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アーツカウンシル東京ブログ

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東京アートポイント計画通信

東京アートポイント計画は、地域社会を担うNPOとアートプロジェクトを共催することで、無数の「アートポイント」を生み出そうという取り組み。現場レポートやコラムをお届けします。

2018/05/18

『移民』の若者のエンパワメントのために、アートプロジェクトができること—海老原周子「Betweens Passport Initiative」インタビュー〈前篇〉


一般社団法人kuriyaが実施した「Moving Stories / Youth Creative Workshop アジア間国際プラットフォーム形成ー多文化な若者達へのアートを通じた人材育成プロジェクト」より。日本で暮らす『移民』の若者たち(=ユース)、アーティストとともにワークショップを開催。(撮影:高岡弘)

「東京アートポイント計画」に参加する多くのアートプロジェクトは、いったいどのような問題意識のもと、どんな活動を行ってきたのでしょうか。この「プロジェクトインタビュー」シリーズでは、それぞれの取り組みを率いてきた表現者やNPOへの取材を通して、当事者の思いやこれからのアートプロジェクトのためのヒントに迫ります。

今回お話を聞いたのは、日本に暮らす『移民』の若者たちの人材育成を目指すプロジェクト「Betweens Passport Initiative」です。様々な可能性を秘めつつも、光が当てられる機会の少ない彼らの力。その価値を広げようと、このプロジェクトでは定時制高校での放課後プログラムや、学校の外にいる『移民』の若者たちに関するリサーチを通じて、若者たちを社会とつなぐコミュニティづくりが進められています。

なかでも、取り組みを行ううえで重視しているのが、若者の多様性を育てる仕組みづくり。持続的にこの場所に関わるためのインターンシップなど、プロジェクトを運営する一般社団法人kuriyaの海老原周子さんが、その重要性を感じた経験とは? 現在進行形の試みについて、伴走する東京アートポイント計画プログラムオフィサーの佐藤李青とともに訊きます。



Betweens Passport Initiative事務局長/一般社団法人kuriya代表・海老原周子さん

■『ユース』に対するサポートが足りていない

——今年で2年目となる「Betweens Passport Initiative」(以下BPI)では、近年日本でも耳にする機会の多い『移民』の若者たちと共につくるアートプロジェクトのかたちが模索されています。最初に、『移民』という言葉について教えていただけますか?

海老原:国際的に合意された定義はないと言われていますが、例えば「通常の居住地以外の国に移動し、少なくとも12カ月間その国に居住する人」と説明されることがあります。BPIでは「多様な国籍・文化を内包し生活する外国人」と定義しています。2018年の1月に「東京23区の新成人の8人に1人が外国人」という報道があったように、日本の外国籍人口は増加傾向にあります。そのなかでBPIに参加している、私たちが「ユース」と呼んでいる若者たちとは、東京で育つ16才から26才の若者たちです。『移民』のみならず日本人の若者も参加しています。

——海老原さんが彼らの状況に対して、アートを通じて人材育成をしたいと考えた動機とは何だったのでしょうか?

海老原:外国人や『移民』というと、一般的にはそこで生じる「問題」の方に焦点が当てられがちです。例えば日本語ができないとか、文化に馴染めないとか……。だけど実際に接してみると、彼らはとても豊かな資質をもっている。彼らの持つ言語や文化などの多様性はこれからの東京のまちをより豊かにする可能性だと感じています。でも、そんな彼らの可能性や多様性を育てる場は少ない。アートプロジェクトがその場になるのではないかと思いました。私は、アートには多様性を育てる力があると感じていて、そして、プロジェクトを「ユース」たちと共に運営することで「自分も社会とつながれる」「社会の一員として役に立てるんだ」と彼らに感じてもらえる機会がつくれると考えています。人と異なることを価値にできるという点で、アートプロジェクトは人材育成に有効だと思っています。


マレーシアのアーティスト・Okui Lalaとのワークショップ

――海老原さんは小さいころ、ペルーやイギリスで暮らしていたそうですね。

海老原:イギリスにいたとき、言葉ができるようになっても、友達をつくるのがとても大変だったんです。でも、音楽や美術の話題から一人、友達ができて、孤独な自分の世界が彩られた。その個人的な経験も原体験としてありますが、日本で5才から通っていた絵画教室の影響が大きいです。そのアトリエには、幼稚園児から高校生まで、障害を持つ子や学校に馴染めない子などいろんな子がいました。学校でもない家でもない第3の居場所があって、いろんな人が集まる面白さを体験しました。それもあり、前職の独立行政法人国際交流基金時代から、『移民』の子供や若者たちと文化や芸術を通じて何か取り組めないだろうかと考えていました。

佐藤:BPIが対象にするユースへの取り組みの必要性も、そこで気が付いた?

海老原:そうです。仕事をするなかで、高校生や大学生といったユースの層へのサポートが日本には少ないことを実感しました。小学生や中学生までは学習支援があり、大人にも日本語教室などの取り組みはあるのですが、そのあいだの層の「若者」には支援も人材育成も十分でないのではと。そんなことを感じていたとき、当時勤めていた国際交流基金の本部のある新宿で、芸術文化交流のノウハウを活かし、足元にいる多文化な若者たちを国際交流の担い手として育成もできないかと提案しました。これが「先駆的創造事業」という社内公募事業として採用され、2009年に中高生対象の映像ワークショップをしました。これをきっかけに、「新宿アートプロジェクト」が始まりました。

——新宿アートプロジェクトは、kuriyaの前身となるプロジェクトですね。そこではどのような活動をされていたのでしょうか?

