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アーツカウンシル東京ブログ

アーツカウンシル東京のスタッフや外部ライターなど様々な視点から、多様な事業を展開しているアーツカウンシル東京の姿をお届けします。

DANCE 360 ー 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング

今後の舞踊振興に向けた手掛かりを探るため、総勢30名・団体にわたる舞踊分野の多様な関係者や、幅広い社会層の有識者へのヒアリングを実施しました。舞踊芸術をめぐる様々な意見を共有します。

2019/05/31

DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(25)愛知県芸術劇場シニアプロデューサー 唐津絵理氏

2016年12月から2017年2月までアーツカウンシル東京で実施した、舞踊分野の多様な関係者や幅広い社会層の有識者へのヒアリングをインタビュー形式で掲載します。

愛知県芸術劇場シニアプロデューサー 唐津絵理氏
インタビュアー:アーツカウンシル東京
宮久保真紀(Dance New Air チーフ・プロデューサー)

(2016/12/16)

※2019年4月に再編集したインタビュー内容を掲載しています。

──愛知県での舞踊の現状と課題について教えてください。

唐津:日本はダンスがとても身近な国だと思います。盆踊りを始めディスコやクラブ、ストリートダンス、バレエや現代舞踊にフラメンコなどの民族的な舞踊まで、大勢の方が様々な形でダンスを享受し、日常的にダンスを楽しんでいますね。
愛知県の場合は、習い事のひとつとしてダンス教室に通っている子供たちが多く、結果として親戚や友人がダンスの発表会に行く機会が増え、劇場でダンスを観ることもある程度は生活に浸透していると感じます。ダンス教室で指導をする講師としての需要もある方ではないでしょうか。
ただ、発表会では出演者の関係者で一定の集客は可能ですが、その人たちがプロフェッショナルなダンス公演を観に行くことにはなかなか繋がらない。舞台鑑賞が子供の発表会で終わってしまっていて、ダンスの舞台が過少評価されてしまったり、時には女性や少女が趣味でやる程度のものと、一種の差別的な偏見を持たれているのではと感じることもあります。海外では舞台鑑賞の機会がビジネスや社交の場になっていることと対照的です。

価値観の変容をもたらすような圧倒的なダンス作品を観てもらいたい

──そういった中で、今何が大切でしょうか?

唐津:プロとして活動していく環境が脆弱な日本の状況を少しでも改善するためには、観客を増やすことが何よりも重要だと考えています。「創客」という言葉がありますが、批評眼をもった観客が増えれば、創る側も観る側も共に高まっていくと思うのです。
今の日本のダンス界を支えているプロデューサーや批評家、アーティストたちは、1980年代後半から90年代初期にかけて、素晴らしいダンスの舞台に出会い、衝撃を受け、この世界にどっぷりとはまって抜けられなくなってしまった人が多い。例えば、ウィリアム・フォーサイス、ピナ・バウシュ、ローザス、イリ・キリアンが率いるNDT(ネザーランド・ダンス・シアター)など、ほとんどこの時期に初来日していて、私もタイミングよくすべての公演を観ることができたのですが、あの時これらのコンテンポラリーな舞台に接していなければ、今この仕事をしていなかったのではないかとすら思います。
ただ、こうした先鋭的でスケール感のある作品を日本で観ることができたのは、当時の日本の経済状況によるところが大きい。日本はもともと国の文化予算も少ないし、民間からのサポートも期待できない。バブルが崩壊した現在、こうした舞台を日本に招聘しようとすると、それは即チケット代に跳ね返ってしまう。だから、観客の入りが見込める、誰もが知っているような古典作品に演目が偏ってしまうわけです。採算性だけを意識する必要のない(公立劇場でも採算性が最重要になっている劇場も増えていると思うが)公立劇場こそ、ビジネスとしては成立していないけれども、大きく人々の心を揺さぶるような同時代の優れた作品を上演していくべきだと思っています。
実はもう少し経済状態が良かった頃、20年前くらいまでは、民間のプロモーターが積極的に同時代作品の海外招聘を行ってくれていました。ですから、その頃は、逆に私は地域に根付いた劇場オリジナルの作品を創作することに力を入れていました。ただ、今は本当にこうした海外招聘公演が減ってしまっていて、一流かつ先鋭的な作品に触れる機会が少なくなっている。オリジナルの作品を創作することは創り手や劇場にとっては充実感があるかもしれないけど、その作品が初めてダンスを観る方の琴線に触れることができるかといったら、そのクオリティは保証できないわけです。すでに完成され、再演が繰り返された素晴らしい質の作品が存在するのであれば、それを沢山の方に見てもらうことこそ、新たな観客を作る近道なのではないでしょうか。
百聞は一見に如かず、圧倒的な作品を体験することに勝るものはないと、私自身が学生時代に体験しているので、価値観の変容をもたらすようなダンス作品を多様な方々に観てもらえるような環境を作り出したいと、今は思うようになりました。

