ACT取材ノート
東京都内各所でアーツカウンシル東京が展開する美術や音楽、演劇、伝統文化、地域アートプロジェクト、シンポジウムなど様々なプログラムのレポートをお届けします。
2024/02/26
イノベーターたちの創造・共創を刺激する2つのワークショップ in「Art as Catalystー創造性を触発するアーティストたち」 (12月15日/16日/17日|SusHi Tech Square 1F Space)
2022年10月に渋谷にオープンし、アートとデジタルテクノロジーの活用を通じて、人々の創造性を社会に発揮するための拠点として活動をスタートした「シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]」。クリエイティブ×テクノロジーで東京をより良い都市に変えることを目指し、さまざまなプログラムに取り組んでいる。その活動を国内外に広く発信し、理解を深めていただくことを求めて、オーストリアのリンツ市を拠点に活動する文化機関「アルスエレクトロニカ(Ars Electronica)」との事業連携のもと、初のPOP-UP展示「Art as Catalystー創造性を触発するアーティストたち」が開かれました。
作業に没頭する子どもたち
有楽町駅前の「SusHi Tech Square 1F Space」を会場に、2023年12月15日〜24日のイベント期間中、エキシビション、ワークショップ、トークセッションの3つのプログラムが、来場者のクリエイティビティを刺激する仕掛けとなり、新たなイノベーションの種をもたらしました。本展は、CCBTとアルスエレクトロニカがパートナーとして今後様々なアート×イノベーションの探求を進めていく上でのまさに出発点ともいえるイベントでしょう。
今回はプログラムのうち、会期中に開催された2つのワークショップの様子をレポートします。
本展「Art as Catalystー創造性を触発するアーティストたち」は、CCBTと、アルスエレクトロニカとの事業連携ということで、日常の拠点である渋谷では出会えない人々との偶発的な出会いが期待されました。主要なターゲットとして想定されたのが、東京の未来のクリエイティブを担っていくであろうイノベーターたち。会場となった「SusHi Tech Square」は有楽町駅前とあって、平日には1階の展示エリアに仕事の合間や仕事帰りのビジネスパーソンの姿が多く見られました。さらに会場2階にはスタートアップの活動とイノベーター同士の交流の拠点として活用されている「Tokyo Innovation Base」があり、ワークショップやトークセッションといったプログラムで若手イノベーターたちのインスピレーションを刺激する狙いもありました。
そうした背景のもと、本展開催期間中には2つのワークショップが実施されました。ひとつは高校生以上向けのイノベーター・ワークショップ「Bridge2040」、もうひとつは小学校3年生〜6年生までを対象としたものづくりワークショップ「アナログゲームを作ってあそぼう」です。
未来の物語を紡ぐイノベーター・ワークショップ「Bridge2040」
2023年12月15日夜、ファシリテーターにデニス・ヒルテンフェルダーさん(アルスエレクトロニカ・フューチャーラボ リサーチャー)と久納鏡子さん(アルスエレクトロニカ・アンバサダー)を迎え、会場には17名の参加者が集まりました。
3人組または4人組でテーブルを囲む参加者たち
「Bridge2040」は、デニスさんを含むアルスエレクトロニカ・フューチャーラボのメンバーが中心となり、2023年に開発・リリースされた対話型のカードゲームです。プレイヤーは3人〜4人が1グループになって、2040年に生きる様々な登場人物になりきり、彼らの社会、経済、テクノロジー、都市計画、気候変動、健康などに関する物語を想像して語り合います。
順番に緑の人物カードから1枚、ピンクのメタカードを1枚引いた後、オレンジのファクト&クリエイティビティカードをそれぞれが1枚ずつ引いて書かれた内容をつなげて物語を紡いでいく
異なる世代間の直線的な対話から、異なる関心事を持つ人々を巻き込んだ円環的な対話へ
デニス「開発当初は8歳から14歳の子どもたちと65歳以上の高齢者といった異なる2つの世代のコミュニケーションを助けるツールとしてリリースしたのですが、試行を重ねるうちに対話の中から生まれる物語の意外性や創造性に当初の目的以上の可能性を感じ始めていたんです。今回東京で初めてCCBTとアルスエレクトロニカのコラボレーションを実践するにあたって、「Bridge2040」はイノベーターを刺激するようなワークショップとしてぴったりだと思いました」
「当初これらの世代をターゲットにしたのは、未来に関する公の議論で置き去りにされる可能性があると考えたから。両者がつながることで、お互いから学び合うきっかけをつくりたかった」と、デニスさん
世代にかかわらず様々なバックグラウンドや異なる関心を持つ人々がゲームを通して未来の生活を想像しディスカッションを行うことで、気づきやイノベーションが生まれるきっかけになるのではないか、ということで、「Bridge2040」は起業家養成講座や企業研修といったビジネス・イノベーション領域からの注目も高まっています。そうした動きに先駆けたパイロット版として、今回いち早くイノベーター・ワークショップ「Bridge2040」が東京で実施される運びとなりました。
イノベーター・ワークショップとしての「Bridge2040」は参加者にとってもアーティストにとっても初めてのチャレンジ!
