ライブラリー

コラム & インタビュー

アーツカウンシル東京のカウンシルボード委員や有識者などによる様々な切り口から芸術文化について考察したコラムや、インタビューを紹介します。

2024/01/11

芸術文化の担い手は生成AIとどのように向き合えばよいか

法律家
水野祐

2023年は生成AIの話題で持ち切りでした。芸術文化の担い手であるみなさんも生成AIの話題について聞いたり、脅威を感じたりしているかもしれません。筆者はテクノロジー領域を専門の1つとする法律家ですが、生成AIに関する法的問題を解説する記事はインターネットや書籍という形ですでに溢れています。ですので、本稿では、法律家の立場からではありますが、芸術文化の担い手であるみなさんがどのように生成AIと向き合っていくべきなのか、について4つの観点から考えてみたいと思います。

1. フリーライド(タダ乗り)

第1に、生成AIはアーティストやクリエイターが制作してきた既存の作品にフリーライドしているのか、という点です。

アーティストやクリエイター、そして彼ら彼女らをサポートする人たちの中には、この観点から生成AIに対する反発的な感情を持っている方も多いでしょう。実際に、米国では生成AIのサービスを提供している複数の事業者に対する集団訴訟が提起されています(図1参照)。一方で、生成AIを新しい「絵筆」のように創作の道具として利用することを考えたり、技能を持たない人でも質の高い画像、映像、音楽、プログラム等を生成することができる点に新しい創作の可能性を見出す意見もあります。技術の進展と人間の創作・創造性の相克は過去にもカメラ、PC、ソフトウェア等のツールの登場においてもたびたび提起されてきた問題ですが、わたしたちはこれらのツールを人間の創作・創造性に対する脅威ではなく「伴走者」であることを自然に受け入れています。つまり、むしろ問題は生成AIがこれらの既存のツールの延長線上にあるものとして人間の創作の道具になるのか、それを超えていく存在なのか、という点にありそうです。

生成AIがアーティストやクリエイターが制作してきた既存の作品を大量に学習することで開発されている点でこれらの既存の作品にフリーライドしているかという論点については、生成AIが既存の著作物を学習していることが人間の頭の中でアイデアとして学習していることと本質的に何が異なるのかが問われています。生成AIは、学習した既存の著作物をデータベースのように蓄積し、それをユーザーによる指示・入力に従って出力しているわけではありません。生成AIは、「ニューラルネットワーク」という人間の脳を模したアルゴリズムの手法によって成り立っていますが、人間の頭のように、学習した著作物をパラメーターという形で抽象化・断片化しているため、わたしたち人間の普段から頭の中でやっていることと本質的には異ならないという見方も可能です。ただし、AIはこの人間が頭の中でやっていることを大量に、瞬時に、生成することができるため、人間がやっていることと量的・時間的に異なるとの評価も可能でしょう。また、抽象化・断片化されたAIを既存の著作物に類似したものを生成しやすくするように追加学習(ファインチューン)させることが可能で、そのような生成AIは特定の著作物の画風や世界観を模倣した生成物を大量に生成することが可能になります。このような生成AIについては既存の著作物を大量に学習したうえで、類似した著作物を生成することを目的として利用されることもあるため、そのような企図で生成された生成物をみるとフリーライドしていると感じられるのももっともなことでしょう。

フリーライドを肯定し、著作権法が既存の著作物の画風や世界観などアイデアの領域を何らかの形で保護するということになるとすれば、アイデアは保護しないとしてきた従来の著作権法の考え方を大きく転換する一大事といえます。究極的には表現資源の分配の問題といえるのですが、このような従来から連綿と続いてきた重要なルールを転換するためには相応の理由と議論の積み重ねが必要というべきでしょう。

また、フリーライドを肯定する立場からは、学習に利用された著作物の権利者に対する対価を還元する方策が必要だという意見が出ています。すでにそのような対価還元のプログラムを実施する準備があることを打ち出す生成AIサービスもありますが、実際に実施しようとすると、対価還元する権利者の範囲をどのように確定するのか、対価還元の金額をどのように設定するのか、具体的にどのように対価を還元するのか等の課題があります。


(図1)Stable Diffusion Litigation

2. AI学習されないためにできること

第2の観点は、AI学習されないために何ができるのか、です。

結論から言うと、インターネット上で作品やその画像を公開している以上、AIによる学習を禁止できる特効薬はありません。ただし、AIによる学習やクローリング(ウェブサイトを定期的に巡回し、そこに掲載されている情報を収集する技術)等を禁止することを自らの作品が閲覧できるウェブサイトにおいて同意ボタン等による同意を取得するか、少なくともウェブサイトのわかりやすい位置に掲示しておくことは一定の抑止になる可能性はあります。もっとも、このような同意取得や掲示をもってしても、日本法では著作権法に定められている例外規定(第30条の4第2号に定められている情報解析のための利用)によりその学習行為を適法と解される可能性はあります。また、EUでは非営利目的での学習行為を禁止することはできませんが、営利目的での学習行為はオプトアウト(許諾しない意思を表示すること)が可能とされており、上記のようなAI学習を禁止する意思表示はこのオプトアプトとして機能する可能性があります。さらに、米国法のもとではAI学習行為が「フェアユース(Fair Use)」(公正とされる一定の条件に従えば、権利者の許諾なく著作物を利用できる、米国等の著作権法に定められている法原理)に該当するか否かが問題となりますが、上記対策はこのフェアユース該当性の判断においてアーティストやクリエイターに有利に働く可能性があります。

