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アーツカウンシル東京ブログ

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DANCE 360 ー 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング

今後の舞踊振興に向けた手掛かりを探るため、総勢30名・団体にわたる舞踊分野の多様な関係者や、幅広い社会層の有識者へのヒアリングを実施しました。舞踊芸術をめぐる様々な意見を共有します。

2018/12/17

DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(19)旅と祭りの編集プロダクションB.O.N代表 大石始氏

2016年12月から2017年2月までアーツカウンシル東京で実施した、舞踊分野の多様な関係者や幅広い社会層の有識者へのヒアリングをインタビュー形式で掲載します。

旅と祭りの編集プロダクションB.O.N代表 大石始氏
インタビュアー:アーツカウンシル東京、武藤大祐(群馬県立女子大学准教授)、宮久保真紀(Dance New Airチーフ・プロデューサー)

(2017年2月20日)


──舞踊に限らず、ポップカルチャーなど、東京あるいは日本の芸術文化についてどのように感じていますか。

大石:伝統的な盆踊りや祭りに関心があって、ここ6~7年は日本各地を巡っています。同時に、面白いなと思っているのは、例えば、荻野目洋子さんの『ダンシング・ヒーロー』という80年代の曲が、東海〜関東の広い範囲の盆踊りで使われるようになってきている現象があります。つまり、子供のころに盆踊りに行くとかかっている曲が『ダンシング・ヒーロー』で、「あれ、盆踊りって『ダンシング・ヒーロー』で踊るものじゃないの?」という世代が生まれてきていることがすごく面白いなと思っています。似たような現象が実はいろいろなところで起きていて、東京でいえば、ボニーMという70~80年代のディスコバンドの『Bahama Mama』という曲が、東京の中央区の盆踊りを中心に普通にかかっているとか。そういった、伝統的な場所とされていた祝祭空間に、全く和風でも音頭でもないものが組み込まれて、それがいつの間にか伝統になっていくというプロセスも含めて、すごく面白いなと思っているところです。ですので、ここ数年は、盆踊りの現代化というか、現代版みたいなものも含めて関心を持って取材を重ねるようにしています。

“ダンス・ネイティブ”な世代が、今の高校生以下の世代ということが言えて、彼等にとってダンスは非常に日常的なもので、自己表現の一つの手段にもなっているとも言えます。ダンス部で踊るというだけではなくて、SNS上で動画をアップするという行動も日常の延長にある

──日本の社会の中でダンスはどのようなものとして機能していると思われますか?

大石:地域差と世代差もあるのかなという気はしています。というのは、以前、高校ダンス部の取材をしたことがあるんですが、その取材を通してすごく面白いと思ったのは、今の高校生や19歳以下の世代は、“ダンス・ネイティブ”な世代だと言うアナリストの方がいるんですね。子供のころから、例えばEXILEや、E-girls、AKB48を普通に見て育って、なおかつ、それを自分で踊るということが自然な世代を意味しています。さらに、2000年代頭に小学生のキッズダンスのブームがありました。当時の子供たちはそのブームに触れているので、本人は踊ってなくてもクラスの中に1人踊っている人がいて、「いつかは私も踊ってみたい」と考えていた人たちが多いようなんですね。その願望を実現する場として、高校のダンス部があったりします。この間、ストリートダンス協会の方がおっしゃっていたのですが、全国の高校ダンス部の数は現在約1,900で、10年前が900だった。つまり1年間で100ずつ、高校ダンス部が増えているという話があります。だから学校教育の中で、ダンスが(体育の授業の中で2012年から)必修化になる前からダンスブームというのは既に起きていて、恐らくそれは2000年代頭のキッズダンスのブーム等が下地になって、増えているんじゃないかという説があります。その“ダンス・ネイティブ”な世代が、今の高校生以下の世代ということが言えて、彼等にとってダンスは非常に日常的なもので、自己表現の1つの手段にもなっているとも言えます。ダンス部で踊るというだけではなくて、SNS上で動画をアップするという行動も日常の延長にあるとか。高校生の中で今、主流になっているMixChannel ※1 というソーシャルメディアがありますが、その中にダンス動画がめちゃくちゃ多いんですね。ダンス部のダンス動画じゃなくて、「双子ダンス」と言われる最近流行の上半身だけで踊るようなものとか。取材している中でちょっと面白いなと思ったのは、双子ダンスのオリジネーターというか、非常に影響力のある二人組がいたとすると、その人たちが開発した双子ダンスを真似するんですが、どこかにオリジナリティを入れたりして、それを自己表現としてやっていく。そのまま完コピするだけじゃなくて、ちょっとだけ違う振りを入れるとか、ちょっとだけ衣装に個性を出すとか、踊りを自己表現の手段として使う世代が出てきているというのは、すごく面白いなと思っています。