ダンスの拠点となる養成機関と劇場を作り、ダンスを仕事にしていける環境の整備を図る。

──舞踊分野の振興策として何があったらいいと思われますか。

唐津:日本はダンスを十分に楽しんでいる国だと思いますので、次はダンスを職業としていくための環境整備が必要だと考えています。ダンス専用の劇場、国立の舞踊大学あるいはシステムの構築されたコンセルバトワール(専門学校)といった、専門の教育機関と創作・発表のための場所。そして意外と盲点なのが、スタッフの育成です。
作品を創作したり、踊ったりする人に比べて、プロデューサーのような制作者や舞台を裏で支える技術の専門スタッフが圧倒的に少ない。舞台創作はもちろんアーティストだけでは成立しないので、現場では常に制作者を必要としていますが、現場に対応できるような人材の養成はあまりなされてない。アーティストと共に奔走するプロデューサーの重要性を感じているアーティストが少ないのではないかとも思うこともあります。一言で制作者と言っても、その役割は多様で、例えば、アーティストのクリエイションのスケジュール調整やスタッフとの連絡調整、助成申請や予算管理、広報やチケット販売などの公演活動の具体的な制作業務から、企画立案、予算集めや、アーティストや作品の営業といった未来に仕事を生み出していくプロデュース的な仕事まで、幅広い能力を要求されるわけです。もちろんこれをすべて1人が行うことは難しいので、業務分担をするのが通常ですが、日本ではさらにアーティスト自身がこの業務を自ら担っているケースも多い。プロとして活動していくのであれば、これらの業務を共に担ってくれるプロデューサーや制作者が必要なことは自明のことなのですが、そこに避けられる予算は少なく、制作者が不在であるという非常に深刻な問題があります。
また、ダンスの研究者や批評家などもそれだけで生活できるほどの仕事にはなっておらず、日本はアーティストのみならず、ダンスを仕事として成立させるための基盤がない状態です。

そこで、ダンスの拠点となる養成機関と劇場を作り、ダンスを仕事にしていける環境の整備を図る。さらに日本の全国各地の幾つかの劇場で、ダンスを専門とした制作者を置き、連携した事業を開催する。全国に2,000を超える公立文化施設があり、2012年に施行された劇場法では、プロフェッショナルな活動に取り組む専門施設として劇場を法的に定めたわけですから、次はその使命が達成できるような仕組みづくりに取り組んでいただきたいと思っています。

──全国に数多ある公立文化施設の中で、ダンスに取り組んでいる劇場は日本にどのくらいあるのでしょうか。

唐津:平成28年度に全国の公立文化施設がどのような自主事業を開催したかというジャンル別のアンケートでは、音楽が8.3回、演劇が3.3回に対して、ダンスは僅か0.6回という報告があります。(公益社団法人全国公立文化施設協会「平成28年度 劇場、音楽堂等の活動状況に関する調査研究報告書」P.93より。http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/gekijoongakudo_katsudo/pdf/h28_hokokusho.pdf
さらに、ダンスの担当者がいて、ダンス事業を積極的に展開している劇場となれば数館となっています。音楽や演劇に比べるとずっとずっと少ない。例えば本格的に取り組んでいただける劇場が全国に10カ所でもできれば、そこで一緒に共同製作をしたり、ツアーを組んだりすることができるので、かなり状況が変化すると思います。今はそれが難しい状況ではありますが、そんな中でも、志が近い数少ない劇場で情報共有しながらなんとか協力して一緒にできることを探しています。

──そういった状況の中で、愛知県芸術劇場は一貫してダンス事業に積極的に取り組んでいらっしゃいましたね。現在のダンス事業はどのような位置づけでしょうか。

唐津:愛知県芸術劇場は、県直営から指定管理を受けるように移行したのが5年前ですが、その時に、1992年の開館以来の事業を全て見直しました。東海圏の中心にある劇場のミッションを明確にして、それに合うように、事業内容を再構成したんですね。
日本ではどの劇場も力を入れてなかったダンスに重点を置くため当館では専門のキュレーターを採用してダンス事業を継続してきていますが、以来、その方針がより明確になりました。
当劇場には主要なホールが3つあるので、それぞれの特徴を生かすようにプログラムを考えています。具体的には、大ホールではスケールの大きな現代的なバレエ団やコンテンポラリー・ダンス・カンパニーの招聘や製作、小ホールでは実験的なダンスとジャンルを横断した新しいパフォーミング・アーツ作品の製作や紹介を中心にしています。さらにコンサートホールでも、音楽とダンスを対等に配置した「ダンス・コンサート」シリーズを開始し、観客層の拡大に取り組んでいます。
また、最近では「劇場と子ども7万人プロジェクト」(愛知県の中学校の1学年は7万人)と謳って、愛知県内の小中学校等への無料招待といった若い世代への普及活動を行っています。さらに2019年度のNDT公演では、学校向け団体鑑賞プログラムとして、約1,000名の中高生にコンテンポラリー作品を鑑賞していただきます。
また、難聴者向けに、ダンス公演ではヒアリングループ(磁気ループ)を設置、演劇公演では字幕をつけることでサポート、音楽コンサートでは点字プログラムを用意して視覚障害の方に来ていただきやすい工夫をしています。また公演チラシを多言語でも作成するなど、老若男女はもちろんのこと、在日外国人や障害のある方など、多様な方に劇場に来てもらうためのアクセシビリティの強化にも積極的に取り組み始めているところです。