実は「Bridge2040」がアルスエレクトロニカの本拠地・オーストリア以外の国でプレーされるのは今回が初めて。対象プレイヤーがイノベーターとなったこと、そして実施場所が東京になったことで、今回のために制作された日本語版ではドイツ語版をベースにアルスエレクトロニカチームが提案したアイディアにCCBTチームがフィードバックを加え、新しいカードを増やしたりフィットしないカードを外したりとブラッシュアップが施されたそう。
日本語版は世界で2番目。次いで英語版のリリースも予定されている
単なるローカライズにとどまらず、世代間ギャップを意識した直線的な対話でもなく、プレイヤー個人の多種多様なバックグラウンドを引き出し、様々な角度から円環的にアイディアが投げ込まれていくような形に進化しました。
思いがけないカードがもたらすリアルを超えたひらめき
当日の参加者は、ゲームを専門に研究に取り組んでいる大学院生や、百貨店でVRの開発に携わっている人、たまたま近くを通りかかって参加を決めた人、子どもの送り迎えの間のひとり時間に誰かと話したい!とやってきた人など、参加の動機も普段の生活スタイルも様々。初めましての自己紹介からスタートして、物語の主人公を決め、その後順番に社会背景や未来の課題、サービス、プロダクトなどが書かれたカードを引きながらどんどん物語を重ねて紡いでいきます。
まず最初は人物カードで主人公を決めるところから
実際にプレイしてみると、一見つながりの見えないカードを引いたことにより、現代の常識や既存のプロダクトやサービスの枠を逸脱するアイディアが生まれる面白さがありました。アルスエレクトロニカに関連するアート作品や、現時点では想像の域を出ない画期的なアイディアなどが示されたファクト&クリエイティビティカードから着想を得て、リアルに捉われない自由な提案やまだ見ぬ生活スタイルが当たり前になった世界を想像し、プレイヤー同士で様々な未来を論議することができました。
チームで意見交換しながら物語を紡いでいく
一方で物語の主人公の性質から物語のつながりを想像しやすいカードが続くと、ありきたりな物語に収束してしまい未来を予感させる要素へのアイディアの飛躍が難しいもどかしさがありました。リアリティが強まる分、現代社会が抱える課題意識はかえって浮き彫りになったように感じます。今直面している課題を未来の社会のためにどのように解決していくべきか、どのような視点で議論を進めていくと良いのかについて、それぞれの意見や立場を共有し合いました。
それぞれのチームが紡いだ未来の物語をみんなで共有
イマジネーションだけでなく聴く力、語る力、なりきる力、考える力を総動員して未来の私たちの暮らしを思い描く「Bridge2040」のワークショップ。ここで紡がれる物語に正解はありません。人を変え、場所を変え、組み合わせを変えて、1つとして同じ物語にはなり得ない無限の可能性こそ、私たちがこれから向かっていく未来そのものなのです。
「一緒にディスカッションして未来を描いていくためのツールが「Bridge2040」。みんなで一緒に考える、対話する、意見を交換するということを続けていきたい」と、デニスさん
正解のない“あそび”を作る楽しさ「アナログゲームを作ってあそぼう」
あそび大学が企画・実施する子ども向けワークショップが2023年12月16日・17日の週末2日間にわたって実施されました。SusHi Tech Square 1F Spaceは平日とは打って変わった様子で親子連れで賑わいを見せ、会場を駆け回る子どもたちの楽しそうな声で溢れていました。
