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アーツカウンシル東京ブログ

アーツカウンシル東京のスタッフや外部ライターなど様々な視点から、多様な事業を展開しているアーツカウンシル東京の姿をお届けします。

DANCE 360 ー 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング

今後の舞踊振興に向けた手掛かりを探るため、総勢30名・団体にわたる舞踊分野の多様な関係者や、幅広い社会層の有識者へのヒアリングを実施しました。舞踊芸術をめぐる様々な意見を共有します。

2018/09/04

DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(12)東京芸術劇場 前田圭蔵氏

2016年12月から2017年2月までアーツカウンシル東京で実施した、舞踊分野の多様な関係者や幅広い社会層の有識者へのヒアリングをインタビュー形式で掲載します。

DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(12)
東京芸術劇場 前田圭蔵氏
インタビュアー:アーツカウンシル東京

(2017年1月11日)


──舞踊芸術の分野の現状についてどのように見ていますか。

前田:舞踊という身体表現には、大きく分けるとふたつあると思うんですよ。
……1つ目は、自らやコミュニティのためのもの。あくまで趣味や健康増進などのために自らが楽しむ。もしくは祭事での奉納とか、祈りのための踊りとか、つまりは「人に見せるためにではない」身体表現ですね。この“踊り”(に親しんでいる人達は)は、世界中にあまねくありますよね。裾野はとても広い。それに対してもうひとつは「見せる/魅せる」ための“踊り”、(身体)表現としての“ダンス”。言い換えれば「鑑賞されることを前提にしたダンス、舞踊」です。表現としての舞踊というのは、つまり、人に見せることを前提にし、意識し、発展してきた歴史があると思います。
……表現として意識され、人に見てもらうことを前提にした“踊り”に関しては、まだ日本には十分に根付いていないというか、もどかしい状況がありますよね。もちろん、ある程度成功しているものもあるでしょう、古くは、能や歌舞伎の舞だとか、日本舞踊などの長い伝統をもつ踊りや舞い。そして明治以降、特に戦後になって、西洋バレエやモダンダンス、さらにはフラ(ダンス)やフラメンコやベリーダンスなどの民族舞踊、レビュー形式のダンスなどが広く国内に普及してきた。様々なフォーム(形式)の“踊り”を教えることのできる先生がいて、個人スタジオを中心に、いわば家元制に近い形で発展してきているものも数多くありますよね。
そのようにして、日本では(西洋発祥の)クラシックバレエが大きく発展してきましたし、極端なことを言うと、モダンダンスにしても、現代舞踊協会 ※1 が典型的ですけれども、アメリカやヨーロッパで学んで帰国した先達がいて、その方たちがスタジオを経営しながら生徒を増やし、全国規模で、ある程度組織としてもまとまって発展してきた歴史があります。「人に見せる舞台作品としての舞踊作品を創る人たち」を中心に、発表会形式だったり、コンクールを開いたりして発展してきたのだと思います。

※1:一般社団法人現代舞踊協会:戦後まもなく、洋舞の興隆の中で、1948年に「日本芸術舞踊家協会」として結成された。1956年には全国的組織に改組となり舞踊家の石井漠氏を初代会長とする「全日本芸術舞踊協会」と名称を改め、さらにその後、国の認める法人組織化に迫られ、1972年に社団法人化、2009年に一般社団法人化し、現在の「一般社団法人現代舞踊協会」となった。2013年時点で2,400名の会員を擁する。(出典:http://www.gendaibuyou.or.jp/

……踊る人、つまりダンサーのことを考えると、日本は玉石混合というか、様々なジャンル、様々なフォームのダンスが普及していますよね。例えば、ハワイアン(フラ)などは本当にたくさんの人がやっていますし、それに比べたら数こそ少ないけれど、(スペインの)フラメンコや(ブラジルの)カポエイラとか、サルサとか、ヒップホップとか、阿波踊りとかよさこいとか……とにかく様々な種類のダンス(舞踊)が、バラエティ豊かに雑多にあるという現在の状況は、世界的に見ればかなり稀なのではないでしょうか?
……要は、(芸術表現としての舞踊が)社会にとってどのぐらい求められているのか、ということが問題と言えば問題だと思うんですよね。ダンサーはもちろん、振付家やそれを支える制作者達がそのことを自覚することは重要で、それはただ単に舞踊人口の数を増やしていけばいいということでもないのではないか、と思います。実際、数の増えない、というか大衆化しないアート、つまりマイナー・アートなんていつの時代でもいっぱいありますし、そうした「文化の厚み」こそ必要だとも思います。
……先日たまたまお会いした演出家のジョン・ケアードさんと話していてその通りだなと思ったのは、「要は、数だけで物事の価値を決めてしまうのは危険だ」ということです。マスの論理でいったら、それはどんどんコマーシャルになっていくし、そのコマーシャルなものが是となっていく。もちろんそういう考え方もあると思います。けれど、演劇人口に比べて舞踊人口がすごく少ないとか、舞踊の観劇人口がすごく少ない(事実そうですけど)、ミュージカルと比べてどうなのか、歌舞伎、能、文楽、バレエと比べてどうなんだとかと言っていても、それ、何の意味があるんですかということ。もちろんゼロではないかもしれないけど、そこにそれほど大きな意味はないと僕は思う。
確かに、美術や建築に比して舞踊に関心のある人はとても少ないかも知れません。おそらくそれは事実。やはり美術とか建築は、多くの人にとって、比較的アクセシブルな(近寄りやすい)状態に置かれていると思うんですよね。それに比べてパフォーミングアーツ(舞台芸術)は少しマイナーであり、残念ながら一部の人達しか関心を持っていない、ましてやその中のダンスなんて本当にわずかな人にしか接していないなあ、とも思うんですよ。
……いわゆる「コンテンポラリー・ダンス」については、JCDN ※2 みたいな動きがあったり、ダンスの裾野を広げていくんだとか、さらに多くの公共劇場・文化施設もでき、その中でダンスの拠点劇場みたいな、金森穣さんの新潟のりゅーとぴあ ※3 を筆頭に、その前には水戸市や静岡県舞台芸術センターの(ダンス部門芸術監督に就任したジャン・クロード・)ガロッタとか、いろいろな動きがありますが、昔に比べれば、ある程度目に見える形ができつつあるのかな、とは思います。また、特にコンテ(コンテンポラリー・ダンス)に関しては、昔に比べればダンサーはものすごい数で増えていますよね。たとえば「横浜ダンスコレクション」コンペティションの審査員を2016年まで担当させていただいていたのですが、作品エントリー数を継続的にみてみると、明らかにその裾野は広がっている。特に、首都圏だけでなく、地方でも、小さな作品をこつこつと創っている若い振付家やダンサーたちは増えてきていると思う。JCDNの活動に限らず、各地の劇場や制作者の地道な活動の影響も大きいわけです。だけど、そうしてできた作品を鑑賞する観客は残念ながらさほど増えていない。つまり、あまり好きな言い方ではないですけど、(観客層の拡がりという)マーケットはさほど大きく発展はしていないことも事実。

