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東京芸術文化創造発信助成[長期助成プログラム]活動報告会

アーツカウンシル東京では平成25年度より長期間の活動に対して最長3年間助成するプログラム「東京芸術文化創造発信助成【長期助成プログラム】」を実施しています。ここでは、助成対象活動を終了した団体による活動報告会をレポートします。

2018/05/30

第3回「より豊かな演劇のために-『つくり方』から模索し続けた庭劇団ペニノの3年間-」(前編)

対象事業:庭劇団ペニノ(合同会社アルシュ)「新たな『はこぶね』プロジェクト」(平成26年度採択事業:3年間)
スピーカー(報告者):
タニノクロウ(庭劇団ペニノ主宰、劇作家・演出家)
石川佳代(俳優)、緒方晋(俳優)、松本ゆい(演出助手)
ゲスト・スピーカー:マックス=フィリップ・アッシェンブレンナー(舞台芸術プレゼンター)

司会進行:企画助成課シニア・プログラムオフィサー 佐野晶子


助成対象活動の概要

回転する盆舞台「はこぶね」を劇団の新たなシンボルとしながら、精巧な舞台美術、緻密で独創的な世界観を基に、国際的に活躍する創造集団となることを目標としたプロジェクト。助成対象となった公演は『大きなトランクの中の箱』(2014年スイス公演)、『水の檻』(2015年ドイツ・クレフェルト市立劇場委嘱作品)、『地獄谷温泉 無明ノ宿』(2015年初演、2016年ヨーロッパツアー)、『ダークマスター』(2016年東京公演)。

    第1部 クリエーションとプレゼンテーションの「場」をつくる
    平成26年度から28年度にかけての東京芸術文化創造発信助成プログラム(長期助成)に採択され、その間、主宰のタニノクロウさんが岸田戯曲賞を受賞、受賞作のヨーロッパツアーも行うなど、活動の幅を大きく広げた庭劇団ペニノ。報告会(第一部)では、長期助成を申請するまでの経緯、ハイパーリアリズムとも呼べる精緻な舞台空間で知られる彼らのクリエーションのあり方と近年の展開が、同席したキャスト、スタッフ、ゲストスピーカーで海外公演を通じて親交のある舞台芸術プレゼンターのマックス=フィリップ・アッシェンブレンナーのコメントを交えつつ紹介されました。
    (文:鈴木理映子)

    タニノクロウさん

    東京芸術文化創造発信助成プログラム(長期助成)において、庭劇団ペニノへの支援が開始されたのは2014年(平成26年)。2012年に長年使用していた劇団アトリエ「はこぶね」を引き払い、初めての回転舞台による作品『大きなトランクの中の箱』(2013年/森下スタジオ)を成功させた後のことだ。この時、提出された活動計画の名称は「新たな「はこぶね」プロジェクト」。盆を使った舞台装置「はこぶね」をペニノの象徴として定着させ、国際的な発信を行うこと。それを前提とした新作をつくること。そして、2013年に始まった大阪の俳優との作品制作を継続すること。以上3つの活動を軸に、旧来の「小劇場界」とは異なるフィールドで新たな創造と発信を行う計画に、かつてのアトリエの名前が冠されたのには、それがペニノの創作姿勢を象徴するものだったからにほかならない。今回の報告会でも、その経緯の説明については、かなりの時間が割かれた。
    「はこぶね」は、2004年に主宰者で劇作・演出を担当するタニノクロウの自宅マンションを改装してつくられたアトリエ兼劇場。ごく一般的なマンションの、こじんまりとした一室で、精緻に作り込まれた空間に身を浸す体験は、当初から演劇マニアの注目を集めていた。「今もそうですけど、若手の劇団っていうのは公民館を漂流しながら稽古して、劇場に入ってよくても2日間くらいの間に、美術も明かりも音も、俳優同士の距離感もすべて調整しなければいけない。音響なんて2週間くらいあっても足りないでしょう。そういうことから脱したかったし、それに慣れたいとも思わなかった」。2000年の結成から数年で自前の拠点を持つに至った理由を、そうタニノは説明する。
    実際、旧「はこぶね」期のクリエーションのプロセスは、「すべてが私のコントロール下にあった」とタニノはいう。最初につくられるのは、美術や小道具。その後照明、音響が決まり、最後に俳優の配置が行われる。その時点でも脚本はなく、俳優を立たせた舞台の写真を撮り、それを並べて初めて、テーマやストーリーが見出され、せりふに落としこまれる。時間にも使用法にも制限のない自宅アトリエでは深夜の稽古も珍しいことではなく、俳優たちには特に負荷がかかったようだ。だが、このある意味過剰な環境こそが、タニノのクリエイティビティを引き出したのも事実。ハイパーリアルかつファンタジックな代表作『苛々する大人の絵本』(2009年)『誰も知らない貴方の部屋』(2012年)は、この小さな部屋から生まれた。

