「芸術文化による社会支援助成」活動報告会
アーツカウンシル東京では、平成27(2015)年度より、さまざまな社会環境にある人がともに参加し、個性を尊重し合いながら創造性を発揮することのできる芸術活動や、芸術文化の特性やアーティストが持つ力を活かして、さまざまな社会課題に取り組む活動を助成するプログラム「芸術文化による社会支援助成」を実施しています。
ここでは、助成対象活動を終了した団体による活動報告会をレポートします。
2024/04/19
第5回「うた・ことば・からだ―多様な人が出会う場づくりの可能性」(後編)ラウンドテーブル
2024年2月9日、「芸術文化による社会支援助成」に採択された事業の成果や課題を参加者とも共有する活動報告会が開催されました。第5回のテーマは「うた・ことば・からだ―多様な人が出会う場づくりの可能性」。前編では、練馬区光が丘で20年近く、知的障害者をはじめさまざまな人が音楽やダンスのワークショップを楽しめる場をつくってきた「表現クラブがやがや」の活動を紹介しました。中編では、墨田区両国で誰にでも開かれた地域のホール/アートスペースとして「両国門天ホール」を運営し、多彩なプロジェクトを展開してきた「一般社団法人もんてん」の活動をお届けします。さらに後編ではラウンドテーブルの様子もお伝えします。
>第5回「うた・ことば・からだ―多様な人が出会う場づくりの可能性」(前編)表現クラブがやがや はこちら
>第5回「うた・ことば・からだ―多様な人が出会う場づくりの可能性」(中編)一般社団法人もんてん はこちら
開催時期:2024年2月9日(金)18:30〜21:00
開催場所:アーツカウンシル東京 5階会議室
報告団体・登壇者:表現クラブがやがや 小島希里、山田珠実
一般社団法人もんてん 黒崎八重子、赤羽美希
ファシリテーター:小川智紀
グラフィックファシリテーター:関美穂子
手話通訳:加藤裕子、瀬戸口裕子
※事業ページはこちら
ラウンドテーブルの会場風景
撮影:松本和幸
コミュニティ・ミュージックへの継続的な支援やハブの必要性
最後に全員が登壇し、小川さんの進行でラウンドテーブルが始まった。もんてんの黒崎さんが挙げた、アーツカウンシル東京への4つの質問をさらに深めていく。
グラフィックレコーディング(制作:関美穂子)
(画像拡大:JPEG版)
小川「芸術文化による社会支援とは何かについて改めて見えてきた課題として、継続的な活動資金の獲得、さまざまな団体のネットワークやそれをまとめるハブの必要性、支援団体との情報共有が必要というお話でした。まずハブとはどんなイメージですか? 「東京文化戦略2030」にもアートハブという言葉はあるんですが、黒崎さんがほしいハブとはなんですか?」
黒崎「同じコミュニティ・ミュージックをやっている事業者は、みんな意外と悩みは同じなのでネットワークをつくりたいんですね。例えば活動資金。1回助成金をいただいて人を集めて楽しいことをした後、それで終わってしまったら参加者が取り残されてしまう。やってよかったんだろうかという罪悪感にもなるんですね。そうした悩みを共有しながら、その打開策とか、みんなの声を届けるとか、どこに届けたらいいのかはみんなでまた考えたいと思うんですけど、ネットワークが必要です。参加したい、携わりたい人がアクセスできるためのハブという意味もあります」
小川「具体的には何が足りないですか?」
赤羽「まずはどういう団体があるのかというリスト。利用者からすればどういう団体やアーティストだったらワークショップをやってもらえるか聞きたいこともあるだろうし、アーティスト側だったらどうしたらそうした活動に携われるかを聞ける相談所のようなところ。そのネットワークをつなぐ中心になるところですね。また、こういう資金が降りたから、どういう団体に分配するかとか、こういう事業をやるためにどこに誰を派遣しようとか、文化のための資金の運用や活動のコーディネート自体を行う部分も必要かもしれません。おそらくアーツカウンシル東京が既にやっていることもあると思うのですが。さらに、こうした活動の成果や課題、要望について政策提言していくために、こうした活動に関わる事業者の声を取りまとめるところですね」
