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アーツカウンシル東京ブログ

アーツカウンシル東京のスタッフや外部ライターなど様々な視点から、多様な事業を展開しているアーツカウンシル東京の姿をお届けします。

「芸術文化による社会支援助成」活動報告会

アーツカウンシル東京では、平成27(2015)年度より、さまざまな社会環境にある人がともに参加し、個性を尊重し合いながら創造性を発揮することのできる芸術活動や、芸術文化の特性やアーティストが持つ力を活かして、さまざまな社会課題に取り組む活動を助成するプログラム「芸術文化による社会支援助成」を実施しています。
ここでは、助成対象活動を終了した団体による活動報告会をレポートします。

2024/04/18

第5回「うた・ことば・からだ―多様な人が出会う場づくりの可能性」(中編)一般社団法人もんてん

2024年2月9日、「芸術文化による社会支援助成」に採択された事業の成果や課題を参加者とも共有する活動報告会が開催されました。第5回のテーマは「うた・ことば・からだ―多様な人が出会う場づくりの可能性」。前編では、練馬区光が丘で20年近く、知的障害者をはじめさまざまな人が音楽やダンスのワークショップを楽しめる場をつくってきた「表現クラブがやがや」の活動を紹介しました。中編では、墨田区両国で誰にでも開かれた地域のホール/アートスペースとして「両国門天ホール」を運営し、多彩なプロジェクトを展開してきた「一般社団法人もんてん」の活動をお届けします。さらに後編ではラウンドテーブルの様子もお伝えします。

>第5回「うた・ことば・からだ―多様な人が出会う場づくりの可能性」(前編)表現クラブがやがや はこちら


開催時期:2024年2月9日(金)18:30〜21:00
開催場所:アーツカウンシル東京 5階会議室
報告団体・登壇者:表現クラブがやがや 小島希里、山田珠実
一般社団法人もんてん 黒崎八重子、赤羽美希
ファシリテーター:小川智紀
グラフィックファシリテーター:関美穂子
手話通訳:加藤裕子、瀬戸口裕子
※事業ページはこちら


「コミュニティ・ミュージック」とは何か

「コミュニティ・ミュージックのいま、そしてこれから2022」における、うたの住む家ワークショップ 両国門天ホール

撮影:yamasin(g)

グラフィックレコーディング(制作:関美穂子)

(画像拡大:JPEG版

第2部では、「一般社団法人もんてん」代表プロデューサーの黒崎八重子さんと音楽家の赤羽美希さんが登壇し、「コミュニティ・ミュージックのいま、そしてこれから-2021年〜2023年度-」と題して活動が報告された。

一般社団法人もんてん代表の黒崎八重子さん

撮影:松本和幸

一般社団法人もんてんは、両国門天ホールを運営する団体だ。両国門天ホールは、門前仲町で1989年に開館した門仲天井ホールを前身とし、2013年に両国に開館した。両国に移転後も「伝統と現代」をテーマに古典から先駆的な現代音楽まで質の高い音楽やパフォーマンス公演を行い、幅広い世代の観客を集めている。もんてんの活動は、門前仲町時代から数えると35年の歴史を持ち、門仲天井ホールの募金運動で購入したスタインウェイピアノがあることも大きな特色だ。両国門天ホールの空間とピアノをいかした、ピアノ音楽の実験的なコンサート「両国アートフェスティバル」、「隅田川 森羅万象 墨に夢(通称:すみゆめ)」の参加企画として隅田川河辺にピアノを置いて誰でも参加できる「ストリートピアノすみだ川」などを実施。地域社会に貢献しながら音楽活動を発展させる「場」を目指している。

両国門天ホール

また、市民が気軽に参加できるアットホームなワークショップも多数実施。入園前の幼児を対象とした「もんてんおはなしかい」、「もんてんおはなしかい」を卒業した子供が次に参加できる場として、乳幼児から小学校低学年、障害のある子供およびその家族が参加できる.「キッズホリデイコンサート」、古典芸能を体験する「ちびっこ寄席」、調律体験ワークショップ、誰でもが参加できるうたづくりワークショップ「うたの住む家」などに取り組んでいる。

ストリートピアノすみだ川

撮影:yamasin(g)

