ACT取材ノート
東京都内各所でアーツカウンシル東京が展開する美術や音楽、演劇、伝統文化、地域アートプロジェクト、シンポジウムなど様々なプログラムのレポートをお届けします。
2022/12/01
お茶の文化を気軽に楽しむ。秋の風物詩「東京大茶会2022」(10月29日|江戸東京たてもの園)
2008年に始まった「東京大茶会」は、どこか懐かしい和の雰囲気の中でお茶の文化に触れ、日本の伝統文化の魅力、それを支える精神性や心持ちにも思いを馳せることができるイベント。流派の異なる茶席がそれぞれに趣向を凝らしていくつも設けられ、未経験者から経験者まで幅広く楽しめるとあって、秋の風物詩として楽しみにされている方も増えています。
去年、一昨年と新型コロナウィルス感染症の影響でリアルでの開催は見合わせを余儀なくされましたが、今年は茶道プログラムの参加者は数を限り、原則、応募制にするなどの万全の感染対策のもと、3年ぶりに浜離宮恩賜庭園(10月22、23日)と江戸東京たてもの園(10月29、30日)で開催されました。お天気にも恵まれ、両会場とも多くの方が来場。
今回ご紹介する10月29日も朝から雲ひとつない青空が広がり、江戸時代から昭和中期までの30の復元建造物が点在する江戸東京たてもの園の入り口には、開園を待ちわびる人の列ができていました。
■英語で楽しむ茶席/綱島家(江戸時代中期の茅葺きの民家)
当日受付だった前回までは、毎回30人近い参加者が膝を揃えていたそうですが、見学した回は事前の抽選で選ばれた8人のみ。タイミングよく東京に滞在中の外国人旅行者が気軽に参加するというわけにはいかないため、この回に外国人参加者の姿はありませんでした。茶席は亭主のご挨拶に始まり、掛け軸、生花、釜、風炉、水差し、棗、茶杓など茶道具の紹介のあと、お菓子、お茶の順番にいただくという流れ。亭主の言葉はすべて通訳の方が英語に変換してくれるのですが、その魅力的な声と丁寧な英語も場の空気を和ませていました。
目の前で点てられ、正面に置かれたお茶をいただくのが本来の姿なのですが、今回は感染防止のため、万全を期して別室で点てられたお茶がそれぞれの前に運ばれ、参加者自ら手を伸ばして正面にお茶碗を移動させてからいただくというスタイル。お茶の前に出されるお菓子も同様でした。部屋の中には穏やかな時間が流れていました。
■茶席/天明(てんみょう)家(江戸時代後期の名主屋敷)
ぐるりと敷かれた緋毛氈には和服姿の方もちらほら。普段からお茶に親しんでいる方が多いのか、空気の張り詰め方が少し違います。堅苦しいというのではなく、背筋が伸びる清々しさ。秋の葉の擦れる乾いた音が、そよ風とともに開け放たれた窓から室内に入り込むなか、茶席が始まりました。ご挨拶、この日のもてなしのためのしつらえの紹介に続き、お菓子、お茶が順番に参加者の元へ。手を伸ばして受け取って、いただくというのはここでも同じです。
最後は参加者が数人ずつ、順番に茶器を間近で鑑賞。会話は最小限に控えていても、意匠を凝らした茶器を愛でた小さな興奮は波のように伝わってくるようでした。抹茶好きが高じて最近お茶を習い始めたという参加者の女性は、お茶席は今回が初めて。「流派が違うこともあってドキドキしましたけど、日常生活にはない、心地いい緊張感がとても気持ちよかったです。茶道がますます好きになりました」と目を輝かせていました。
■つまみ細工/東の広場
当日受付で参加できる伝統文化体験プログラムで紹介されていたのはつまみ細工です。つまみ細工は約200年の歴史を持つ伝統工芸。元々は大名などの奥女中たちが、身の回りの小物を飾ろうと、小さな布をつまんだり折ったりして組み合わせてきた技法なのだそうです。オリジナリティや美しさ、豪華さを当時も密かに競い合っていたのかもしれません。つまみ細工には“丸つまみ”と“剣つまみ”の2種類があるそうですが、この日は、あらかじめ用意された色とりどりの剣つまみの中から自分の好みの剣つまみを選び、組み合わせや配列を考えてオリジナルのピンバッジやかんざしに仕上げていました。参加者には親子連れが多く、小さな手で作った完成品はどれも個性的でした。
■茶席/高橋是清邸(明治35年建築)
畳の上を静かに行き交う背筋の伸びた渋い色合いの袴姿と真っ白い足袋のコントラストが印象的なこちらの茶席は、亭主の武藤宗久先生以外、お点前をはじめ、もてなすのは男性のお弟子さんたち。
考えてみれば千利休は男性で、彼のお茶を楽しんでいたのも男性の大名たち。参加者は一服のお茶をいただきながら、茶道の歴史や未来に思いを馳せる時間を過ごしていたのかもしれません。
■野点/伊達家の門(大正期に建造)