※2:JCDN(NPO法人 ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク):2001年に設立されたコンテンポラリー・ダンスの促進と全国的なダンスのネットワークの構築、文化行政等におけるアドバイザー・コーディネーター等の取り組みを行う組織。設立時より佐東範一氏が理事長を務める。代表的な取り組みとして 三陸国際芸術祭(サンフェス)(2014年~)、「踊りに行くぜ!!Ⅰ・Ⅱ」(2001年~2010年)がある。(参照:JCDN – http://jcdn-web.org/
※3:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館:1998年、文化と建築と環境の調和をはかり、音楽・舞台芸術の中心・発信地となるべく誕生。同劇場が舞踊部門芸術監督に金森穣氏を迎えたことにより設立した劇場専属のダンスカンパニー「Noism」はコンテンポラリー・ダンスの世界では国内で唯一の公立劇場専属のダンスカンパニーとなる。(参照:https://www.ryutopia.or.jp/

たとえば、ピナ(・バウシュ)とかウィリアム・フォーサイスとかアンヌ・テレサ(・ドゥ・ケースマイケル)とか、さらには山海塾にしても勅使川原三郎さんにしても大駱駝艦にしても、素晴らしい作品を世に送り続けてきたわけですけれど、そういう世界的には比較的メジャーなクリエイター達の公演であっても、30年程前と今とで動員数や公演数が劇的に増しているかと言えば、そんなことは決してない。実は、昔と今とではマーケットの総キャパシティはほぼ横ばいというか、変わっていないのかもとも感じます。東京を中心にした首都圏でも事情は同じ。観客数1,000だったものが、1万にはなってないし、多分、この先もならないんじゃないかなと思う。そのことだけをクローズアップし過ぎないことこそ大切ですよね。
地域活性化や都市計画、何でもいいんですけど、そういったことと、ダンスを、結びつけてできる方法がないのかなって、考える時もある。それって、逆に考えたら、そういうことを社会の側が求めているか? という話でもあるんですよね。
……(トリエンナーレなどの各地開催の芸術祭などによって)アートというものは明らかに、社会に浸透したというか、社会との関係を取り結んでいる。そしてまた、アートそのものが「パブリック・アート」や「観光資源」といった社会との接点を多様に持つことにより、それを享受する人が増えています。つまり、(アートは)大なり小なり自分と何らかの関係があるんだ、必要なんだと思っている人たちは増えているのであろうとは思います。
……韓国の光州(の文化都市計画などの取り組み)などの例を見ても、明らかにアーティスト側の欲求や要求というのかなあ、彼らが作品をつくりたいという欲求だったり、それを見てもらうとか、そういうことも含めて、それで(プロとして)生計を立てるとか、アーティストとして活動を続けるとか、そういったことのニーズと、その受け皿、それを必要としている人たちや需要そのもののバランスはまだ取れていないのではないか、というのが現場の実感でもあります。
……例えば、僕が若い頃(80年代以降)は、美術館での現代美術(コンテンポラリー・アート)の企画展示は数も少なかったですし、集客も今よりはずっと少なかった。でも、今では、かなり、多くの人が見に行く。現代アートを支えているファンたちが、各々の作品と自分自身とをどうやって関係づけているのかということはわからないけど、現代美術業界全体がものすごく努力をして頑張ってきたということもあるし、作家もギャラリストもキュレーターも、さらには北川フラムさんや芹沢(高志)さんのようなプロデューサー的な人たちも含めて、行政なども巻き込んでの、ある種の、具体的な戦略と努力がかなり実を結んでいると思うんです。
……(美術界の状況の変化と)同じようなことは、例えば日本におけるサッカー界を見ていても感じます。僕が中高生の頃は、サッカーをやっている女子は同世代にはひとりもいなかった。でも今は、男の子だけじゃなくて女の子も、(サッカーをプレーしている人が)たくさんいる。短い期間に飛躍的に普及拡大しましたよね。サッカーができる環境も整い、練習や試合をするシステムも構築され、それと同時にサッカーというスポーツの魅力のPRにも成功した。普及活動にかなり力を入れることで、短期間の間でそれは実を結んでいるのだと思います。サッカー業界が一丸となって現実を見据えた構想を立て、それを実行に移してきた。こうした実績は見習うべきすばらしいことだと思う。
