、ろう社会の中ではろうコミュニティの消滅に繋がりかねない深刻な問題となっています。作品をご覧いただくということは、すなわち鑑賞者一人一人に様々な影響を与える可能性を考えなければいけないということです。非常に重い責任を伴うと感じています」(牧原)

そのほかにも、『オーディズムについて対話しよう』(監督 ベン・バハン、H.ダークセン・バウマン、ファクンド・モンテネグロ/2008年/アメリカ)という聴力至上主義を扱った一作も物議を醸したという。聞こえることが当たり前、聞こえないということは劣っているという考えをもとに口話教育が始められてきた歴史。そして現代において、どこからどこまでをオーディズムと位置付けることができるのか。映画祭のろう者スタッフ同士も意見を交わしながら運営を進めていると語られた。

『音のない世界で—6年後—』(監督:ジョシュ・アロンソン/2006年/アメリカ)

© 2006 Josh Aronson

個人の活動の広がり

これまでの実績を経て、牧原、湯山らの個人での活動の幅も拡大した。

「私が東京国際ろう映画祭を始めたのは、もっといろいろなろう者の作品を自分自身が見てみたい、という思いからだったので、ここまで大きな変化や影響が起きていることに自分でも驚いています」(牧原)

牧原は、ろう者、難聴者の表象に関する活動と啓蒙の広がりを例としてあげ、文化庁の委託事業であり社会福祉法人トット基金日本ろう者劇団による「育成×手話×芸術プロジェクト」のもと、ろう者、難聴者の俳優の人材育成「デフアクターズ・コース」の企画者の1人として立ち上げに参加した。湯山は、海外渉外・コーダ子育て支援事業を強化する傍ら、海外との通訳、コーディネートの情報提供のほか、アメリカで施行されているADA法(障害を持つアメリカ人法)についての発信や、法律の改正によってろう者の権利や活動の幅が広がっていくことなどを各地で話す機会が増えた。

長期助成によるろうの芸術の加速化と情報保障

3年間の長期助成は「ろうの芸術が社会に浸透していくための加速化という点で大きな成果があった」と牧原は振り返る。これまでに報告した海外のろう映画祭・ろうの制作者とのネットワーキング、人材育成の基盤づくり、情報アクセシビリティの充実は助成があったからこそ実現できたことであり、そして第一部でも説明があったように助成金が役に立ったことの1つはろう者と聴者を繋ぐ手話通訳費に充てられたことだと言葉を重ねた。

「3年間の助成対象事業では、手話通訳費だけで数百万円の経費になります。スタッフ同士のコミュニケーションや観客の皆さんとの対話だけでなく、そもそも一人一人が対等に情報を得るために情報保障が必要なんです。そこまでお金をかけることはないと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、私たちの場合は聴者の世界とつながるためにはまず情報保障費を考慮しなければいけません。助成金があったからこそ手話通訳を依頼することができました。アーツカウンシル東京の助成金には現在『芸術文化による社会支援助成』というものがあり、申請できる金額が増えたので、ろう者、聴者が共同で芸術活動をしたい、情報保障をつけたいと考えている皆さんはぜひ活用してほしいです」(牧原)

第2回東京国際ろう映画祭の様子 提供:東京ろう映画祭実行委員会

今後の課題「繋げる人」「つくる人」

今後の課題には「繋げる人」「つくる人」のステップアップと人材育成があげられた。「繋げる人」は主に海外渉外に関わる交渉、通訳、翻訳、字幕制作などを担当する人材である。

「まずろう者、聴者に関わらず、ろう文化、ろう教育、ろう者に対する今の社会の状況を把握していること、そして海外との文化の違い、異なる言語でのコミュニケーションを学んでいることが重要になってきます。国際手話通訳もそうですし、英文に翻訳を行う際にも、『ろう者』『聴覚障害者』『難聴者』『耳が聞こえない人』といった言葉をどう適切に使用するのか。『唖』『つんぼ』『聾唖』といった古い用語もあります。単語ひとつをとっても文化や時代背景を考慮する必要がでてくるため、誰にでもすぐにできるというわけではありません」(湯山)

