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アーツカウンシル東京のスタッフや外部ライターなど様々な視点から、多様な事業を展開しているアーツカウンシル東京の姿をお届けします。

2013/07/31

佐藤POレポート3 なんとなく、記録する

今週末8月4日(日)にTokyo Art Research Lab 「リサーチプロジェクトの検証:記録=共有の手法を探る」の一環として、公開トーク+ワークショップ「フネタネスコープのつかいかた」を開催します。アートプロジェクト用に開発された映像記録の手法「フネタネスコープ」について、生みの親=ゲストのお二人と語り合うトーク、参加者のみなさんと「フネタネスコープ」を実践してみるワークショップの2本立て。プロジェクトの現場で「記録」を実践したい、その手法を身に付けたい、考えたいという方に一押しのプログラムです。

今回の投稿では、週末のプログラムに先立って、この「フネタネスコープ」という記録手法と、そこから見えてくるアートプロジェクトと「記録」の課題について触れてみたいと思います。

フネタネスコープは、現在進行形のアートプロジェクトの記録と調査の手法の開発を目指した昨年度TARLのプログラムの一環として、NPOrecip+remoチームにより開発されました(※1)。その特徴は大きく2つあります。

ひとつは、「三脚をそえて定点撮影」「最長およそ1分間」「撮影中のズームなし」という3つのルールにのっとって行う、アートプロジェクトに関わる多様な「当事者」が、自らの手で簡単に映像を撮影できる手法であること(※2)。もうひとつは、撮影した映像を、みんなで鑑賞し、語り合う「フネタネのつどい」を行うことから、プロジェクトに関わる多様な人々の記憶/視点を可視化/共有化する「行為=アクション」だということです。

「記録」を実践しようとするとき、障壁となるのは作業量です。そういう意味で、フネタネスコープの手軽さは、「記録」ということを、さほど意識せずとも実施できる方法です。かつ、「つどい」のような記録を共有する場をもつことは、映像を撮るモチベーションにもつながります。実際に、昨年度この手法を導入した「種は船」の現場では、フネタネスコープが流行り、結果的に2000本を超える映像記録が残ることになりました。

また、(これまでの投稿でも触れてきましたが)アートプロジェクトは、その現場を「共に」つくる多様な人々の「日常」の出来事の連続ともいえます。「イベント」のような突出した出来事ではなく、何気なく記録された個々人の経験や記憶の集積が生まれることは「プロセス重視」のアートプロジェクトの価値を捉え、表現する可能性を広げることになるかもしれません。

とはいえ、フネタネスコープは、その手軽さゆえに集積する無数の「記録」を、どう整理し、公開をしていくのか、それを誰が担うのか、という次の課題も生み出します。プロジェクト全体では、限られた資源のなかで、特性の違う記録手段を組み合わせ、多様な記録を残し、管理し、公開(共有)していくことが必要となります。TARLではP+ARCHIVEが継続して議論をしてきたことでもありますが、そういう意味で、フネタネスコープも、その特性を理解した上で使う「ひとつ」の記録の手段でしかありません。

そして、もうひとつの課題は、記録の再現性について。残された記録は現実の出来事を再現するためのメディアとして使えるのだろうか。そのため、どのような表現方法をとればいいのだろうか。そもそも、記録が現実を写し取ったものとする前提が妥当なのだろうか。これは、本年度のTARL「アートプロジェクトにおける音の記録研究」が果敢に取り組んでいる課題でもあります(詳しくは長尾さんのレポートへ)。

長々と書いてしまいましたが、それでも議論は尽きません。この続きは、次回の投稿…ではなく、週末に。日曜日は会場でビデオカメラと三脚を用意してお待ちしています!

(※1) Tokyo Art Research Lab「複合型リサーチプロジェクトの実践」の一環として、「種は船 in/from 舞鶴」を対象に実施された、記録と調査のプロジェクト「船は種」で生まれました。詳細は、NPOrecip編『記録と調査のプロジェクト「船は種」に関する活動記録と検証報告』(公益財団法人東京都歴史文化財団、2013年)をご参照ください。活動概要が分かる第1部は、TARLサイトでもご覧いただけます(近日公開に向けて準備中)。
(※2) フネタネスコープはNPOremoが開発した「remoscope」のルールを改良した応用手法です。

東京アートポイント計画プログラムオフィサー 佐藤李青

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