※1:株式会社Donutsが運営する動画共有コミュニティサイト、アプリ。スマートフォンで簡単に10秒の短編動画を撮影・編集出来る。2013年12月のリリースから約1年で月間動画再生数4億、600万ダウンロードを突破し、月間訪問者数は400万(アプリとWebの合算)(http://www.donuts.ne.jp/products/mixch/

──ダンス・ネイティブの言うダンスというのは、ストリートダンスのことですか?

大石:ストリートダンスもあれば、双子ダンスも。双子ダンスはストリートダンス感が皆無で、上半身から上しか映さないんですね、それで手踊りをするというもの。盆踊りも、やはり下半身よりも手踊りの文化だと僕は思っています。そういう手踊りに、1つの型があって真似していくんですが、そこに何らかの個性を入れていくという点で、双子ダンスと盆踊りというのは共通性がすごくあるなと思っています。高校生たちの中には恐らく盆踊りに触れている子も触れてない子もいると思うんですけど。

野外レイブや野外フェスの祝祭空間にある程度慣れていた人たちが、「いや、盆踊りもすごいんじゃない?」という感覚で足を運ぶようになってきている

──地域の盆踊りには、子供もや若者はどのように接しているのでしょうか。

大石:地域によると思うんですけど、小学生は来ても、中高生になると来ない盆踊りってとても多いと思うんです。でも、一方では、去年取材した神奈川の鶴見区の(曹洞宗大本山)總持寺(そうじじ)というお寺が行っている盆踊りでは、すごく巨大な盆踊りなんですが、『一休さん(「とんちんかん一休さん」歌:相内恵、ヤング・フレッシュ)』とか、『ひょっこりひょうたん島(歌:前川陽子)』で踊るんですね。それを大きな櫓(やぐら)の上に総持寺の修行僧の若い男の子たちが上って、煽りながら一緒に踊るんです。ある意味、もうジャニーズみたいな世界なのですが、そこに来ているのは、ほぼ地元の中学生や高校生が多数を占めています。ある時、僕が総持寺の盆踊りの動画を10秒くらい撮って、ツイッターに上げたんですけど、そうしたら鶴見区の中学生や高校生の間であっという間にシェアされて、1日か2日ぐらいで400~500件ぐらいリツイートされたんですね。総持寺の盆踊りに関しては、踊っているのは双子ダンスとかをやっている人たちとほぼ同じ世代で、おそらく中には、双子ダンスをやっている子も結構いると思うんです。そういう共通性もあるなとは思っています。それと、コスプレというのもすごく重要な要素になってきているのかなと思っていて、盆踊りに浴衣を着て行くというのが一種のコスプレみたいな感覚でとらえている子たちもいると思います。

武藤:貴著「ニッポンのマツリズム」※2 の中で面白かったのは、震災のあった2011年に東北で夏祭りをどうするかと議論があったときに、高齢者はみんな自粛、自粛と言ったのに、若者のほうが、むしろ、こういうときこそやったほうがいいと言った状況があった、と。それは踊りに対する、大きな意識の違いなんじゃないかなと思ったんですよね、それもすごく興味深かった。踊りの位置づけというものが本当にどんどん変わっていっていますね。

※2: 「ニッポンのマツリズム 祭り・盆踊りと出会う旅」大石始 著 アルテスパブリッシング

大石:ここ6~7年、ずっと取材を続けている感覚で言うと、地域によっては若い人が増えていると思います。錦糸町の河内音頭 ※3 に関して言うと、会場には飲み屋や出店がいっぱい出て、屋台街みたいになりますが、そこに酒を飲みに行きたいという層、つまり20代、30代から40代前半ぐらいまでの層が、いきなり増えてきている感じはすごくします。一種の街遊びみたいな感覚として。(前述の)ダンス・ネイティブの世代と、盆踊りや高円寺の阿波踊りなどが1つの祝祭空間としての場が面白いと気づいた層が30代、40代が今すごく増えてきていると思います。
踊りに対してちょっと抵抗感があって、踊りの輪にぱっと入れないけれど、1年目で「ああ、面白そうだな」、2年目で「ちょっと入ってみようか」、3年目で「もう少しうまく踊れるようにやってみようか」という人たちが増えてきていると感じます。

