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アーツカウンシル東京ブログ

アーツカウンシル東京のスタッフや外部ライターなど様々な視点から、多様な事業を展開しているアーツカウンシル東京の姿をお届けします。

東京芸術文化創造発信助成[長期助成プログラム]活動報告会

アーツカウンシル東京では平成25年度より長期間の活動に対して最長3年間助成するプログラム「東京芸術文化創造発信助成【長期助成プログラム】」を実施しています。ここでは、助成対象活動を終了した団体による活動報告会をレポートします。

2018/05/30

第3回「より豊かな演劇のために-『つくり方』から模索し続けた庭劇団ペニノの3年間-」(後編)

※第3回「より豊かな演劇のために-『つくり方』から模索し続けた庭劇団ペニノの3年間-」(前編)はこちら

第2部 深堀りインタビュー アーティストと社会の新しい関係とは?
第一部のプレゼンテーションを受け、第二部では、長期助成の対象となった活動のその後の展開、長期助成の成果や課題を改めて整理するためのインタビューが行われました。中でも、創作のための場所の確保にまつわるタニノさんの発言に端を発した、登壇者、参加者のコメントは、ひとつのカンパニーの問題を超え、アートと支援機関、新しい公共のあり方までも示唆するものとなりました。

『地獄谷温泉 無明ノ宿』(2015年初演)撮影:杉能信介

―第一部では、青山のアトリエ時代から、昨年の『ダークマスター』の東京公演までの軌跡を、クリエーションの現場の視点からお話していただきました。今、改めて、この平成26年度から28年度までの3年間を振り返られて、どのような意味、どのような変化があったとお考えですか。

タニノ とても重要な時期だったんだろうと思います。夏目漱石のいう「利害の旋風」に巻き込まれることもなく、わき目もふらず、自分の表現をやれていた三年間だったと思います。

―そうした非常に充実した3年間を経て、昨年(2017年)は、ほぼ毎月のように公演をされていましたね。まずは、舞台美術家のカスパー・ビヒナーさんとのユニット、Mプロジェクトがスタートしましたし、『地獄谷温泉 無明ノ宿』の海外公演、『ダークマスター』の大阪凱旋公演もありました。非常に精力的に、活動を拡大されているような印象があります。

タニノ そうですね。8月から毎月公演をやっています。でも、そんなふうに意識してはいなかったですけどね。

―今回の長期助成の期間中に、何か困難や課題を感じられるようなことはありましたか。

タニノ これは岡田利規さんも言っていたことなんですけど、作品って、ワンステージごとに1歳年をとるんです。この『地獄谷温泉』も、今度、フランス・パリの公演に行くと、おそらく50歳くらいになると思います。僕、『アンダーグラウンド』の再演の時のインタビューで、「50歳になってようやくオリジナルのものをつくる」って言ってたんですけど、作品も同じで、50回、60回やってようやく一人前と思っているんですね。だけど3年間でそこにたどり着くのは、なかなか難しい。『地獄谷温泉』ではたまたまかもしれませんが、それを実現できました。『ダークマスター』もそうやって歳を取っていってもらいたい作品なので、3年と言わず、6年とか支援して……というのは冗談ですが(笑)、特に『地獄谷温泉』に関しては、そこに至るまでのサポートをしていただけたことが、とても大きいことでした。だから困難はなかったです。

―話の流れで、「先々のこと」についてもお伺いしたいのですが、タニノさんとは三十代の最後の3年間を、ご一緒させていただいたことになります。それで、これから40、50代に向かっていかれるうえで、アーティストとして、カンパニーとして、どのような目標、ビジョンを描かれているんでしょうか。

タニノ 演出家や劇作家がやっていくための道なんて、たぶん数パターンしかないんですよね。たとえばどこかの芸術監督になることもあるかもしれないし、コマーシャルな演劇の世界に行くこともあるかもしれない。「はこぶね」をもう一度つくるということもあるだろうし。

―「はこぶね」をつくる、というのは、青山にあったアトリエのイメージですか。

タニノ つまり、プライベートな空間を持って、そこを劇場にしてということですね。

―自分たちのキャリアをどう構築していくかという問題は、タニノさんだけでなく、多くの演劇関係者に共通のものだと思います。芸術監督になるという選択肢は、国内外を問わずということですよね。