アーティストと市民が共同でアートを創造するイベントが日本中で行われるようになった昨今、音楽の世界ではそれが「コミュニティ・ミュージック」という言葉で語られることも多くなった。しかし、イギリス発祥の「コミュニティ・ミュージック」には国際的な定義があるわけではなく、日本における共通認識もできていないのではないかと、黒崎さんは懸念を抱くようになる。そこで「海外の現場ではどのような成果が期待され、どのような課題があるのか。世界の動向から日本の現状に至るまでを整理し、日本におけるコミュニティ・ミュージックの普及と環境づくりをしながら学び合える事業を行ってみたい」とオンライン講座を企画した。そのようにして「コミュニティ・ミュージックのいま、そしてこれから」が始まる。さらに「行政のアートマネジメントやコミュニティ事業を行う関係者と共有していきたい」と考え、2021年度後期の事業から「芸術文化による社会支援助成」に申請する。多様な人の社会参加に対して芸術活動の貢献を期待している「芸術文化による社会支援助成」への申請を通して、この講座の実施の意義を深めたいとした。前期はオンラインによる「講座」で理論を学び、後期はワークショップとミニコンサートで「実践」を図る。ワークショップの現場で起きたことを言語化し、シンポジウムで対話の機会を設けながら、参加した方々と「課題を共有する」というサイクルで3年間の事業を進めてきた。

「コミュニティ・ミュージックのいま、そしてこれから」のチラシ。

初年度の2021年度前期の事業はアーツカウンシル東京の助成は受けずに実施された。その第1回講座(2021年5月15日)では、世界音楽教育協会(ISME)のコミュニティ音楽コミッションの共同議長を務めた(2016~2018)塩原麻里さんに「コミュニティ・ミュージックについての考え方と世界の動向」などを聞いた。以下に掲載するのは、塩原さんによる「コミュニティ・ミュージックのいま、そしてこれから2023・前期」の第10回講座(2023年6月17日)の資料の一部で、2021年の講座の時とは一部で翻訳が異なるが基本的に同じものだ。黒崎さんは「初めてこの文章に触れたとき胸が熱くなったのを今でも思い出します」と語った。

「コミュニティ・ミュージックとは」
・全ての人々が自分自身の音楽を奏で、創り、楽しむことを奨励する。
・障がいの有無に関わらず、全ての年齢層・社会階層の人々のための能動的(アクティブ・参加型)な音楽活動。
・個人やコミュニティに音楽を通した芸術的、政治的、文化的な表現の機会を提供する。
・音楽的な卓越性や新規性を追求するだけではなく、音楽活動を通して、コミュニティの生活の質を向上させることを目指す。
・人々がその所属するコミュニティにおいて、音楽を普及し、発展させていく担い手となるように奨励する。
・社会・コミュニティの更生・再生をめざしている。
・多様な人々が表現者として、音楽文化を担いながら、よりよい社会をめざして社会貢献することを推奨する。

音楽活動をすることのみが目的なのではなく、その活動のプロセスとして、結果として、あるいは副産物として、上記のことを実現していく意図を持って行われる音楽活動がコミュニティ・ミュージックである。

(2023年6月17日 「コミュニティ・ミュージックのいま、そしてこれから2023・前期」 塩原麻里 第10回講座資料から)
[出典:ISME・CMA, Homepage, https://www.isme.org/our-work/commissions/community-music-activity-commission-cma. 2021年4月1日参照。]
※上記文章の引用は著者・塩原麻里氏の許諾を得ています。

このプロジェクトのワークショップ実践は、令和3(2021)年度 第1期の助成事業「コミュニティ・ミュージックのいま、そしてこれから」がコロナ禍に当たったことから、すべてオンラインで行った。令和4(2022)年度 第1期「コミュニティ・ミュージックのいま、そしてこれから2022」は1回のみ対面、残りはすべてオンラインでワークショップを開催。令和5(2023)年度 第1期「コミュニティ・ミュージックのいま、そしてこれから2023」は対面ワークショップで実施。ミニコンサートとシンポジウムは令和5年度のみ対面で、あとはすべてオンラインで実施した。

続いて赤羽さんが、このプロジェクトの検証事例となった「うたの住む家プロジェクト」について語った。「うたの住む家プロジェクト」とは、「家」という場所で、世代・性別・国籍・障害の有無などを問わず多様な人々と「うた」を共同制作するプロジェクトだ。打楽器奏者・正木恵子さんと結成した音楽ユニット「即興からめーる団」で、2007年から6年間、東京都港区の「三田の家」を拠点に実施され、「三田の家」閉館後は、黒崎さんに誘われ、2016年から両国門天ホールで行っている。