小川「例えば障害のある方、ない方でも、音楽が好きだと言った時に、どこに参加できるか具体的に相談できるような場所ですかね」
小島「先ほどアートハブというものがつくられるとお聞きしましたが、多様性のある社会をつくりましょうとハブまでつくりながら、ハイアート、一部の鍛錬した人たちだけのためのハブになったら意味がないと思いますね」
小川「そうですね。どういうハブにしたいか、私たちも声を上げていかなければなりませんね」
ラウンドテーブルの会場風景
撮影:松本和幸
小川「次にお金の話をしましょうか」
黒崎「助成金っていうと何年という期限があって、ずっともらい続けられないんだと、活動している私たち自身が神話にしているような気がするのです。それはずっと支援されるべき活動なんだと訴えていかなきゃいけないなと思います」
赤羽「私たちアーティストが活動を実施しようとした場合、助成金が得られない時は自分たちは無償で行い、スタッフの方たちの謝金は自腹でまかなうこともあります。参加者から「次のワークショップはいつ?」と連絡が来て、ずっと楽しみにしてくれている間に2、3年過ぎてしまうと「あの人たちの心を弄んでないかな」と思うんです。活動をやらないとなったら、参加者の人たちは行くところがなくなってしまう。ずっとあり続けていくためにはお金が必要だけれど、助成金がなければボランティアに頼るしかないのが実情だと思います」
小島「お金があればいろいろなことができるし、参加者の人たちはもし私たちがやらなかったら、彼ら彼女たちの芸術活動はどこでやったらいいのかと。他に行く場所はそんなにないと私は感じていて、切実な問題だなと思います」
山田「私は京都に住んでいるので、小島さんは私に必ず東京との往復交通費と謝金も用意してくださっているんですね。でも小島さんは自分に報酬を用意しない状態で、エネルギーも持ち出してやっているわけなんです。私自身は恵まれた環境でさせてもらっていて、自分の視点が広がり支えられていることもあるので、これを自分の住むエリアでも行いたいと思い始めています。でも生活のために働かなきゃいけないし、ボランティアでとなると両立は難しくて。だけどつい最近、このエリアだったらボランティアだったらやらせてもらえるかなと思う施設を通りかかったんです。年4回だったら報酬と関係なく何か踊ったり歌ったりっていうことをゼロからやれるのかなとか。
こうした活動が必要な人々に対して「場」が提供しきれることはないので、お金も足りないけれど、お金とは関係なくそうした場をつくる人が増えれば、多少なりとも埋め合わせる力になるとは思います。難しいところですが」
小川「黒崎さん、ではどれぐらいの助成金があれば安定しますか?」
黒崎「どういうプロジェクトをつくるか、どういう人たちと関わっていくかなど、内容によって違うと思います。ただ、こういう分野の方たちって薄謝なんですよね。コンサートなどの出演料と同程度まで、同じ音楽家として謝金は用意したいと思うんです。当日以外にもいろいろな準備がありますし、コミュニティ・ミュージックの活動をする人たちが生活できないと広がってもいかないと思うんですね。一般的な演劇や映画の公演などで今までボランティアに近かった音響や照明のスタッフもちゃんとスタッフ料をもらうべきだという運動が一時期あり、今はスタッフの人たちも謝礼をもらえてきていますよね。コミュニティ・ミュージックの活動においても、そうなる必要があると思います。ワークショップにおいても、アマチュアだけでつくるのとコミュニティ・ミュージックのプロが関わるのではつくれるものが違います。専門家が培ってきた経験とか学びは、演奏家が楽器を練習し音楽を学んできたことと同じです。どのアートの世界でも、実演家とスタッフが生活できるような、それを担保できるようなプロジェクトをと思っています」