タニノ そうですね。それができればいいかなとは思います。やっぱり東京芸術劇場を占拠するとか……(笑)。アンサンブルというか、俳優を構えてやれるところがあれば、ぜひやりたいと思いますけど。

―日本で今、レジデントカンパニーを持ってやっている公共劇場は、SPACくらいですよね。

タニノ そうです。僕に能力があるのかは別として、そういう状態が望ましいのかなとは思います。

―さきほどおっしゃったように、コマーシャルな作品をつくるという方向も考えなくはないんですね。

タニノ 実際、お話はあるんです。でも、台本を見せて「ね、ダメでしょ」といえば、たいていわかってもらえます。今までやってきた作品のうちどれでも1本を観せて、「これ、できないでしょう?」で終わりなんです。だから、かつてはたくさんお話があったし、色気づいてやったこともありますけど、もう、そんなことはないですね。今はまったくイメージがわかないです。

―ご自身がおつくりになりたいものが実現するのであれば、商業の世界も利用して、ということですか。

タニノ 自信を持ってつくったもので、ある程度幅広く受け入れてもらえるような作品って、だいたい5本、理想をいえば7本かなと思うんです。それを実現するまでは、たぶんどっちの道も選べないだろうと勝手に思い込んでもいます。たぶん、今、自分の中では、3本なんです。だからこの先、数年のうちにあと2本がつくりあげられたなら、その時にどうするかを考えると思う。このことは僕も、皆さんに聞いてみたいんです。アーティストの歳の取り方にはどういうステップがあるのか。日本の中だけじゃなくて、たとえばマックスにも、何かあれば聞いてみたい。

アッシェンブレナー 城崎アートセンターでも、タニノさんとそういう話をしたのを思い出しました。大切なのは、アーティストの発展というよりも、アートの発展だと思います。人は芸術に仕えるものですし、タニノさんは、まさに芸術に仕える人です。もちろん、いろいろな形の妥協を経て、コマーシャルな方向へ行くという選択は、可能性としてはあるでしょう。ただ、それだと、すぐに芸術が芸術でなくなってしまうこともある。また、年齢を重ねることで、妥協をしやすくなるという可能性も考えなくてはなりません。鉤括弧つきの妥協をしやすくなる段階が人生の真ん中くらいにはあるものなんです。タニノさんはまさに、今、そういう年齢ですから、そこで妥協を選ぶのか、あるいはもっと先を見据えた活動をするのかということです。ただ、もっと先を見据えるということは、とても複雑なことで、そこで大事になってくるのが、持続性をどう保つかという問題です。
何かの大きな機関、劇場といったものを引き受けることが変化につながるとは、私は思っていません。『ダークマスター』はまさに、自分で責任を負うのか、あるいは負わないのかといったことを含めて、自分がどうあるべきか、どんな姿があり得るのかという真理を描いた作品でした。さきほどタニノさんは、『ダークマスター』の経済性についてお話されていましたが、それこそ、ダークマスターとおなじように、前面に出ずに物事を進めることもあり得ると思うし、あえて責任を負わないという可能性もあると思うんです。大切なのは、自分に必要な構造はどういうものかをしっかりと読み取ること。自分が今、どのような関わりを持つことが必要なのかを見極めることです。タニノさんは自分のために使える時間を持てる構造、息子さんのために使う時間を持てる構造を見つけるべきです。そうやって、安心して仕事を続けられるような場を見つけることが、これからの発展につながると思います。
私は日本の演劇の状況を知らないので、どんな場所がこの国の中で、タニノさんにふさわしいと言えるのかまではわかりません。でも、この会場には、いろいろなかたちで演劇にかかわっていらっしゃる方がいるでしょう。実践的に活動している方、理論的な方面でかかわっている方、いろんな方がいらっしゃると思いますが、われわれ全員が常に意識しなければならないのは、芸術に仕えて仕事をしていらっしゃるタニノさんのような方がいるから、私たちの仕事もあるのだということです。そして、どうしたら続けていくことができるかを、全員が意識することが大事だと思います。

