東京芸術文化創造発信助成【長期助成】活動報告会
アーツカウンシル東京では平成25年度より長期間の活動に対して最長3年間助成するプログラム「東京芸術文化創造発信助成【長期助成】」を実施しています。ここでは、助成対象活動を終了した団体による活動報告会をレポートします。
2024/09/04
第18回「ノン・ネイティブ日本語話者との演劇プロジェクト」
開催日:2024年7月5日(金)19:00~21:00
開催場所:アーツカウンシル東京
報告団体:チェルフィッチュ
登壇者[報告者]:
岡田利規(演劇作家・小説家・チェルフィッチュ主宰)
黄木多美子(プロデューサー)
水野恵美(プロデューサー)
司会:松谷はるな(アーツカウンシル東京 シニア・プログラムオフィサー)
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登壇者(左から):黄木多美子、岡田利規、水野恵美(撮影:松本和幸)
「ノン・ネイティブ日本語話者との演劇プロジェクト」は、日本語を母語としない俳優との協働を通じて、演劇における日本語やその発話の可能性を模索することを目的に、2020年にチェルフィッチュが立ち上げた取り組み。今回の報告会では、プロジェクトの方向性自体を探るリサーチからワークショップ、その成果発表にあたる『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』の上演までのプロセスと現代演劇の未来にも関わる「野心」が、主宰の岡田利規とプロデューサーによって語られました。
会場の様子(撮影:松本和幸)
演劇の「日本語」を刷新するアイデア
芸術表現、とりわけ生身の身体を扱う演劇をめぐる課題に、コレというわかりやすい処方箋はない。数ある可能性の中から、あらたなアプローチを探り出し、試行錯誤を重ねた者がやがて手応えを掴み、その経験が共有されることで、シーンが動き、歴史が紡がれる。演劇作家・岡田利規とチェルフィッチュが、2020年度から3ヵ年にわたって取り組んだ「ノン・ネイティブ日本語話者との演劇プロジェクト」はまさに、そのような変革の始まりを計画したものだったと言えるだろう。
登壇者:岡田利規(撮影:松本和幸)
出発点は、岡田の「(演劇の)言葉が入ってこない」という観客としての実感。客席に声は届いているものの、内容はどこかへ通り過ぎていく。この手応えのなさに向き合い、あらためて観客の中に息づく劇の言葉を探すため、岡田が手がかりにしたのは、日本の演劇で当たり前のように使われている日本語のあり方を問い直すことだった。
「日本で、舞台上で発される日本語はだいたいネイティブの話者によるものが一般的だと思いますが、僕はそれに疑念を持ちました。それは、単にネイティブだけが話していることがよくないというのではなく、『その言葉は観客に入っていく日本語になってるの?』という芸術的、美学的な問題です。そもそも演劇は、演じている俳優の「人柄」と登場人物の「役柄」の間に乖離があっても成立する形式の表現。であれば、ある俳優がネイティブの日本語話者かどうかということと、その人が担う役柄の間には乖離があってもいいはずで、ネイティブでない人が舞台上で日本語を発することが起こってもいいし、それがこの課題に一石を投じてくれるのではないかと思いました。ただ、この時僕が想像していたのは、どこかの公共劇場が僕のアイデアを使ってかつてのさいたまゴールド・シアターのようなことをやってくれたらいいなというようなことでした」(岡田)
登壇者:黄木多美子(撮影:松本和幸)
プロデューサーの黄木多美子は、「もちろん、これはいち実演団体が解決できるような課題ではないという前提はあった」としつつも、このアイデアを、チェルフィッチュ自らが取り組むプロジェクトに仕立てることを決めた。
「創作それ自体をゴールにするのではない活動がチェルフィッチュにあってもいいのではないかと思いましたし、言語の問題を通じて演劇と社会のありようを変えていくような、作品創作以外の取り組みは、これまでやっていなかったことで、ぜひチャレンジしたかった。もちろん、たくさんの時間が必要なプロジェクトで、どのくらいの時間があれば何ができるかもわからない状態でしたが、3年をかけてやってみるということであれば踏み出せるのではないかと考え、東京芸術文化創造発信助成【長期助成】への申請を計画しました」(黄木)
登壇者:水野恵美(撮影:松本和幸)
無事に採択を経て、「やってみる」を形にするための取り組みが始まったのは2020年11月。おりからのコロナ禍で人に会うことも憚られる状況もあり、当初予定していたリサーチも順調には進まなかったという。だが、思わぬ経験から、企画の骨子を確認するきっかけを掴むこともできたと、1、2年目のプロデュースを担った水野恵美は振り返る。
「リサーチの過程で、とあるアートスペースに行ったことがありました。そこは、移民の方々が出入りしていたり子ども食堂を行っている場所なんですが、まず、訪問をお願いするメールを送っても反応がなく、直接訪れたところ、拒絶感を示されたんですね。『アート関連のイベントやフェスティバルのたびに、関係者がやってくるんだけど、その後は全然関わりがないから信用していない』と。もともとこのプロジェクトは、演劇の問題を扱っているものですが、ともすれば社会包摂的な文脈に転がる可能性もあった。でも、このある種の衝撃的な体験を経てあらためて、私たちは多文化共生プロジェクトではなく、演劇プロジェクトをやるんだと確かめることができた気がしています」(水野)