──唐津さん個人の積極的な働きで今、そのようにダンス事業が動いている分、唐津さんがいなくなった後のことも心配されますね。

唐津:それはどの組織でもあることだと思います。情熱的に動いているスタッフがいる組織ではその人が異動した途端に事業がなくなることもありますよね。特にこの仕事は人との繋がりや信頼関係の上に成り立っている。だからこそ、劇場としてのミッションが重要で、私がいてもいなくても劇場の方針として継続する事業として「ダンス」を明確に位置付けていく必要があるわけです。当館は2020年度から勅使川原三郎さんを芸術監督にお迎えすることになりました。このことは当館のダンスへの取り組みをさらに強化、継続していくことを象徴していると思います。

劇場全体の取り組みとして、様々な場所やジャンルや価値を「繋げる」ということに力を入れています。

──愛知と他の地域や東京と連携した取り組みはありますか。

唐津:愛知県は日本のちょうど真ん中に位置しており、ツアーを組みやすいので「一緒に招聘したり、ツアーに参加したりしませんか?」というお話を沢山いただきます。ダンス事業に取り組んでいる施設が少ないので、例えば首都圏のさいたま芸術劇場や東京芸術劇場、神奈川芸術劇場、横浜赤レンガ倉庫1号館ホール等の公共劇場に加えて、できる限り多様な地域や組織の方々と連携したいと思っています。もちろん、劇場のミッションに合う内容であるか、そのコンセプトや対象としている観客層などを考慮しつつ、常に劇場としての全体のバランスも意識しています。
また、当館は中ホールがないので、2017年より名古屋市芸術創造センターというダンスに適した中規模の劇場を使わせていただいています。ちょうど大ホールが改修に入ったタイミングでもあり、じゃあ、作品に合わせて別の劇場を使いましょうと、名古屋市との連携にも取り組み始めたところです。
周辺の劇場をはじめ、ギャラリーやカフェ、ライブハウス、図書館など、近くにある様々な場所が繋がることで、点としか見えていなかったものが、線として浮かび上がってきて、いくつかの地域の芸術が一つのシーンとして見えてくると思うのですね。今は劇場全体の取り組みとして、様々な場所やジャンルや価値を「繋げる」ということに力を入れています。
また日本国内はもちろんですが、近隣のアジア地域の劇場とのネットワークも課題です。日本から遠い地域のカンパニーはせっかく日本まで来たのだから、日本周辺で、さらに何カ所か公演をしたいと思いますよね。日本国内でツアーをできるのが理想ではありますが、それができない場合にでも、台湾や韓国、中国などとも連携することはできます。近年はむしろ、アジアの国々が連携して沢山の著名バレエ団を招聘しています。もちろん、トランポ(機材等の運搬・運送)の問題など簡単ではないのですが、もっと効率的に日本に来ていただけるように、規模やコンセプトの近いアジアの劇場とネットワークを構築できればと模索を始めているところです。

文化は簡単に根付くものではないので、根気よく継続していくことが必要です。

──愛知県芸術劇場以外にも東海圏でダンス事業を開催しているところはありますか。

唐津:地方の劇場ではダンス公演が開催される機会が本当に少ない。2018年1月に「ダンスとラップ 島地保武×環ROY『ありか』」という当劇場でプロデュースした公演を、愛知県の豊川市で上演したのですが、ダンスの事業を開催するのはかなり久しぶりだったそうです。地方で開催するのが難しい最大の理由はやはり集客です。公演を開催するときには、主催者はまずどのくらい集客ができそうかを考えますよね。例えば、愛知県の知立市は時々ダンス公演を行っているのですが、舞踊家の伊藤キムさんの出身地だから集客できるだろう、あるいは劇場の近くに全国大会で入賞しているような高校のダンス部があるので、そこと連携できるだろうなどなど、観せたい人が劇場の近くにいるかどうかは事業の決定にとても重要です。
次の年には春日井市でも公演をさせていただいたのですが、春日井市はこれまでも地域創造のダン活(公共ホール現代ダンス活性化事業)を利用してダンス公演を開催されているので、ダンスや見慣れていないものに対しての観客の関心が他の地域より高いと感じました。熱心な担当者がいて、取り組んでみたいと思っている劇場ですら、集客の保証がないと踏み切れない状態ですから、ほかの地域はまず検討されることもない。これは、愛知県以外の地方に行くと、さらに厳しい状況なのではないかと感じます。
関東ではいつ行っても何らかのダンス公演を観ることができるわけですから、地方に住んでいると、週末ごとに複数の公演が行なわれている首都圏だけが、かなり特殊な状態に見えます。
集客ができないのは決してニーズがないわけではなく、知らないだけということが多いと思います。そこで必要なのが継続的な開催。一度集客できないとダンスはニーズがないのだと考えてしまうことが多いように感じます。文化は簡単に根付くものではないので、根気よく継続していくことが必要です。当館も27年間継続してきたからこそ、それなりの人数のダンスの観客を集めることができているのだと思います。