海老原:映像や音楽、ダンス、演劇などのワークショップを定期的にやっていました。例えば映像のワークショップでは、まちと接触するようなテーマを決めて、自分たちが切り取ってきたイメージからお互いの視点の違いを感じたり。そんな取り組みを、国際交流基金のプロジェクトとして3年間、新宿区との協働事業として2年間やったのですが、同時に自分たちの活動に疑問や限界も感じていました。


「新宿アートプロジェクト」より(c)T.K


「新宿アートプロジェクト」より

■「その先」に関わるためのインターンの仕組み

——新宿アートプロジェクトに感じていた疑問や限界とは何だったのでしょうか?

海老原:新宿アートプロジェクトでは、ワークショップを中心に年間30回以上の活動をしていたのですが、5年もやっていると、当時は10代後半だった子が20歳を過ぎてふたたび参加してくれることもありました。もちろんワークショップ中は楽しく参加しているのだけど、じゃあ、そのあとの彼らの人生がどうなっているかというと、例えば大学に行きたいのに進学できていなかったり、高校をドロップアウトしている子もいるんです。

——関わったあとのユースの現実が見えてきた。

海老原:新宿アートプロジェクトでは、彼らの個性が光る場所をワークショップという単発の場でつくっていたと思います。でも肝心のユースにとって、ワークショップに参加することがどんな力になっているのか。作品制作を目的としていたわけではないなか、自分たちの試みはアートをより追求するのか、アートをツールに課題解決を目的としたプロジェクトをやっていくのか。アートとプロジェクトのあいだのブリッジをどうつくるか、という葛藤もありました。

佐藤:その問題は解決したんですか?

海老原:やっとそのブリッジのあり方が見えてきたと思います。とにかく新宿アートプロジェクトでの限界を乗り越えるため、BPIを始めるときに「kuriya」という一般社団法人を立ち上げ、器をつくったことが大きかった。

——いま見えてきた「ブリッジ」とは、具体的にはどういうことですか?

海老原:アートプロジェクトをユースと共に運営することで、働きながら学べる場をつくり、それをインターンシップという仕組みにしました。ユースたちを取り巻く環境を見ると、必ずしも社会的経済的に恵まれているとは言い辛い状況にあります。例えば、アルバイトは単なるお小遣い稼ぎではなく、学費のため、親に生活費を入れている子も多くいます。そういう子たちが例えば美術館のイベントに参加したい、映像ワークショップに参加したい、いろんな機会に挑戦したいと思っても、毎日学校とアルバイトと往復するなかで、そんな余裕すらありません。進学にも仕事にも困っているユースたちの状況を拾うことができない。それが新宿アートプロジェクトで感じた限界でした。


Betweens Passport Initiative インターン活動の様子。

——しかしBPIでは、そこにインターンという担保をつくれた。

海老原:ユースたちの生活も考えながら、アートプロジェクトにアクセスできる機会としてインターンという関わり方があること。つまり、きちんと彼らの環境を踏まえた上で、アートプロジェクトに参加するためのアクセシビリティを担保するために、インターンの仕組みがある。様々な機会を無責任ではないかたちで提供できるのは大きいです。
ユースたちはよく「機会(Opportunity)がほしい」と言うんです。BPIではアーティストとの関わりを通して、ユースが自らの役割や可能性を見出しています。もともとプロジェクト名に「パスポート」の言葉を入れたのは、アルバイトと学校の往復という生活を送りながらも、機会が欲しいと願うユースたちに、新しい場所や異なる価値観へアクセスするための「ツール」を手に入れて欲しかったからです。アートを介して、様々な価値観や新しい世界との出会いを提供すること。かつ、働きながら学べる場としてインターンシップをプロジェクトのなかに織り込むことで、課題に対する解決策も織り込む。それが2年間で見えたアートとプロジェクトのブリッジだと考えています。


ワークショップやアーティストとの協働を通じ、ユース一人ひとりの「やりたいこと」「伝えたいこと」を触発していく。(写真:「Moving Stories / Youth Creative Workshop アジア間国際プラットフォーム形成ー多文化な若者達へのアートを通じた人材育成プロジェクト」)

〈後篇〉「定時制高校で「現場」をつくるところから。「社会包摂」と「アートプロジェクト」の関係を考える。—海老原周子「Betweens Passport Initiative」インタビュー」を読む


Profile

海老原周子(えびはら・しゅうこ)

一般社団法人kuriya代表、通訳
ペルー、イギリス、日本で多様な文化に囲まれて育つ。慶應義塾大学卒業後、独立行政法人国際交流基金や国連機関で勤務。2009年に移民の子供を対象としたアートプロジェクトを立ち上げ、多文化なコミュニティづくりや人材育成を行う。2014年からは移民の若者に焦点をあて、アート活動を通じたエンパワメントプログラムを実施。2016年にEUが主催するGlobal Cultural Leadership Programmeに日本代表として選抜される。また、国と国、文化と文化、言葉と言葉の間をつなぐことをテーマに通訳としても活動する。2016年、一般社団法人kuriyaを立ち上げ、アートプロジェクト「Betweens Passport Initiative」を始動。

一般社団法人kuriya

kuriyaは、『移民』の若者たち=未来の可能性と捉え、自らの手で未来を切り開く人材を発掘・育成しています。東京をベースに『移民』の若者たちをはじめとする多様な人たちが集うインターカルチャーな場をつくり、それぞれの持つ知識やスキルを共有し学び合いながらアートプロジェクトを行うことで、彼らに生きる糧やライフスキルを身につける機会を創出します。
http://kuriya.co/

Betweens Passport Initiative

『移民』の若者たちを異なる文化をつなぐ社会的資源と捉え、アートプロジェクトを通じた若者たちのエンパワメントを目的とするプロジェクトです。人材育成事業として『移民』の若者たちがプロジェクトの運営を共に行います。
https://medium.com/betweens-passport-initiative

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