ワークショップの様子
翌年9月には「高校生以上」「日本語が第一言語ではない方、日本語が第一言語と感じていない方」「表現に関することに興味のある方」を条件に参加者を募り、岡田をファシリテーターとする第1弾のワークショップもスタート、自分の家の間取りを思い出しながら説明するワークなどを通じ「想像を強く持つことの重要性」を共有することに取り組んだ。作品創作においても同内容のワークショップを行うという岡田は、この第1回のワークショップが「いつも通り」で、だからこそ、普段の取り組みを深化させられる可能性を感じたようだった。
「僕は、言葉のイントネーションや感情よりも、舞台上で立っている時の俳優が、どのような想像を持ってやっているかが大事だと考えています。このプロジェクトは、そのことを考えるのには好都合で、その人の話す日本語の正しさ、ネイティブではないからどうといったことをまったく問題にせずに演劇ができる。つまり、これまでと変わらないことができるというのが、ワークショップをやってみての大きな発見でした」(岡田)
実験、思考をシェアし、広げる
プロジェクトの方向性を見出し、確かめるための活動が1年目の中心だったとすれば、続く2年目はその発想や方法論を集団の外部にまで開き、普遍化することを念頭においた活動が主軸となった。
ワークショップは回数を増やし、第4弾まで行われた。またそのファシリテーターには、『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』の出演者ともなる俳優の安藤真理、米川幸リオンが新たに加わることとなった。
「私たちのプロジェクトに賛同し、ワークショップに参加していただく人を増やしていきたかったですし、岡田さんがいなくてもワークショップが成立するようにもしたかったんです。実際にやってみると、お二人の俳優のファシリテーション力がどんどん上がっていく面白さもありました」(水野)
第1弾から第4弾まで、ワークショップに参加したのは、日本に芸術を学びにきている学生や演劇研究者、通訳者や翻訳者など、のべ42名。参加者を募る際には、これまで以上に強く「新しい出会い」を意識したという。
「チェルフィッチュのウェブサイトやSNSで発信するだけでは、新しい出会いは見つからない。もちろん、大使館をはじめとする公的機関やさまざまな民間団体へのリーチも考えましたが、それも、私たちが出会いたい方にピタッとくるわけではない。結果、大学で教えている先生方などを通じて、ノン・ネイティブで表現に興味を持つ方々にご案内していただくという形が多くなりました」(水野)
また、2022年7月には、演劇批評の内野儀、ジャーナリストの徳永京子をゲストにトークイベントも開催、このプロジェクトの問題意識を、観客を含むより多くの人々と共有する場も持った。とはいえ、まだ作品創作も始まっていないこの時期、議論は、明確な指標が見えづらい発話(演技)をめぐる問題というよりは、ネイティブ/ノン・ネイティブの関係をめぐる倫理性に向かったようだ。
トークイベントの様子
「ネイティブを排除する必要があるのか、ノン・ネイティブによる日本語は方言とは違うのか、また、ノン・ネイティブの発話をネイティブの観客が楽しむという構造に問題はないのか……さまざまなコメントが噴出したイベントでした。終盤には、そういった問題意識自体を内包するような作品にしたいというアイデアも出てきていたと思います」(水野)
「最終的にできた作品がそうなっているのかはわかりませんけど。この時はやっぱり『作品にしないとわかってもらえないな』と考えていました。トークイベントで出てきた問題意識、批判的なコメントは、社会的な問題にアプローチすることを前提にした作品づくりに対して出てくるツッコミだったと思うんです。でも僕はそれがうまい、よくできるつくり手だとは思っていなくて。芸術作品、あくまでも演劇の問題としてなら、よりよいものができるだろうと思っていました」(岡田)
手応えを独り占めしない。誰もが使える「プラットフォーム」へ
そして迎えた3年目。出演者オーディションを経て座組が決定、2023年6月には、『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』初演に向けた具体的な準備、稽古がスタートした。
「ただでさえチャレンジングな創作になりますから、今回は、岡田さんの創作哲学を共有したワークショップの参加者を対象に、クローズドのオーディションにすることとし、16名の応募者から4名を選び、安藤さん、米川さんを加えた6名の出演者を決めました。やはり1、2年目の経験を共にしていますから最初に集まった時から稽古場はいい雰囲気で、これも長期でプロジェクトをやってきたことの成果だったなと思います。稽古は6月から35回ほど。ワークショップもそうでしたが、いつものチェルフィッチュと大きく変わるところはありませんでした。ただ、台本にルビをふったり、英語テキストをつくってシェアしたり、また、ノン・ネイティブの出演者の中には俳優としての活動をメインにされている方はほとんどいませんでしたから、あまり負担のないスケジュール調整をするなど、実務的な工夫は心がけました」(黄木)
『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』東京公演より(撮影:前澤秀登)
