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アーツカウンシル東京ブログ

アーツカウンシル東京のスタッフや外部ライターなど様々な視点から、多様な事業を展開しているアーツカウンシル東京の姿をお届けします。

Art Support Tohoku-Tokyo

Art Support Tohoku-Tokyo(東京都による芸術文化を活用した被災地支援事業)は、東京都がアーツカウンシル東京と共催し、岩手県、宮城県、福島県のアートNPO等の団体やコーディネーターと連携し、地域の多様な文化環境の復興を支援しています。現場レポートやコラム、イベント情報など本事業の取り組みをお届けします。

2017/08/18

術(すべ)としてのアート― Art Support Tohoku-Tokyo 7年目の風景(2)

シリーズ「7年目の風景」はArt Support Tohoku-Tokyoを担当するプログラムオフィサーのコラム、レポートや寄稿を毎月11日に更新します(今回はお盆休みを挟み、18日の更新です)。今月の11日で東日本大震災から6年5ヶ月を過ぎました。前回に続いて執筆は佐藤李青(アーツカウンシル東京 Art Support Tohoku-Tokyo担当)。事業の詳細はウェブサイトをご覧ください。http://asttr.jp/


術(すべ)としてのアート

2014年度に「森のはこ舟アートプロジェクト」を開始した頃、各地域のプログラムの運営体制は自律から連携へと一歩踏み込んでいった。会津地域の西会津町、喜多方市、三島町。3つの地域に「エリアコーディネーター」を立て、ひとつのテーブルを囲んで議論をする場をもつようになったことに象徴的だ。出席者はプロジェクトの最前線に立つ実践者であり、それぞれの土地で暮らす生活者だった(※)。震災当初に出会った人々より世代は若く、プロジェクトに限らず、それぞれの持ち場で何かしらの実践を試みていた。

※「森のはこ舟アートプロジェクト」については「ばらばらな人たちが、ともに文化の土壌を耕した、3年―森のはこ舟アートプロジェクト」(アーツカウンシル東京ブログ、2017年5月11日)、福島県での事業の経緯は『6年目の風景にきく―東北に生きる人々と重ねた月日』に収録した「note4 文化の種を蒔き、芽を育む」(79-80頁)、「data3 会津から「福島」への広がり」(98頁)に詳しい。

あるとき、ふと気が付いたことがあった。このエリアコーディネーターを中心とした実践の担い手の多くは何かしらの「アート」の技術をもっていることだ(「芸術」でも言い換え可能だが、ここでは「アート」で統一する)。ジャンルも経験もさまざまだが、それは問題ではない。事を立ち上げる。場や物をつくる。そうした他者と共有可能な「現れ」をつくる技術、すなわち「アート」という術(すべ)を身に付けていることが、各自の実践に有効に機能しているように思えた。

それから、もうひとつ。それらの実践を通して、自らの土地に刻み込まれた歴史や周囲の自然に触れていこうという姿勢があった。「アート」(もしくはアーティスト)を介して、地域の見えざる「文化」に、その場に立ち会う人々とともに触れようとする。その目線は同じ土地で暮らす同時代の人々だけに向けられてはいない。過去の誰かと未来の誰かの間に立っていた。それは長い時間軸をもっていた。新しい「文化」を創造しようとする行為のようにも見えた。

この頃、「アート」や「文化」の意味するものを考えるようになった。目の前の出来事に触発され、自然と考えるようになったという方が正しいかもしれない。そう確信に近い実感をもったのは、会津以外の土地でも同様の実践があったからだった。

『幻のレストラン~西方街道・海と山の結婚式~』(森のはこ舟アートプロジェクト2015/西会津×三島エリア協働プログラム)
西会津と三島をつなぐ「西方街道」にまつわる食材や郷土料理のストーリーと創作料理を披露する1日限りのレストランをオープンした(プロジェクト・アーティスト:EAT&ART TARO、コラボレーション・アーティスト:木村正晃)。


事業開始から5年目。2016年度の始まりは例年に比べて、出張が増えた。この時期は各地で「なぜプロジェクトに取り組むのか」を問い直すことが多くなっていた。節目を過ぎた外部支援が落ち着き、その土地で暮らす人々が(本格的に)事業の担い手の中核に腰を据える。震災への応答だけではなく、地域の未来から逆算するように事業の意義を再確認する時期となっていた。

2016年5月12日。宮城県塩竈市で「つながる湾プロジェクト」(以下、つながる湾)の打合せに参加した。2013年に始まった「つながる湾」は、これからの地域を担う世代のメンバーが、湾という「海」の視点をもつことで「陸」に引かれた境界線とは違った見方で地域を捉え直そうとしてきた。個々の活動が充実し、それぞれのメンバーの生活も変化するなかで、改めて、プロジェクトの動機を確認し合った。