※3:錦糸町河内音頭大盆踊り:大阪の河内地方の河内音頭を発祥とし1982年から東京墨田区錦糸町で毎年夏に2日間行われている盆踊り。首都圏河内音頭推進協議会・イヤコラセ東京が運営している。

錦糸町河内音頭大盆踊り(写真:大石慶子)

武藤:これは、CDの売り上げが落ちて、ライブがどんどん動員が上がっているという最近の傾向に似ていますよね。

大石:それに近いと思いますし、盆踊りが単純にお金がかからない場所ということもあると思います。僕はもともと、いわゆるクラブとか、そっちのほうの人間なので、その感覚でいうと、いわゆる野外レイブや野外フェスの祝祭空間にある程度慣れていた人たちが、「いや、盆踊りもすごいんじゃない?」という感覚で足を運ぶようになってきているかなと、すごく思います。

──一方で、クラブシーンの状況が90年代から比べると、現在は低迷していると聞きますが、その現象と(盆踊りの活性化は)関連性とかがあるんでしょうか。

大石:クラブシーンに人が減ってきていると言われることもありますが、一概には言えない部分もあると思います。EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)のフェスとかはチケットはびっくりするぐらい高いのにものすごいお客さんは入っていると聞きます。ですので、お金の使い道とか遊び方が変わってきているという気がします。

──今のクラブに来ている主な年代層というのは。

大石:クラブとパーティによると思いますが、90年代から続いているようなクラブや、90年代から活動しているDJが出ているようなイベントは、当然、お客さんも高齢化しているという気はします。でも、例えばヒップホップのパーティに行くと、すごく若い人たちが集まって活気もあります。統計を出せばクラブ人口は、減っているのかもしれないですけど、どこへ行ってもだめという感覚ではないですね。

ずっとアンダーグラウンドの夜の文化としてある決まった層の人たちとやってきたものを、昼間におじいちゃん、おばあちゃんや子供を巻き込んでやるほうが、実はすごく刺激的なんじゃないかという感覚がある

──クラブなどの閉じた空間の中でのダンスシーンと、野外の盆踊りなどの状況を比べたときには、どちらが広がっていますか。

大石:今、すごく面白いなと思っている動きが、盆踊りの空間にクラブのカルチャーがちょっとずつ侵食してきているということです。例えば、岸野雄一 ※4 さんという方が、去年(2016年)、7月に中央区でいろいろな盆踊りとクラブのクロスオーバーみたいな面白い「中州ブロックパーティ」というタイトルの盆踊りを地元の方々と始めたんです。高速道路の下の空間に櫓を立てて。出演したのが、ムードマンというハウスのDJと、もともとハウスのDJで最近、日本の音頭をミックスするDJとしてすごく人気のある珍盤亭娯楽師匠、あと、俚謡山脈というDJチームがいて、その俚謡山脈はもう民謡オンリーで、3つでDJパーティ的にやるんですけど、そのDJブースというのは櫓の上にあって、みんな輪になって踊るんですね。岸野さん自身もその地域ともともと縁があるそうで、単に貸してくれといってやっているのではなくて、地元の青年会といろいろな話をしながらつくっているそうです。

※4:岸野雄一:1963年生まれ。スタディイスト(勉強家)、著述家、音楽家、俳優。東京都墨田区押上出身。俳優としては、岩野雄一、岸野萌圓(きしのほうえん)名義を使用したこともある。テクノポップ批評家として寿博士名義を使用。東京藝術大学大学院にてサウンド・デザインの教鞭を執り、美学校の音楽コースではコーディネーターと講師を務めている。近年は坂本龍一監修の音楽全集『commmons:schola vol.10映画音楽編』への参加、NHK Eテレ「スコラ・音楽の学校」、Eテレ「MOVIEラボ」に出演した。
http://www3.tky.3web.ne.jp/~gamakazz/kishino/