──愛知県内でダンス公演のツアーを組むなんて画期的ですね。

唐津:当劇場は東海圏の中心にある拠点文化施設として、愛知県内の他の劇場を牽引していくという使命があります。また一方で、最近は再演の重要性を強く感じています。そこで、当館で「ダンスとラップ 島地保武×環ROY『ありか』」を創作するにあたって、各地域の劇場にツアーを呼びかけたところ、興味を持っていただいた劇場4か所でツアーを組むことができました。さらに県外からもお話をいただき、初演から2年間で、愛知県内で4か所、県外では神奈川芸術劇場と山口情報芸術センターの2か所、合計13公演を開催しました。
昨年は、凱旋公演として一般公演と、さらに「劇場と子ども7万人プロジェクト」公演の位置付けで、学校招待公演と合わせて6公演ほど開催し、こちらは子供達にも大好評でした。ダンスだけではなく、ラップという若者にも関心を持ってもらえるようなジャンルとの組み合わせが地域の方や若者にも興味を持っていただけた要因だと思います。まだ固定観念を持たない若い時にインパクトのある舞台に触れることがとても大切だと思います。来年もすでに県外での再演が決定しているのですが、先鋭的なダンス作品が劇場の主催により日本でこれだけの再演をできたケースはあまりなかったのではないかと思います。とても大変ですが、でもその気になればできるということは、証明できましたね(笑)。来年の再演予定も入れると、4年弱で9カ所、22公演ほど上演したことになります。

再演は、創客に欠かせないマーケティング手法です。

──再演はハードルが高いですか?

唐津:特にダンスの場合には、ダンスを自主事業で扱っている劇場が少ないこと、関東圏以外ではダンスでは集客できないため、たとえ興味を持ってくださっても実現までに至ることは少なく、再演はとてもハードルが高いです。ここ最近は私も営業ばかりしているような気がします(笑)。
でも再演のメリットは実は沢山あって、再演すれば作品を見直すことになるので、完成度は格段に高いものになる。初演はクリエイションに時間がかかったり、舞台や衣装を製作したりと初期投資が大きいのに比べて、再演時は上演料プラス経費程度で成立するので、低予算で上演できる。アーティストには仕事を生み出すことになる。観客にとっては練り直して完成度の高くなった作品を観ていただくことができる。質の高い作品を観ることが、再び劇場に足を運んでもらうことに繋がっていくわけですから、再演は良いことづくめなのですよ。
例えば、ベルギーのローザスというダンスカンパニーは、デビュー作を再振付して今も上演し続けています。多い作品だと1作品で何百回も再演する。もう30年以上の前の作品でも、今でも大切に再演されていて、多くの観客に感動を与え続けているわけです。
一方で、日本では例えば各種の助成金を申請する場合でも、新作限定になっているなど、新作であることにこだわりすぎる傾向があると感じています。アーティストにとっては全身全霊をかけて生み出した作品なのですから、消費を繰り返していくのではなく、作品を社会の無形文化財として、何度も上演できれば理想的ですよね。実際に劇場法の前文の中にも「実演芸術は無形の文化遺産でもあり、これを守り、育てていく…」という文章があるのですよ。再演は、創客に欠かせないマーケティング手法だと思います。

ワークショップのような一般社会とは切り離された場を通じて、劇場のもうひとつの役割、コミュニティとしてのあり方が浮かび上がってきました。

──ワークショップなど、教育的な事業も積極的に取り組んでいますよね?

唐津:現在はあちこちで開催されているワークショップ形式のダンスレッスンですが、愛知県芸術劇場が開館する頃までは、単発でダンスのクラスを受けれるスタジオが日本にはほとんどなかったんです。ダンス教室に入会金を納めて正式に入会しないとレッスンが受けられないという徒弟制度が強い状況で、フリーランスのダンスアーティストがワークショップを開催しても、ダンサーたちは自由に参加することができなかった。
そこで当館では94年以降、劇場でダンス公演を開催する時には、可能な限り公演とワークショップをセットにすることで、観ることと体験することを繋げる普及教育事業に取り組み始めました。ワークショップも主に2つのタイプ、誰でも受講可能な一般の方向けの体験クラスと地元のダンサーに向けての人材養成クラスを開催しています。
ダンスのワークショップには、身体表現に関心のある多様な人たちが集まってきます。様々なジャンルのダンサー、俳優や音楽家、美術系のパフォーマーなど、年齢も様々で、身体に関心のある人たちの出会う場、時には音楽や美術なども含めて舞台芸術に興味のある方々のプラットフォームになっていると感じています。
また25年も継続していると、そのうち参加者の方々のライフスタイルが変わりますよね。20年前にはダンサーとして参加してくれた女性が、しばらく見かけないな、と思っていたら、10年ほど経ってから、今度はお子さんを連れて子供対象のイベントに参加してくれたり、最近では3世代に亘り、当劇場のファンとして色々な事業に参加してくださる方もいらっしゃいます。状況もニーズも時代によって変化するので、形態や方法もその都度、見直しています。
さらにワークショップのような一般社会とは切り離された新しい交流の場を通じて、劇場のもうひとつの役割、コミュニティとしてのあり方が浮かび上がってきました。

