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東京芸術文化創造発信助成【長期助成】活動報告会

アーツカウンシル東京では平成25年度より長期間の活動に対して最長3年間助成するプログラム「東京芸術文化創造発信助成【長期助成】」を実施しています。ここでは、助成対象活動を終了した団体による活動報告会をレポートします。

2022/04/05

第11回「多様性の演劇を実現するために」(前編)

サイン アート プロジェクト.アジアン
「多様性の演劇を実現するために」

開催時期:2021年9月3日(金)19:00~21:00
開催場所:オンライン
対象事業:サイン アート プロジェクト.アジアンSAP.AZNプロジェクト
スピーカー(報告者):
大橋ひろえ(俳優、演出家、サイン アート プロジェクト.アジアン代表)
河合祐三子(俳優)
ウォルフィー佐野(ミュージシャン、ユニヴァーサル・インプロヴァイザー)
渡辺英雄(俳優、声優)
檀鼓太郎(バリアフリー活弁士)
司会進行:梅室良子(企画助成課 演劇分野担当シニア・プログラムオフィサー)


第一部:活動報告
創造現場の「バリアフリー」を開拓する

俳優・演出家の大橋ひろえを中心に2005年に設立、手話パフォーマンスを軸に、障害の有無や国籍、民族などの「壁」を超えた舞台芸術の創造に取り組んできたサイン アート プロジェクト.アジアン。2017年に上演したロックミュージカル『夏の夜の夢』はその集大成ともいえる公演でした。多様なバックグラウンドを持つ人々が、いかに対等にクリエーションに参加できるのか−−。今回の報告会は、上演の成果のみならず、足掛け2年にわたって行われた同作に向けてのワークショップや稽古での試行錯誤を振り返るものとなりました。
   
東京パラリンピックの開催も経て、障害の有無にかかわらず、誰もが等しく芸術文化を享受する権利を有しているという考えは、広く社会に共有されつつある。劇場や美術館などの公共文化施設では、車椅子での移動ルートも確保されるようになり、演劇やコンサートなどの文化イベントのチラシやポスターに、字幕や音声ガイドの案内を見かけることも、もはや珍しくはない。今回の報告会も、オンライン会議システムを使い、手話通訳とUDトークによる逐次字幕、報告者でもある檀小太郎による一部音声ガイドを併用して行われた。
とはいえ、単に鑑賞者として享受する、その環境を整えることだけが、「バリアフリー」なのか。創造においても同時にバリアフリーであることはできないか。またそこで実現される多様性こそが芸術表現を高めることにつながるのではないか。2005年に設立されたサイン アート プロジェクト.アジアンは、およそ15年にわたり、この問題に正面から取り組んできた。

プロジェクトの中心を担った大橋ひろえは、ろうの俳優、演出家で、1999年俳優座プロデュース『小さき神のつくりし子ら』のサラ役に一般公募で選ばれ、読売演劇大賞優秀女優賞を受賞。その後渡米して演劇を学ぶなかで、障害当事者が舞台や映画で活躍する姿に感銘を受け、帰国後にサイン アート プロジェクト.アジアンを設立、手話と音声、字幕を取り入れた舞台作品の創作を続けてきた。
今回の助成の対象となったのは、2017年11月に上演されたロックミュージカル『夏の夜の夢』と、その準備段階に行ったワークショップ(WS)での取り組み。シェイクスピアの名作を選んだのは、それが多様性を体現する作品になると感じたからだ。「この物語の中には、人間も妖精も出てくる。さらに人間の中にも貴族から職人までいろいろな人が登場します。それぞれに異なる世界を持ちながら共に生きている人たちの姿を今の社会で表したらどうなるかな、何か共通点があるんじゃないかと思ったんです」(大橋)