──今の時代の盆踊りというか、地域のコミュニティダンスのようなものが生まれ始めている。

大石:そうですね。「中州ブロックパーティ」ではムードマンがDJとかがハウスの音をかけると、地元のおじいちゃん、おばあちゃんは引いちゃうかもしれないんですけど、櫓の裏にはちゃんとキッズスペースみたいのがあって、子供たちが遊べるようになっていたりとか、岸野さんとしては、若者たちのクラブカルチャーとしてやるというよりは、地域の祭りを新しくやるという意識をすごく持ってやってらっしゃるみたいです。

武藤:アンダーグラウンドでなくて、本当にオーバーグラウンドに起きている、しかも明るい中で、顔を見せ合っている状態で一緒に踊る感じですね。

大石:ある種のクラブカルチャーの人たちの感覚で言うと、ずっとアンダーグラウンドの夜の文化としてある決まった層の人たちとやってきたものを、昼間におじいちゃん、おばあちゃんや子供を巻き込んでやるほうが、実はすごく刺激的なんじゃないかという感覚がある。
岸野さんは昔からこういうことをやりたかったとおっしゃっていますが、岸野さんの盆踊りは、錦糸町や高円寺がアイデアの源になって、クラブで盆踊りや音頭イベントのようなものをやる人たちも増えてきています。例えばアラゲホンジ ※5 というバンドがいるんですが、彼らはソウルやブラジル音楽のフィルターを通して『秋田音頭』のような民謡をカヴァーするんですね。そういうバンドが近年どんどん増えつつあって、ライヴハウスで民謡がかかることも当たり前の風景になっているんです。

※5:アラゲホンジ:2007年、秋田県湯沢市出身のソングライター 齋藤真文を中心に結成されたバンド。東北地方をはじめ日本各地の民謡や伝統リズムと、汎ブラック・ミュージックの融合を柱に置き、「秋田音頭」「相馬盆唄」「リンゴ追分」などのカバー曲にも独自のアップデートを加えている。
http://aragehonzi.com/index.html

──風営法 ※6 が改正になりましたが、その影響について実感として何かありますか。

大石:風営法の問題で営業できなくなったり、都内でも閉まってしまったクラブとかもありますし、いろいろな問題が当然出てきていますが、制限があるのであれば、制限がない形でのパーティは何ができるんだろうとそれぞれ模索している状況はあるかもしれません。そういう意味では、盆踊り空間や今までだったらあり得ないような場所でパーティをやる人たちが少しずつ増えてきていて、例えば、ラーメン屋にスピーカーを入れて、昼間の2時ぐらいにスタートして夜9時ぐらいで終わるみたいなことが起きています。踊っている子供もいれば、ラーメンを食べに来たおじさんとかもいる中でパーティをやったり。恐らく風営法以降の展開という気はしています。

※6:風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(通称:風営法):「善良の風俗と清浄な風俗環境を保持し、及び少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するため、風俗営業及び性風俗関連特殊営業等について、営業時間、営業区域等を制限し、及び年少者をこれらの営業所に立ち入らせること等を規制するとともに、風俗営業の健全化に資するため、その業務の適正化を促進する等の措置を講ずることを目的とする。」(出展:風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律第一章 総則(目的)第一条より)1948年に施行。近年、観客にダンスを踊らせることを風俗営業とみなして規制する同法律への批判と規制緩和への声の高まりを受けて2016年6月に、旧風営法2条1項4号「設備を設けて客にダンスをさせる営業」の規定が削除される法改正がなされた。

武藤:ほかの世代や知らない人と一緒に何かすることにむしろ積極的になってきているということではないでしょうか。あまりにも関係が切れてしまった反動かもわからないけど、お年寄りと一緒にやってみようということを楽しさとして受け入れ始めていたり、「外国人、どう」とか。