芸術を通じて知り合うことで、同じ立場になれる自由な空間を自分たちで作っているんだなと思うことがあります。

──場づくりとか、きっかけづくりは、芸術劇場の事業を通して生まれてきたと。

唐津:例えば、昔は様々な悩みを抱えた人たちにとっての一種の逃げ場=アジールのような聖域がありましたよね。悩みを抱えて、避難場所を探している人たちが、お寺に駆け込んでいたように、逃げ場のなくなった現代にあって、感性の豊かな様々な人や、ややもすると感受性が強すぎて壊れそうな方たちが、芸術を通じて結びつくことで、公権力が支配する社会ではなく、同じ立場になれる自由な空間を劇場の内側に作っているんだなと感じることがあります。
最近声をかけてくださった方の中には、高校には行けなかったけど、当劇場のダンス公演は楽しみにしていたとか、愛知芸術文化センターのアートライブラリーには通えたとか、ここの事業を通じて、やりたいことが見つかって、今は舞台の仕事をしているんです、と話してくださる方もいらっしゃいます。
直接的にアーティストを輩出したということではなくても、このコミュニティがあったから、自分の居場所ができた、やりたいことを見つけられた、という声を聞くと、劇場は通常の生活の中では居場所を見つけられない人たちのある種の救済の場になることもできるのだなと実感します。
現在では、芸術の社会への貢献ということで、社会包摂、ダイバーシティーという言葉が浸透してきましたが、劇場はいつでも社会に住む多様な人たちに開かれていて、特にこの管理社会の中で居心地の悪さを感じている様々な人たちにとっての自由な空間として機能できるのではないか、それも舞台を鑑賞する場としての劇場と共に、もうひとつの劇場の大切な役割だと思っています。

公演で体感したことが知りたいに繋がり、また次の観たい、知りたいと、体感が知性を刺激することで、どんどんこの世界の魅力にはまっていってもらえると

──公演に関連して何か具体的に取り組まれていることはありますか?

唐津:どの公演でも、作品を見てもらうだけではなく、同時に、様々なワークショップやトークなどの関連企画を行うことによって、間口を広げたり理解を深めていただいたりできるような、創客のための工夫をしています。
その中でも最近始めたのが「鑑賞&レビュー講座〜観て、話して、書いてみる」という講座です。現代の作品はどうやって観れば良いのかわからない、とまるで見方の正解があるかのように尋ねられることが多いです。「自由に見て良いのですよ」と言っても、日本の学校教育では予め答えが用意されていて、自由に観ることに慣れていないから、実は「自由に観る」ことが最も難しい。
この講座では、公演を観た後に、何を見ていたのか、どのように感じたかなどを話してもらって、まずは人によってこんなにも多様な見方ができるということを感じてもらいます。次に、舞台で見たことと自分の経験や知識に繋げて文章化することに取り組んでいます。まだこれは始めたばかりなのですが、公演で体感したことが知りたいに繋がり、また次の観たい、知りたいへと、体感が知性を刺激することで、どんどんこの世界の魅力にはまっていってもらえるといいなあ、と企んでいるところです(笑)。
またこの講座では作品を観ることができなかった方と観れた方を繋ぐコミュニケーターの誕生も期待しています。舞台芸術は上演期間も短く、観ることができる人が限られているので、実際に劇場まで来れた方が、観れなかった方に言葉で発信していただくことによって、多くの方にその存在や内容を知ってもらうことができます。
さらにそうした中から、地元に根付いた書き手=批評家が育ってもらえるといいなと思っています。批評によって作品が育つ、また別の価値を見出せることもあります。また書き手にとってはそれもまた自身の新たな創造活動になっていくこともあるでしょう。観たことを、話し、書いて、それを多くの人やアーティストに伝え、またそれが作品にフィードバックされたり、別の新たな創造的価値を生み出していく、そういう循環をここ劇場を中心に生み出していくためにはどうすれば良いのか、今まさに試行錯誤しているとことです。