屋外に床几を並べたこちらの野点は、立礼(りゅうれい)という椅子を使ったお点前。床の間代わりに見立てられた傘に、軸や花が並べられています。ご挨拶、軸や茶器の紹介に始まってお茶をいただくまでの流れは野点も同じ。時折、鳥の声や木の葉の擦れる音が降るように聞こえてきたり、吹きすぎる風が髪や袖を揺らしたり。参加者は野趣を感じて伸びやかな気持ちでお茶を楽しんでいたようでした。
参加者のアジア系の男性2人は(日本滞在歴25年と16年)、以前、通りかかった江戸東京たてもの園で「東京大茶会」を知り、今回、野点に応募し、当選したのだと話します。「ラッキーでしたね。もちろん野点も、甘くない抹茶も今回が初めて。最初にお菓子をいただいたので、お茶の苦味も美味しくいただけました。自分たちの国では甘い飲み物がほとんどなので、とても新鮮でした」、「落ち着いた、いい時間を過ごせました。とっても楽しかったです。次は別の茶席を体験してみたいです」と、満足そうな笑顔を見せていました。
■まちなかコンサート/子宝湯(昭和4年建築)
音響効果抜群の銭湯で、午前と午後に2回ずつ開催される20分間のクラシックコンサート。29日の午後、座布団で寛いでいる参加者の前に登場したのは、男女4人のファゴット奏者。木管楽器特有の温かくまろやかな音が、高い天井、タイル貼りの床、木の壁に反響し、窓から外へと流れていきます。「大きくて重くて難しいのに、音があまりよく聞こえないのでオーケストラの中でも目立たない」とファゴットを紹介する演奏者の言葉には愛情が溢れていました。派手さはないけれど心安らぐファゴットの音色に触れ、さらに「滅多にお目にかかれない」というファゴット四重奏の演奏を聴けたことで、温かいお湯に首まで浸かったような幸福感を、参加者の皆さんは感じていたのではないでしょうか。
(まちなかコンサート企画制作:東京文化会館 )
気がつくと、日は少し西に傾き始めていました。お茶をいただく機会はありませんでしたが、いくつかの茶席を眺めるだけでも心満たされるものがありました。自分の中にもあるはずの“和の心”が、次の刺激を求めつつあるのも感じました。日本の伝統文化の豊かさ、手を伸ばせばすぐにでもそれに触れられる環境にいることのありがたさを、改めて感じた一日でした。
■武藤宗久先生のお話
「3年ぶりに『東京大茶会』を開催できたことを本当にありがたく思っています。そのために骨を折ってくださった方たち、無事に大茶会が終えられるように支えてくださっている方たち、そして足を運んでくださった方たちに心から感謝しています。
ここ2年くらいお茶席を設けることも参加することもできませんでしたから、今回はいつもと違う心持ちで初日を迎えました。例えばお道具。お茶を飲んで穏やかな気持ちになれたとおっしゃってくださる方がお一方でも、お二方でもいらっしゃるといいなと思いながら、1年近く前からお道具のことをずっと考えていたのですが、いざ、これにしようと決めたら何度確認しても、本当にこれでいいのかなと落ち着かない。前日の夜も、取り寄せた花が気になって、夜、灯をつけて庭に降りて秋明菊を切ったりススキを切ったり。土壇場になってもジタバタしていました。おかげであまりたくさん眠れませんでした(苦笑)。
私はお茶が好きで長く続けていますけど、堅苦しいイメージを持たれるのか、敬遠される方も多い。『東京大茶会』にお見えになる皆さんは、お茶に興味と期待を持っていらっしゃるので、その方たちに普段できない体験をしていただきたいと思い、今回は男性だけの茶席を設けてみました。男子席は滅多にないので、プログラムに変化もついたし、参加してくださった皆さんにも好評なようで安心しました。学生のお弟子さんたちはこの日のために一生懸命お点前の稽古をしてくださったし、本番でもよくやってくれたと思います。
新型コロナウイルスの感染拡大で厳しい制約が出たときはお稽古もできませんでしたけど、その後はお稽古をしながら自分の勉強をできましたし、これまでにない創意工夫を凝らすことができました。家で過ごす時間が長くなったことで、お茶に興味のなかった人が自分なりのお道具を置いてお茶を点てたり、その動画をアップして楽しんでいたりする。さらにそれが進んで、これからもっとお茶への理解が深まっていくと嬉しいなと思っています」
東京大茶会2022
・2022年10月22日(土)・23日(日)
会場:浜離宮恩賜庭園
・2022年10月29日(土)・30日(日)
会場:江戸東京たてもの園
・主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京
・事業ページ:https://www.artscouncil-tokyo.jp/ja/what-we-do/creation/festivals/tokyo-grand-tea-ceremony/52153/
撮影:川田航大
取材・文:木村由理江