マックス=フィリップ・アッシェンブレンナーさん

―ありがとうございました。それでは会場の方からもご質問、コメントがありましたら、ぜひお願いいたします。

内野儀 批評をやっている内野と言います。私はアーツカウンシル東京のボードメンバーなので、もう少し具体的に、タニノさんのようなアーティストが芸術の発展にさらに貢献するために、アーツカウンシル東京として何ができるのかを聞きたいと思います。セゾン文化財団には森下スタジオがあって、それを3ヶ月間タニノさんに貸すという決断がされたわけですよね。アーツカウンシルとしては、少なくとも、官僚的かもしれませんが、「こういう主旨の助成がありますから、こうしていきましょう」ということについては、ある程度ちゃんとできていると私は思っています。ただ、それだけじゃないサポートも必要なわけです。アーツカウンシル東京の、たとえばほかの助成制度と比べて、よかったところ、もう少しこうした方がいいというようなところがあれば、ぜひアドバイスしてもらいたいと思います。

内野儀さん

タニノ 私のような作り方をする場合は、やはり「場所」というのはとても大きな要素で、今のクリエーションの方法でやれるところは、東京だと森下スタジオ以外にはないんです。実は、緒方さんと一緒にやった『ダークマスター』の大阪公演では、そこの小屋主さんが何か月でも使っていいよ、と言ってくれました。「いつまでいてもいい、どれだけ使ってもいい」と。そこは、グリッドなんかもちゃんとあって劇場として成り立っているけど、ほとんど使われていない場所です。だからやれた。天王寺の裏路地の小さな劇場ですけど。
実は今年の6月に新作を予定していて、それも森下スタジオでやります。僕の拠点は東京ですから、3年ぶりの完全な新作を東京で初演するというのはとても嬉しいことなんです。ただ、今、東京でやるなら、森下スタジオしかないというのが僕にとっての現状でもあって、それもいつまでも続くものではないと思っています。毎回、腹に出刃包丁を巻きつけてセゾン文化財団に行っても、「はいはい、また来たのね」と思われるだけだろうし(笑)。このやり方を続けるなら、いつか僕はどこかに行かなきゃいけない。仕込みも稽古も本番も、全部、長期でできる場所があるなら……森下だって、そういうふうに長期で使うようにはなっていないわけで。贅沢かもしれないけど、いいものをつくるためには、どうしてもそれが必要だし、そのための場所があるなら、どこの土地かは関係ないと感じています。

内野 その話は、タニノさんだけの特殊な話じゃないと思います。だから相手が都であれ、財団であれ、もっと言った方がいいです。鈴木忠志が利賀村に行ったのも、同じ空間に長期間にわたって集団で住む/棲むのでなければ立ち上がってこない演劇があるということだった。「なぜ、東京でそれができないんだ」ということはタニノさんにも、もっと主張してもらえるといいなと思います。

アッシェンブレンナー ちょっと不思議に思ったんですが、少子高齢化が進んで、日本の人口はどんどん減っていますから、場所はどんどん増えていくはずですよね。どこか空いているところはあるんじゃないですか。

タニノ 僕もそれを探しているんですけどね。たとえば僕は半ば渋谷に育てられたようなものですから、渋谷でどこかいい場所はないかと探したこともあります。渋谷にはラブホテル街がありますよね。あの辺りは、区が浄化しようとしていて、次世代に引き継ぐことができません。再営業ができない。ということは、おそらくあそこにはこれから、ゴーストラブホテルがたくさんできるはずです。あの巨大なラブホテル群がゴースト化するって、ちょっと面白くないですか。その中に「はこぶね」みたいなものがポッとできたりするといいなと思ったりはするんです。実際には、高齢化だけでは、東京の人口はそれほど減らない。だから場所が空くことはないかもしれません。でも、今言ったようにクリーンになりたいと思っている場所はあるので、そこにきっかけがあるかもしれないとは思っています。

加藤種男 私もアーツカウンシル東京のボードメンバーです。今のご指摘にあった「場所」ですが、現実には場所自体はあるんです。ただ、それを有効に使えていない。本来演劇のために使える場所も、極めて使い勝手が悪いまま、運営しているわけです。そういうことにもっと、知恵を使って取り組むべきだと思います。また、たとえば池袋の東京芸術劇場とアーツカウンシル東京は、直接の関係はありませんが、大元はどちらも東京都の文化政策の中で、同じ財団によって運営されているものです。ですから、政策課題として組み込むことができれば、実際に、東京芸術劇場をある程度占有していただくこともできるかもしれない。そこは、政策判断の問題ですから、それをアーツカウンシル東京も判断し、東京都に提案していくようにもならなければいけない。そういう可能性も考えていくという意味で、今日の報告は非常に有意義でした。