即興からめーる団(赤羽美希+正木恵子)による「うたの住む家プロジェクト」

赤羽:いわゆる歌詞とメロディーのあるうただけではなくて、詩や声の重なり、体の動きなど、いろいろな形態を想定して、参加者とともにうたをつくり、その可能性を探求していく試みでもあります。と同時に、音楽創作を通した「場」づくりを目指しているのが特徴です。この試みのリーダーとなるファシリテーターは、「即興からめーる団」をはじめ、さまざまなジャンルのアーティストが務め、多様な参加者と一緒に創作したうたをコンサートで発表しています。

音楽家・赤羽美希さん

撮影:松本和幸

赤羽:2021~24年の3年にわたる活動で、公募で集まった参加者は0歳から102歳までと年齢も幅広く、知的障害や身体障害のある方も参加されました。オンラインを活用したワークショップでは、日本各地からだけでなく海外からの参加もありました。ファシリテーターは我々「即興からめーる団」を中心に、2022年度は音楽療法士の井上勢津さん、音楽魔法士の沼田里衣さん、2023年度は振付家の山田珠実さんに務めていただきました。

134回ワークショップ。2023年。右は山田珠実さん

撮影:yamasin(g)

次に、コロナ禍対策のもとオンラインで創作したうたを紹介。対面とオンラインではできあがる作品の特徴が異なっているという。

赤羽:「即興からめーる団」がファシリテーターをした、いわゆる歌詞とメロディーがある曲を2曲紹介します。参加者との会話の中で出てきた言葉をつなげて歌詞をつくり、メロディーは参加者に鼻歌で歌ってもらい、それをつないでうたをつくっていきます。

まず、2021年度の最初の回にできた曲を鑑賞した。

『つながり』〜うたの住む家オンラインワークショップ120,121回お祝いの歌 2021年

赤羽:♪昨日は寒かったけど 今日はいいお天気で じんわりあったかい〜♪
♪あかちゃんがいる、おばあちゃんがいる みんなに会えて なんとなく嬉しい♪
うたがその日の天気、起こった出来事などを含むドキュメントにもなっています。この日はコロナ禍にオンラインで久しぶりに顔を合わせた回でした。「今日は赤ちゃんがいる」、102歳のお年寄りがいて「うたの住む家参加者の最高齢更新しましたね」などと会話をしながらワークショップが進んでいきました。102歳の方はご自身で言葉を発せられることはなかったんですけれども、娘さんが「皆さんに会えて何となく嬉しいようです」とおっしゃってくださり、そのように交わされた会話がそのまま歌詞になっています。

途中の「Wi-Fiありがとう」という言葉は、Wi-Fiをつなげられなくてオンライン参加できなかった障害のある方が、私が4ヶ月くらいちょくちょく電話をしてWi-Fiをつなげるところから始まってやっとつながってオンラインワークショップに参加できたという経緯があり、うたに入っています。また、人と人とのつながりをテーマにしたうたをつくろうという目的があったわけでもなく、会話を通じてできあがったうたを見てみんなでタイトルを考え、結果として「『つながり』っていうタイトルがいいんじゃない?」ということでこのようになりました。

次に2021年のワークショップでつくった「melon & gallon(メロン&ガロン)」を鑑賞。ブルガリアやアメリカからも参加があり、映像の途中にワークショップの様子も編集されて入っているので、参加者が交わした会話からうたができる様子が見て取れる。

「melon & gallon(メロン&ガロン)」

赤羽:多様な人のものの見方の違いについてのうたになっているんですけど、そういううたを最初からつくろうとしていたわけではありません。「今日は寒いですね。ブルガリアはどうですか?アメリカはどうですか?」「今日は何度」「こっちは何度」、「日本では摂氏だけど、アメリカは華氏で、、」という話から単位の話になり、「ガロンって何だろう?といううたをつくりたい」ということになりました。その後、アメリカの水の単位はガロンで、大きな入れ物に入って売られている、ブルガリアもパンがすごく大きい。外国のものはみんな大きいのかしら?という大人の会話を聞いた6歳の男の子が、「ぼくにとってはバスもピアノもほんまにおっきいで」と発言。結果として「自分の国では普通だけど 他の国では普通ではないこと」「私のものさし 君のものさし それってみんな違うよね みんなのものさしが知りたい」という言葉にたどり着きました。参加者が自由に会話をかわしながら、さまざまな人がそれぞれの価値観を持っていることを認め、それを共有して尊重し合った関わりの結果がうたに記録されていると感じています。

