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ダンスの芽ー舞踊分野の振興策に関する若手舞踊家・制作者へのヒアリング

今後の舞踊分野における創造環境には何が必要なのか、舞踊の未来を描く新たな発想を得るため、若手アーティストを中心にヒアリングを行いました。都内、海外などを拠点とする振付家・ダンサー、制作者のさまざまな創造活動への取り組みをご紹介いたします。

2021/09/01

ダンスの芽―舞踊分野の振興策に関する若手舞踊家・制作者へのヒアリング(8)藤田一樹氏(ダンサー、現代ダンス研究)

2020年12月から2021年1月までアーツカウンシル東京で実施した、舞踊分野の振興策に関する若手舞踊家・制作者へのヒアリングをレポート形式で掲載します。

藤田一樹氏(ふじた かずき/ダンサー、現代ダンス研究)


2015年1月からフランスに拠点を移し、パリとアンジェで舞踊の専門教育を受けました。現在はパリ第8大学舞踊学科の修士課程2年目で、修士論文の準備をしています。
私は小学校からずっと不登校でした。ただ学校には行けなかったのですが、劇場には行くことができたんです。それで父親に、舞台を見に行くなら感想を書くようにと言われて、劇場に通いながら観劇ブログを始めました。小学校5年生くらいのことです。社会と出会う場としての劇場に救われたことが、のちにフランスに行く動機にも繋がったように思います。


Ana Rita Teodoro『FoFo』(2019)
©Marc Domage

踊ることによって自分は社会と関係を結んでいけるのかどうか考えていた

今でこそとても少なくなりましたが、10年ぐらい前の東京では海外招聘公演がとても多く行われ、ヨーロッパの最先端の作品が少なからず紹介されていました。それもあって、私の価値観は日本の作品よりもヨーロッパから招聘された作品に影響を受けていたんです。ところが、それを学ぶ環境が日本にはない。見られるのにそれを実際に学べないということが自分にとっての最大の問題点でした。
ダンスへの興味が決定的になったのは、フランスの振付家ジェローム・ベルの『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』という作品の埼玉公演に出演したことでした。そのベルが、アンジェ国立現代舞踊センター(CNDC)の卒業生だったんです。また、その頃お世話になっていたアンサンブル・ゾネの岡登志子さんもドイツのフォルクヴァング大学出身だったということもあって、ダンス留学が少しずつ頭に浮かび始めました。
踊りたい気持ちがある一方で、それによって自分は社会と関係を結んでいけるのかどうかということを、当時はすごく考えていました。日本の舞台芸術の業界は私にとっては流れが早かったんですよね。貪欲に常に動いていないといけない感じがありました。そのなかでただアルバイトをして踊り続けても、確かに自分の踊りたい欲求は満たされるけれど、何か違う気もして。
日本にいると私は夢見がちになってしまいそうだったので、エリート主義で知られるフランスに留学することにしました。フランスに行ったら現実を見ることになるだろうと、一番上の学校に受からなかったら半年で日本に戻ると決めて、23歳のときに渡仏しました。
コンセルヴァトワールと言われるフランスの公立芸術学校は、音楽と演劇とダンスの3部門に分かれているのですが、ダンスに関しては特に年齢制限の上限が低く、そこで引っかかってしまって。だから、志望動機書よりも前に例外措置を頼む手紙を書くところからのスタートでした。最終的に2校合格した中からパリ地方音楽院の舞踊科を選び、1年在籍した後、アンジェ国立現代舞踊センター(CNDC)の舞踊学校のオーディションに受かりました。