山口宏子(朝日新聞社) こうして一般にも開かれたオープンな場で、アーティストとそれを支える方が、経済的な問題までも含めて話す場はあまりないと思います。ペニノのマニアックな作品を論じるのではなく、社会の中に演劇をどう位置づけるか、その中でどのようにクリエーションを行うかということを、よくわかるようにお話されていたことが意義深いと思います。今は、アフタートークやプレトークといったかたちで、一般向けにアーティストが話をする機会が増えています。将来、クリエイターや制作を目指す人のためのワークショップもいろいろなかたちでされています。でもそれは、もともと演劇に強い関心がある人が対象で、アフタートークも、俳優さんたちや演出家が「今日の舞台のあそこに苦労しました」みたいな話をすることが多く、劇場に来た人たちだけのためのクローズドな場になってしまっていることが少なくない。ですから、こういうかたちでの発信、アーティストの方々が、どういうことを考えて、社会の中で舞台芸術をやっているかを、演劇関係者ではない人にも分かる言葉で広く発信していくことは、創造環境をよりよくしていくためにも大事なことですし、もっとこういう機会をつくっていくといいんじゃないでしょうか。
作り手側の考え方や思いが発信されることで、さっき話題になった場所の話にしても、もしかしたら「自分はペニノの芝居を観たことがないけど、うちの倉庫、空いてるから使ってもいいよ」みたいな人が、出てくるかもしれない。おそらく都内には相当数、そういう方はいらっしゃると思うんです。その時に、タニノクロウというのがどんな人かわからなくても、アーツカウンシル東京が間に入ることで貸し手が安心し、話が進めやすくなる、といったこともあると思います。お金を助成するだけでなく、いわば保証人のような存在になることでアーティストをサポートするということも、アーツカウンシルにはできるのではないでしょうか。芝居に特別関心がなくても、自分たちの持っている空き倉庫で芸術家が活動したり、そこにいろいろな人が出入りしたりすることに心の充足感や達成感を覚える人も増えるかもしれません。住民が芸術家と日常的にふれあったり、近隣の人通りが多くなったりすることで、地域が前より生き生きしてくるかもしれない。そういうかたちでの演劇ファンを増やすことも大事だと感じます。
日本の場合、プロフィットとノンプロフィット、コマーシャルとアートの間の線引きが、はっきりしていないという面があります。そこにもいい部分はあると思いますから、現状を否定するつもりはありません。しかし、たとえば新国立劇場でも、その成果を語る時、観客動員数と稼働率が物差しになっている。つまり、アートと公共がどう結びつくか、分かりやすい数字以外では説明されにくいわけです。ですから、もちろんタニノさんが、東京の、芸術劇場を占拠するのもいいんですが(笑)、東京全体を見た時には、今言ったような、アーティストと一般の人とが結びつく新しいかたちを提案することで、これまでにない公共のあり方が見出せる、そういう可能性があるんじゃないかなというふうにも感じました。

山口宏子さん

―貴重なご意見をありがとうございました。今のインタビューやコメントでも、アーティストを支えるわれわれに何ができるか、何をすべきかというところにまでお話が進み、ありがたく思っています。この長期助成の報告会は来年度も継続して開催しますので、お集まりいただいた方ともまた、対話の機会を持ちたいと思いますし、それを出発点として、より多くのご意見に耳を傾けられる場をもっと増やしていく努力をしていきたいと考えています。次回の長期助成報告会もご期待ください!

