ACT取材ノート
東京都内各所でアーツカウンシル東京が展開する美術や音楽、演劇、伝統文化、地域アートプロジェクト、シンポジウムなど様々なプログラムのレポートをお届けします。
2024/07/03
“だれも”が芸術文化を楽しめる環境づくりのために、一歩踏み出すきっかけを。「東京芸術文化鑑賞サポート助成」と「アクセシビリティ講座」がスタート
現在、ミュージアムや映画館、劇場等のさまざまな芸術文化の場において、アクセシビリティや鑑賞サポートの取り組みが広く求められています。その背景には、障害をとりまく様々な法律の施行や東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の開催等があり、今後、2025年に日本で初めて開催される「デフリンピック」の東京大会を控えるなか、聴覚や視覚等の情報支援が必要な方をはじめ、だれもが芸術文化を楽しめるための環境づくりがさらに推進されていくことになるでしょう。
そういった環境づくりの一環として、アーツカウンシル東京では、新しい助成プログラム「東京芸術文化鑑賞サポート助成」がスタートしました。このプログラムは、「鑑賞者・参加者を対象とするアクセシビリティ向上を目的とした取り組みに対して、150万円を上限として費用の実費を助成する(助成率は10/10)」、というものです。
今回の助成プログラムの新設に至る背景や、プログラムを通して目指していること等について、アーツカウンシル東京 活動支援部 助成課・佐藤泰紀さんにお話を伺いました。
■アクセシビリティ向上の取り組みを、民間にも拡げていく
──アーツカウンシル東京の助成プログラムには、助成申請時に「鑑賞サポート費」を助成対象経費として含める仕組み(※)がありました。そのなかで今年度、事業を整理し、「鑑賞サポート」を独立させて助成プログラム新設に至ったのには、どのような背景があるのでしょうか?
※「芸術文化魅力創出助成」・「東京芸術文化創造発信助成」にて、2023年度まで実施
佐藤泰紀さん(以下「佐藤」):「障害者差別解消法」(2016年施行)、「障害者文化芸術推進法」(2018年施行)、「障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法」(2022年施行)等の法律施行や、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会開催を背景に、どんな方でも、芸術文化を含めた様々な社会活動に参加しやすくなるための方針や制度が整えられてきました。東京都が2022年から2030年までの長期計画として策定した「東京文化戦略2030」のなかでは、4つある戦略の一番目に「誰もが芸術文化に身近に触れられる環境を整え、人々の幸せに寄与する~人々のウェルビーイングの実現に貢献する~」が戦略として定められています。このような流れのなかで、アーツカウンシル東京でも、鑑賞サポート費の導入が始まりました。
上記にも関わるのですが、アーツカウンシル東京と東京都は2022年度から、「クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー(以下、CWT)(https://creativewell.rekibun.or.jp/)」という事業に取り組んでいます。CWTは、“だれも”が文化施設やアートプログラムと出会い、参加しやすいように芸術文化へのアクセシビリティ向上に取り組むプロジェクト。今回の助成プログラムは、CWTの一環として「芸術文化へのアクセシビリティ向上」をより強化すべく、鑑賞サポート費を独立させたものになります。
ここでいう「鑑賞サポート」とは、公演や展覧会の鑑賞体験、イベントやプログラムの参加体験を豊かにするための環境整備のこと。例えば手話通訳や点字翻訳、バリアフリー日本語字幕製作、アクセシビリティ環境を考える専門家(アクセスコーディネーター)の設置等、だれもが芸術文化の鑑賞に参加・申し込みしやすく、作品・上演等を鑑賞しやすくするために、事業主催者側が行うサポートのことです。
佐藤:こういった環境整備は、予算規模の大きな公共文化施設やホール等で取り組みが始まっているものの、民間では予算面やノウハウ面で、導入にはまだまだハードルがあると思います。様々な方が芸術文化を鑑賞することができるためのサポートを、民間でももっと取り組めるように拡げていきたい、という狙いがあります。
今回の助成プログラムは、「東京都内に本部事務所や本店所在地が存在する芸術団体、民間団体、実行委員会、劇場・ホール等」と、幅広い団体が対象です。また、事業内容も、「東京都内で実施される公演や展覧会、ワークショップ等で、一般観客に公開されているもの」が条件で、ジャンルは音楽・演劇・舞踊・美術・写真・メディア芸術・伝統芸能・芸能・生活文化等、都内で行われる様々な表現活動をカバーするものとなっています。
──鑑賞サポートのみに特化した助成プログラムということで、事業の内容がどんなものかというより、この助成プログラムを通してどういった環境整備ができるか、という点が重要ですね。
佐藤:そうですね。「事業自体の内容ではなく、鑑賞者がアクセスできるかどうか」に焦点を絞り、「鑑賞サポートを必要とする方に向けた環境整備の経費のみ」を対象とさせていただいています。どこで線を引くか、どこまでカバーすべきか、悩ましいところではあるのですが…。
他の助成プログラムの事例を見ると、様々な方がパフォーマー側や作り手側として参加するためのサポートは見受けられますが、そうではなく、その手前の「見る側」に絞ったサポートだということも今回の特徴だと思います。
──150万円の上限、という金額感についてはどのようなイメージで設定されたのでしょうか。
佐藤:これまで様々な現場で鑑賞サポート等に携わってきた、担当職員の経験等をもとに設定しているのですが、「ひとつしかできない」ではなく「色々できる」という金額感かなと思っています。例えば、「鑑賞サポート付きの公演が複数回できる」、「字幕対応に加えて、音声ガイドもつけられる」といった計画も立てられるのではないかと。