大人の眼差しから解放された、子どもたちだけの自由なあそびを求めて
「子どもたちが自由に過ごせるあそび場をつくりたい」という思いから立ち上がった「あそび大学」は、千葉大学墨田サテライトキャンパス構内に活動の拠点を置き、墨田区の町工場や地域の方々から提供してもらった素材を使って、子どもたちが自由にあそべる環境を提供しています。ワークショップのインストラクターはヒロさんとマユミさん、そして子どもたちのあそびを見守ってくれる高校生や大学生のボランティアスタッフが側に控えます。
左:ヒロさん、右:マユミさん
「あそび大学は“子どもたちだけで”あそぶ場です。大人の方は入場できません。あそび場の外から見学してくださいね」と、ヒロさん。大人を立入禁止にすることで、子どもたちが心からやりたいことをやっていい環境、もっと言えば何もやらなくてもいい環境を作り出すことが狙いです。
ヒロ「最近の学生は“正解”を求めがち。『これでいいですか?』が癖になっている。大人の顔色や評価をうかがうあまり、幼少期に何かに夢中になったり没頭したりする経験が少ないのではという問題意識から、子ども自身が思うがままに任せるあそびのスタイルを大切にしたいと思ったんです。子どもが助けてほしい、こうしたいけどどうしたらいい?と声をかけてきて初めて、大人の力を貸します」
子どもたちの様子をボランティアスタッフが見守ります
子ども自身の主体性や発想力を尊重するあそびは、ワークショップ前の導入レクチャーにも顕著に表れていました。ワークショップで使用する素材たちがどのような経緯で今この場所に用意されたのかを、墨田区の産業史を江戸時代から紐解きながら説明していきます。
墨田区の産業史についてレクチャーを担当するマユミさん
さらに著作権にまつわるクイズを交えたレクチャーも含めて、講義時間はたっぷり60分。子どもだからという妥協は一切ゼロ。見守っている大人たちも「なるほど」と唸る本格的なレクチャーに、子どもたちも飽きることなく真剣な眼差しを向けていました。
「アナログゲーム」を分析してみよう!
初日のワークショップ参加者は小学校3年生が7名、4年生が2名、6年生が1名の計10名。オリジナルの「アナログゲーム」づくりに取り掛かる前に、まずは「アナログゲーム」のことを知るために3人〜4人1組で色々なアナログゲームを分類してみることにしました。古今東西のアナログゲームが描かれた38枚のカードを、大きな模造紙に貼ってグループ分けをしていきます。
ああでもない、こうでもないと入れ替えながら分類を進めます
©Sakura Sueyoshi / Nacása & Partners Inc.
ある程度分類ができたら、実は同じだったり似ていたりするもの同士を線でつなぎ、隠されたつながりを探っていきます。ここまで子どもたちが取り組んできたプロセスは、実はデザイナーやプランナーがブレインストーミングの過程で行う「マインドマップ」づくりと同じようなものです。自分の頭の中を整理して、広げたアイディアを収束し構造化していく時に便利な方法です。知らず識らずのうちに子どもたちもアナログゲームへの理解が深まり、これから取り組むクリエイションのヒントを掴んだようです。
意外とこれとこれはつながるかも!とひらめいてすぐさまペンを握ります
「アナログゲーム」を作ってみよう!