WSは2016年10月から翌年3月まで都合4回にわたって実施され、振付家・香瑠鼓の「ネイチャーバイブレーションWS」、演出家・野崎美子の「シェイクスピアWS」(2回)、WAHAHA本舗の喰始による「学校の授業が退屈だった人に勉強は面白いと気付かせるWS」に、のべ135名が参加した。その顔ぶれは、年齢、性別、そして障害の有無も含めて実にさまざまだったという。
「最終的にはオーディションでキャスティングを決めたのですが、その前に、WSを通じて異なる文化を持つ人たちを集めて交流する場をつくり、その体験を通じてプロとして舞台に臨める意識を持ってもらいたいと考えていました」(大橋)
誰もが対等に楽しめる場をつくるために、手話通訳や視覚障害者のためのガイド、精神・知的障害者のための見守りなど、現場にはさまざまなサポートが入った。
「パラリンピックの開催も決まっていましたし、障害を持つ人たちと共に演劇作品をつくる時代が来るはず。それならば、まず、創作のための基本のプロセスをすべてバリアフリー化したい、という提案をしました。それでアクセス・コーディネーターや手話の専門チームをおいた活動ができることになったんです」(大橋)
俳優たちのためのWSと、手話通訳や手話指導者、多様な障害に対する対応のスキルを持ったアクセス・コーディネーターの研修・育成が併行する現場は、普段の活動の中だけでは消化しきれなかった課題に実践的に取り組む機会ともなったようだ。
「通常、演劇のワークショップというのは、動きがあるものですよね。また、手話通訳は講師の横に立っていることが多いんです。そうすると、たとえば講師の方が『あっちへ移動して』と指示を出したりする時に、手話通訳を見ていると、動きに遅れや制限が出てしまいます。それに対処するために、会場の四隅に手話通訳に立ってもらう、ということも試しました。最初は聴こえない方も違和感があったようですが、慣れてくるとうまく使えるようになって、とてもよかったです。ただ、この方法には予算の問題がありますから、あまり現実的ではないかもしれません。でも、そのような選択肢を考えることに意味があったと思います。また、手話の専門チームには手話指導者を置きました。これは出演者の台詞を翻訳したり、手話の指導をする係です。こうした役割はこれまで、ろうの出演者にお願いすることが多かったのですが、それは本来のあり方ではありません。私は、手話の指導も、たとえば、方言指導のような存在になるべきだと思います。今回は、ちゃんと指導者を置くことで、聴こえる俳優たちもきちんと手話を確認でき、ろうの俳優も自分の演技、やるべきことに集中することができました」(大橋)

「壁」を経験して得られる実感、提案

2017年11月に幕を開けたロックミュージカル『夏の夜の夢』。最終的なオーディションを経て、本公演に出演したのは、ワークショップに参加した人も含めた総勢23名(中には、ろうの俳優4名、全盲の俳優、車椅子を使う低身長の俳優が参加)。手話、日本語、ボディランゲージ、ダンスを駆使し、妖精の棲む森で起こる恋のドタバタを、生き生きと表現した。報告会の後半では、音声ガイドを含む4人の出演者も登場、それぞれに当時を振り返った。