「英語では、『Deaf』という表記のDが大文字か小文字かで意味が異なってくるということもあります。アメリカでは大文字のDは『ろうアイデンティティを持つろう者』、小文字のdは『一般的に聞こえない人』という意味で使われるそうです。ですから、この作品に合うのはどちらなのかという議論を度々しました。今は社会の状況が変わって区別なく全て小文字のdに統一するという流れもあるそうです。そういった海外の状況を敏感に察知して、字幕制作者とも共有していくことが重要になってきます。また、ろう者や手話に関する知識が全くない聴者の日英通訳者や翻訳者は『ろう者』を英語でどのように訳しているのかな、と思うときがあります。ろう当事者のアイデンティティに関わる部分のため、日本の通訳者や翻訳者はこれらに対する意識をアップデートする必要がありますし、私たちも発信していく必要があると感じています」(牧原)

「つくる人」については、まず映画祭の活動を後継できる人材を育てていきたいと語る。

「映画祭の運営を行うためには、ろう者の芸術だけではなく、聴者の芸術にも関心を持ち、様々な世界の芸術に触れ合っていくことが大事です。その上で、ろう者にも幼いころから文化・芸術に接する機会が増えていってほしいと願っています。これまでの東京国際ろう映画祭では、幾つかのろう学校から依頼があり、上映会や映画制作ワークショップを行う機会がありました。東京国際ろう映画祭で作品を鑑賞した保護者や教職員の皆さんが私たちとろう学校を繋げてくれたのです。今後も、ろうの学生たちに向けたアプローチを行っていきたいと思っています」(牧原)

また、日本を含めたアジアにおける、ろうの映画制作者の育成も課題として挙げている。

「各国でのろう者、難聴者に対する理解やその人が置かれている環境とも関係してくるのですが、これまでの傾向として、東京国際ろう映画祭で作品公募を行うと、ヨーロッパやアメリカが多くの割合を占めます。情報保障などの問題もあり、強度のある映画をつくることができる人は日本を含めてアジアの制作者はまだまだ少ないように思います。ただ、中国ではろう者たちが映像をつくる環境が整ってきています。これからさらに発展していくかもしれません」(牧原)

今後の展開「映画祭の拡張」「法人化」

東京ろう映画祭実行委員会は、初めは映画祭をやりたいというろう者が集まってできた小さな団体であった。それが段々と大きくなっていくうちに、取り巻く社会の状況も移り変わる中、聴者もろう者も一緒に何かをやりたいという考えを持つ人が増えていった。聴者とろう者の相互理解の場の創出を目的のひとつとして始まった映画祭は、次なるステージへと進んでいく。

「今後は映画に加えて舞台芸術、またマルシェを取り入れたろう芸術祭にしていきたいと考えています。フランスには、2002年から2年に1回開催する国際ろう芸術祭『クランドイユ』というものがあります。そこには世界中からろう者のパフォーマーが集まり、マルシェが立ち並びます。私も参加しましたが、各国のろう者たちが国境を越えてその場を共有していることに驚きを覚えたとともに、深く心を動かされました。そのような芸術祭を日本でも開催して、ろうの芸術を共有していく場をつくれるように進めています。それから、東京ろう映画祭実行委員会は今までは任意団体でしたが、一般社団法人の法人格を先日取得して、日本ろう芸術協会という名称になりました。芸術活動を行う聴者とろう者の社会を繋ぐ窓口になるような団体がこれまでになく、テレビ、映画、舞台などを含む芸能、芸術関係者がろう者にアクセスしたくてもどのようにすれば良いのか分からないという状況を改善する必要があると思いました。ろう芸術祭の開催も含めて、ろう者、難聴者と聴者たちに芸術に関する情報を発信、共有し、より多くの人たちが繋がる機会を増やしていく仲介窓口を目指したいと思っています」(牧原)

報告会会場風景 撮影:松本和幸

質疑応答

最後に、アーツカウンシル東京の碓井千鶴から、今後の東京ろう映画祭実行委員会のスタッフの人材育成について質問が投げかけられた。「映画祭のメンバーはろう者が70~80%、聴者が20~30%ということでしたが、現在のスタッフはどのようにして集まった方なのでしょうか? また、人材育成に意識を置かれていることがあげられていましたが、今後、映画祭のスタッフや映画祭での通訳者の人材育成についてお考えのことがあれば教えてください」

