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DANCE 360 ー 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング

今後の舞踊振興に向けた手掛かりを探るため、総勢30名・団体にわたる舞踊分野の多様な関係者や、幅広い社会層の有識者へのヒアリングを実施しました。舞踊芸術をめぐる様々な意見を共有します。

2018/06/29

DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(8)トヨタ自動車株式会社 社会貢献推進部長 布垣直昭氏

2016年12月から2017年2月までアーツカウンシル東京で実施した、舞踊分野の多様な関係者や幅広い社会層の有識者へのヒアリングをインタビュー形式で掲載します。

DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(8)
トヨタ自動車株式会社 社会貢献推進部 布垣直昭部長、山本幸伸 メセナグループ長、内田京子氏
インタビュアー:アーツカウンシル東京、高樹光一郎(一般社団法人ハイウッド プロデューサー)、宮久保真紀(Dance New Air チーフプロデューサー)

(2017年1月25日)

※肩書き・所属はインタビュー時点のものです。

付加価値をどのように持つかということがすごく重要になってくると思います。

──さまざまな文化支援の活動をしていらっしゃる中で、大きな意味での芸術文化支援の現状と意義についてお聞かせください。

布垣:ものづくり側にずっと携わっていた人間として感じていた事でもあるのですが、日本が目指さないといけない方向として、やはり文化で食べていけるようにならないといけないと思っています。要するに、競争力に直接関係があると思っているのです。もちろん、よいものをよりリーズナブルな価値で提供するということは、量産型のものづくりとしては当然のことですけれども、安売り競争に走ってしまうと、人件費が安い生産力には太刀打ちできないわけで、より安くつくられるところに負けてしまいます。では、自分たちの生活をどう豊かにしていくのか、かつ競争力を持つのかといったら、安い生産力とは異なる、付加価値をどのように持つかということがすごく重要になってくると思います。それをどう実現するかというのは、さまざまなやり方がありますし、皆さんがやっていらっしゃる芸術文化と、一見、直接関係ないように思われるかもしれないけど、私はすごく関係があると思っています。
芸術文化との関わりについては日本オーケストラ連盟の理事にならせていただいたので、実際にプロオケの奏者の方たちとお話ししたり、あるいはアマチュアとして活動されている方たちとも接する機会がありました。卓越したスキルがあって、世界レベルと評価されている人でさえ、やっと活動が維持できる世界と聞きます。また、音楽大学などからアーティストの卵が毎年、何千人も卒業されて、明るい希望を見られる世の中になっているんですかと尋ねたら、狭き門を通ってきたのに卒業してからも大変と聞きます。「音楽やれる事が楽しい」とか、「芸術が好きだからやっています」というだけに支えられている状況のように感じています。