……もちろん、舞台芸術であるダンスは、スポーツじゃないし、Jリーグ構想をそのまま参考にするのはかなり無理があります。だとしても、少なくともファインアート(美術)、それも現代美術のように、地域活性化や都市計画、レジャーや観光、何でもいいんですけど、そういったこととダンスを結びつけていける方法がないのかなって、いつも考えています。同時に、それって、逆に考えたら、そもそもそういうことを社会の側が求めているかという話でもあるんですよね。パブリックアートという言葉はあるけれど、パブリックダンスという言葉はない。フラッシュ・モブなどといって、街中など公共的な場で突然踊りだすという手法もあるにはあるけれど、それが、パブリックアートのように社会に根付いていくような強い流れにはなっていない。そもそもパブリックアートとモブを対照していいのかという話もありますね(笑)。分かりやすいひとつの例として挙げたんですけど。
……一方で、安室奈美恵さんやEXILEなどポップスターの出現によって、ストリートダンスはものすごい勢いでその根を拡げたと思う。ヒップホップやストリート系のダンスをやっている若者や子供たちって、僕たちのときはほとんど目立ちませんでした。でも、今、僕が、昔通っていた公立高校に行くと、高校生たちが校内で必ずダンスの練習をやっています。だから、総じてダンスの裾野は広がっているんですよね。もちろんメディアの力もあるけれども、やっぱりもともと若者には「踊りたい!」という欲求はあるんじゃないかなあ? メディアに載る載らないの以前に、格好良くスタイリッシュに踊りたい、という自然な欲求があるのだと思う。全く踊らない人がこういうこと(ダンスか歌)をやらせたらおもしろいと思って誰かが無理やりやらせたわけじゃなくて、明らかに自発的な能動があると思いますよ。マイケル・ジャクソンに憧れる、とかね。
……戦前戦後の社交ダンスやダンスホールの隆盛、70~80年代のディスコ・ブームとか、いつの時代にも「ダンス」はあったのだと思う。みんな、踊っていたんですよ。あれはどっちかというとフォー・ミー、フォー・マイセルフという感じなので、パフォーミング・アーツとしては、ちょっと捉えがたいですけど、広義の意味でのダンスということでは、あのような「踊れる雰囲気、踊れる場所、踊れる音楽、つまりは踊れるための環境」の存在は、とても大きいわけですよね。
僕たちの親の世代は、社交ダンスとかダンスホールとかがとても流行っていた時代で、やっぱりみんな踊っていたんですよ。規模はともあれ、どこの街にもダンスホールがあって。それが僕たちの世代になるとディスコになり、やがてクラブにとって代わっていく。僕自身はほとんど行かなかったけど、70年代から80年代にかけてはディスコ全盛期でした。その後、90年代ぐらいからそういうものがどんどんなくなっていって、踊れる場所は、クラブになっていった。その後、風営法の規制強化などが原因で、今ではクラブも下火となってしまって…今の若者たちはどこで踊っているんだろうか?ストリート?どこだ?(笑)

──その社会との関係性についてなんですけれども、時代の流れがあり、今の社会は違いますか。

前田:ダンスは長年、基本的に振付のノーテーション(記譜)を残すことがむずかしかった。振付のノーテーションを残しにくい芸術だから、その再現や継続もとても難儀なんですよね。ニジンスキーってきっとすごかったんだろうなということは伝わってきても、実際に彼の踊り、動きを見ることはできないし、それより昔の踊りはさらに再現がむずかしい。そこは、残念ながら、バッハの音楽を聴くようにはいかないですよね。でも、これは宿命だと思う。そういう(現れては瞬時に消えていく)形式なんですもんね。無理ですよね、七代目(市川)團十郎の所作は残念ながら今見ることはできない、無理。こればかりは仕方がない。
……(ダンスを残す、もしくは再現可能にするという目的での作品のレパートリー化については)今は音声付映像という手段ができましたよね。社会がそれを求めているのかというか、そういうのって自然発生的に生まれてくるものだと思うし、もしかしたら、新たな振付家だったり、身体表現を基礎にして、表現をする可能性ってまだ無限にあるともちろん思います。

フォーサイスにしても、土方巽さんにしても、やはりきちんと言葉を伴っていたことが大きいかもしれないです。

──身体表現や身体芸術の価値観や定義の更新について、時代ごとに少しずつその系譜は伸びてきていたと思うのですが、この20~30年はどれぐらい延びてくるかというのが気になっています。