「演劇の経験がまったくないところからのチャレンジでしたから、周りに支えてもらってなんとかいろいろなことができたのかなと思っています。私は視覚障害を持っていますが、聴覚障害の方も含めいろいろな方々と知り合えたことは素晴らしい経験でした。また、楽器演奏が特技で、それを作品に生かしてもらえたのかなということもあり、演出の野崎さんにも感謝したいですし、今こうしてお話を聞いて、大橋さんがどれだけの苦労をしていたのかを知り、あらためて『ありがとう』といいたいです」(ウォルフィー佐野/スターヴリング役)
「さまざまな障害をお持ちの方、聴者の方が集まったワークショップはとてもいい経験になったと思います。聴こえる方との演技の経験もありましたが、やはりコミュニケーションをどうしていくのか、壁を感じることはありました。それでいったん、みんなで本音を言い合おうというような機会がありまして、そこからなんとなく雰囲気がいい方向に変わったのを覚えています。また、私はろう者ですから通訳者がいないと困るんですが、通訳の仕方も、言われたままの訳をする方もいれば、わかりやすく変える方もいる。ですから、野崎さんが伝えたいことはなんなのか、わからない時は、プロの俳優さんにアドバイスいただいたこともあります。ダンスのシーンでは肩をポンポンと叩いてリズムをとってもらいましたし、そうして助け合うことが当たり前だったからこそ、いい舞台ができたんじゃないかな。皆さんと一緒だったから頑張れましたし、やはり、同じ障害を持つリーダーがいたからついていけたのかなとも思います」(河合祐三子/ヘレナ役)
「車座になって、ざっくばらんにお話したこと、ありましたね。結構激しい口調にもなったりしましたけど、それを機に、お互いに理解し合おう、待つときは待とうという雰囲気になりました。僕はサイン アート プロジェクト.アジアンの一つ前の作品『残夏』にも出演しています。その時は手話が初めてで、ひろえさんに『ナベちゃんの手話は全然わからない』なんて言われたりして(笑)。ですから、『夏の夜の夢』の前には、地元の手話サークルにも入って、ブラッシュアップを心がけていたんです。手話を勉強するということは、ろう者の文化を理解するということでもあります。外国の方と同じで、お互いの感覚に慣れるには時間もかかりますよね。今回は聴覚の方だけじゃなく、ほかの障害を持つ方も一緒に芝居をするということで、『どうなるのかな』という不安もありましたが、『残夏』からの経験もあって、『聴こえないってどういうことかな』が『じゃあ、見えない人はどうなのかな』につながっていき、『助けてあげよう』じゃなくて、自然に補えるような関係になれたんじゃないかなと感じました」(渡辺英雄/オーベロン役)
 コミュニケーションの「壁」に向き合い、乗り越えていった経験が語られるなか、ウォルフィー佐野と音声ガイドをつとめたバリアフリー活弁士の檀鼓太郎からは、今後のクリエーション、演劇におけるバリアフリー化に向けた具体的な提案も飛び出した。
「実は本番中、私は檀さんの音声ガイドを聴きながら演技をしていました。稽古中は、周りがどんなお芝居をしているか、一つひとつ聞いたり、説明を受けたりということはありませんでしたから、みんながどういうお芝居をしているのか、知っておきたいと思ってゲネプロの間に試したんです。これが思った以上に楽しくて。視覚障害の人間が他の人たちに混ざって実力を発揮するための一つの方法として有効なんじゃないかと思いました」(ウォルフィー)
「ウォルフィーは演奏もしていますから、ずっと舞台上にいるんですよね。それで『周りで起きていることがわからないと、演奏してない時はつまらないよね。聴いてみる?』と言ったんです。実際にやってみて、二人で話したのは、稽古場に手話通訳さんがいるように、音声ガイドもいたら、目の見えない人ももっと舞台に参加しやすくなるのにね、ということ。もちろん、お金はかかりますから、そこを助成していただけるようなシステムもあるといいですね。実はウォルフィーは、この作品の後にもお芝居に出てるんです。演技経験がなかった視覚障害者が一人で劇団に参加するようになった。それだけで、『夏の夜の夢』は大成功だったと思います。それから僕としては、もし、次の機会があるのなら、音声ガイドができる人をもっと増やしたいんです。今は舞台の手話通訳者の養成講座もありますが、同じように音声ガイドのワークショップもやって、次世代を育成したいと考えています」(檀鼓太郎/音声ガイド)

多様なバックグラウンド、個性を生かす舞台芸術の実現と興隆は、クリエーションの現場のサポートと、観客と舞台とをつなぐ観劇サポート、その両輪があってこそ成り立つ。またその方法は、決してひとつのマニュアルにまとまるものでもないと大橋はいう。
「『普通』に合わせるということではないんですよね。正解をひとつに決めてしまうと歪みが生じてしまう。ですから、多様性の時代に合わせた演技の方法、稽古の進め方を採用する必要があると思います。見えない人ならこれが必要、車椅子の人ならこの方法、というふうにニーズは分かれているわけですから、まずはそのズレを知って、対応する。それが、やがて演技の表現にもつながり、新しい風になっていく。そういう変化が必要ですし、私たちもそのための工夫を、これからも考えていきたいです」(大橋)
サイン アート プロジェクト.アジアンは、2020年、「次のステージへ進む」ため、15年にわたる活動に区切りをつけた。ここで始まった実験、得た仲間、巻き起こした「新しい風」を帆に受け、進む先にどんな眺めが広がっているのか。共生、共創の未来への推進力と希望を感じさせる報告だった。

(取材・構成 鈴木理映子)

第11回「多様性の演劇を実現するために」(後編)につづく

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