ものの価値をしっかり認めて、価値のあるものには適正にお金を払うということに結びつく世の中にしていかないとだめだと思うのです。

布垣:そういった話を聞いていて感じることは、日本は「文化消費国にはなっているけど、文化大国にはなっていないな」ということです。要するに、つくったものをできるだけ安く消費するだけになっているのではないかと。芸術文化の人材や環境を育てようという意識が十分ではないのではないか、と思うのです。
あなたは本当に安いだけでいいんですか? ということで、例えば食事を例にすると、たまには一流の職人さんがつくった寿司も食べてみたいと思うかどうか、ですよね。そのときに、その一流の職人さんのお寿司に100円しか払わない、と言った日にはその文化は育たない。最終的にそういうものの価値をしっかり認めて、価値のあるものには適正にお金を払うということに結びつく世の中にしていかないとだめだと思うのです。賞をつくって、技量を磨いて賞を通過した人に道が開けるのであればよいですが、努力して通過しても苦しい生活しかできないような事では報われないですよね。私たちが目指さないといけないのは、優れた才能をしっかり評価してその価値を認められるようにしなければならないと思いますし、そのためには、どうしたらいいのかということだと思います。
スタジオジブリさんが、アニメーターに十分な給料を払えるようにするにはどうしたらいいかと考えられて、博物館を作られたり、様々な取組みをされていると伺ったのですが、それと共通すると思うのです。いくらアニメが人気だと言っても、安く買いたたかれる世の中になったとしたら才能は育たないと思います。そういった人材を育てる環境を持つ国になって、その才能が社会的にも、経済的にも適正に評価されれば、みんながそれを目指すようになるはずです。「成功したら道が開けるよね」という仕組みをどのように整備できるかが課題だと思われます。
ストリートダンスの状況を伺うと、シーンの盛り上がりがあって、関わっている人々のご努力によりダンス検定等の“道”や“仕組み”がつくられたり、10年前と比べたら、全体のレベルがとても上がってきているんじゃないかなと、素人の私の目で見ていても感じるぐらいです。けれども彼等の生計が成り立つのかという目線では結構、大変そうだと思いました。もちろん有名なミュージシャンのバックダンサーなどと言った経歴があれば、次の仕事の声がかかりやすくなるといった事はあるのでしょうけれど、ダンス単体での興行が成り立つかという目で見たときには、まだまだ狭き門なのではないでしょうか。ダンス・イベントを見に行く人とは、どのような観客心理で、どのような働きかけをすればよいのか。ダンス活動に対してどのような評価が定着すれば、ダンサーたち等が少なくとも生計が成り立つような社会になるのか、等々、考えさせられます。
もっと言えば「舞踊といえば日本だよね」と言われる程になるには、どんな日本になっていれば実現するのかということではないかなと思います。舞踊振興のひとつの仕組みとして「トヨタコレオグラフィーアワード」を続けていれば、そういった世の中になるのかといったら、一定の役割は果たしたのかもしれませんが、何かもっといい方法はないものか、逆に教えていただきたいぐらいです。

──ダンスを魅力的な「文化力」として社会の中で生かしていく、あるいは世界に発信していくためには、どのような視点が必要だとお考えですか?

布垣:弊社の社長は「車が“愛車”にならないと生き残れない」ということを力説しています。要するに、車というのは“愛”が付いてこそ、単なるプロダクトを超えられる。「移動できれば何でもいいよね、維持費が安ければいいよね」という乗り物であれば、それなりの対価しか払っていただけないので、どうやったら生活の中で“愛着”を持っていただくプロダクトになるかということが大切です。それはデザインや性能、ハンドルのちょっとした感触でも、毎日乗っていて「楽しい!」と感じられるプロダクトになっていれば、次はもう少し多く払おうかな、と思っていただけるかもしれない。でも、この50万円が惜しいとか、10万円でも惜しいとかと思われるプロダクトであれば、コモディティ化してしまいます。だったらリースでいいやとかいうことになるから、ただの移動手段という、どんどん心配される方向に加速度的に行ってしまうと思うんですよね。
例えばレクサス ※1 という車に乗っていただけるかというのも一つの試みで、ただの乗り物じゃないプラスアルファが求められ、実際、それに応えられるブランドとして成立するかどうかというチャレンジだと思うのです。
ひとつの都市でもニューヨークには、あえて海を渡って訪ねるだけのブランド力がありますよね。実際行くと、ちょっとした店のライブでも非常にレベルが高かったり、さすがだなと思うことが多い。そういった吸引力があると、自然に人が集まってきて、ここで名を上げないと他所でやっていけないよね、という価値形成が起きる。ブランド力と言ってもいいのかもしれないですけど、それを日本が持てるかどうか。例えば、「東京で成功したらいっぱしだよね」と思われるかどうかです。

※1:レクサス:1989年からトヨタ自動車が北米向けに立ち上げたラグジュアリーブランド。日本国内では2005年から正式にレクサスとして正式にブランド展開をスタート。ラグジュアリーブランドにふさわしい最高のおもてなしを目指して、独自のユーザーサービスを行っている。(参照:トヨタ自動車公式サイト)

1~2年ではできないということは初めからわかっていたことなので、自分たちが10年、20年かけてでもそこに到達するのを目指すという決心をするかどうかだと思います。それで失敗するかどうかは自分たちの責任ですし。

──ブランド力を高めるということにおいて、日本の社会で、レクサスというブランドがベンツに匹敵する高級車として受け入れてもらえるようになる自信はありましたか?