前田:舞踊の世界では、土方巽さんの存在は本当に巨大だと思うんですよ、フォーサイスやピナと同じぐらい。やはり、彼は、新しい身体言語を生み出したんだと言っていいでしょう。だって、“舞踏”なんて全くなかったもので、それを創出したのだから。そういう意味ではフォーサイス以上かもしれない。もちろん、モダンダンスなどをやり、研究もしていたのでしょうが、それがあのような突然変異のような形で“暗黒舞踏”という形で花開いた奇跡。そして多くの人たちが今も彼の足跡を追い、発展させようとしている、これはすごいことだと思う。
フォーサイスにしても、土方巽さんにしても、やっぱりきちんと言葉を伴っていたことが大きいかもしれないです。それが全てではないけど、ある程度、自分がやっていることを人に伝えていくには、相当いろいろな、努力というんでもないけど、欲求なのかもしれないですけど、その人その人なりにやり方があるじゃないですか。ローザスを主宰するアンナ・テレサも、作品についてはかなりしっかりと言葉でも残していますよね。
……昔だったらなかなか難しかったことでも、今だったら、簡便にできることもたくさんある。映画でも、昔は1本映画を撮るといったら、多くの資金を集めなければできなかったけど、今なら、さほど大きな資金がなくても撮れますよね。そういうこともあるし、しかも撮った映像をYouTubeにアップしちゃえば、大勢の人に見てもらえるかもしれない。それと同様に、劇場で踊られるダンスだけがダンスではなくなってきているのかも知れませんね。そういう意味では、身体表現の可能性というのは、その内容というか質というのは、社会が変化していくにつれて当然これからも変化していくんだろうなとは思っています。
……演劇もしかりですけど、ダンスにとっても、教育的な側面も大きいですよね。学校でダンスに触れることで、その後も続けてやりたいという欲求が強い人たちというのは生まれていくわけじゃないですか。今、舞踊の授業とかって、昔より増えているのではないですか?僕たちの頃はほぼゼロだったわけですが。「えー、踊るの、嫌だ!」っていう時代ではなくて、今は積極的に「踊りたい!」という感じはありますよね。合唱も、「えー、合唱なんてやだよ!」みたいな乗りじゃなくて、「合唱大好き!」みたいな(笑)。いやいや、意識はすごく変化していますよ。僕は、それは若者社会がとてもナイーブになっているということでもあって、少し危険も感じていますけどね。そういうナイーブさは。つながりたいっていう欲求は、逆に言うと、孤独感が増していることの裏返しでもあるし、ちょっと世界が少し狭くなっているみたいな感じかな。
……芸術というのは、本来はどういう姿であるべきか。お祭りのときの踊りとか、太鼓をたたくとか、歌を歌うとか、そういうことって、とてもプリミティブ(原初的)な、古くから変わっていない、人としての欲求のひとつだと僕は思うんですよ。だから、それ自体がなくなることはこの先の未来も多分ないと思うし、それ自体が既に文化的な行為そのものだと思うんですね。よく、鳥の動きをダンスに例えますけど、鳥にとっては、別にあれはダンスとして踊っているわけじゃなくて、人が(鳥の動きを)見てダンスに似ているから、それを「ダンス」と言っているわけじゃないですか。でも、人の踊りや歌は、明らかに人としてのプリミティブな欲求の発露であったり、あとは、祈りとか、そういうことととても結びついていますよね。儀礼的な行動というか。だから、その2つ(欲望と祈り)が大きいんじゃないですかね。
……別にダンスだけにあるってことでもないんですけど、共感というのかな、共振というのかな、自分の神経のどこかが共鳴したり、共感したりする瞬間があって、そのことが喜びにつながったり、癒しにつながったり、ちょっと救われた気分になったりとか、そういうこともあるから。僕にとっては、いいダンスに触れた時って、いい音楽を聞いたときとすごく近い感覚なんです。

