ACT取材ノート
東京都内各所でアーツカウンシル東京が展開する美術や音楽、演劇、伝統文化、地域アートプロジェクト、シンポジウムなど様々なプログラムのレポートをお届けします。
2024/02/15
今さら聞けない、でも知りたい「大人のための伝統文化・芸能体験事業」初めての能楽体験レポート
伝統文化・芸能のさまざまなジャンルについての「講演 / トーク」、「鑑賞」、「体験」をセットにいろいろな角度から伝統文化・芸能の魅力を紹介する「大人のための伝統文化・芸能体験事業」。1月8日は、能と狂言をテーマに、友枝雄人さん(能楽師シテ方喜多流)、いとうせいこうさん(作家・クリエーター)、MCを務める住吉美紀さん(フリーアナウンサー)によるトーク、友枝雄人さん、野村万之丞さん(能楽師狂言方和泉流)の直接指導を受ける体験と能と狂言のパフォーマンス鑑賞の3つのプログラムで開催。「ACT取材ノート」では、今回、能や狂言初体験の東京都内の大学に通う学生が参加し、実際に体験した様子をレポートします。
皆さんは能や狂言と聞くとどのようなものを思い浮かべるでしょうか。多くの方にとって、あまり聞き馴染みのある言葉ではないと思います。私は東京都内の大学に通う学生で、能楽というものは、日本を代表する舞台芸術の一つで、室町時代から今日まで長く続く、日本の貴重な文化であるということくらいしか知りませんでしたし、これまで能楽に触れたことはありませんでした。そこで、今回「大人のための伝統文化・芸能体験事業」に参加することにしました。会場は東京メトロ表参道駅より徒歩3分で、アクセスしやすい場所にある銕仙会能楽研修所です。会場には多くの参加者がおり、ご夫婦やご友人同士で来られている方が多い印象でした。能楽というと若い人にとっては嗜みづらいかと思われましたが、意外にも若い方もいらっしゃったため、学生でも緊張することなく楽しめると思いました。
「大人のための伝統文化・芸能体験事業」は大きく分けて3つのプログラムがあり、演者の方等によるトーク、実際の能・狂言の体験、パフォーマンス鑑賞にまとめて参加することができます。
トーク 友枝雄人×いとうせいこう×住吉美紀
まずは、友枝雄人さん、いとうせいこうさん、住吉美紀さんのトークが始まりました。座布団の上でトークを拝聴でき、趣のある会場と一体化しているような雰囲気です。
MCを務める住吉美紀さん
始まって数分のうちは、神秘的な舞台のつくりに圧倒され、緊張した空気感の中拝聴していましたが、友枝さんが「あまり舞台の上で会話をすることはないため緊張する」とおっしゃって笑ってくださったのをきっかけに、会場の緊迫感も一気に緩まり、それ以降はリラックスしてトークに集中することができました。
新年にしか見られない注連縄が飾られている能舞台
トークが進んでいく中で、住吉さんが能楽とは友枝さんにとってどのようなものかと尋ねると、「能楽は、演技の中で自分との対峙を積み重ねることが楽しいものだ」とおっしゃっており、演者の考えをこうして知ることができる機会に恵まれたことが嬉しかったです。また、能の中では対角線を意識することや舞いが非常に重要になってくることや、能はそもそも神様の心を慰めるための芸能であること、今のようなスピーカーなどがない時代に、昔の人々はどのような工夫をして、どのように能に取り組んでいたのかなども教えてくださいました。また、いとうさんは謡を始めたきっかけやご自身の体験を通して楽しさなどをお話してくださいました。
私たち観客の反応を見ながら話を進めてくださり、素人の私でもわかるような丁寧な解説のおかげで、能楽の世界に自然と入っていくことができました。
住吉美紀さん(写真左)、友枝雄人さん(写真中央)、いとうせいこうさん(写真右)
体験 能(仕舞)、狂言(小舞)、能・狂言(謡)のレッスン
体験では、能(仕舞)、狂言(小舞)、能・狂言(謡)をそれぞれ30分ずつ行いました。参加者は3つのグループに分かれ、建物内を移動しながら指導をしていただきます。
体験内容のデモンストレーション