大石:それまで交わらなかったコミュニティが交わったり、今までだったら「これってちょっと恥ずかしいよね」というものが、「いや、実はこれが面白いんだよ」という転換がちょっと起きている印象はあります。そういう意味で、すごく象徴的と思えるのは、愛知県豊田市で行われている「橋の下世界音楽祭」という音楽祭です。豊田大橋という大きな橋の下の空間でやっている今年6年目のお祭りで、始めたのは、地元の豊田市出身のタートルアイランドという和太鼓が入っているような一風変わったバンドです。「橋の下世界音楽祭」※7 は、SOUL BEAT ASIAというサブタイトルがあってアジアのいろんなものを繋げていくテーマを持っています。彼らで言えば豊田市というルーツに軸足を置きながら、同じ感覚を持つ日本各地のいろいろな人たちと、アジア各地の人たちと1つの祝祭空間をつくるというお祭りです。盆踊りにクラブカルチャーのスタイルという様式を持ち込んで新しい空間、コミュニティの踊りの場をつくるという意味で、「橋の下世界音楽祭」はそれに近いことをやっていると僕は思っています。
タートルアイランドはもともとハードコアのバンドですけど、メンバーの中に、小学生のときから伝統芸能オタクという人がいて、パンクも好きなんだけど、獅子舞とかが大好きで、でも自分の地域の祭りというのがなくて、いつか自分の祭りをやってみたいという思いをずっと子供のころから思っていたらしくて。豊田市って、すごく古いエリアもあるんですけど、車の産業で外部から人が入ってきている新しい地域もすごく多くて、古いお祭りとかになかなか入り込めないんですね。なので、自分たちの祭りをちゃんとやりたいということで、始めたと聞いています。そこに名古屋の阿波踊りの連や伝統、古典芸能系の人たちとかがガンガン入ってくるんですね。僕も毎年DJとして呼ばれているんですけど、そのときは民謡や音頭ばっかりかけると。去年から、そこに大きな櫓を立てて、郡上踊り ※8 の保存会の人たちを呼んだり、パンクバンドが上がって演奏したり、1つのクロスオーバーの状況がそこで生まれています。これが、かなり規模が毎年大きくなってきていて、今までに、モンゴルやインドネシアとか、いろいろな国のバンドも呼んできています。
その橋の下世界音楽祭に刺激を受けるかたちで「新しい祭り」が各地で始まっているのもおもしろい現象だと思います。僕が、去年呼ばれて行ったところだと、筑豊、福岡の田川市ですね、ロードサイドの大きなユニクロの跡地を使って行われた「オザシキ オンガク フェスティバル in 田川」※9 というお祭りがあって、広い敷地に畳を置いて、そこで日本各地の祭りの映像上映会をやったり、和風な催しもあればパンクバンドも出たりということが行われています。地元の若者たちの話では田川が文化的な刺激が少なくて、みんな福岡などの遊興エリアまで車で2時間かけて遊びに行っていたというんですね。でも、それもなかなか大変です。そんなときに「橋の下世界音楽祭」に行ったメンバーがいて、そこで得た刺激をもとに、ロードサイドのスペースを使って自分たちで祭りを始めてしまった。しかもおじいちゃん、おばあちゃんとかも来られるような形での祭りというのが重要だと思います。

※7:橋の下世界音楽祭:https://soulbeatasia.com/2018/
※8:郡上踊り:岐阜県の城下町郡上八幡で400年以上続いている踊り。http://www.gujohachiman.com/kanko/odori.html
※9:オザシキ オンガク フェスティバル in 田川:https://www.facebook.com/ozashikiongaku/

次の世代に、自分たちがやってきたものを受け継いでほしい、文化の継承という感覚を持つようになったことが、すごくクリエイティブなことなんじゃないかという気がしますね。

──体を動かしたい衝動や喜びや、震災以降の東北の状況の話もありましたが、ない状況で“何かをやりたい”という衝動はどこから出てくるのでしょう。

大石:「橋の下世界音楽祭」も、実際、始まったのが2012年なので、震災以降の雰囲気を何とかして祭りの祝祭感覚で吹き飛ばしたいというのは、もちろん最初はあったと思います。でも今はそれだけではなくなってきているなとは思います。「橋の下世界音楽祭」に関して言うと、去年、櫓をつくったときに、大工さんに「100年間もつ櫓を作ってくれ」とお願いしたらしいです。だから、続けていくということが1つの目的になっているということです。自分らの世代じゃなくても、子供の世代もちゃんと受け継いでいくんだという思いがあるのです。僕も含めてそういう感覚が持てなかった、あるいは持ちにくい人たちが、次の世代に、自分たちがやってきたものを受け継いでほしい、文化の継承という感覚を持つようになったことが、すごくクリエイティブなことなんじゃないかという気がしますね。例えば、地方の青年会の方々や土地のおじいちゃん・おばあちゃんとしっかり向かい合い、会話をすることで見えてくるものがある。「橋の下世界音楽祭」の主催たちにもそういう感覚はあると思いますし、僕も各地で取材するなかでそういう実感を持つようになりました。そういう人たちはすごく増えてきていると僕は思います。盆踊りや日本中のいろいろな祭りに行く人が増えてきているというのは、単に音楽的とか、祝祭空間として面白いというだけじゃなくて、それまでだったらある意味、煩わしいとか面倒くさいとかと思っていたようなこと、例えば、地元の人とちょっとした話をすることが実はすごく面白いとか、自分の知らなかったことを知れるんだと純粋な好奇心を持つ人が増えてきているんじゃないかなと僕は思います。

