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アーツカウンシル東京ブログ

アーツカウンシル東京のスタッフや外部ライターなど様々な視点から、多様な事業を展開しているアーツカウンシル東京の姿をお届けします。

ダンスの芽ー舞踊分野の振興策に関する若手舞踊家・制作者へのヒアリング

今後の舞踊分野における創造環境には何が必要なのか、舞踊の未来を描く新たな発想を得るため、若手アーティストを中心にヒアリングを行いました。都内、海外などを拠点とする振付家・ダンサー、制作者のさまざまな創造活動への取り組みをご紹介いたします。

2021/07/27

ダンスの芽―舞踊分野の振興策に関する若手舞踊家・制作者へのヒアリング(4)林慶一氏(d-倉庫 制作)

2020年12月から2021年1月までアーツカウンシル東京で実施した、舞踊分野の振興策に関する若手舞踊家・制作者へのヒアリングをレポート形式で掲載します。

林慶一氏(はやし けいいち/d-倉庫 制作)


d-倉庫という東京都荒川区にあるキャパシティ100席程度の民間小劇場の管理運営、自主事業の企画・制作をやっています。劇場業務外では、2019年に舞踊批評家の武藤大祐さんと、東京の各地域に根付いた様々なダンスと当該地域の子供たちを繋げる「放課後ダイバーシティ・ダンス」というプロジェクトを立ち上げました。

東京でも、ダンスの自主事業をやっている民間小劇場は片手で数えられるくらいしかない

当館では若手の振付家にフォーカスした育成事業というよりは、低コストでの上演機会提供に軸足をおいています。具体的な事業としては、1990年代末から続けているダンス・フェスティバル「ダンスがみたい!」と、姉妹企画であるダンス・コンペティション「ダンスがみたい!新人シリーズ」です。前者は当方でキュレーションを行いますが、キャリアが浅い方も将来的な可能性を感じれば積極的に依頼します。後者は公募における選考です。毎回30組以上が上演を行いますが、応募はいつも倍以上ありますね。ほかにも細々とはやってきましたが、基本的にはこの2本だけです。


ダンスがみたい!23 『新人シリーズ』受賞者の現在地2」(2021年8月10日(火)~ 8月18日(水))

d-倉庫で行われるコンテンポラリーダンスの公演は年間でごくわずかな割合で、多くは演劇ですね。東京でもダンスの自主事業をやっている民間小劇場は片手で数えられるくらいしかないから、コンテンポラリーダンスに特化している劇場と思われる方もあるようです。実態として、当館の主催事業以外で行われるダンスの公演は年間でも数えるほどしかありません。コンテンポラリーダンス公演の多くはその主体となる個人が身銭を削る形で行われています。個人が劇場を自ら借りて行う自主公演は経済的にかなりの負担が強いられますよね。そこまでして劇場を使うからには、実演家にとってその負担に見合う何かが劇場にあるべきです。小劇場における「小ささ」には、単に規模を意味するだけでない、歴史的な理念や思想の含意があります。しかし、そのような側面が風化し、今日的に共感を得られなくなっているように思います。


伊藤キム『病める舞姫』
(「ダンスがみたい!20『病める舞姫』を上演する。」2018年 会場:d-倉庫)

オルタナティブな志向の活動は、利用コストが低く、かつ、拠点側のアーティスティックな視点を感じられるようなスペースに集まる

d-倉庫は1986年に開館したdie pratzeという劇場の系列で、1990年代までのdie pratze時代は、暗黒舞踏なども含め、いわゆる前衛、アングラ、実験的な志向の舞台が一定の割合あったようです。それが今は希少な部類となりました。かつては小劇場という場所と、そこで行われる上演に思想的な共犯関係があり、場所に根差した共同体のようなものを考えることができたのではないかと思います。それが今はかなり変わってきていますね。
オルタナティブな志向の活動は、利用コストが低く、かつ、拠点側のアーティスティックな視点を感じられるようなスペースに集まるようになっています。たとえば北千住のBUoYや三鷹のSCOOLなどがそうでしょう。SCOOLの場合は桜井圭介さん、佐々木敦さんという2人の存在が、そこに集まる人の拠り所になっている。場所の文脈なり傾向なりが意識され、「そこに行けばこういうものが見られるんだ」というようなイメージが持てるわけです。d-倉庫の場合はそのようなあり方とは現状異なります。審査なしの貸館で、年間の独自プログラムもないので。