8月4日、ノン・ネイティブ日本語話者との演劇プロジェクト『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』は、吉祥寺シアターで初演の幕を開けた。物語の舞台は宇宙船イン・ビトゥイーン号の船内。宇宙船には「わたしたちの言語の著しい衰退」を阻止するミッションを負った(ノン・ネイティブが演じる)乗組員と、雑用を担う人型ロボットが乗船していて、いつの間にか船に入り込んだ地球外生命体をめぐって話し合う——。
ノン・ネイティブによる日本語の会話、ネイティブによるロボット的な硬さを伴う日本語、さらにコーヒーメーカーの機械音声が織り込まれた劇は、「言語(日本語)」を通じた占領や分断、差別の問題をも反映する。その内容を、聞き取り、理解するために、観客は普段以上に前のめりに、慎重に舞台を注視しているように見えた。
「稽古を始めてみたところで『これはなんとかしないと』と思ったのは、実はネイティブの俳優の日本語でした。劇の中で話される日本語を、美学的要素として捉えた時、明らかにノン・ネイティブによるものの方が、浸透度が高いんです。翻って考えれば、全員がネイティブ話者の作品だった場合にも、同じ問題は常に起こっていたわけです。だから、この経験は僕にとって大きくて。たとえばこの6月に『消しゴム山』という作品の再演をしましたが、その稽古では僕はもう、この経験を通じてアップデートされた基準を用いていました。そうやってこのプロジェクトが、ほかの、もっとジェネラルな作品づくりにも活かせていることは、すごくよかったと思います」(岡田)
プロジェクトを通じ、ひとつの作品にとどまらない手応えを得た岡田だが、それを独り占めする気は端からない。当初は公共劇場との協働プロジェクトもイメージしていただけあって、彼はこの取り組みを「プラットフォームづくり」と呼んでいる。
「今日は『宇宙船イン・ビトゥイーン号の窓』という作品ができました、ということをひとつの区切りとしてお話をしていますが、われわれの野心は『ここで終わって、よかったね』ではないんです。この取り組みを継続して、チェルフィッチュだけのものじゃなく、演劇で話される日本語について、みんなが使える考え方、プラットフォームができたらいいと思う。それに興味を持ってもらえれば、別のことが起きる可能性もあって、そうなってほしいと思っています」(岡田)
演出助手の公募、新国立劇場演劇研修所や座・高円寺の劇場創造アカデミーの生徒などを対象とした稽古場の公開、さらに『チェルフィッチュnote』 としてウェブ上で公開されたプロジェクトレポートなど、問題意識や創作のヒントを幅広く共有する試みは、3年目においても積極的に行われた。中でも山田由梨(贅沢貧乏)、山本ジャスティン伊等(Dr. Holiday Laboratory)ら、外部の演出家を招き、ノン・ネイティブの出演者とのワークショップを体験させる企画は、プロジェクトのコアともなる知見、方法を、惜しげもなく次世代に手渡そうとするユニークなものだった。
とはいえ「プラットフォーム」を志向するなら、勝負はむしろ、3年を終えた「今から」になるだろう。
「3年間助成をいただいて、作品もつくって、大きな成果を出せたと思います。でももっと、それが紹介され、周知され、いろんな演出家やプロデューサーが関心を持ち、アクセスしてくれて……ということはまだ起こっていない。このプラットフォームとチェルフィッチュが紐付きすぎちゃっているから、まずはそうじゃないんだということを知らせていかないといけないですよね」(岡田)
演劇で話される日本語の発話をアップデートするという課題は、決して岡田とチェルフィッチュだけに課されるべきものでもない。いちカンパニーを超えて、さまざまなつくり手が課題も処方箋も共有しながら、さらに、豊かな劇言語を掘り起こす──そんなムーブメントが起これば、私たちはまだ見たことのない表現や演劇文化に出会うことができるのかもしれない。
(取材・文:鈴木理映子)
プロフィール
チェルフィッチュ
既存の演劇手法に捉われない表現を探求する演劇カンパニー。言葉と身体の関係性を軸に方法論を更新し続け、1997年の設立以来、アジア・欧州・北米・南米あわせて90都市以上での上演歴を有する。岡田利規主宰。
岡田利規
演劇作家、小説家、一般社団法人チェルフィッチュ代表理事。
独特な言葉と身体の関係性による方法論や現代社会への批判的な眼差しが評価され、国内外で注目を集める。ドイツの公立劇場のレパートリー作品をはじめ、国際共同制作作品を多数手がける。
黄木多美子
株式会社precog プロデューサー。
2010年より、チェルフィッチュ制作担当として10作品以上のプロデュースのほか、ヨーロッパ・北米・南米・アジア各都市でのツアーマネージメントおよび国内外の営業を担当。2020年より、株式会社precogアーティスト事業部チーフとして、アーティストとのプロジェクトを主軸に国内外事業の企画・営業を担当。
水野恵美
株式会社precog プロデューサー。
2016年より、矢内原美邦、神里雄大、飴屋法水などの国内外公演事業や、東南アジアでの国際事業「Jejak-旅Tabi Exchange」や『プラータナー:憑依のポートレート』に携わる。2020年以降、現在はチェルフィッチュや岡田利規のプロデュース・マネジメントを担当。