    新しい「はこぶね」プロジェクト、始まる

    だが、2012年、老朽化による建て壊しで、ペニノは「はこぶね」での活動の終了を余儀なくされる。「僕は富山の生まれで、15歳からそこに住んでいたので、思春期の思い出も詰まっていたんですよね。だから、ただアトリエがなくなったのとはわけが違ったんです。それまで王様のようにふるまっていたので、かえって作品の作り方もわからなくなって」。思いつめた末、タニノは、セゾン文化財団に相談。3カ月にわたって森下スタジオを借りるが、すぐに新たな作品の構想がまとまるはずもなく、1カ月は「悪夢」の日々を過ごしたという。「スタジオの中にハンモックを置いて、朝から晩までそこで寝て。うなされて起きて、奇声をあげて、シャドウボクシングをして、散歩して、また寝るみたいなことを繰り返すしかなかった。そういう時には苦しんでいる理由もわからないんです。でも、ある時ふと、『あ、これ、アトリエがなくなったからだ』と気がついて。そこでパッと開けるものがあった。あのマンションの部屋からポッと、はこぶねだけが抜け出して、ふわっと森下スタジオに降り立つようなイメージ。つまり、唐十郎の紅テントみたいな、持ち運び可能な芝居小屋をつくろうと思ったんです」
    そうしてできあがったのが4面の景を格納した回転舞台『大きなトランクの中の箱』(2013年)。旧「はこぶね」時代の代表作を一つの箱に縮小して格納した同作は、その妄想の強さ、精神分析的なエッセンスを凝縮して見せる一方、盆による転換とも相まって、これまでの閉鎖空間での上演とは異なる大胆さも兼ね備えていた。「この芝居でも舞台美術は稽古の最初の段階からありました。ただ、敢えてつくりこまなかったところもあります。かつての「はこぶね」でやっていたような好き勝手なやり方ではなくて、俳優の身体的特徴だとか、客席からの見え方をきちんと考えるようになった。そういう意味では人情が生まれたというか……当たり前なんですけどね。照明と音響のオペレーターも、常に稽古場にいてもらって、すべてを連動させて動かすようにすることで、かえって無意識なものなんてない、全てが意味を持つ舞台を構成できました」。アーツカウンシル東京の長期助成が採択され、支援が始まったのは、その年の秋のスイス公演からだった(2012年からその直前のヨーロッパツアーまでは単年助成を受けていた)。

    『大きなトランクの中の箱』(2013年初演)撮影:田中亜紀

    長期助成を得たことで、新たな「はこぶね」を使った創作は、いよいよ「プロジェクト」としての規模を帯び始める。翌2015年に初演された『地獄谷温泉 無明ノ宿』は、前作同様の回転舞台を使った作品で、鄙びた湯治宿に湧き上がる欲望と生への希求を描くもの。これまでとは異なり、稽古初日には台本と美術とがほぼ完成していたことで、タニノは、今まで以上に俳優と向き合い、作品世界を深める時間を持てたという。「物語のリアリティを出すために、俳優には自分の手垢をその空間につけてもらうようにと考えていました。とにかく、そこに住むようにいてほしいと。美術にしても、実際に使われていた古い家具や小道具類を集めて。そういう物に宿った想いをこの作品の中に詰めていこうと考えたんです」。さいたまゴールド・シアター所属の俳優で、この作品で初めてペニノに参加した石川佳代も、「美術、音響、照明だけじゃなく、役者にも、ダメ出しがすごく緻密でした」と振り返る。「言い難いようなセリフもなぜそれがうまく出てこないのか、一緒に考えてくださったり、時には書き直してくださったり。とても丁寧な演出だったと思います」。