AI学習を防止する技術的手段の動向も注目に値するでしょう。AI学習に用いられる学習用データは、インターネット上のウェブサイトに掲載されたデータを自動収集するプログラム(クローラ)を用いて広範に収集されていることが多いですが、このようなクローリングにおいて「robots.txt」というファイルによって特定のクローラについて収集を拒絶したり、制限するといった設定が可能です。また、ID・パスワード等を入力しないとアクセスできないウェブページで著作物を公開することも有効です。クローリング技術も進んでおり、これらの技術的手段によって確実に学習行為を排除できるわけではありませんが、抑止的な効果が期待できるといわれています(図2参照)。


(図2)内閣府 知的財産戦略推進事務局「本検討会において検討すべき課題について(追補)」(2023年11月7日)

3. 生成AIを利用する際の注意点

第3の観点は、生成AIを利用するとした場合、どのような点に注意すべきか、です。

まず、作品を制作する際に、第三者の著作権を侵害しないように注意すべきですが、このことは生成AIを利用する場合でも、利用しない場合でも実は変わりません。ただし、生成AIを利用すると、サービスや指示・入力内容にも依りますが、AIが学習した既存の著作物に類似した生成物が出力されやすい傾向はあります。そして、仮にユーザーが既存の著作物のことを知らなくても、その既存の著作物をAIが学習していれば、著作権侵害が成立してしまう可能性が高いです。著作権法には、作者が既存の著作物を知らずに、当該著作物に類似した著作物を制作した場合、著作権侵害は成立しないという重要なルールがあります(このルールまたは要件を「依拠性」と呼びます)。しかし、生成AIの場合、AIが学習してさえいれば、ユーザーが既存の著作物を知らなくても、依拠性を認め、著作権侵害が成立することになる見解が有力です。

次に、生成AIを利用して作品を制作する場合、作品のうち、生成AIが生成した部分について著作権を主張できない可能性があります。昨年(2023年)9月に、米国著作権局は、画像生成AI「Midjourney」を利用して制作されたジェイソン・M・アレン氏の「Theatre D’opera Spatial」という作品について、著作権登録を却下しました(図3参照)。この作品は2022年8月にコロラド州で開催されたファインアートのコンペティションで優勝した作品で、同氏はこの作品の制作において少なくとも624回プロンプト(指示文)を入れ直したと主張しています。それでも、米国著作権局は現在の「Midjourner」は機械的に画像を生成しただけであり、その画像には著作権が発生しないという判断をしました。もっとも、この判断は今後裁判所で覆される可能性がありますし、日本ではプロンプトと呼ばれる指示・入力の分量や内容、生成の試行回数、複数の生成物からの選択、生成後の加筆・修正等の要素を総合的に考慮して、人間による創作的寄与が認められる場合にはAI生成物にも著作権が発生し得るとする見解が有力です。

現代美術、特にコンセプチュアルアートに属する作品の中には抽象的なアイデアであるとして著作権が発生しなくても作品として十分な価値を有するものが多くあるため、著作権が発生しないからといって作品としての価値が否定されることはありません。作品の価値と著作権が発生するか否かは別の問題です。しかし、作品やコンテンツの制作において著作権が発生するか否かが重要になる場面はあるため、アーティストやクリエイター、そして彼ら彼女らをサポートする人たちは生成AIを利用する場合には著作権が発生しない可能性がある点について十分に留意して利用すべきでしょう。


(図3)US Copyright Office “Re: Second Request for Reconsideration for Refusal to Register Théâtre D’opéra Spatial (SR # 1-11743923581; Correspondence ID: 1-5T5320R)”(2023年9月5日)

4. AIに関する今後のルール形成

最後に、第4の観点として、AIに関するルールをどう考えるべきか、を挙げたいと思います。

本稿でみてきただけでもAIの開発や利用を巡る法律を含むルール、規範は十分に定まっていないことを感じていただいていると思います。EUでは、包括的なAI規制法(AI Act)を2024年にも施行する準備をしていますし、中国ではすでに生成AIを活用したサービスについて事前に政府がチェックする法律を施行しています。このようなEUや中国の事前規制的なアプローチに対して、米国は現在までのところバイデン政権が主導しながら主要AI企業による自主的なガイドラインによってルールを構築していく公民連携のアプローチを採っており、日本も基本的にはこれに似たアプローチを採っています。

では、AIに関するルールはこのように政府や一部企業のみで形成されていくのでしょうか?それでよいのでしょうか?AIが社会に与え得る広範かつ甚大な影響力に鑑みると、そのようなルール形成の在り方は少なくとも民主主義国家において好ましくないといえるでしょう。実は、日本でも、2023年10月5日から11月5日まで、「AI時代における知的財産権に関する御意見の募集について」というパブリックコメント(意見募集)が内閣府・知的財産戦略推進事務局により実施されていました(図4参照)。もっとも、このようなパブコメが実施されていたことをご存知なかった方が多いと思います。AI技術とそのルールに関する議論はまだ始まったばかりで、たった1つの発言や社会的な事件、印象的な作品・コンテンツなどのユースケースにより未来が書き換わってしまう可能性があります。生成AIに限らずAI技術は、芸術文化はもちろん社会全体に影響を及ぼす可能性があるため、芸術文化の担い手も無視できる存在ではないにもかかわらず、この議論において実際の芸術文化の担い手の方々による意見や議論が十分になされていないことを懸念しています。芸術文化の担い手の方々も、この技術を触ってみて、その可能性と限界について自らの理解を前提として、そのあり方について身の回りの人たちと話したり、意見や表現という形で発信していただくことが芸術文化にとって重要だと私は考えています。


(図4)内閣府・知的財産戦略推進事務局「AI時代における知的財産権に関する御意見の募集について