「私にとってのダンス」と「誰か他の人にとってのダンス」を行き来する

どちらも基本的にダンサー育成の学校ですが、日本との違いで言えば、とにかく即興と創作の機会が多かったです。自分で何かつくることと、それに関して話すことが、日々のエクササイズのなかにありました。とはいえ自作自演だけでは終わりません。過去の作品、つまりレパートリーの継承から、同時代のアーティストとのクリエーションまで、他者のつくった動きを踊る機会も同じように多く設けられています。パリの国立高等舞踊学校にはノーテーションの学科があるほどで、振付を記録し、読み解き、受け継ぐことにフランスはかなり自覚的です。このように、「私にとってのダンス」と「誰か他の人にとってのダンス」を行き来しながらやるのが、カリキュラムの肝だったと思います。
ダンス指導者の国家資格を持った常任講師がいる地方音楽院はカリキュラムが非常に統一されていて、一通り基礎を学ぶ形式だったのですが、アンジェのCNDCには常任の講師がいなくて、振付家やダンサーを一定期間、最短1週間/最長1ヶ月間以上招いて授業してもらうという形式でした。1年目は世界のダンス史に残る振付家の作品を実際に踊ることがメインで、振付家本人かそのレパートリーを継承している人が講師でした。私の年は、イヴォンヌ・レイナー、アルヴィン・ニコライ、マース・カニンガム、トリシャ・ブラウンなどのレパートリーや、ウィリアム・フォーサイスのテクニックを学びました。様々なアーティストが招かれることで、毎日の基礎訓練やメソッドがそもそも違うことを体験できたことは重要だったと思います。当たり前ですが、振付家によって基礎は違うんですよね。昨日までドイツ表現主義舞踊をやっていたのに、今朝からは太極拳という感じで。ダンステクニックの幅広さを体感しました。
このほかに理論の授業もとても多くて、ダンスの歴史、作品分析、動作分析、解剖学、音楽、社会学、あとはプロのアーティストとして独立するための法律や簿記もやりました。授業で取り上げられる振付家の作品の多くを日本で見ていたことは、語学が苦手だった私にとってかなり助けになりました。
地方音楽院は並行して高校や大学に行く人を想定しているため、授業時間は基本午後からで、週5〜6日でした。対してアンジェのCNDCは、朝9時から夜10時くらいまで2年間みっちりやるプログラムです。稽古は基本的に夕方に終わるのですが、その後舞台を見てディスカッションする時間があります。


高田冬彦『新しい性器のためのエクササイズ:#2のびのびカルバン』(2019) 
コラボレーター:藤田一樹
©Fuyuhiko Takata

作品への関わり方はひとつではなく、自分の中に複数の役割がある

CNDCは大学と提携しているので、卒業と同時にプロダンサーの国家資格と学位をもらえます。自分にとっては、ディプロマがもらえることは大きかったです。ただフランスの教育の重要なポイントは、「自分は〇〇である」というアイデンティティや「〇〇になりたい」というビジョンが揺らぐ場所として学校がある、という点だと私は考えています。入口と出口が基本的に同じである職業訓練とは違って、勉強によって「私」が崩壊して、結果的に思わぬところに辿り着いたりするんです。
フランスで発言するときはよく「ダンサーとしては彼のやっていることはとても興味深いけれど、観客としては本当に退屈した」とか「美術の観点から見るとこうだけど、ダンサーの観点から見ると踊りづらい」という話し方をします。要は私を分解していく作業、私の中にある多様性を見つけていく作業です。それはまた、作品への関わり方はひとつではないという発想にも繋がります。授業を受けたり、クリエーションをするときに、自分の中に複数の役割があることを気づかせる環境であったという点で、うまくできているカリキュラムだと思いました。私の場合は、ダンサーになるという名目で留学したのですが、フランスの舞踊教育を経て、何より観客として育成されたと感じています。つまり私は、フランスに行ったことで、天才でなくてもダンスに関わる手段を身につけたのです。
日本では既に実力や才能がある人、いわば天才しか生き残れないという印象を持っています。実際に面白いアーティストはいっぱいいるのですが、問題は観客が不在であることです。ある種の信者ビジネスに近いというか、観客として色々なところに興味を持っていく層が非常に少ない。たぶん、観客がいないと天才は育たないんですよね。天才が出てきても、それを天才と見る人がいないと、理解されないままで終わってしまいます。私は観客とともに舞台は進んでいくものだと思っているので、いかに観客をつくっていくかがとても重要だと思います。
その意味で自分自身も、キャリアを短いスパンで考えないようにしたいです。なぜなら、私たちが成長するのと同じ速度でしか舞台芸術や観客は生まれていかない以上、すぐに何かが大きく変わることはなく、地道に人を人が変えていくことに期待するしかないと思うから。舞台芸術への関わりを保ちながら、周りの人から攻めていくという感じで、長期戦で活動していけたらと思っています。

インタビュアー・編集:呉宮百合香・溝端俊夫(NPO法人ダンスアーカイヴ構想)、アーツカウンシル東京


藤田一樹(ふじた かずき/ダンサー、現代ダンス研究)
演劇を学んだ後、2015年に渡仏。パリ地方音楽院舞踊科を経て、2018年、アンジェ国立現代舞踊センター(CNDC)でダンサーの国家資格を取得。キム・キド、アナ・リタ・テオドロ、高田冬彦らの創作活動に携わる。2019年よりパリ第8大学舞踊学科修士課程在籍。

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