小島「こういう話になるとは思っていなかったんですけど(笑)。先ほど山田さんが言ったように「ボランティアでも人が増えるといい」と言ってしまうと危険かなと思いますね。アーティストへの支払いだけじゃなくて、お金はかかるわけで。だから一定のお金がないとできないですね」
小川「助成制度では、助成対象となる団体がどんどん増えていったらもう際限なくお金がかかってしまうという面もありますよね。でも、お金がなくて企画ができなくなったらどうしたらいいんだろうって人たちがいっぱいいることも事実。活動を続けていくためには、次にどういう仕組みがあったらいいと思います?」
黒崎「アーツカウンシル東京自体も、資金獲得のためのプレゼンテーションができる場がきっとあるんじゃないかと思うんですね。アーツカウンシル東京が今ある予算では潤沢に皆さんに分けられないんですよとなった時に、新たな資金獲得のために、私たちの声を上に届けられるようなことも活動の中にあってもいいのかなと思っています」
小川「安定的に活動を継続していけるような予算や環境は残念ながら現場としてはできていない。たまさかある長い活動の一部が助成対象となり、普段よりパワーアップした内容で実施できたけれども、その先が本当に必要なんだっていうことですね」
撮影:松本和幸
小川さんから最後に「アーツカウンシル東京ができて約10年の間にいろいろな部分が成熟して、いろいろな人の意見が出てきている。さらに制度設計を含めて次に考えなければいけないことが今日の報告会には出てきたと思いますので、アーツカウンシル東京の皆さんで宿題として考えていただきたいなと思います」と要望を託してラウンドテーブルを終えた。
アーツカウンシル東京のシニア・プログラムオフィサーの松岡智子さんから「助成制度の限界の部分に鋭く切り込んでくださってありがとうございます」という言葉と共に、今できる回答があった。
松岡「ひとつの団体、ひとつのプロジェクトに末長く助成金を交付し続けられるケースは少なく、アーツカウンシル東京の助成制度の場合も同様に、同じ団体、同じプロジェクトに対する継続的な助成が続くことはレアなケースです。芸術文化による社会支援助成については助成を継続する年限を設定していないという特徴がありますが、同じプロジェクトへの助成を継続する場合には、相応の理由や説明が必要となります。やはり予算が限られていること、また助成制度の目的として、ひとつのコミュニティを支援し続けるだけではなく、社会全体に成果を広げていくために、助成対象とするコミュニティの入れ替わりが必要な状況もあります。
助成を継続する必要性を見出せる次の計画へと段階を踏んでいけること、また助成対象事業を通して事業者の皆さんと対話を続けることも大事だと思っています。
もんてんさんから「この取り組みを共有してどう考えたのか」という一番目の質問があったんですけれど、私自身と同僚も一緒に何回か見学をさせていただいて、コミュニティ・ミュージックの課題は、芸術文化による社会支援助成の他の助成対象団体の現場で持ち上がっている取り組みや課題とも共通するなと思っていました。
オンライン講座を見学させていただく中で印象に残っているのが、沼田里衣さんがおっしゃっていた「コミュニティを閉じていくことと開くこと、両方とも必要ですよね」という言葉です。
閉じていくというと閉鎖的なイメージがあるんですが、参加者が自分の居場所だと思えるいわゆる安心安全な居場所づくりのために、時には必要なことだと思います。でもそれだけにとどまっていると、公募ガイドラインに書かれている「特定の人や団体にだけに還元される取り組みは対象になりません」ということにミスマッチが生じてきてしまいます。原資が税金なので、助成金の成果が広く社会全体に還元されるプロジェクトでなければならない中で、ひとつの居場所を継続していく取り組みを助成対象にするのは難しいケースもあります。
そこでコミュニティを「開く」ことも必要で、参加者の居場所となるコミュニティができた次には、やはり「開く」プロジェクトに積極的に助成金を活用していただけるといいのではないかと思ったりもしていました。