(祝祭系と部活系)そこが交わってくるところにすごく面白いものが出てくるんじゃないかという気はしてはいるんです。

──地域で派生してきている踊りの文化を取材される一方で、劇場で行われているような踊り、ダンスというものは、どのように見えていますか。

大石:劇場の踊りという意味で言うと、伝統芸能系のものに行ったりはします。もちろん、1つは、踊りの振付や装束を見て、面白いなと思う感覚はありますが、祭りや盆踊りに行ったときの感覚とは全く別物です。単純に言うと、1つの祝祭空間の中で踊りがあることに面白さを感じている人間としては、踊りをすぽんと抜き出してステージの上で踊ったときに、あんまり面白いと思えないというのがちょっとありますね。ここ数年、盆踊りや祭りに行っている人たちは恐らく伝統芸能系でも舞台でやっているものは、関心があまりなくて、劇場の観客は違う層という気がします。

武藤:新しい祭りをつくりだす気風の中に、新しい何かをつくる例は他にどういうことがあるのでしょう。「ニッポンのマツリズム」を読んだときに、西馬音内(にしもない)音頭の地口(じぐち)(歌詞)の募集についての内容がありましたが、あれは普通の人々のクリエイティビティーを引き出す1つの仕掛けだなと思いました。

大石:それこそコンドルズがやっている「にゅ~盆踊り」 ※10 、あれも歌詞って一般の人から集めてつくっているんですよね、たしか。
歌詞の中に「水素水」という時事ネタみたいのを入れたりして、現代的に歌詞をどんどんアップデートしていくわけですけど、その入れ方って、西馬音内盆踊り ※11 がやっていることにも近いんじゃないかと思うんですね。僕が行ったときも、すごく伝統的な古い盆踊りに来たつもりなのに、歌っているおじいさんが、いきなり“携帯電話がどうのこうの”みたいなことを地口に入れてきたりですね、そこは同じかなという気がします。そういった歌詞を集めて、毎年毎年アップデートされていく盆踊り歌というのは、すごく面白いと思います。

※10:にゅ~盆踊り:ダンス・カンパニー「コンドルズ」主宰の近藤良平氏による、オリジナル盆踊り。2008年に始まり、池袋の街で毎年夏に開催している。あうるすぽっと(公益財団法人としま未来文化財団)と豊島区の主催。(参照:http://www.owlspot.jp/special/newbonodori/index.html
※11:西馬音内盆踊り:秋田県雄勝郡羽後町西馬音内で行われる盆踊り。毎年8月16日から18日まで西馬音内本町通りにおいて行われる。阿波踊り、郡上おどりと合わせて日本三大盆踊り、毛馬内の盆踊、一日市の盆踊と合わせて秋田県三大盆踊りと称される。重要無形民俗文化財。
http://ugo.main.jp/bonodori/

──一方で、例えば西馬音内は、踊れる人が限られているかなという認識ですが、一般の人はどうやって参加するものなのですか。

大石:西馬音内は、確かに装束もつけないといけないので、いきなり当日踊らせてくださいというのは無理なのですが練習会に参加すれば、一般の方も入れます。普通の盆踊りに比べると複雑なので、すぐパッと入れるかというと、なかなか難しいとは思いますけどね。錦糸町の河内音頭も、練習会を定期的にやっていますから、練習会というのが一つ必要かなと思います。
さすがに郡上とか西馬音内とかにしょっちゅう行くのは大変なので、自分たちの地元の、いわゆる『あられちゃん音頭』とかかかっているようないわる普通の夏祭りももっと活気のあるものにしようと、仲間の盆踊りフリークを集めて、一生懸命、『東京音頭』を練習する人たちも増えてきていて、普通の盆踊りがちょっとずつ面白くなってきているとも思います。僕の感覚では、東京は結構増えてきていますね。

