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ACT取材ノート

東京都内各所でアーツカウンシル東京が展開する美術や音楽、演劇、伝統文化、地域アートプロジェクト、シンポジウムなど様々なプログラムのレポートをお届けします。

2021/08/06

「アート&メディア・ダイアローグ」総括レポート:生成する社会彫刻──デジタル・テクノロジーを使った社会運動とエコロジー・コンシャス

文・山峰潤也(一般財団法人東京アートアクセラレーション共同代表、ANB Tokyoディレクター)

循環系のなかでとらえる社会問題と環境問題

今回の企画では、COVID-19によるパンデミックによってさらに顕在化した「分断」、そして「権力構造」に対して「自由」を求める新しい運動として、ここ数年アジアで起こっているデジタル・テクノロジーを使った社会運動をフォーカスしたいと考えました。と同時に、エコロジー・コンシャスという視点もはずせませんでした。とりわけ、フランスの哲学者であり社会学者でもあるブルーノ・ラトゥールが自著『地球に降り立つ──新機構体制を生き抜くための政治』(川村久美子訳、新評社、2019)のなかで示した、エコロジー、あるいは環境問題をひとつの閉じた系として考えるのではなく、それらは互いに全体として接続されうる、ひとつのインフラ的なものとして考えるべきだという概念が重要でした。地球規模の大きな問題と局所的な個別の問題、政治的な問題や経済の動向などがある連続性のなかで隣接しながら影響し合い、ひとつの円環のなかにあるものとして捉えていくという彼の考え方では、先にあげたアジアで起きていることと、エコロジーという大きな循環系のなかで起きていることは別々のトピックスではないのです。


1日目の登壇者

アジアの若者が起こす社会的エンパワメントの新しさ

私が「アジア型カルチュラル・レジスタンス」を考えるようになった発端は、2015年頃に私が台湾を訪れた際、ITを使って社会課題を解決することを目指す「シビックテック」のコミュニティ「g0v」(ガブゼロ)というグループについて知ったことにありました。ちょうどその頃台湾では「ひまわり学生運動」から政権交代が起きていました。地域に住む人々がずっと内側に抱えてきていた問題に対して、それぞれが個々に向き合いながら活動したり、表現したりしているのを見て、私はそこに社会彫刻的な活動、ある種の表現を見たのです。「自由」やエンパワメントされることに対して向かっていく彼らの姿勢、「g0v」のようなハッカーコミュニティがそういった思想をどうやって社会化していくのか、あるいはどのように機能させることができるのかということについて興味を持ちました。そして、彼らのコミュニティが脱中心な組織であることが、歴史的に見ても稀有なことだと感じたんです。

テクノロジーは結局はオーソリティに回収されていくのかという問いが、ここ数年のメディア論のひとつにあります。それは、あるテクノロジーがスタートアップ企業から生まれても、成功すればGAFAなどのメガカンパニーに吸収されていってしまうという構造の問題です。しかし一方で、近年のアジアの民主化運動のように、テクノロジーを個人の、特に若者のエンパワメントの手段として使っていく方法は、巨大な力に回収されてしまう可能性も承知のうえで、草の根的に使うしたたかさ、しぶとさが特徴だと思っています。
誰かをリーダーとして擁立する、ある特定の誰かを信奉したり支持する、そういった小さな権力をつくっていく構造ではない運動体。それが台湾から香港へ、タイ、ミャンマーへとひろがり、ローカルに少しずつアレンジしながら継承されていっているというのが非常に興味深いです。

今回のゲストであるエリック・シウには、中心を持たない水のような流動性を持った香港のデジタルアクティビズムを総称する「BE WATER」について、いくつかの特徴的な事例を紹介してもらいました。ブルース・リーにちなんでつけられたこの言葉には、脱中心的で流動性の高い活動を支持する意図が込められています。具体的な彼らの活動の中には、現状の課題をポストしてシェアするLIHKGという掲示板のようなプラットフォームや、機密性の高いairdropでのデータ交換、活動を支持するお店をマッピングしたBUY EATというアプリなど、さまざまなアイデアと技術が詰まっています。
こうした活動に対して、優れたメディアアート作品を表彰する「アルス・エレクトロニカ」のデジタル・コミュニティ部門で最優秀賞にあたるゴールデンニカ賞が送られました。本来なら個人や団体に送られる賞ですが、コミュニティ全体での受賞ということで、プライズのトロフィーが3Dデータ化され、シェアされたということも彼らのスタイルを表しています。