出発点に立ち会った人たちと、そうでない担い手とで、コンテンポラリーダンスに期待するあり方のイメージに、しばしば隔たりを感じる

このごろはダンスに関わる文献や記録を辿るということを趣味的にやっています。舞台を見始めたのが2004年ぐらいの僕は、それ以前を生の感触を通して語れないから、歴史的な文脈を図式化せざるを得ないですけれど。2000年台初頭までのコンテンポラリーダンスについては「多様性」という形容で語られることが多い。そして1980年代末ごろから積極的に輸入された欧米の新興舞踊文化に対して、日本の新進舞踊家がそれを受容して倣った、あるいは批評的な距離をとって活動が展開された。おおまかに、そのような説明がなされていると思います。いずれにしても、欧米の芸術文化との距離を測ることで舞踊家は自分たちの足場を確かめ、批評現場もまた同じ方法で価値を見出そうとしていたのだと思います。是非はともかく、それらの実践から生まれた日本のダンスのあり方が、2000年代半ばから現在に至るまでに形式化したのだと思います。ですから、その出発点に立ち会った人たちと、そうでない担い手とでは、コンテンポラリーダンスに期待するあり方のイメージにしばしば隔たりがあるように感じられます。そして、お互いにすれ違い続けている。問題は、その両者の間には隔絶があるだけで、コミュニケーションに乏しいことです。どちらがより時代性に見合っているかが重要なのではなく、双方が互いに参照し合うことができないことが、シーンの欠陥となっているように見えます。
舞踊家のほうが「自分のやりたいことをやってそれで良し」と考えているのであれば、それだけでは足りないと言っている人たちが、つまりコンテンポラリーダンスの黎明期に立ち会った世代やオーガナイザーの側が、自分たちの課題設定に基づいて積極的に交流の機会を設けたり、企画を仕掛けたりするべきだと思います。成り立ちにおいてはバラバラでそれぞれであることを肯定的に捉えてきた日本のコンテンポラリーダンスですが、そのコミュニティの中で切り離された身近な他者のことを、今はもう少し考えてみてもいいんじゃないですかね。


岩渕貞太『三道農楽カラク』
(「ダンスがみたい!21『三道農楽カラク』を踊る」2019年 会場:d-倉庫)

批評に望むのは、舞踊を思考する欲望を喚起する働き

20~30代で、「舞踊批評家」を掲げて首都圏で活動している方を僕は知りません。批評現場の存在意義や必要性をいくら語ろうと、人材がいなければ仕方がありません。しかし、アーティストと同様に、批評家を育てるということは小手先で出来ることではないと思います。舞踊だけの知見では批評にはならず、広く社会的局面や歴史への独自の見識が求められるわけで、そもそも自律した強い動機がなければダメですよね。
自分が批評に望むのは、観客に対して、舞踊を思考する欲望を喚起する働きです。また、コンテンポラリーダンスの上演そのものにも、同じ意味での批評性を欠かすことができないと考えます。ただ素朴に踊りの快楽に浸るだけならば、舞踊に芸術の冠をかぶせなくていい。でもそのような批評性は、文字媒体の批評が退行しているのと同様に、広く今日の上演活動においても希薄になりつつあると感じてしまう。つまり、コンテンポラリーダンスにおける批評性の促進は、実演と言説の両輪で考えなければならない。難しいですね。

他者と共に、自分がどのように生きていきたいかに根差した踊りを考える

舞台に立つ、人に見せる、ということに拘らないダンスの可能性をもっと開拓していくことが必要だと思います。鑑賞を前提にしたダンスや表現というのは、ある意味で伝統化しているので、なくなるとは思いません。ただ、作品とアウトプットの方法にコンテンポラリーダンスが拘るのは、今、大きなジレンマになっているような気がするんです。先日、座敷舞を国立劇場で見てきたんですが、そこでは既存曲を踊ることがベースにあります。ですから自ずと観客は作品の展開を期待するのではなく、どのように舞うか、どのような舞いが見られるかを楽しみにして来るようになります。踊りを見せる、見るということが、実に原理的に行われている。しかしコンテンポラリーダンスにおいては、踊りよりもまず作品を問いますでしょう。このことをどのように考えるかが問われていると思います。
一方で、演劇や音楽と共に、踊りは日常の中でとても身近なものだと思います。そして踊りは表現である以前に、自らの身体を変える働きを持っている。規律訓練としての体育がそうであったように、踊りもまた身体と社会の関わりにおいて政治性を帯びたものです。そのような危険な喜びを伴う踊りという営みに、どのように介入していくか。そう考えると、とてもワクワクしますよね。先見を披露することで人を変えるという、いわば近代的な啓蒙の視点から離れて、他者と共に、自分がどのように生きていきたいかということに根差して踊りを考えるために、コンテンポラリーダンスの創造性が活かされるようになってほしいし、僕もそういうことをやっていきたいです。

インタビュアー・編集:呉宮百合香・溝端俊夫(NPO法人ダンスアーカイヴ構想)、アーツカウンシル東京


林慶一(はやし けいいち)
d-倉庫 制作
1986年生まれ。制作者。2006年より小劇場die pratzeにスタッフとして参加。2005年~2015年は自身のパフォーマンス活動を併行して行う。2012年より「ダンスがみたい!」実行委員会代表。同年、d-倉庫 制作。アーツカウンシル東京 平成29年度アーツアカデミー事業 調査研究員(舞踊分野)。2019年「放課後ダイバーシティ・ダンス」プロデューサー。

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