鑑賞サポートを準備しても、それを必要とする方が実際に来場されるかどうかはわかりません。必要なもの、大事なものだとわかっていても、確実に活用されるかわからないものに数十万円の予算を割くのは、民間の活動だと正直難しい団体もおられると思います。今回の助成プログラムが、その背中を押すきっかけになればいいなと思っています。
■「アクセシビリティ講座」を通して、チームメンバーのマインドセットを変えていくきっかけに
今回のプログラムでは、「芸術文化へのアクセシビリティに対する理解促進やノウハウ等の蓄積、担い手の育成等」も目指されており、そのために東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」(https://artnoto.jp/)と連携した取り組みが行われています。
申請者は事前に、アートノトのアクセシビリティ講座2024「鑑賞サポート入門」①~③(動画)を受講することが必須条件となっています。
「鑑賞サポート入門」は、「基礎知識編」、「視覚障害者編」、「聴覚障害者編」の3つのオンライン動画で構成されています。実際の様々なシチュエーションを想定した事例紹介から、どういった点に配慮して対応すべきか、サポートや声がけの方法にはどんなやり方があるか、といった、鑑賞サポートを導入するにあたっての心構えを学ぶことができる講座です。
佐藤:初めて鑑賞サポートの導入に取り組まれる方は、何から準備をしてよいかわからないこともあるだろうと思い、そのヒントになればと思って講座受講のシステムを設けました。
コンテンツはだれでもアクセスできるので、その申請事業に関わる方にはなるべく見ていただくのが希望です。申請担当者だけが見て、それに基づいて専門業者に委託して…という使い方ではなく、演劇であれば俳優、照明家といった方々にも見ていただき、「この事業はこういうことを意識して行われているんだな」というマインドセットを変えていくきっかけにしていただけたらな、と思います。
──動画に出てくることを全部やるのは難しいですが、まずは「知る」ことが大事ですね。
佐藤:そうですね。一言で「鑑賞サポート」と言っても、「シンプルな字幕が良い」や「カラフルに色分けされている字幕のほうがわかりやすい」等、一人一人受け取り方が違います。絶対的な正解がないなか、つねに手探りで導入をしていかなければなりません。「鑑賞サポート入門」の動画を見て、完璧にそろえなきゃ、と思う必要はないと思います。自分たちができる範囲から、少しずつ選択肢を増やしていくことが大事かなと。「まずは筆談ボードを用意してみよう」、「次は音声ガイドをつけてみよう」…といったように、取り組みのきっかけになると嬉しいです。
アートノトでは「鑑賞サポート入門」に加えて、「基礎知識:アクセシビリティを知る」「鑑賞サポート:映画館・映像上映編」「鑑賞サポート:舞台芸術編」「鑑賞サポート:ミュージアム・アートスペース編」「トークイベント:芸術文化のアクセシビリティの可能性」の5回の「アクセシビリティ講座2024」(https://www.artscouncil-tokyo.jp/ja/events/66999/)をオンラインで開催します。
また、アクセシビリティに関する知識を持った専門家などと連携して相談窓口の拡充や、ウェブサイトでの情報提供を通した様々な形のサポートも行っていますので、ぜひ気軽に活用してみてはいかがでしょうか。
■まずはできるところから、やれるところから
──この助成プログラムを通して、このような現場環境につながると良いな、というイメージはありますか。
佐藤:先ほども申し上げたとおり、鑑賞サポートの導入はつねに手探り状態であると思っています。やってみて、意見を受けて、また考える。まずはできるところから、やれるところから一歩を踏み出すきっかけに、本プログラムがなったらいいなと思います。
また、本プログラムを通じて、CWTの理念が拡がっていけばいいなと思いますね。CWTでは、「障害者」というくくりを使わず、「だれもが」という言葉を使っています。「障害」という条件があろうがなかろうが、すべては「私とあなた」の関係でしかありません。「私の席はどこですか」と言われたら、その人がどんな人であっても、手話なのか、筆談なのか、翻訳アプリなのか、付き添ってご案内するのか…と、「やり方が変わる」という差でしかないですよね。環境づくりの最初のきっかけとして、「鑑賞サポートを必要とする方」をフォローすることから始めていますが、最終的には「だれもが」という文字の通り、レイヤーや壁がない状態になったらいいなと思っています。
「東京芸術文化鑑賞サポート助成」の申請は2024年5月31日(金)より随時受付が始まっています。様々な人に鑑賞してほしい、でもそのための一歩を踏み出すのにハードルを感じている…という方、ぜひチェックしてみてください。
クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー
乳幼児から高齢者まで、障害のある人もない人も、そして海外にルーツをもつ人たちも、だれもが文化施設やアートプログラムと出会い、参加しやすいように文化芸術へのアクセシビリティ向上に取り組むプロジェクト。
https://creativewell.rekibun.or.jp/
東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」
東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」では、東京都内で活動するアーティストや芸術文化の担い手の持続的な活動支援を目的とし、オンラインを中心とした相談窓口、情報提供、講座事業を実施しています。
https://artnoto.jp/
「東京芸術文化鑑賞サポート助成」に関するお問い合わせ
「東京芸術文化鑑賞サポート助成」事務局
TEL:03-6869-6609(平日10:00~18:00)
E-MAIL:info@act-kansho.support