エリック・シウのプレゼンテーション

またもうひとりのゲストであるアーティット・スリヤウォンクンには、タイで起こった事例をいくつか取り上げてもらいました。とくに、デモのなかで繰り広げられていた腐敗した政治家をティラノサウルスに喩えた恐竜ショーや、同国でかつて民主主義を象徴したコインのストーリー(現在では王政復古的なすり替わりが行なわれている)は印象的でした。そこでの「ミーム」の扱われ方が非常にユニークで、例えば「とっとこハム太郎」や、SIAの歌の替え歌などという、多くの若者たちがよく知っているカルチャーやポップ・ミュージックが局所的なアクティヴィズムに援用されています。民主化運動のなかにも、グローバル商業主義とサンプリング・カルチャーの切っても切り離せない関係性を見ることができるのです。そういったトークンとなったものを自分たちの側に近づけて、そこにもともとあった意味をひっくり返し、アンチテーゼを展開していくというのは面白い方法だと思います。


アーティット・スリヤウォンクンのプレゼンテーション

また「ミルクティー同盟」については、群衆の力がミームを介してオーソリティを凌駕していくという事件が起こり、そこに追随していく人たちが他国の人たちとも連帯していくという流れがうまれている。そしてそれがまた別の国の民衆にとっての希望になり、お互いがまた刺激を与えあうという関係が育っています。
たとえば香港で作られた「The HK 19 Manual」という抗議行動に関するマニュアルが、国家間を越えてミャンマーに継承されているのが非常に魅力的に思えました。そこにはどういったメンタリティや意志の力が働いているのか、そこに関わるモチベーションについて、実際に声を聞いてみる絶好の機会になりました。
ミルクティー同盟やBE WATERなど、ユニークなネーミングがつけられ、そこに込められた精神性を参加する人たちが理解しているという点も、非常に重要に感じました。ミルクティーは、争いのための道具ではなく、一緒に飲みながらひとときを共有するものだし、BE WATERもブルース・リーがその言葉を使った背景も理解されているので、浸透しやすい。こうした活動自体の総称が、非暴力的メッセージを持っていて、暴力や抵抗といった活動そのものではなく、その先にある民主主義的で平和的なヴィジョンが共有されている。こうした「言葉」に精神的な支柱が込められ、広がっていったところが、非常に興味深いことだと考えています。
ただ現実的には、台湾や香港、ミャンマーのそれぞれの国ごとに置かれている状況の違いや厳しさなどは異なります。その違いをどう理解しながら、連帯を維持していくことができるのかという課題があります。
また、このような事件や運動が近隣国家で起こっているなか、日本は何ができるのか。そのひとつとして、日本のニュートラルな立ち位置(実際には闘争状態にはなっていないという意味での)を活用していくという可能性があるのではないでしょうか。たとえば、ドメインの活用です。現在、「BE WATER」に関するオーラルヒストリーやその活動の記録を香港で残していくことは非常に難しい。しかし、たとえば日本のドメインに彼らの活動や記録を残すという方法をとることはできるかもしれません。今後、闘争が起きた国々での記録を日本のドメインを使って収集し、保存していくというのは、アーカイブという点からも非常に有意義だと思います。

分断を乗り越えるキュレーションの方法

2日目の「地球規模のエコロジーから再考する人間社会」は、一見「アジア型カルチュラル・レジスタンス」の問題系とは大きく異なるようにみえるかもしれませんが、全体に影響を与えあう大きな問題として、つなぎ合わせて考えることもできると思いました。