野村万之丞さん(写真左)、友枝雄人さん(写真右)
演者によって流派が違うこともあり、参加者がその相違について尋ねると、気さくにいろいろと答えてくださいました。中でも私が驚いたことは、最新の流派でも派生したのは400年ほど前になるということ。その他にも能には4つの流派が存在し、発声の仕方から扇子の使い方まで異なっているそうで、興味がわきました。
体験 / 能(仕舞)
能の「仕舞」は通常、小人数の地謡に合わせてゆっくりとした動きをし、静かで穏やかな雰囲気で能一曲の見せ場となる部分を舞うことを指すそうです。そして狂言は楽し気で滑稽な劇で、「小舞」は、その狂言の中で演じられることもあり、キャラクターが軽快な踊りや面白い芸を披露して笑いを取ったりもします。今回のように紋付袴で独立して舞うときは笑いの要素はほぼないそうです。
体験 / 狂言(小舞)
それぞれのグループに、講師が2人ずつついて指導してくださり、その舞いと共に謡われる台詞の意味を咀嚼しながら、指先まで意識し舞うことがとても新鮮でした。歩き方一つから視線の向きまで洗練された動きで進行していくため、私たちがすぐに真似できる技術ではありませんでしたが、難しい言葉遣いの台詞をどういった動きに紐づけさせているかを教えていただくごとに、頭に情景が浮かんでくるため、夢中になって体験をすることができました。
場面が変わるごとに意識するべき点や身体の使い方について優しく丁寧に教えてくださり、すぐそばで手本として見せてくださる演技の圧倒的な迫力には身体が芯から震えるような感覚をおぼえました。
初めての経験でしたが真剣に取り組み、普段どういった場所で稽古されているかも知ることができ、良い経験となりました。
礼に始まり、礼に終わります
「謡」では、場所を最初にトークを聞いた舞台に移し、友枝さんを含めた4名の方に指導していただく形で進行されました。
体験 / 能、狂言(謡)
配布された教材を見ながら、能と狂言の謡をそれぞれの講師の方に指導していただきました。実際に正座の姿勢を取り、大きい声を発声できる呼吸法を用いて、抑揚をつけるポイントに気を付けながら一緒に謡います。同じ題目でしたが、能と狂言でリズムや抑揚が異なることが分かりました。自身の声が講師の声と共に会場に反響するのがとてもおもしろく、不思議な体験ができました。
鑑賞 体験講師による能、狂言のパフォーマンス
各々30分間ずつの体験はあっという間に過ぎ、最後に能・狂言のパフォーマンスを鑑賞しました。これまでのトークや体験で、演者がどういった部分を意識して舞うか、謡い方を変えることでどういった点に思いを込めているのかを教わったため、細部まで注視でき、能楽を何倍も楽しむことができましたし、気さくに話してくださっていた講師の方が、演技に集中し、別人のように舞台上で舞う場面にはとても魅了されました。
実演 / 仕舞(玉之段)
実演 / 小舞(海人)
この体験を通して、全くの別世界にあるものだと思っていた能楽が、年齢も知識も関係なく身近に楽しめることを学びました。日本が誇る文化のひとつに、思っていたよりも気軽に関わることができ、心が満ちたような感覚になりました。
最後は白足袋を履いている参加者も能舞台にあがりました
今回、「大人のための伝統文化・芸術体験事業」に参加できたことで、伝統文化への興味がわきました。これからもこういった体験を通して日本をもっと知っていきたいと思います。また、この体験を、日本への理解を深めたい方、伝統芸能に少しでも興味を持っている大学生にもお勧めしたいと思いました。
大人のための伝統文化・芸能体験事業
・日程:2024年1月8日(月・祝)
・会場:銕仙会能楽研修所(表参道)
・主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京、公益社団法人日本芸能実演家団体協議会(芸団協)
・イベントページ:https://www.artscouncil-tokyo.jp/ja/events/62528/
撮影:中山裕貴
取材・文:有馬サラ