赤羽:ファシリテートする際、音楽家としての興味や使命として音楽をより良いものにしたいという思いでワークショップを進めています。それが参加する方の満足度にも関わってくるので、音楽の良さを大事にしたいなと思っています。
一方でワークショップの参加者は、知的障害や身体障害のある人、国籍の違い、その他さまざまな背景を持った方がいて、同じ社会に生きているにもかかわらず、普段出会えていない状況にあります。「うたの住む家」は、そうした多様な人がうたをつくるという同じ目的を共有して音楽を通した関わりの中で、同じ場を生きることができるという活動でもあります。多様な人の関わりの場ができるだけ心地よいものになるように、場をつくることを大事にしながら音楽を追求しているというのが私たち音楽家の立場です。できあがったプロダクトとしてのうたが、多様な人がお互いを認め合って共働できるんだという音楽の場づくりのプロセスのドキュメントになっています。

黒崎:プロダクトとしてのうたを歌い続けること、そしてプロセスとしてのうたをつくり続けること。それが音楽を通じた多様な人の関わりの可能性を伝え続けていくという運動にもなっていると思います。この活動自体をコミュニティ・ミュージックの事例のひとつとして取り扱ってきた理由がここにあります。「うたの住む家プロジェクト」内での参加者との関わりはワークショップの時間だけではなくて、このプロジェクトが始まってからワークショップ以外でも参加者からの相談や問い合わせなどを受け続けていて、それに対応しています。ワークショップをやっているだけがプロジェクトではなくて、ワークショップ以外での関わりがとても大事なプロジェクトでもあると思っています。

関わりの場づくり、そのプロセスを維持するために

続いて黒崎さんが、事業を実施した手応えとして、「世界中から多くの参加があった」「理論を実践の中で体感する学びの場となった」「多様な人との意見交換の場になった」という3つを挙げた。

黒崎:講座には音楽家、音楽療法士、ワークショップリーダーやファシリテーターを目指す学生、マネジメント事業者、行政の文化事業担当者、音楽ワークショップ研究者、障害者の余暇活動の支援者などが参加しました。ワークショップではこれまで「うたの住む家」に参加してきた子供、障害者、高齢者を含む一般の参加者に加えて、コミュニティ・ミュージックの領域に関わる職業の方々にも参加していただけました。オンラインだからこそ、東京だけではなく、全国各地から多くの人が集まる場となりました。また、理論を学ぶ講座の後でワークショップに参加できるスケジュールを組んだことで、理論だけあるいはワークショップだけでは理解しがたいコミュニティ・ミュージックのありようについて知る機会、学ぶ機会をつくることができたと考えています。さらに、講座、ミニコンサートとシンポジウム終了後には参加者、講師、プロジェクトメンバーと、疑問に思っていることや普段の活動の中で困難に感じていることなどを共有し、意見交換の場をつくることができました。コミュニティ・ミュージックを展開するマネジメント関係者とも意見交換ができたことで、もんてんのこれからの活動の広がりと可能性を感じています。

「うたの住む家」ミニコンサートとシンポジウム

撮影:金子愛帆

今後の方向性について、ふたつのことを中心に進めていきたいという。ひとつは「活動の継続とアーカイヴの作成」、もうひとつは「コミュニティ・ミュージックの活動団体のネットワークづくり」だ。最初から参加している人もいれば、途中から参加し始めた人もいるので、3年間のアーカイヴを作成して情報を蓄積、公開していけるように取り組みたいと語る。

黒崎:コミュニティ・ミュージック活動団体のネットワークについて、事業に参加した活動団体やコミュニティ・ミュージックを行っている団体とで意見交換をしたり、活動を継続していくための情報を共有したり、社会支援助成が継続的に得られるように、そうした声を届けられるように、ゆくゆくは政策提言につなげることのできるネットワークの一員になりたいと考えています。
今回、社会支援助成に採択されたことで、講師とスタッフの方に事業予算通りの支払いができました。事業が実現できたことで、改めて社会支援とは何かを考える機会となり、課題が浮き彫りにもなりました。
それは継続的な活動資金の確保、さまざまな団体とのネットワーク、それをまとめるハブの必要性です。実施したい団体や参加したい人がどこにアクセスすれば情報が得られるのか、情報を得るためのネットワークや享受者と提供者、団体同士をつなぐハブが存在する必要があります。民間事業者がハブになる余裕はなく、アーツカウンシル東京にそのハブになってほしいと考えています。資金の獲得、享受者と提供者のマッチング、実践者の教育などの役割を担ってほしいのです。