自治体などが支えているオーケストラは全国各地にあるのに、なぜ(公設の)ダンスカンパニーはできないのだろう、って僕はいつも思っている

前田:……本当は、例えばローザスとかメレディス(・モンク)とか、毎年次々と新作を創っていますから、それこそ全作品を日本でも紹介したいと思っていました。重要な振付家、アーティストの作品については、できるだけ多くの作品を紹介すべき、と今でも思っています。でも、(経費の問題もありますし)日本ではなかなか難しいですよね。全作品、呼べてないし、振付家のヴィム・ヴァンデケイビュスなんてもう何十年も招聘できていない。本当は毎年ちゃんと来日公演ができていなきゃいけないようなアーティストたちだけど、残念ながらなかなかそうはいかない。あとは、やっぱり日本のカンパニーや振付作品がもっともっと海外に出て行って紹介されてほしいとも思っている。勅使川原三郎さんや麿赤兒さん、金森穣さんのNoismや近藤良平さんのコンドルズとか、Co.山田うんとか梅田宏明さんとか頑張っている人たちも大勢いますけどね。いい作品をつくっているんだから、もっともっと世界ツアーをしてほしいと思っていますし、本人たちもそう思っているでしょう、やりたいって。
……自治体などが支えているオーケストラは全国各地にあるのに、なぜ(公設の)ダンスカンパニーはできないのだろう、って僕はいつも思っているわけです。
……ほかの形も模索しないといけないかも知れませんね。いつまでも手をこまねいても状況は変わらないし。だって、何十年もの間、公立のダンス・カンパニーはできていなかったんですよ。(今でも公立が全面的に支えているダンスカンパニーは)新国立劇場バレエ団とNoismだけなのでは? プライベートカンパニーを除けば。プライベートカンパニーは頑張ってきた人たちがたくさんいますよね。でも、あれは完全に自己努力ですよ。助成金システムをなんとか利用して、公演ではチケットを捌いて、自分たちの努力でカンパニーをなんとか維持している。
……それには一定数の観客(オーディエンス)が必要ですね。そうじゃないと、そこに税金が投下されたとしたら、それがどういうふうに社会に還元されているんですか、となりますからね。あらかじめそのことをちゃんと設計しておく必要があると思うんですよね。コンドルズをフォローしている人たちとローザスに来る人たちは、かぶってはいるかもしれないけど、違うじゃない?でも、裾野としては、すごくいいことじゃないですか。だけど、そんなに大きな数でもないとも言えるんですよね。
……だから、勅使川原三郎さんの今やっている活動(KARAS APPARATUS ※4)なんかは、ほんとうにすばらしいと思うんですよ。自前でスタジオを運営し、自作を積極的に上演し続ける。あれはすごいことです。まるでサッカーの試合のように(ダンス公演を)日常的にやっているんですよ。年間60公演ぐらいは軽くやっているんじゃない? ということは、Jリーグのプロ・チームと同じぐらいの数やっていますよね。非常に重要です。各カンパニーが、年間60回の上演をする、これはなかなかできないことです。でも、キャパを狭めればできるかもしれない。舞台空間が狭いと、今度は踊りにくいとか、様々な課題にも直面しそうで難しいんだけど、でも、可能性はあるのではないかと思うわけですよ、もうちょっとそういういろんな方法を考えないと無理じゃないかなって思う。

※4:KARAS APPARATUS:勅使川原三郎とKARASの芸術的精神を基に、新しい表現を生み出す場所として、 2013年7月に設立。小空間ながら1F、B1、B2の3フロアからなる。劇場、スタジオ、ギャラリーが設備された、全館ダンスマットが敷きつめられた創作スペース。KARASのダンスクラス、アトリエ公演などが定期的に実施されている。
http://www.st-karas.com/karas_apparatus/

インフラをどうやって整備するかということは、喫緊の課題のひとつだと感じています。

──アーツカウンシル東京での現行の支援策としてはアーティストに対しては助成プログラムがあります。

前田:事業助成は事業助成で僕はとても肯定的ですけど、もう一つは、そのベースとなる環境というか、インフラをどう整備していくか、ということも重要なことだと思います。例えば稽古場を増やせるのかとか、そういうこともありますよね。あとは、それを発表する場も増やさないといけない。最終的なアウトプットはもちろん必要。ワークショップやリハーサルばかり行っていて、それはそれでいい場合もあるけれども、やっぱり最終的には観客に成果、というか作品として見せることは大切なことだと思うので。そうした場合は、劇場だったり、規模が小さくても、表現として発表できる場所が必要ですよね。
例えば水天宮ピット ※5 という稽古場を、東京芸術劇場で運営しているわけですけど、なぜかダンスカンパニーの利用はすごく少ないんです。もしかすると、空間的にダンスのリハーサル・スペースとしては少し狭すぎるのかも知れませんが。ダンスの場合は特に、リハーサル・スペースに柱とかがあるとちょっと厳しい。小さな作品ならできるかも知れませんが。なので、演劇関係者の利用が圧倒的に多いんですよね。でもソロ作品だとか、日本舞踊とかだったら全然使えると思うんですけどね。コンテだとちょっと厳しいのかな。バレエとなるとさらに厳しいですね。それに長期連続で利用できないと、プロ・ユースには向かないですしね。

※5:水天宮ピット:正式名称「東京舞台芸術活動支援センター」)。2009年4月1日に東京都墨田区八広へ移転した都立日本橋高校の旧校舎を転用して、2010年7月26日オープン。運営は東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)が行っていまする。「大・中・小サイズの違う6つのスタジオと用途別の3つのスペース」での稽古場提供を行う。(参照:https://www.geigeki.jp/suitengu/

……インフラをどうやって整備するかということは、喫緊の課題のひとつだと感じています。演劇活動をする人たちもいますし、混じっている場合もある。いずれにせよ、ある程度戦略を持たないといけませんね。アマチュアの人たちの活動も裾野が広いので、誰でもどうぞというやり方を取るのか、(例えば森下スタジオや水天宮ピットのように)もうちょっと審査などで選りすぐるシステムの稽古場にするとか、いろいろな方向性もあると思うんです。あと、ダンスセンター構想みたいなものをつくるか。イスラエルのスザンヌ・デラル ※6 みたいな、ああいう形とか。

※6:Suzanne Dellal Centre:イスラエルのテルアビブで、元学校をリニューアルして1989年にオープン。コンテンポラリー・ダンスの若手育成や、国際的なダンスの見本市としてのダンスフェスティバル「International Exposure」を行う。バットシェバ舞踊団の拠点でもある。(参照:https://www.suzannedellal.org.il

やはりそうしたプロデューサーやキュレーターの後継もダンス業界全体として育てていかないと、いつまでも自分達が先頭にたってやっていたら、未来がしぼんでいってしまうかもしれない、と僕は危機感を抱いてもいます

