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コラム & インタビュー

アーツカウンシル東京のカウンシルボード委員や有識者などによる様々な切り口から芸術文化について考察したコラムや、インタビューを紹介します。

2018/10/02

「芸術文化の投資効果」とは何か?

クリエイティブ・ディレクター / アーツカウンシル東京カウンシルボード議長
加藤 種男

「芸術文化で稼ぐ時代」が来たらしい。最近まで金食い虫の代名詞であった芸術あるいは文化が金を生む打ち出の小槌に変わったのだという。
たとえば、これまで保存に専念して、出来るだけ手を付けるなといわれてきた文化財も、近頃はただ保存するだけではだめで、観光資源として活かして金を稼げ、と方針が大きく転換した。美術館なども、予算不足を嘆くのではなく、所蔵作品はお宝なのだから、それを売却して運営及び必要な作品の購入のための財源を生み出せということらしい。
有形文化財が観光資源と見なされ、あるいは美術品が高額で取引できる商品と見なされるだけではなく、無形文化財にも期待が高まっている。さらには行政も企業も敬遠してきた現代アートよるアートプロジェクトや芸術祭が全国に広がり、その経済波及効果までもが着目されている。

大地の芸術祭-越後妻有アートトリエンナーレにて筆者撮影 ナウィン・ラワンチャイクン+ナウィンプロダクション《赤倉の学堂》

結論から言えば、確かに芸術文化は経済にとって不可欠の要素である。芸術文化を無視しては経済の持続的な発展は望めない。同志社大学教授で創造経済を提唱する経済学者の河島伸子氏は「経済が文化を支えるのではなく、今や文化が経済を支える時代である」という。
このように経済に役立つ芸術文化ではあるが、経済価値だけで芸術文化を評価し、経済価値が高いと見える芸術文化にだけ投資をしても、実のところ大きな経済的ベネフィットは得られない。むしろ、経済活動とは遠く離れた、したがって経済価値が小さいと見える芸術文化の方が、結果的に経済的ベネフィットも大きい、というのが芸術文化と経済のパラドクシカルな関係である。
芸術文化は一般にハレのものと考えられているけれども、本来は生活に深く根差したケのものでもありハレのものでもあった。したがって、芸術文化は人々の生活を豊かなものにし、ひとりひとりの人生、自然と社会の関係を多様で豊かなものにするところに最大の価値がある。つまりは、分断や排除ではなく、交流と包摂こそ重要であり、さらには他者との違いや混交を創造の源泉ととらえて楽しむものであった。つまり、芸術文化には何かの役に立つわけではない、その固有の価値がある。固有の価値があるからこそ、芸術文化は、社会的課題に対して創造的な解決方法や多様性をもったイノベーションのヒントを提供する。芸術文化にとって何よりも重要なのは、創造であるが、創造とは仮説と実験の積み重ねによる試行錯誤のことであり、科学技術の研究が基礎研究を欠いては実のある応用研究に発展しないように、芸術文化においても実験と冒険を繰り返す基礎研究的創造が肝要である。
芸術文化においても万人の理解を得やすい、すぐ役立つものに応援しがちであるのは、ただちに経済波及効果をもたらすからだという。企業も、本業に近いところで芸術文化を支援しようとする。しかし、「大地の芸術祭」や「瀬戸内国際芸術祭」のように、「他と違っていることが評価される現代美術」に投資を続けた結果、自治体もこれを応援する企業も経済力の源泉であるブランド力というかけがえのないリターンを得たのである。けだし、ブランド力とは、他と違っていることで得られるものだからだ。芸術文化への投資効果は、こういうメカニズムによって成り立っている。