さて、いよいよアナログゲーム作りです。形や大きさも様々な材料がたくさん積み込まれたワゴンをみんなで囲んで作戦を練ります。そして手を動かし始める前に、まずコンセプトを決めアイディアシートに記入します。
ヒロ「最初にコンセプトを決めることで、自分が作りたいものが途中でブレないようにすることができます。これもデザイナーさんが普段やっていることと同じです。なるべくはっきりわかりやすいコンセプトを決めるといいですよ」
クリエイションの肝になるアイディアシート
子どもたちのコンセプトが各々決まったようです。早速材料を手に取り作業に取り掛かる子もいれば、ワゴンの周りを行ったり来たりしてアイディアを練っている子、3人で1つのゲームをつくろうとしているグループもいます。
各々思いおもいに作業に取り掛かる
ヒロ「アイディアを出すコツは、得た情報に自分の考えをプラスすること。何も思いつかない!と思ったら、今あるゲームを触りながら考えてみよう。アイディアに困ったら視点を変えてみると突破できることがあるよ。考えて考えて考えるのではなくて、考えて作って、考えて作ってを繰り返していってみよう」
ふんだんな素材を眺めているだけでわくわく
何かあった時にすぐに手を差し伸べられる位置にサポートの大人たちが控えているとはいえ、子どもたちは大人の視線など気にも留めない集中ぶりで作業に没頭。異素材を組み合わせて素材の質感にこだわったり、とにかく大きいものをつくりたい!と意気込んだり、複雑なギミックを実現しようと試行錯誤してみたりと目指すものはそれぞれ異なりますが、小さな手のひらから次々と生み出される作品からは、明確なビジョンがひしひしと感じられます。
独創的に生き、常識を越えてゆけ!
およそ2時間弱に及ぶ作業時間を経て、最後はみんなでお互いのオリジナルアナログゲームを披露しあい、遊びあいっこをしてみます。
印象的だったのは、発表者の周りに興味津々で群がる子どもたちの姿。みんなに注目されると緊張して伝えたいことがうまくまとまらなくなることもあるけれど、実際に自分が作ったアナログゲームを他の子に遊んでもらえると嬉しく誇らしい表情ではにかむ姿がありました。
作ったゲームをみんなで遊びあいっこしてみよう!
完成したものの中には、必ずしも勝ち負けやルールにこだわらないゲームもあり、楽しんで作り楽しんで遊ぶ、ただそれだけの純粋なエネルギーがあふれていました。
ワークショップ終了後も少し残ってゲームの改良を重ねた参加者も
ワークショップ終了後に集まった感想では、「自分も考えていないような工作が頭に浮かんできてよかったし、また来たいと思った」「自分の作りたいものが作れて楽しかった」といった声が寄せられ、自分が作った世界でたったひとつのゲームを大きな紙袋に詰め込んで胸を張って会場を後にする子どもたちの後ろ姿はなんだか頼もしく感じられました。
手を動かし考える喜びが、まだ見ぬ未来を創っていく
2つのワークショップは、取り組んでいる内容が全く違うようで実は「手を動かしながら考えること」「正解のない問いに自分なりの答えを生みだしていくこと」といった共通の体験を参加者にもたらすものでした。
これから先、私たちが生きる世界ではテクノロジーを用いた技術革新がますます進んでいくことでしょう。けれどそうしたテクノロジーを用いてどのような未来を描いていくのかは、私たちの想像力や気づきといった個人から生まれてくるアイディアを、同じ時代を生きる誰かと対話して広げたり膨らめたりしていく活動がいかにアクティブに行われるかにかかっています。誰もがあっと驚くようなイノベーティブな提案を支えているのは、案外地道でアナログな観察や対話だったりするのです。そんな「シビック・クリエイティブ」の原点を改めて見つめ直すことができた3日間のワークショップでした。
Art as Catalyst ‒ 創造性を触発するアーティストたち
会期:2023年12月15日(金)~24日(日)
会場:SusHi Tech Square 1F Space(〒100-0005東京都千代田区丸の内3丁目8-3)
主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京
事業連携:アルスエレクトロニカ
後援:オーストリア文化フォーラム東京、日本経済新聞社
公式サイト:https://ccbtx.jp/
撮影:田中雄一郎
取材・文:前田真美