――何件かヒアリングを重ねている中で、皆さんが共通して言及されるのが、優れた才能、スターという存在の必要性とそれに対する支援についてのお話があります。

前田:それは、それこそ誰も予見したり設計できにくいものではないですかね。つまり、予め計画できないと思うんです。だから、プランできないことを話しても、あまり意味はないと僕は思うんです。僕は、もっと設計がある程度できるようなことをまずはやるべきだと思います。
……(佐藤)まいみさん(彩の国さいたま芸術劇場プロデューサー)や唐津(絵理)さん(愛知県芸術劇場シニアプロデューサー)などの優れたプロデューサーが、長年にわたってコンテンポラリー・ダンス界に寄与していることは本当にすばらしいと思うし、ずっと続けてほしいと思うけれども、後継を育てていくことも必要だと痛感しています。亡くなってしまったNBS日本舞台芸術振興会の(代表だった)佐々木忠次さんだったり、フォーサイスやピナ・バウシュ作品の数々を紹介してきた(今はなき)日本文化財団であったり、キーパーソンはたくさんいました。ダンス界を陰で支え続けてきた様々な人たちの礎の上に、今がある。だからこそ、やはりそうしたプロデューサーやキュレーターの後継もダンス業界全体として育てていかないと、いつまでも自分達が先頭にたってやっていたら、未来がしぼんでいってしまうかもしれない、と僕は危機感を抱いてもいます。
そういう意味では、相馬千秋さん(NPO法人芸術公社代表理事/アートプロデューサー)とか、橋本裕介さん(ロームシアター京都/KYOTO EXPERIMENT プログラムディレクター)とかにも、すごく期待しているというか、頑張っている人達ですよね。でも、コンテンポラリー・ダンスをきちんとプロデュースできる制作者はまだまだ足りない気もします。企画力があり、国内外のダンス事情に精通している若いプロデューサーが、あまり浮かばないですね。新陳代謝が少ない。それが物語ってません? 演劇界はもうちょっと幅広いし、動きも活発な気がします。やっぱり全体の“パイ”も広いから。そういうニューカマーも出てきていますしね、チェルフィッチュ、地点、ハイバイ、イキウメ…とか、みな若いとは言えないけど、若い頃から才能を発揮しているでしょう、20代、30代前半ぐらいから。

──そこをどうすれば突破できるでしょうか。

前田:もちろん才能は要りますよね。笑 例えば、ヨーロッパやアジアその他海外のダンス・カンパニーが、振り付けを委嘱したいと思うような振付家を、天児牛大さんや勅使川原三郎さん、金森穣さん以降、日本は輩出していますかって話ですよ。残念ながら、あまりでてきていない。それはつまり、彼らが日本の振付家の作品をあまり見る機会がないってことでもありますよね。海外のダンス・カンパニーだって、委嘱する振付家がなかなかいなくて困ってるのだからチャンスはあると思うのです。
……明らかにスターの存在も必要でしょう。バレエ界の人ですけどシルヴィ・ギエムさんとか熊川哲也さんは、それに近い。彼女は、いろんな意味で社会への影響があったと思う。だから、そういうことをサポートするということも大切。

──社会とのつながり方と、アーティストの社会的な役割みたいなものをどう打ち出していけばよいでしょうか。

前田:そのことがいつも気になっています。神戸の震災の時や、この前の東日本大震災の時も思ったし、別に震災や原発事故どうこうだけじゃないんだけど、アーティスト達が、社会でいろいろな問題が起きている中でそれに対してどういうふうにリアクションしていくのかということですよね。個人単位とか、もっとみんなで集まって話すとか、そういうことはとても大切なことだと僕は思う。みんな、絶対、意識はしているわけだから。実際行動を起こしている人たちもいるし。大友良英さんからたまたま声がかかって、珍しいキノコ舞踊団の人たちが加わって、「プロジェクトFUKUSHIMA!」をやるとか、いろいろなことがあるんだけれども、もっと目に見える形にできることはいっぱいあるでしょう。それは、すごく思いますね。
……アーティストとしてのアンガージュマン(社会参加)というか、コミットメントを、じゃあどうするんだという時に、1回、劇場のようなところは、拠り所として、または基地として大事な場所になりうる、と思うんだけど、そこからまた外に出て行くというか、他者と接していく努力とか、そういうこともすごく大事だと思う。

舞台制作者はまだ軽視されているとも感じます。プロフェッショナルな表現者が作品を世に送り出すためには、アーティストやカンパニーの制作や運営はなくてはならないものなわけですから、絶対、優秀な制作者は要る。そこがわかりづらいんでしょうかね? でも、そこは結構肝ですよね。