布垣:私がレクサスを語るのもおこがましいですが、当時の関係者たちはみな1、2年ではできないということは初めからわかっていたことなので、自分たちが10年、20年かけてでもそこに到達するのを目指すという決心をするかどうかだと思います。それで失敗するかどうかは自分たちの責任ですし。日本のレクサス立ち上げに関わった際、私たちも心強かったことは、販売店の人たちも夢を持っていて、「俺も、自分の理想の店をやってみたかったんだ」という人たちがいっぱいいたということです。理想の店への熱い想いがなかったらできないと思います。採算がどうかとかだけでできる世界ではないと思います。
ですので、大変偉そうな言い方をさせていただくと、日本が文化で食べていける国になるかどうかは、そうしようと本気になるかだと思います。やっぱり目指さないと目指す方向には向かないですよね。

お互いせめぎ合うような世の中になれば、勝手にレベルがどんどん上がると思います。受け入れる側の許容力がそれを育てるし、それがないと職人や芸術家も育たない。

──次代を担う振付家の発掘と育成を目的に、トヨタコレオグラフィーアワードを15年開催されてこられました。

布垣:大げさかもしれませんが、日本って今、分岐点にいるのかもしれません。例えば、若冲展 ※2 をやってあれだけ人が集まるということは凄くいいことじゃないかなと思うんですよね。私も何時間もの行列に並びましたが、入場料がどうとかだけの問題ではなく、あの何時間も待つ気になるかどうかということです。あの時にいいなと思ったことは、前後で並んでいる人たちが「若冲のあれってこうこうこうなんだよね…」と、待っている間ずっと一生懸命、若冲議論をしているわけです。例え人が多くても、先生に行けと言われたから仕方なく来ましたとか、あるいは割引券があったのでたまたま来ました、という人たちばかりだと活気があるとは思わないですよね。実際に自分の目で観て本当にどう感じたか、あの技凄いよねといった実感のある口コミで、さらに行く人々が広がっていったり、要するに「やっぱり本物だよね!」と思うかどうかじゃないでしょうか。
それは舞踊芸術だって、「きれいだったね、よかったね…」というレベルなのか、「あの表現、凄いよね!」といってみんなが盛り上がるかどうか。そうした観衆はさらに見る目も厳しくなるし、パフォーマンスする側も、さらに極めたいといって、お互いせめぎ合うような世の中になれば、勝手にレベルがどんどん上がると思います。受け入れる側の許容力がそれを育てるし、それがないと職人や芸術家も育たないですよね。いくらいいお寿司でも、食べる人がいないと寿司職人はいなくなりますよね。

※2:若冲展:2016年に東京都美術館で開催された「生誕300年 若冲展」。31日間の入場者数は44万6千人を記録。一日当たりの入場者数は最も多い日で2万人を超えた。(2016/5/24 日本経済新聞より)

──芸術文化を担うアーティストやそれを支える人材にはどんなことを期待しますか?

布垣:こんな事を言うと怒られてしまうかもしれませんが、劇場に来て寝てる人がいるようではだめだなと思います。例えばクラシック音楽で一流のアーティストをお招きしてコンサートをやっていたとしても、中には招待した人が居眠りされていたとするとがっかりしますよね。私はその事自体の善し悪しを言うつもりはないのですが、その際に、クラシック音楽がわからないから仕方ないなというふうに思ってしまうのか、いや、そういう人たちを振り向かせるぐらいの何かをやるんだ!と思うかが、1つの分かれ道だと思います。
若手育成といったときに、どういった人を育てれば何が変わるんだろう、ということと同様に、観客についても考えさせられます。もちろん入門のお客様もいれば、さらに高いレベルを求めていらっしゃる方もいらっしゃるかと思いますが、入口に入らないことには、その奥はないですよね。車の例えがあてはまるのかどうかわかりませんが、レクサスがいくら良かったとしても世の中にレクサスの車しかないのではお客様が困ってしまうと思うんです。ヴィッツもあり、アクアも必要で、中にはいずれはレクサスを買っていただける方もおられるかもしれないという状況があって奥が広がっていくものであって、何かアートもそういった段階というか、多層的に考えることも要るんじゃないかなという気がします。

いろいろなものが格安で手に入るし、複製がすぐ簡単にできてしまうといったときに、「唯一無二であるということ」、何が価値があるかというのをもっと突き詰めていかないといけない。

──御社の体育館をアーティストが使用できる支援活動もなさっていらっしゃいます。実際に具体的に気づいたこと、あるいはこうあってほしいということがあれば教えてください。