──他方で、よさこいソーランや、新潟の総おどりのような大型の祭りや踊りに参加する人たちが増えていると思います。盆踊りなどの風俗から発生しているももと比べて、どのように感じていますか。

大石:盆踊りとか祭りに新しく関心を持った人たちの層と、よさこいソーランとかを踊っている層は、いくらか違う層だと思います。盆踊りの持つ伝統的な深みであるとか地域文化としての可能性に惹かれている人たちからしてみると、よさこいって、ちょっとモダンすぎるというか、ある意味、パラパラ的に感じる人たちが多いと思うんですね。僕自身はよさこいもローカルなストリートダンスの一種としてすごく面白い文化だと思うんですけど、盆踊りフリークの人たちは恐らく全く関心がない。
高校ダンス部で言うと、例えば“河内音頭のあのステップを踊れるようになりたい”という動機ではなくて、“みんなで1つのチームで優勝を目指す”というところにモチベーションがあるという意味で、だいぶ隔たりがあるかなという気はします。みんなで一つの目標を持って、それをクリアするということ自体が大きなモチベーションになっている。よさこいとかも近い感覚なんだろうなと思います。でも高校ダンスは、卒業するとほとんどの人がダンスをやめちゃうらしいんですよね。盆踊りは、非常に“非部活的”というか、別に踊っていてもいいし、踊れなくてもいいというところですか。踊らないで、横でビールを飲んでいても楽しいという自由さにおいて、今、都会的な遊びになってきているのかなとは思います。

──確かに、祝祭系と部活系と全然違う文化ということがはっきりした感じがしますね。

大石:でも、僕は、そこが交わってくるところにすごく面白いものが出てくるんじゃないかという気はしてはいるんですよね。例えば、さっき申し上げた総持寺の「一休さん」は、ある種ハイブリッドな気がしています。総持寺に集う人たちが感想を持っているのかというと、仲良しグループで今年も総持寺に行ったよということが、1つ意味があるようです。みんなで写真を撮ってツイッターにアップして、みんなで「いいね」を押して、シェアする、という。“みんなで参加する”ということが、重要な意味を持っている感じがしています。それと同時に、部活的なものだけじゃなくて、一つの祝祭空間の中で“踊っていても踊ってなくても別に大丈夫”という、とてもフレキシブルな空間でもあると思います。ただ、総持寺は『一休さん』の前に普通に『東京音頭』とかもやるんですよ、そのときにはおじいちゃん、おばあちゃんたちが踊っているんですけど、『一休さん』が始まると、おじいちゃん、おばあちゃんが引いて、中学生がどわーっと押し寄せてくるという。若者たちは、『東京音頭』では踊らないようです。

──舞踊分野および舞踊文化の活性を考える上で、どういったことがあるといいと思いますか

大石:盆踊りとか祭りの祝祭空間に惹かれて各地を巡っている人間としては、場所が大切だと思います。例えば東京の中でもいわゆる舞台とかというだけではない、野外のパブリックなスペースでもっと使えるところがいっぱい増えればいいなという思いは単純にあります。そういう場所で、例えば、普通にバンドやDJを呼んでライブイベントをやるだけだと、その人たちだけのイベントで、コミュニティのお祭りにはならないと思うんですけど、幅広い意味での舞踊というものはそういった場で非常に機能するような気がするんです。“見せる”というだけじゃなくて、“一緒に踊る”ということであったり。ここ数年の盆踊りの盛り上がりを見ていると、お金を払ってライブハウスや劇場に行くというよりも、何かが行われているパブリックスペースに行くということに面白さを見いだしている人はすごく多い気がしています。

──ほかの地域と比べて、東京でこんな場所も使えるといいと感じる場所はありますか。

大石:例えば普通の公園でももっとできる場所がいっぱいあったらいいなと思います。例えば、池袋の西口公園では「にゅ~盆踊り」も含めていろいろなことが行われていますけど、外国人観光客の人も地元の人たちも、人が混ざるとすごい面白いなと思うんですね。必ずしも盆踊りだけじゃなくても、いろんな形で行われたらとても面白いなというのはあります。