一度に沢山の作品に触れることができるフェスティバルは、短期間で観客の鑑賞眼を高める絶大な効果がある

──劇場で主催や提携さえも難しくなっている中で、ダンス・フェスティバルはひとつのダンスのプラットフォームになり得ると思いますか。

唐津:多様な場所を利用して開催するダンス・フェスティバルは、ダンスの発展に繋がる可能性を感じます。特に地方では、利用率の低い公立文化施設や廃校などの場所が沢山あって、アーティストが借りたとしてもかなり安いし、長期で創作活動が可能です。それにも関わらず、日本ではダンス・フェスティバルがとても少ない。
あいちトリエンナーレで3回にわたって、パフォーミング・アーツのキュレーターを務めたのですが、その中で、初めてダンスに触れた観客が、あっという間にプロ顔負けの鑑賞者になるところを目の当たりにしてきました。一度に沢山の作品に触れることができるフェスティバルは、短期間で観客の鑑賞眼を高める絶大な効果があると実感しています。
基本的に言葉を必要としない(あえて言葉を使用する作品もあるが)ダンスは、在日外国人の方も楽しむことができますし、国際的なマーケットにも乗りやすく、海外発信に最適なジャンルだと思うのですが、日本において本格的に行政がサポートしてダンスに取り組んでいるのは横浜市くらいでしょうか。(東京・青山拠点の)Dance New Airだって、もっと支援されていいと思います。とにかく日本ではダンスに対する支援がとても少なく、社会がその価値や可能性に気がついていないのかなと残念に感じます。

──東京の芸術祭についてはどう思われますか? 演劇の枠の中に舞踊のプログラムが含まれている状況ですよね。

唐津:東京は劇場を中心に毎日のように沢山の公演が開催されているので、フェスティバルを開催する意味が地方とは異なるように思います。都市型の芸術祭の中でも、日常的にハレの状態が継続している特殊な東京という環境の中で、フェスティバルを開催する意義はどこにあるのか、誰に向けて発信をしていくのか、2020年にはオリンピックも開催されますので、再考される時期なのかもしれないと感じています。
またご指摘のとおり、日本における舞台芸術フェスティバルは、演劇作品が中心なことが多く、ダンスは付随物と感じることもありますね。例えば、ダンサーが参加している場合でも、観客参加型のイベントだったり、屋外での賑やかし的なパフォーマンスだったりと、作品をしっかりと見せる鑑賞用の公演そのもので参加できるケースは少ないです。
地方で開催されている美術主体の芸術祭などでも、ダンスの扱いに疑問を持つことはあります。気軽に参加できたり、観客を巻き込んだりすることができるダンスの特徴を生かすことは悪いことではないと思いますが、それはダンスのひとつの特性を利用しているに過ぎないですから。演劇や美術という異なる文脈でこそ、ダンスアーティストの作品を正面から鑑賞できる機会を作ってもらえると、お互いに世界が広がるのではないかと思います。
東海圏では、あいちトリエンナーレを開始してから、美術ファンの方がダンスに関心を持ってくださるケースが増えました。回を重ねるうちに、他ジャンルのファンの方たちが見に来てくれることによって客層のシャッフルが起きているというようにも感じます。もしかして、東京とは違う愛知ならではの特徴は、ジャンルを横断している観客が多いっていうことかもしれません。
一方で、世界に視野を広げてみると、現代芸術の世界は、もうジャンルなど軽々と超えていて、例えば海外のフェスティバルでは、演劇祭でもダンス公演や美術のインスタレーションを行ったり、美術のビエンナーレのような場でもパフォーミング・アーツ公演を開催したりしていて、ジャンルの枠にとらわれることなく自由に行き来をしているわけです。
実は、あいちトリエンナーレを立ち上げるときにも、どのジャンルにフォーカスするかは議論になりました。元々、愛知芸術文化センターは、劇場の他、美術館やアート専門の図書館などから構成された複合文化施設です。国際芸術祭を始めるにあたって、この施設の複合性を生かすことを最大の目的としていたために、想定するジャンルも、美術、オペラ、ダンス、音楽と、当時センターで扱っていたジャンルを網羅し多岐にわたっていました。最終的に予算の都合で音楽がカットされることになり、それではダンスの部分を「パフォーミング・アーツ」として、できるだけジャンルの垣根がない名称にしようということで落ち着きました。もう10年以上前のことですから、それは、ジャンルを横断する今の舞台芸術界の流れをある意味先取りしていた名称だったのではないかと思っています。ですからこれまでのあいちトリエンナーレのパフォーミング・アーツ部門では、身体表現を中心としながらも、音楽や演劇や美術等とも相互乗り入れするような先鋭的でボーダレスな作品を積極的にプログラムするように心掛けてきました。