布垣:アーティストとコミュニケーションがとれるので、どんどん引き込まれていくというか、接する時間の長さ等にも影響してくると思います。その点で、鑑賞だけでなく体験という機会は、アートをより身近に感じ、支援したい気持ちの醸成につながったりと、鑑賞する側の気持ちも変わるのではないかとは、漠然とですが思います。また、漠然と新しさを求めるのではなく問題意識を持つ事が結果として創作心を育む側面もあるかもしれません。ピカソがなぜキュビズムに至ったかという話に、写真に対抗するためというわかりやすい説があります。要するに、誰でも気軽に写真のような写実が手に入る状態になったら、画家はどうやって食べていくんだろうと、彼らはそのときに考えたのかもしれないですよね。本当にピカソの気持ちにならないとわからないですが。少なくともキュビズムという、人の心に近いところで表現することが、今でも写真ではできない領域なので、だからその絵が何億円もしたりするわけじゃないですか。いろいろなものが格安で手に入るし、複製がすぐ簡単にできてしまうといったときに、「唯一無二であるということ」、何が価値があるかというのをもっと突き詰めていかないといけない。今、例えばミュージシャンの方が、もうCDで儲からなくなったからライブに来てもらおう、という流れだと聞きます。音源もコピーされることは前提として許容して、ネットでとにかく広めて、そのかわり本物のライブを見に来てね、という流れで、何に価値を置くのかの変化のひとつと思います。

──トヨタ自動車の社会貢献活動 ※3 の中で、音楽分野も1つ大きな機軸でお持ちですが、身体芸術や舞踊に対して、今後さらに支援していくような活動の展望はありますか?

布垣:私自身は、わりとニュートラルで、音楽だけに偏る必要もないし、むしろ、今まであまり取り組んでいないファインアートをもっとやってほしいと思うくらいです。例えばさっき言ったような、「本当に文化で食べていける」って言葉は生々しいですが、そういった価値を認める社会にしていくために、何を一番支援していくことでその実現に近づけるのかといった時、もし舞踊芸術に可能性があれば、舞踊に注力するでしょう。個人的には今後はそうしたジャンルを超えたクロスオーバーな領域に新たな可能性があるような気がしています。発見が多いような予感です。

※3:企業の社会貢献活動:企業は、社会の一員としてより良い社会を築き、支えるという広義の責任を負っているという考えの下、日本では1990年代に社会貢献活動が本格化し、各社は基本方針の明文化、専門部署や社会貢献委員会の設置など社内体制を整備し、経営資源を社会的課題の解決に向けて活用してきた。2000年代に入り、企業の社会的責任(CSR)への取組みが強化されるようになると、各社における社会貢献の位置づけは変化し、CSRの一環として推進する傾向にある。(参照:一般社団法人 日本経済団体連合会公式サイト内「企業行動憲章 実行の手引き」)

──巨匠と呼ばれる優れた芸術家が少なくなり、端境期のような状況とも感じられますが、何かお感じのことがありますか?

布垣:スポーツの世界が顕著だと思うのですが、ある1人のスターが登場した途端にそれまで見向きもされなかった競技がすごく注目されたりするじゃないですか。これってすごいんだと思わせる人や作品が出た途端、世間の見る目が変わりますよね。だから、やはり何かそういった優れた才能の発信力がもっと使えるといいなと思います。
色々偉そうな事を言ってしまいましたが、これも芸術文化を支援する愛する気持ちからだという事でご容赦いただければと思います。


布垣直昭

1982年トヨタ自動車(株)入社以来、クルマのデザイン部門に携わる。愛知県本社を中心に先行開発の東京や欧州拠点に赴任。新コンセプト車の商品化に多く関わり、チーフとして、ハリアー(初代)、アルテッツァ、イストなどを担当。2001年より、グローバルデザイン統括部主査、2006年より部長として、レクサスを含むトヨタ全体のデザイン戦略やブランディングを担当。2016年より、社会貢献推進部長。デザイン開発を通してクルマの様々な歴史や文化を見てきた経験から、現在はトヨタ博物館 館長として自動車文化発展に尽力。

トヨタ博物館:http://www.toyota.co.jp/Museum/


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