──海外も取材する中で面白い事例はありましたか。

大石:マレーシアのクアラルンプールでは日本人会主催の盆踊りが70年代から行われていまして、今はクアラルンプールの郊外にある、パナソニックが持っている大きなスタジアムでやっているんですね。1日で3万人ぐらい入るんですが、そのうち、僕が見た感じは95%ぐらいマレーシア人で、むしろ現地在住の日本人は少数派。しかも大変な盛り上がりを見せる。マレーシアはマレー系、中国系、インド系を中心に多民族国家ですけど、異なる民族が一つの場に集まって何かをやるというのは案外ないんです。でも、日本人会主催のその盆踊りはそういう場になっていて、すごく意義を感じましたね。
インドネシアのジャカルタでも盆踊り大会がすごく盛り上がっているという話も聞きますし、盆踊りのアジアの展開はすごく面白いなと思っています。

ある地域の盆踊りにぱっと入って、その盆踊りを1時間とか踊ったほうがわかることっていっぱいある気がするんです

──盆踊りをテーマに論文を書くための資料や統計なども集めているのですか。

大石:なかなか難しいんですよね。地域単体での数字というのは出てきたりはしますが、全国で、幾つの盆踊りがあるかというような総数をなかなか集められない。
盆踊りという文化は一回終わりかけて、今、また息を吹き返して、新しいものとして蘇生しているという感じもあるので、すごく可能性のある文化だと思うんです。例えば、クアラルンプールの盆踊りのように、新しい盆踊りの文化をつくるということもありますし、地域コミュニティの形が変わったりして行われなくなった場合にもう一回、盆踊りをやろうというのは、地域コミュニティをもう一回再編成するということでもあると思うんです。「橋の下世界音楽祭」も、6年目、5回目にして思うのは、例えばインドネシアの人とか、いろんな人を巻き込んで新しいコミュニティができているというのは確かにあるんですね。各地のさまざまな人々が集まる、いわば「再会の場所」になっている。「異文化交流」という言い方はあまりしたくないですけど、壊れてしまった地域コミュニティの繋がりのようなものを、一時的にでも再編成する機会にはなると僕は思っています。

──舞踊の社会的役割について考えを聞かせて下さい。

大石:踊りは、社会の中での意味がどんどん増していく気がしています。みんなで踊るとか、見ることでもいいですけどフィジカルな体験はすごく大きい意味があります。例えば、考えるより、ある地域の盆踊りにぱっと入って、その盆踊りを1時間とか踊ったほうがわかることっていっぱいある気がするんですよね。ここの地域ではこういう身体の動かし方をするんだとか、ここの地域では、このおじいさんが一番偉いんだとか、このおじいさんはこの子供たちをこういうふうにまとめているんだとか、そのコミュニティの形が見えるというかですね。外から見ていてもなかなかわからないことが、ぱっと入って一緒に踊ったりすると、わかるという感じがありますね。
沖縄とか奄美のいわゆる唄者、民謡の歌い手の人たちのコンサートにもよく行きます。奄美であれば、コンサートが終わるとそれまで座って見ていたのが、いつも六調(奄美の舞踊音楽)や、カチャーシー(沖縄の舞踊)で、おじいさん、おばあさんがモゾモゾしだして、最後にみんなで踊るじゃないですか。この一つの劇場空間みたいなものが、最後にぐちゃっと変わる瞬間って、僕はものすごく好きです。ああいう空間を意識的にいろいろな形で仕掛けられたら面白いなという思いもあります。ライブハウスは通常はみんな立って見ていて、手拍子をしたり踊るというひとつの決まった形があるけれど、それを1回、盆踊りのように輪にしてみたり、ぐちゃっと回してみると、何とも言えない混沌とした雰囲気や、ちょっとしたおかしな祝祭空間みたいなものが一時的にも生まれる。なので、舞台から飛び出すことも多分、いろいろなやり方があるんじゃないかと思います。


大石始

ライター、旅と祭りの編集プロダクションB.O.N代表
旅と祭りの編集プロダクション「B.O.N」所属。音楽雑誌編集者を経て、2008年からフリーランスとして活動。著書・編著書に「ニッポンのマツリズム」「ニッポン大音頭時代」「大韓ロック探訪記」「GLOCAL BEATS」「関東ラガマフィン」など。「サイゾー」「mysound」で祭りに関するする連載も。現在「奥東京」をテーマとする新刊を執筆中。
http://bonproduction.net/

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