「つながる湾」は、地域の「記憶」を紡ぐことに関心を抱いてきた。先人から土地に伝わる歴史を学び、季節や風土など自然に身を委ね、いまを生きる人々が自らのこととして感受しやすいかたちに変換する。まっすぐに歴史の地層を掘るのではない。「史実」だけではこぼれ落ちてしまうようなものにも目を向け、掬い上げようとする。「記憶」への関心は、その消失の危機感と表裏一体だったが、どの実践も、それを背負うのではなく、誰かと分かちもつことの軽やかさと「遊び」に満ちていた。

福島県の会津地域と宮城県の松島湾――。この2つの土地で続く実践の問題意識や作法は、相互に呼応しているように感じた。

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2017年8月19日(土)14時より仙台にて Art Support Tohoku-Tokyo トークセッション#02「土地の記憶を紡ぐ術(アート)―東北の海と森の実践から」を開催します。「森のはこ舟アートプロジェクト」のエリアコーディネーターを務めた矢部佳宏さんと三澤真也さん、「つながる湾プロジェクト」に携わる大沼剛宏さん、津川登昭さんが出会います。聞き手は一般社団法人Granny Ridetoの桃生和成さん。

「つながる湾」打合せの後半で、ひとつの問いかけをした。なぜ、土地の歴史を知り、継承することに関心があるのか、と。少し間があった後、「震災があったからだろう」という応えがあった。今更なんだ? と思われるような質問だったかもしれない。

東北の沿岸部では震災と津波が周期的にやってくる。これは、この土地が何度も経験してきた事実だ。だが、私たちは、数年前に、それを実感した。「アート」を介して「文化」に触れることは、その土地で育まれてきたアイデンティティを確認する作業となる。そうして「私たち」という主語は、現在に過去と未来を含んだ複数形となるのだろう。「アート」は時間を繋ぐ術になる。

2013年からせんだいメディアテークの館長を務める哲学者の鷲田清一さんは、「アート」と「スキル」について美術家の小山田徹さんの言葉を引いて、次のように語っている。

「スキルとよばれるものは、隣の芝生に行って発揮されなきゃじつはだめなんじゃないか」。いいかえると、「アーティストがアーティストとしてアートの分野で何かをするのは基本的にあたりまえ」のことであって、「違う言語に翻訳されて、それが活用される」ことこそスキルというべきものであり、「違う分野に出かけて行って、アートで培った何かをそこに翻訳し、何かを作れる」ことではじめてアートとなりうるのではないか、と。
(鷲田清一『素手のふるまい』朝日新聞出版、2016年、239頁)

鷲田さんは本書で何度か、この言葉を引用しているが、ここでは(この言葉には)「《生存の技法》としてアートに何が可能か」が「しかと語りだされているようにおもわれる」と続けている。この生きるための術としての「アート」とは「分野」のような名詞を指すものなのではなく、「何が可能か」という動詞に近いのだろう。

自然と人間、歴史や近代、記憶と継承…。いまも震災は、私たちに大きな問いを生み出し続けている。東北の地では、その応答としての実践が無数に生まれているのだろう。確かに胎動を感じるが、それが何かは分からない。いまはまだ、小さな灯火のようなものなのかもしれない。もしかしたら、一見、その弱く見える存在の仕方が、新しい「現れ」のありようなのかもしれない。数年後には、もっと群として、もしくは生態系として、はっきりと見えてくるのだろう。それが重層的で多様であるために、いま何が必要なのか。そういう問いに向き合うことが、求められているように感じている。

「触れられる未来 -touchable face and future-」(対話工房/聞き手・撮影:泉山朗土)
本動画の小山田さんの発言が、本文中の鷲田さんの引用元になっている。「女川コミュニティカフェプロジェクト」は、Art Support Tohoku-Tokyoの一環として実施した(主催:対話工房、えずこ芸術のまち創造実行委員会、東京都、東京文化発信プロジェクト室(公益財団法人東京都歴史文化財団)、後援:女川町復興連絡協議会、協力:震災リゲイン/ドイツ大使館/太宰美装/(有)梅丸新聞店/海建築事務所)。

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宮城県女川町の風景(2012年8月13日)。このとき、対話工房が現在も継続的に取り組む「迎え火」の場に訪れた。まだ津波の爪あとが色濃く残る家々の跡のなかで小さな火がいくつも焚かれていた。本活動については「震災復興におけるアートの可能性 第6回 女川常夜灯「迎え火プロジェクト」」(『ネットTAM』、2012年9月5日)に詳しい。


最近の動き

福島県いわき市の復興公営住宅で特定非営利活動法人Wunder groundがアサダワタルさん(文化活動家/アーティスト)と取り組む「ラジオ下神白――あのときあの街の音楽からいまここへ」が進行中です。「福島藝術計画×Art Support Tohoku-Tokyo」のFacebookページにて情報が更新されています。またアサダさんが執筆した「表現――「他者」と出会い、「私」と出会うための「創造的な道具」」(『現代思想』、2017年8月号)にて、同プロジェクトに触れています。


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