また、「アーツカウンシル東京自体がハブとなり得るのか」という質問ですが、芸術文化による社会支援助成を利用してくださった皆さんや関心を寄せてくださる方々の情報共有の場所は必要だなと思って、それがこの報告会を立ち上げたきっかけにもなっています。もちろんこの報告会に集まる人は限られているので、もっと大きなハブが必要だと思います。アーツカウンシル東京では助成課だけではなくて、より伴走型の支援を行うセクションや、また2023年度からは東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」という新たなセクションもできました。大きなハブの具体像はまだわかりませんが、その実現のためには民間事業者の皆さんのリアルな助言や協力が必要だと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします」
全体を通して印象に残ったのは「事業がなくなれば、楽しみにしていた人の行き場がなくなる」という言葉だった。表現することは生きることにもつながる。当事者のみならず、その家族など周辺の人々にとってもかけがえのない場所になっているのではないだろうか。両団体の報告を聞いて筆者は、「コミュニティ・ミュージック」とは、ひとりひとりが自分の言葉を音楽に乗せて発する手段であり、そうした他者の歌声に耳を澄ますことではないかと思った。公共とは、多数派のためにあるのではなく、たったひとりでも、その人のためにあることが社会を変え、ゆくゆくは多くの人々のためになるということではないかとも思う。第1回の報告会レポートでも触れているが、助成制度が日々の芸術活動に対して働くように都政および国政にも変革を遂げてほしい。その一歩としてもハブの必要性を感じた。
(取材・執筆 白坂由里)
表現クラブがやがや
2003年、練馬区立春日町青少年館が主催する講座の参加者を中心に設立。区内に暮らす知的な障害を持つ人たちを中心に、音楽好きダンス好きが月に一、二度集まり、歌って踊って遊んでいる。そこで生まれた歌やダンスを作品として構成し、年に一度「がやがやライブ」として公演を行っている。
芸術文化による社会支援助成 助成実績
- 平成29(2017)年度 第2期「がやがやライブはじまるよ」
- 平成31(2019)年度 第1期「あっちでがやがや、こっちでがやがや」
- 令和4(2022)年度 第1期「あっちでがやがや、こっちでがやがや2022」
一般社団法人もんてん
1989年の開館以来、「伝統と現代」という双極を行き来しながら、質の高いアート体験の提供と幅広い観客層の育成を目指して、多様な音楽やパフォーマンスを意欲的に上演してきた門仲天井ホール。2013年に両国に場を移し、新たなアートスペースとして呼び名を「両国門天ホール」と改め、さまざまなアーティストや地域とのパートナーシップを活かして運営を行っている。実験的なイベントを通じて、新たな文化を生み出している。
芸術文化による社会支援助成 助成実績
- 令和3(2021)年度第1期「コミュニティ・ミュージックのいま、そしてこれから」
- 令和4(2022)年度 第1期「コミュニティ・ミュージックのいま、そしてこれから2022」
- 令和5(2023)年度 第1期「コミュニティ・ミュージックのいま、そしてこれから2023」
芸術文化による社会支援助成
東京都内で活動する団体を対象に、「社会的な環境により芸術の体験や参加の機会を制限されている人が、鑑賞・創作などの芸術体験を行い、創造性を発揮したり、想像力を豊かにすることができる活動」や「自らの問題意識に基づいて社会課題を設定し、さまざまな人や組織と連携・協働を行いながら、課題解決に取り組む芸術活動」を支援するプログラム。平成27(2015)年度に開始し、平成28(2016)年度からは年に2回公募を実施している。これまでに約150件の事業を支援してきた。「芸術のための芸術」でもなく、また単に「社会の役に立つ芸術」というだけでもなく、これまでにないやり方で社会と創造活動が不可分の状態にあるような新たな芸術のあり方、いわば「第3の芸術」を提起し具体化していく活動を後押ししようとしている。