そのような期待を込めて、アーツカウンシル東京へ4つの質問が投げかけられた。

黒崎:アーツカウンシル東京では「こうした取り組みを助成対象事業として共有してどのように考えたのか」「芸術文化による社会支援助成をどう考えているのか」「継続的な支援について」「アーツカウンシル東京自体が、ハブとなり得るのか」。私たちとしては、この活動は、文化芸術活動がいろいろな人に享受されるためにどのように取り組んでいくべきかという声を届け続けていく運動だとも思っています。ずっと支援し続けられるべき事業であることを行政と共有することを目的に申請をしました。継続的な支援について、採算ベースで計れない価値をしっかり理解して支え続けることが社会支援であると考えます。活動継続のための資金援助を継続して行なっていただきたいです。

最後に、これから実施する第4期のオンライン講座【https://peatix.com/event/3839988】を案内。特に2024年5月25・26日に開催される講座では、イギリスのコミュニティ・ミュージックの実践者・教育者であり、コミュニティ・ミュージックハブの代表も歴任しているジェス・アブラムスさんを迎えて、イギリスにおけるコミュニティ・ミュージックの実態を伺い、日本のコミュニティ・ミュージックの課題と展望を明らかにしていきたいという。講座に備えて、YouTubeチャンネル「うたの住む家実行委員会」でこれまでに創作された楽曲なども楽しんでみてはいかがだろうか。

ここで小川さんからいくつか質問があった。

小川:黒崎さんは「場」の役割を追求し続けて、コミュニティ・ミュージックにひとつの可能性を見つけたということかと思います。それでは赤羽さんは「音楽ワークショップ」という言葉ではなく、私たちはコミュニティ・ミュージックだと謳いあげたいと思うのはなぜですか? 

赤羽:ワークショップは答えがないものを一緒につくりあげていくという手法のことで、コミュニティ・ミュージックはいろんな立場の多様な人が参加する思想的なことも含めたもっと大きな概念だと思います。

黒崎:私たちは、参加者が主役のワークショップっていうことにこだわってきたように思うんですよね。

赤羽:日本で行われているワークショップは、アーティストがやっているイベントとしてのワークショップという捉え方をよくされているのではないかと思うのですが、そうではなくて、私たちが大事にしているワークショップは、参加した人たちが主体となって自分たちが表現する場になるというもの。それが「参加者が主役」ということなんですけれども、そういうものをコミュニティ・ミュージックと呼びたい。私たちがやりたいことは、個々の参加者の持ち味が生かされ、共存する作品づくりや場づくりです。その思いをもとに、海外ではどういうことが行われているんだろうかといったことを考え、語り合ってきたのがこのプロジェクトの講座とシンポジウムになります。

小川:赤羽さんに音楽家としてお伺いしたいのですが、高価なコンサートってカサカサと音をさせても駄目で、障害のある人が「あ!」と声を上げたら退出させられたという例もあるそうですね?

赤羽:そうですね。私の教え子も、ある時コンサートで、指揮をしている人がカッコよくて自分も指揮をし始めたら、声は出していないんですけど、そのまま外に出されて、最後まで見られなかったと聞きました。

小川:誰かが文句を言うと駄目なのかしら。つまり例えば3〜5万円のチケット代を払って聴きに行く、そういう公演ばかりしているホールもありますが、あれはあれでいいのでしょうか。

黒崎:私はいいと思います。このコンサートはどういう目的で、どんな環境で、どんな人に聴いていただきたいのかなど、行う側にもいろいろ思いがあると思うんですね。そのことを事前にお客様に発信することが大切ですね。「未就学児はご遠慮ください」とか、最近は発信していると思います。そのうえで、こちらは「声を出してもいいし、体を動かしてもいいコンサートですよ」と言えば、自由に聴くことができると思うんですね。

赤羽:そう思います。ただ誰でも来てOKなコンサートですよ、と謳っていても、障害のある子供の保護者が、「迷惑をかけるかな」と自粛してしまっている現状もあるということもうかがいました。