2日目の登壇者

エコロジーの問題を「台北ビエンナーレ2020」や『プレソラマガジン(PLETHORA MAGAZINE)』といったメディアに、どのように表象していくのか。それは「キュレーション」がこの時代の中でどういう役割を果たしうるのかを探ることになるはずです。
ラトゥールの概念は、人間と自然を対立構造で捉えるのではなく、あらゆる存在を「地球」というエコロジーのなかの一員として考えるというものです。しかし、それは「人間はひとつだ」という単純化することではなく、すでに分断があるという複雑性をふまえたものです。マーティン・ギナール=テリンがラトゥールとともにキュレーションした「台北ビエンナーレ2020」では、「你我不住在同一星球上」(あなたと私は違う星に住んでいる)というテーマが掲げられ、いくつものプラネットに作品をグルーピングされていました。思想が持つ本質的な問いを展覧会に変換していく手法がそこで試みられていました。
ギナール=テリンには、その過程で、現地の人たちとどんな対話をしたのか、参加アーティストが抱えている個別の問題にどう向き合っていったのかを伺いました。具体的には、台湾在住のパイワン族のアーティストの作品制作の過程での発見、トップダウンではなくボトムアップで、手を動かし、素材から考えるという実践の話を聞くことができました。


マーティン・ギナール=テリンのプレゼンテーション

また、ピーター・ステフェンセンには、『プレソラマガジン』の編集方針として重要視されている「タイムレス」という概念について伺いました。彼の仕事は、人間のこれまでの想像力を、現代から過去、未来へと時間を超えたトピックスを横断させて開いていくこと。文化人類学、サイエンスやアートといった異なる領域を横断して、ひとつの雑誌のなかにバインドし、点と点だったものがひとつの線になり、そこでまた新しい物語が醸成させていく好例だと思います。今回は特にそうした視点からの「パンデミック」をテーマにした10号について紹介いただきました。


ピーター・ステフェンセンのプレゼンテーション

彼らの仕事は、現代の複雑な世界像を理解するために、異分野の点在してあるものを、間違いや飛躍や誤解というものを恐れずに結びつけていこうとするものです。そうした方法で現代の地図を新しくつくりださなければ、新しいビジョンはもう生み出せないのではないか。いわば総合学というような、さまざまな分野の問題系を大胆に取り入れながら世界に対する想像力を培っていくことの重要性を感じました。

日本にも過去には寺田寅彦や中谷宇吉郎といった「環境」について独自の視点をもった科学哲学者がいました。彼らを再評価していく動きがもっと活発化されてもいいのではないでしょうか。日本のなかで培われてきた文化や現象というものを日本人が国際的な場に展開していくと同時に、国内でもローカルで起こっている問題群をつなぎあわせる動きがもっと活発に起こってきて欲しいとも考えます。

今回、2つのテーマを横断し、アートがある種の触媒になり、考えるきっかけを創出することができるということを実感しました。ここで話されたことを日本国内でも浸透させ、考えを共有できる場や機会を増やしていきたい、そのために展覧会をつくりたいと思いをあらたにしています。


アーツカウンシル・フォーラム「アート&メディア・ダイアローグ」
第1回「アジア型カルチュラル・レジスタンス」

  • 日程:2021年3月6日(土) 18:00〜
  • ゲストスピーカー:エリック・シウ(アーティスト/”BE WATER”)
  • アーティット・スリヤウォンクン(AI倫理、データガバナンス・リサーチャー/Thai Netizen Network)
  • ゲスト:清水知子(文化理論、メディア文化論/筑波大学人文社会系 准教授)

第2回「地球規模のエコロジーから再考する人間社会」

  • 日程:2021年3月7日(日) 18:00〜
  • ゲストスピーカー:マーティン・ギナール=テリン(インデペンデント・キュレーター/Luma Foundation)
    ピーター・ステフェンセン(編集長/PLETHORA MAGAZINE)
  • ゲスト:長谷川愛(アーティスト、デザイナー)、川崎和也(スペキュラティヴ・ファッションデザイナー、デザイン・リサーチャー、Synflux主宰)砂山太一(建築家、アーティスト、sunayamastudio主宰

 

  • モデレーター:山峰潤也(キュレーター、一般財団法人東京アートアクセラレーション共同代表、ANB Tokyoディレクター)、塚田有那(編集者、キュレーター、一般社団法人Whole Universe代表理事)
  • グラフィックレコーダー:清水淳子
  • 会場:オンライン
  • 事業ページ:https://www.artscouncil-tokyo.jp/ja/what-we-do/network/arts-council-forum/46361/

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