本当に支援したい、プロとして活動していただきたいアーティストを厳選して選び、彼らが本当に必要な支援をしていく

──東京は公演数が多い、ということも踏まえて今、どういう支援をしていくと良いでしょうか。

唐津:支援対象は今の半分になってもいいんじゃないかな。つまり、広く配るのではなく、才能があったり、本当に頑張れる体力のある人たちに集中的に助成する方が良いと思います。
最近、以前より作品を発表しやすくなっていると感じます。ほとんどダンス経験がなくてもワークショップを何回か受けただけで作品を創作したり、フリンジで参加できるような枠組の企画やコンペティションも増えていますから、敷居はすごく低くなっている。もちろん、それによって早い段階で才能が花開く場合もあるでしょう。一方で、簡単に始められると、やめてしまうのも簡単かもしれません。
そもそも、ダンス事業を開催している劇場も少なく、助成も十分ではない日本で、これだけ多くのダンス公演があることに無理がある。しかも、それはほとんど関東圏に集中している。
例えば、地方での文化活動への助成も、最初の頃は、沢山の申請が来るので、なるべく広く薄く皆さんに均等にあげましょうということが多かった。それは選ぶことができない、公共的には、皆さんに平等に税金を分配しなければならないという理由からでした。もちろん楽しむためのダンスという視点から見れば、等しく楽しんでもらうために平等に分配することは理に適っています。でも、専門人材の養成を支援しましょうという点から見ると、それでは成果が見えてこないわけです。申請の内容や制作体制を吟味して、可能性を感じる団体や個人を集中的に選んで、そこをしっかりフォローするという体制に変わってきています。
私もこれまで文化庁のような行政から、アサヒグループ芸術文化財団などの民間団体まで、幅広く助成審査をさせていただいていますが、アーティストサイドが必要だと申請している額を満額採択する場合はほとんどなかったように思います。つまり申請額を水増ししていない場合には、申請額と採択額の差額は純粋にアーティストたちの自己負担になっているということです。つまり助成を受け続けると、公演をする度に申請したカンパニー側に金銭的な負担が増えていくという悪循環が生じます。
本当に支援したい、プロとして活動していただきたいアーティストを厳選して選び、彼らが本当に必要な支援をしていくことが重要だと思います。さらに全ての助成団体を審査員が観に行って、その成果や課題をフィードバックする等、フォロー体制も充実させていく必要があると思っています。

言葉に頼らないダンスは海外発信にとても適したジャンルです

──海外発信についてはどういうことをしていったらよいと思われますか?

唐津:以前国際的な芸術見本市のCINARSに行ったときに、日本のダンス界の情報がうまく伝わってこないと言われました。パリのジャポニズム企画のために、パリのダンス専門の国立劇場シャイヨーのディレクターが日本のダンスアーティストを探していらっしゃったのですが、ちょうどその時に一緒にクリエイションをしていた島地保武さんを推薦したら、あっという間に、日本初のシャイヨーでのレジデンスが決まってしまったというケースもありました。
オリンピックに関連したイベントでも感じますが、「日本発」を求めながらも、うまく発信できていないために、自ら貴重な機会を逃していることも多いのだとあらためて気づきました。そこには、整備されていないために、情報が埋もれてしまってどこにアクセスすればよいかわからないという問題があるわけです。
海外のフェスティバルで日本のダンスアーティストを紹介したい場合でも、また地方の劇場がダンス事業に取り組みたい時にでも、どこにどんな劇場があり、どのような活動をしているのか、どんなアーティストがいるか等、そこにアクセスすれば多様な情報を得ることができるデータベースを備えた、もちろんアーカイブ機能を持てれば最高ですが、ダンスについて集約されたプラットフォームがあれば理想的ですね。
また文化発信に力を入れている国では必ずといってよいほど開催しているダンスの見本市を、国の全面的な支援で開催するのが最も効果的だと思います。海外に紹介したいアーティストを20団体程度選び、関心のある劇場やフェスティバルのプロデューサーやディレクターを招待して観に来てもらう。私もこれまでこうしたシステムを利用させていただいて、フランスやスペイン、スイス、ドイツ、カナダ等などの国のダンス見本市に招待していただき、実際に幾つかの作品を日本に招聘してきました。海外に日本の状況を確実に知らせる方法としてかなり有効だと思います。言葉を頼らないダンスは海外発信にとても適したジャンルですから、ぜひ実現できるといいと思います。

大学でダンスを学んだ後、アーティストになるという選択肢以外に職業選択の様々な可能性が見えてくれば、もっともっとダンスが社会に浸透していくのではないかと思います。

──大学での舞踊教育について、現状をどのように感じていますか。

唐津:まず、最大のメリットは稽古場があること、そして一緒に創作できる仲間がいることですね。大学のプラットフォーム機能ということだと思うのですが、別にダンサーを育てることを目的とした学校ではなかったとしても、場所があり、志が近い人がいて、創作経験があったりするので、大学は創作にチャレンジしやすい環境ですよね。
ただ、肝心の授業の内容を見てみると大学によって教育内容のバランスは偏っていると感じます。例えば海外の多くの場合には、芸術大学の中にダンス学科があって、実技と理論をバランスよく学ぶことができる。日本は技術中心に教える学校と理論中心の学校に分断されている。
技術と理論、さらに社会への応答としての実践、この3つがバランスよく学べると良いのですが、日本の場合は、そもそもダンスは体育教育の中から始まったという歴史があり、芸術として扱われていないことが多いです。そこが芸術家の養成という目的とはズレてしまっている理由でもあります。
また、ダンスを学んだ学生たちにどんな未来の選択肢があるのか、様々なダンス関係の仕事に就く人が出てきて、最近ようやく見えてきたように感じます。最近では学生時代からグループを立ち上げて、カンパニー活動をする人たちも増えてきました。また私は出身校であるお茶の水女子大学の舞踊教育学科の中で劇場に就職したかなり最初の例なのですが、そのことによって「プロデューサーという道もあるのだ」と、皆が気がつくわけです。事情があって私は学芸員のポストで採用されたので、それを知った後輩たちの間で、学芸員免許を取る人が増えたという時期もあったそうです。
大学でダンスを学んだ後、アーティストになるという選択肢以外に職業選択の様々な可能性が見えてくれば、もっともっとダンスが社会に浸透していくのではないかと思います。