牧原:映画祭スタッフの募集については、事務局メンバーの中でも様々な意見があります。現在はボランティアとして参加してくださるスタッフが多く、もちろんやりたいという意欲のある人は歓迎します。ただ、映画祭は人間関係が重要です。何かやりたいという連絡をいただいたときは、まず映画祭当⽇のお⼿伝いをお願いし、こちらの状況を分かってもらうという方法をとることが多いです。また、今まで私が一緒に仕事をしてきた友人・知人などに声をかけてスタッフになってもらっているということもあります。人材育成ということを考えた場合、今後はもっと募集をオープンにした方が良いのではないのかという議論もありますが、その結果組織が崩れる可能性もありますので、慎重さも大事だと思っています。

手話通訳を行う人の選択も悩ましいところです。育成の一環として若い通訳者に依頼するか、内容を充分に伝えるためにベテランに依頼するか、いつも議論になります。本日の報告会でもお話したデフジョークなどはろう文化の学習が必要で、すぐに分かりやすく通訳できるものではありません。本日通訳してくれている2人にもいつも感謝しています。手話を勉強中という人からボランティアの問合せをいただいた場合、まず映画祭当日に聴者のお客さんが来たときのサポートをお願いするなど、どういった仕事ができるのかを一緒に考えながら参加してもらうようにしています。また、アメリカ手話通訳の人選に関しては、アメリカ手話ができて通訳の経験もある湯山さんに意見を伺うという方法をとっています。そもそも「アメリカ手話通訳士」ならびに「国際手話通訳士」という資格があるわけではないので、映画祭では来場者のアンケートを参考にして通訳者の選出を行っています。ヨーロッパは近接する国や地域との交流が盛んなため国際手話通訳ができる人が多いのですが、日本は島国であることが影響しているのか、人材がなかなかいない状況です。ただ、新型コロナウイルス感染拡大の影響からSNSで国際手話の動画を投稿する人が最近は多くなっているため、国際手話を使い始めている若いろう者たちが増えてきているように思います。育成という観点でいうと今のところこれだという方法は見つかっていませんが、若い人たちと一緒にこれから誰かの前例となれるような方法をつくっていけたらと思っています。

そして、最近映画やテレビドラマで手話やろう者が取り上げられる機会が増えています。今はまだどの作品も聴者が中心となって制作されていますが、ろう者や難聴者がスタッフや俳優として参加している環境が早く当たり前になってほしいと願っています。聴者とろう者が共に制作することで、お互いに新しい発見や表現と出会えるはずです。

プロジェクト概要:https://www.artscouncil-tokyo.jp/ja/what-we-do/support/program/31335/

(構成・文:大久保渉)


東京ろう映画祭実行委員会
ろうにまつわる作品をろう者視点でセレクトする東京国際ろう映画祭を2017年より渋谷ユーロ・ライブにて隔年開催している。中編・長編を中心とした作品を多くのろう者や聴者たちに届けることで、ろう者の社会や芸術の発展に寄与し、ろう者や聴者の相互理解の場を創出することを目的とする。
https://tidff.tokyo/

牧原依里(まきはら・えり)
映画作家、東京国際ろう映画祭代表。ろう者の「音楽」をテーマにしたアート・ドキュメンタリー映画『LISTEN リッスン』(2016)を雫境(DAKEI)と共同監督。最新作は『田中家』(2021)。2017年、東京ろう映画祭を立ち上げる。その他、仏映画『ヴァンサンへの手紙』(2015)の配給宣伝や「育成×手話×芸術プロジェクト」など、ろう・難聴当事者の人材育成とろう者と聴者が集う場のコミュニティづくりに努めている。

湯山洋子(ゆやま・ようこ)
ろう通訳者、東京国際ろう映画祭海外渉外担当。ワシントン大学シアトル校、環境学の学士号を取得。帰国後、ろう通訳を務める傍ら、10年間日本IBM株式会社で勤務し、現在、株式会社OSBSのWPグループでCODA(聞こえない親を持つ聞こえる子供)を持つ聞こえない親へのコーダ子育て情報の提供と社会啓発活動に取り組み中。

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