    石川佳代さん

    『地獄谷温泉 無明ノ宿』(2015年初演)撮影:杉能信介

    2016年の春、『地獄谷温泉 無明ノ宿』で、タニノは岸田國士戯曲賞を受賞。長期助成3年目にあたる8、9月には、この作品でドイツ、オランダ、デンマーク、フランスを巡るヨーロッパツアーにも出かけるなど、当初掲げた国際発信という意味でも大きな成果をあげた。言語による対話を軸としないペニノの作品は、もともと海外で受け入れられやすい素地を持ってはいただろう。だが、単年助成が始まった2012年前後から現在までの公演活動は特に活発で、今年2月にはドイツの演劇誌「テアター・デア・ツァイト」で、ペニノの活動が特集されるほどに存在感を強めてもいる。スイス・ルツェルンでの公演やウィーン芸術週間での公演に携わり、城崎国際アートセンターではタニノ、危口統之と共に作品製作に参加したマックス=フィリップ・アッシェンブレンナーも「ドイツの演劇を扱う雑誌で、国外の一人のアーティストにスポットをあててこれだけの記事が掲載されるのは特別なこと」と強調する。「タニノさんの作品には、ビジョンと美学がある。ドライでコンセプチュアルな作品が増える現代演劇にあって、リアリティそのものを主張する。そこに真実があり、意味があると感じます」。

    『地獄谷温泉 無明ノ宿』(2015年初演)撮影:杉能信介

    同時多発化で担い手も観客も増やす

    新作製作、国際発信、そしてもう一つ長期助成期間中の活動として挙げられていたのは、2003年に初演した代表作『ダークマスター』の大阪を中心とした地方での再演および、その東京公演だった。これには、回転舞台の「はこぶね」とはまた異なった、ペニノの戦略があった。それは、舞台ごと自ら移動し、活動範囲を広げていく「はこぶね」に対し、小規模な旧作上演で、担い手と観客を増やす、同時多発的展開への取り組みだ。

    『ダークマスター』(2016年東京公演)撮影:堀川高志

    大阪の小劇場OVAL THEATERとの企画、協力で実現した同公演は、兵庫県の城崎国際アートセンターのレジデンスプログラムにも採択された。城崎、そしてOVAL THEATERでの稽古は、いずれも長い時間を自由に使える体制で行われ、作品のブラッシュアップを可能にした。また、キャストだけでなく、スタッフについても、地元で活動する人材が登用され、大規模な「ローカライズ」が行われたのだという。長年大阪で活動し、この作品で初めてペニノに参加、洋食屋の謎多きマスター役を演じたベテラン俳優・緒方晋は「グラスを振って氷の音をさせるとか、すごく要求は細かいんです。そういう具体的なことから、あたらしい効果や伏線が生まれてくる。だから、役者としては吐きそうで(笑)、5キロは痩せました。でも、こんなに達成感がある現場もなかなかない。どう演じるかではなく、そこに存在することの大切さも含め、いろいろ勉強させてもらいました」と語る。タニノによれば、『ダークマスター』はもともと、エンターテインメント性に富み、技術的に高度なぶん達成感を得られ、さらにはエキストラで地元民も採用できる、ローカライズ向きの作品だったという。「最初の大阪公演では、緒方さん以外はほとんど20代で、経験値もかなり少ない座組みでやりました。でも、昨年やった東京公演、大阪凱旋公演では、そのチーム自体が自立して動けるようになっていて。僕はほとんど手を出さなくてよかった。稽古期間もわずか2日で済んだんです。かかわる人たちが縦横無尽に動き回るシステムをつくれば、大阪に限らず、各地で『ダークマスター』だけのプロフェッショナルなチームをつくって上演することは可能だし、少ない人数でそれを実現できれば、当然、ギャランティーも均等でフェアなものになるはずです」。

    緒方晋さん

    マンションの一室を出ることから始まった「新たな『はこぶね』プロジェクト」の試みは、今も、ペニノの活躍の場とその観客層を着々と広げようとしている。『地獄谷温泉 無明ノ宿』は国内外で公演を重ね、再演版『ダークマスター』は大阪での凱旋公演も果たした。さらに、2017年からは、美術家、カスパー・ビヒナーとのMプロジェクトでの作品製作もスタートしている。
    所属俳優を持たず、タニノと周辺スタッフによる圧倒的な空間設計を軸にした作品づくりを行う庭劇団ペニノの活動は、小劇場演劇の展開としては特殊にも見えるかもしれない。だが、豊かなクリエーションのための時間をいかにつくるか、自らの作品をどのように社会に手渡すか、いかに持続可能な活動形態を考え出すかという視点から見れば、そこにはいくつものヒントを見いだすことができるのではないか。庭劇団ペニノの計画とその歩みは、自らのクリエーションの独自性を磨きつつ、多くのカンパニーが抱える課題の解決に挑んだモデルケースとも言えるだろう。

    後編(第2部:深堀りインタビュー)に続く

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