──よく学芸員資格はあるのに、劇場の制作者の職能の権利があまり認められていないということも言われています。

……やっぱりなるべく、基本的な歴史や教養も備えた制作者が、アーティストとある程度フルタイムで関われないと厳しいですよね。他に仕事しながら片手間でなんてできないですよ。昔から言われていることですけど、この国では、舞台制作者はまだ軽視されているとも感じます。プロフェッショナルな表現者が作品を世に送り出すためには、アーティストやカンパニーの制作や運営はなくてはならないものなわけですから、絶対、優秀な制作者は要る。そこがわかりづらいんでしょうかね? でも、そこは結構肝ですよね。
これだけ公共劇場とか公共施設ができ、劇場法も整備されてきたけれど、舞台芸術に携わる仕事をしている人たちがいて、こういうことをやっています、そのことを社会に広く認知してもらうということの訴求は、はっきり言ってまだ全然十分じゃないと思うんです。だから、そのことを市民に対して発信していく必要がまだまだあるんだと思います。
……欧米では、舞台芸術や劇場という存在は、日常生活の一部ですし、すごく親近感があるので、みな気にしているわけですよ。劇場の予算はどうなっているんだ、プログラムは誰が決めているんだ、そういうことはすごく市民の人たちにとっての関心事なわけです。だけど、日本は全然違いますもんね。関心があるのは、人口全体の10%にも満たないという調査結果もある。年に一度も劇場に来ない人たちがたくさんいて、なので、とても小さな些末なことになっちゃうわけですよね。政治家にとっても、行政にとっても、文化行政は投票にあまり影響しない。これが、投票に直結するような大きな関心事であったなら、劇場や舞台芸術関係者と社会の関係性や緊密度は大きく異なってくるわけですよね。
……全体をどうやって、底上げというかな、社会的な、要するにポジションということだと思うんですけど、パフォーミング・アーツのポジション、ビジュアルアーツのポジションとか。例えばカルチャーとしての関心はみんなすごくあると思うんですよ。でも、風土的なものもありますよね。パフォーミング・アーツに対しての関心は本当に低いと思いますから。これが高松塚古墳とかになったら、すごい、一気に上がるわけですよ。そういう価値観だから。それはそれで、非常に日本人としては腑に落ちる部分もあります。「それは、高松塚古墳のほうがより重要かも知れない」と思っちゃう自分もいるんですけどね(笑)。でも、そこに一気には行かないけど、でも、そういうことを意識しつつダンスをどう捉えるかということをみんなが考えないと、いつまでたっても変わらないんじゃないかなと思っています。

──Jリーグ構想、ブラジルからも学べるところはある。

前田:Jリーグ構想があったとき、20年ぐらい前に、同じことがパフォーミング・アーツでもできたらいいなと僕は思っていた。当時、劇場法はつくると言っていたから、それで劇場法はできたんだけど、でも、残念ながらJリーグ(のような構造や地域に根差した取組)はできていないんですよね。
……たとえば、ブラジルのやり方も参考になるかもしれません。デボラ・コルカー(ブラジルの振付家) ※7 とかすごい。例えばブラジルのダンス振付家は決して多いわけではないわけじゃない? だけど、デボラ・コルカーがいる。だから、デボラ・コルカーを起爆剤にして、それで、ブラジルのコンテンポラリー・ダンスがある程度世界的に認知された。ブラジルはもちろんサンバとか、もともとダンス王国だから、コンテンポラリーは根づきにくいわけじゃないですか、実際にずっと根づいてなかったし。だけど、ああいう人たちが出てきて変わってきた。ブラジルは、お金がない中でもやれることはやってきたというか。公共の、行政もそれをある程度バックアップしていたし、そういうニーズもあったというか、頑張ってやっていますよね。最終的にリオ・オリンピックの振付まで行ってるわけだから、あれって1つの成果じゃない?サンバのようなストリート的なるものと、コルカーが持っている、もともとやっていたモダンコンテンポラリーのワールドと、全部、彼は使ったわけだけど、あれは1つの大きい結実と思った。ブラジルができるんだから、日本だってできるんじゃないかと思うけどね。

※7:デボラ・コルカー(DEBORAH COLKER) 振付家。1994年ダンスカンパニーCompanhia de Dança Deborah Colker設立。2001年英国ローレンス・オリヴィエ賞をブラジル人で初めて受賞。2009年女性振付家として初めてシルク・ド・ソレイユ作品を振付(「OVO」。2008年初来日公演(第15回神奈川国際芸術フェスティバル コンテンポラリー・アーツ・シリーズ、神奈川県民ホール)、2015年KAAT神奈川芸術劇場にて再来日公演を行った。2016年リオデジャネイロ夏季五輪の開会式の演出も手がけた。
http://www.ciadeborahcolker.com.br/home-english

目的というか、ビジョンが描けないということが大きい問題ですよね、要は、プロフェッショナルになる道が見えないというのは大きい問題。

──現在のダンスを取り巻く現状についてどう思いますか。

前田:裾野は明らかに広がってはいると思うんだけど。でも、これも以前から言われていることだけど、若い世代が、目的というか、将来のビジョンが描けないということが大きい問題ですよね。要は、プロフェッショナルになる道が見えないというのは大きい問題。美術の場合は、一応、評価される作品を作ることができればその作品は売れる可能性があるから。その意味でもダンスは本当に大変じゃない? その問題はなかなか解消しない。
……ダンサーの海外流出とかとも関係しているわけだけど、ダンスを続けたいと思ったときに、それを続けられる環境がないから。つまりさっきから言っているインフラがないよなって思うんです。
今でも、本当にいい作品やプログラムが組めれば、それを説得するのには、場所や地域の協力は不可欠だけれども、不可能ではないと思うんです。