観ているだけで身体を活性化させる働きがある

──ほかの分野の芸術に比べて、舞踊の強みとは?

唐津:急に意味もなく体を動かしたくなるとか、呼吸をした時に身体を深く感じるとか、そういうことって誰にでもありますよね。身体をツールにするダンスは日常的なところから入っていきやすいと思うのです。また身体のリズムは、原初的な衝動に結びつくので、普段身体について考えていない人でも、一度スイッチが入ると麻薬のような魅力があると、様々なお客様に接しながら感じています。
例えば、あるきっかけで初めて鑑賞したダンス作品に衝撃を受けてすごく好きになって、それからは本当に全ての公演に足を運ぶようになる会社員の方とか、そういう方が結構沢山いらっしゃるんですよ。
また、以前聞いた話ですが、ダンスを観ている人の身体は、目の前で観ているダンサーの身体の動きと同じだけの反応をしているそうです。自分が踊っていなくても、踊っているのと同じくらいに、身体を無自覚に知覚できているって、身体はすごいですよね。観ているだけで身体を活性化させる働きがあるなんて、今の不感症な時代に利用しない手はないでしょう(笑)。
そういう意味では、身体表現は理屈抜きに環境に影響されやすいと思います。それが反面、ある思想に洗脳することに利用されてきたという負の歴史もあるわけですが・・・。昨年の「ありか」学校公演でも、一部の教師が「子供達には難しいと思う」と懸念していたのに対して、子供達の方は本当に素直に舞台を楽しんでいましたね。私には身体が喜んでいるように見えました。
またダンスは、あらゆる芸術的要素が含まれた総合芸術ですよね。身体を核に、美術や音楽、テキストや言葉、映像など、様々な要素から構成されたマルチメデイアな表現です。でも、ジャンルによって細かく分けられることによって、それぞれアーティストも観客も可能性を閉ざしてしまっているなと感じることも多いです。
今は観るものが沢山ありすぎて、他のジャンルまで目が届かない状況だと思いますが、ジャンルを超えた交流が、それぞれの活動の推進力になるかもしれない。総合芸術としてのダンスを通じて、様々なジャンルのアーティストや関係者が交流する機会があれば互いに刺激し合って、また新たなものが生まれる可能性があるのではないかと思っています。

彼らの作品に触れることで、現代人が忘れかけている形而上的なことを体感させてくれる

──社会の中でのアーティストの役割とは?

唐津:アーティストは一般の人たちよりも感覚が鋭敏で、一般の人たちがまだ気づいていないことをいち早く察知して、例えば、ダンサーであれば身体を見つめる中で何かを発見し、音楽家であれば耳を澄ましている中で、否が応でもその違いに気がついてしまうような、そんな人たちではないかと思っています。環境の変化に気がつき、それを作品という形に変えて社会に還元することができる稀有な存在。例えば、大昔の山奥に潜んでいた預言者のような、社会の中でみんなが最も尊敬し、耳を傾けるような特殊能力を持った人たちなのではないかしら。
ダンサーは、生死を繋ぐ触媒的な要素がとても強い。祭りの儀式のように自らの身を捧げて、最後は平和を祈り、死に対しての恐れみたいなものに立ち向かっていく。踊りを通して生死の境目を繋ぐことのできるシャーマン的存在だからこそ、彼らの作品に触れることで、現代人が忘れかけている形而上的なことを体感させてくれるのだと考えています。


唐津絵理

愛知県芸術劇場シニアプロデューサー。お茶の水女子大学文教育学部舞踊教育学科卒業、同大学院人文科学研究科修了。舞台活動を経て、1993年より日本初の舞踊学芸員として愛知芸術文化センターに勤務。2000年に所属の愛知県文化情報センターで第1回アサヒ芸術賞受賞。2014年より現職。2010年~16年あいちトリエンナーレのキュレーター(パフォーミング・アーツ)。これまでに文化庁文化審議会文化政策部会委員、全国公立文化施設協会コーディネーター、セゾン文化財団アドバイザリーボード、アサヒグループ芸術文化財団審査委員、セガサミー文化芸術財団理事等の各種委員、ダンスコンクールの審査員、第65回舞踊学会大会実行委員長、大学非常勤講師等を歴任。講演会、執筆、アドバイザー等、日本の舞台芸術や劇場の環境整備のための様々な活動を行っている。著書に『身体の知性』等。

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