小川:供給する側の論理だけだと、聴きたいという観客が聴けない場合も出てきますね。

黒崎:そうですね。だから私たちのように普段はイベントを供給している側が観客の立場になったときには、自分だったらどんな聴き方をしたいのか、たとえばプログラムや開催場所や開催時間などについて、こちらから声を挙げることが大事だと思っています。その声にイベントを供給する側が呼応して工夫していくことも大切で。そうしないと限られたコンサートしか行けなくなってしまいますね。

小川:そんな中でコミュニティ・ミュージックは、誰でもウェルカムだという文化をつくりたいということですかね。

黒崎・赤羽:そうですね。文化だと思います。

もんてんの発表 赤羽美希さん、黒崎八重子さん

撮影:松本和幸

小川:では、その文化を広げる上で何が障害になっていますか?

赤羽:私たちの社会には、音楽はこうやって聴くものという固定概念がぼんやりとあるらしい。また、コンサートに行く時に、観客の中に例えば障害がある人がいるかもしれないと思ってコンサートに行っていないかもしれない。同じ社会にいろんな人がいるということさえ知らない人もいるかもしれない。そうした場合には、他にどんな音楽の楽しみ方があるのか、マイノリティの人がどうしたら文化を自由に楽しめるのか、という考えにも至れないと思います。そこで、コミュニティ・ミュージックのような活動が大切になってくるのではないでしょうか。ワークショップの場に来ることで、多様な人とまず出会い、試行錯誤して関わりながらお互いを知り、みな同じ社会に生きているのだと感じることができるかもしれない。同時に、多様な人が一緒に音楽を創作することで、多様な音の概念、音楽の楽しみ方が生まれるかもしれない。多様な音楽の楽しみ方がある、音楽とどうやって関わるのか、また同時に、多様な人がいる、お互いがどのように関わり合えるのか、そういった知識が社会全体に足りていないことが障害になっていると思うんです。コミュニティ・ミュージックの場で、そうした経験を積み重ねることが、多様な音楽の楽しみ方や多様な人の存在を感じることにつながり、それがさまざまな人の文化への参加形態の選択肢を増やすことにもつながっていくと思います。

小川:音楽業界の人たちは、コミュニティ・ミュージックに理解がありますか?

黒崎:こうした活動自体があまりよく知られていないと思うんですね。芸術文化による社会支援助成に採択されると見に来てくださる方が増えます、行政関係など今まで接したことのない方たちにも知っていただけたりする機会になります。そうやって広がっていくのではないかなと思っています。

グラフィックファシリテーターの関美穂子さんが指摘していたが、がやがやともんてんには、「何かを変える目的のために活動するというよりも、みなが楽しめるように活動していく中で結果的に変わっていく」という共通点がある。さて4つの問いが投げられ、ラウンドテーブルはどう展開するだろうか。

(取材・執筆 白坂由里)

第5回「うた・ことば・からだ―多様な人が出会う場づくりの可能性」(後編)に続く


一般社団法人もんてん
1989年の開館以来、「伝統と現代」という双極を行き来しながら、質の高いアート体験の提供と幅広い観客層の育成を目指して、多様な音楽やパフォーマンスを意欲的に上演してきた門仲天井ホール。2013年に両国に場を移し、新たなアートスペースとして呼び名を「両国門天ホール」と改め、さまざまなアーティストや地域とのパートナーシップを活かして運営を行っている。実験的なイベントを通じて、新たな文化を生み出している。

芸術文化による社会支援助成 助成実績


芸術文化による社会支援助成
東京都内で活動する団体を対象に、「社会的な環境により芸術の体験や参加の機会を制限されている人が、鑑賞・創作などの芸術体験を行い、創造性を発揮したり、想像力を豊かにすることができる活動」や「自らの問題意識に基づいて社会課題を設定し、さまざまな人や組織と連携・協働を行いながら、課題解決に取り組む芸術活動」を支援するプログラム。平成27(2015)年度に開始し、平成28(2016)年度からは年に2回公募を実施している。これまでに約150件の事業を支援してきた。「芸術のための芸術」でもなく、また単に「社会の役に立つ芸術」というだけでもなく、これまでにないやり方で社会と創造活動が不可分の状態にあるような新たな芸術のあり方、いわば「第3の芸術」を提起し具体化していく活動を後押ししようとしている。

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