――東京は、今、どういうことに気づくべきでしょうか。

前田:首都圏は、やはり一番人が密集して住んでいるエリアですから、そういう意味では、発信場所としては東京を中心とした首都圏の役割は大きいですよね。もちろんメディアを通しての発信ということもあるだろうし、劇場であれば、ダイレクトに観客に向かって発信することができる。情報を束ねて公開していくとか、外に出していくということもできるし、アウトリーチであったり、いろいろなことを含めてできることはたくさんあるでしょう。あとは、フェスティバルなのか、シーズンプログラムでいくのか、ちょっとわからないけれども、ある程度インパクトのあることももちろんできると思うんですけれども。でも、やっぱりいい作品がないといけない。
15年くらい前に、富山県利賀芸術公園の、昔の「利賀国際フェスティバル」 ※8、あれのダンスバージョンみたいなものをやりたくて、いくつかの行政に提案してみたことがあるんですよ。山形とか、秋田とか、あと、どこと話したかな、鹿児島とかも話したかな。要は、地方で、夏休みや冬休みの時期とかに、東京からも人が来られるような時節に、利賀フェスティバルのちょっと舞踊寄りの、タンツシアターとかも入れてもよかったんですけど、そういうフェスティバルができないかなと思って。いやあ、実際には厳しかった、誰にも十分理解はされなかったなというか。でも、もうちょっとパワフルに、もちろん、ある程度アーティストのポテンシャルが要るんですけれども、呼び水が要ると思うんですけど。まさに利賀的な、もしくは妻有的(大地の芸術祭 越後妻有アートトリエナーレ)なフェスティバルをできたらなと思って、誰かやってくれないかなと思っているんですけど。映画の上映とかもできるし、その関連のある造形作品も展示するとか、シンポジウムとか、いろいろできるんですね、だから、フェスティバルはできるはずです。

※8:富山県利賀村で開かれた、日本初の世界演劇祭「第1回利賀フェスティバル」は、6カ国12団体が公演し、国内外から13,000人の観客が集まった。上演団体として、タデウシュ・カントール、観世榮夫、寺山修司、太田省吾、ロバート・ウィルソンなど、錚々たる顔ぶれが揃った。

……たとえば、1週間とか2週間の間で、週末に、パフォーマンスはそんなたくさんなくてもいいけど、ワークショップをずっとやっています、シンポジウムもあります、造形作品もあります、関連したコンサートもやるとかね、生演奏もあるとか、いろいろできるじゃないですか。別に、今でも、本当に良い作品、良いアーティストによって、良いプログラムが組めれば、それを説得するのには、場所と、そこの地域の協力が要るんですけれども、不可能ではないと思うんですよね。
……昔、ちょっと、舞踏の白虎社が熊野地方でやっていたりとか、あったんですけどね。佐渡島の鼓童が毎年夏にやっている「アース・セレブレーション・フェスティバル」とかね。

──ほかのジャンルで、ダンスとコラボレーションできそうな表現だったり、参考になる価値観や、思いつかれることはありますか。

前田:たとえば落語にしたって、見えないところでものすごく練習していて、やっぱり上手下手はあるし、その辺は正直で露骨じゃないですか、おもしろくない人は本当に笑えないしとか、笑わせるだけじゃないけど、噺の持っていき方とかもあるから。でも、新作を頑張ってつくっている噺家もいるし、古典をやっている人もいるし、いろんな人がいる。やっぱり彼らはすごく努力していますよね。危機感があったと思いますよね、このままだとやばいという。本当にこれ、助成金申請しなきゃいけなくなっちゃうみたいなね。でも、そこで彼らはお客さんを取り戻すことができて、今、多くの落語会は盛況だし、本当にファンもたくさんいる。何千人って集められる人から何百人、そこまではいかないけど、多分、これから人気の出ていく人たちとか。だって、まだ20代の若手の噺家たちがタワーレコード渋谷店で落語会をやっていたり、もういろいろ努力してやってるわけでしょ。ダンサーたち(はそういう努力が)まだまだ足りない! って思うときもあります。
……(ダンスの作品が)あまねく多くの人に受け入れられなければいけない、とは思いませんが、でも、本当にすぐれたもの、価値のある作品は、もっともっと多くの人に受け入れられるはずだ、多くの人の心に届くはずだと信じています。


写真:Ryuji Miyamoto

前田圭蔵

東京芸術劇場 事業企画課
多摩美術大学芸術学科卒。世田谷美術館学芸課に勤務。
在学中は、自主映画の制作に加え、演劇やダンス公演のポスター貼りを行う。美術館離職後は株式会社カンバセーションに入社。世界各国を巡りながら、主に音楽やコンテンポラリー・ダンス、演劇などの招聘・企画制作やレーベル運営等を手掛ける。イリ・キリアン&NDT、アンヌテレサ・ドゥ・ケースマイケル&ROSAS、メレディス・モンク、ラ・ラ・ラ・ヒューマン・ステップス、ヤン・ファーブル、ヴィム・ヴァンデケイビュス、アクラム・カーン、ジンガロなど数多くのアーティストやカンパニー作品を日本に紹介。さらに、珍しいキノコ舞踊団、コンドルズ、金森穣など日本人アーティストとの仕事にも携わってきた。
2001年よりウェブサイト・マガジン realtokyoの編集・運営に携わりコラムを連載。さらに「フェスティバル/トーキョー2011」「愛知トリエンナーレ2013」パフォーミングアーツ部門プロデューサー、「六本木アートナイト2014」メインアリーナ・ディレクターなどを歴任。現在は、東京芸術劇場事業企画課広報営業係長として国内外のパフォーミングアーツの企画制作に携わっている。

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