後方左から:松本ゆいさん、緒方晋さん、蔵原順子さん(ドイツ語通訳)、石川佳代さん、飯田一期さん、小野塚央さん(制作)
前方左から:佐野晶子SPO(アーツカウンシル東京)、マックス=フィリップ・アッシェンブレンナーさん、タニノクロウさん

庭劇団ペニノ
2000年1月、昭和大学演劇部メンバー有志にて「庭劇団ペニノ」を結成。自宅マンションを改造した劇場スペース「はこぶね」や野外での公演など、作り込んだ舞台美術とともに上演空間には透徹したこだわりを持つ。「フェスティバル/トーキョー09秋」や「ふじのくに せかい演劇祭」、「KYOTO EXPERIMENT」など国内の主要な国際舞台芸術祭に多数招聘。『苛々する大人の絵本』は09年にベルリン(ドイツ)、10年にチューリッヒ(スイス)、グロニゲン(オランダ)などで上演され、スイスの著名な演劇賞ZKB Patronage Prize 2010 にノミネートされた。2014年『誰も知らない貴方の部屋』アメリカ5都市ツアーを行う。2015年『大きなトランクの中の箱』がウィーン芸術週間、世界演劇祭(ドイツ)にて招聘され、ウィーン地元紙で五つ星の評価を得た。2016年『地獄谷温泉 無明ノ宿』ではヨーロッパ4カ国ツアーを行ない、好評を得、2018年フランス公演が決まっている。作・演出のタニノクロウは、2016年「地獄谷温泉 無明ノ宿」にて第60回岸田國士戯曲賞受賞。2016年北日本新聞芸術選奨受賞、第71回文化庁芸術祭優秀賞受賞。
http://niwagekidan.org/

登壇者プロフィール
タニノクロウ
1976年富山県出身。庭劇団ペニノの主宰、座付き劇作・演出家。セゾン文化財団シニアフェロー(2015年まで)。2000年医学部在学中に庭劇団ペニノを旗揚げ。以降全作品の脚本・演出を手掛ける。ヨーロッパを中心に、国内外の主要な演劇祭に多数招聘。劇団公演以外では、2011年1月には東京芸術劇場主催公演で「チェーホフ?!」の作・演出を担当。狂気と紙一重な美しい精神世界を表現し、好評を得る。2015年3月ドイツにて劇場レパートリー作品として「水の檻」を発表。2016年「地獄谷温泉 無明ノ宿」にて第60回岸田國士戯曲賞受賞。2016年北日本新聞芸術選奨受賞、第71回文化庁芸術祭優秀賞受賞。

Max-Philip Aschenbrenner マックス=フィリップ・アッシェンブレンナー
1981年生まれ。フリー・レイセンがテアター・デア・ヴェルトで芸術監督を務めていた2010年にアッシェンブレンナーはアーティスティック・コラボレーターとして勤務したのち、スイスのクリーンスにあるジュートボールの芸術監督に就任。その後、ウィーン芸術週間ではフリー・レイセンとともに企画に携わり、韓国・光州のアジアン・アーツ・シアターのドラマトゥルクを経て、国際舞台芸術ミーティング(TPAM2018)のでディレクション等も行っている。タニノ氏のヨーロッパでの公演のプロデュースなどを行った経歴から、本事業に関する第三者の立場から証することのできる者として依頼をする。

飯田一期(俳優)
映像系の音響効果の仕事を経て、2006年に庭劇団ペニノ「ダークマスター」を観劇、衝撃を受け、その次の公演「アンダーグラウンド」のオーディションを受け、出演。その後はフリーの俳優として、再演・海外公演も含め、年1、2回のペースでペニノに出演しつつ、五反田団、ままごと、田上パル、玉田企画、FUKAIPRODUSE 羽衣等に参加。現在、こまばアゴラ演劇学校゙無隣館”所属。ペニノ作品には「アンダーグラウンド」初演、「笑顔の砦」「星影のJr.」 ローラント・シンメルプフェニヒ「『前と後』(リーディング公演) 」「エクスターズ」「誰も知らまない貴方の部屋」「ちいさなブリ・ミロの大きな冒険」「大きなトランクの中の箱」に出演。 

石川佳代(俳優)
1944年横浜生まれの73歳。フリーランスのキャリア・カウンセラーを務めるかたわら、2006年4月に蜷川幸雄氏主宰のさいたまゴールド・シアターに所属。以来同劇団の稽古場公演、本公演の全作品に出演している(ただしそれまで演技経験は皆無で、文字通り“六十の手習い”で遅々とした歩みを進めている)。最近の出演作に「リチャード2世」「1万人のゴールド・シアター2016 金色交響曲」「鴉よ、おれたちは弾丸(たま)をこめる」再演、GEKISHA NINAGAWA STUDIO公演「2017・待つ」など。ペニノ作品には、「地獄谷温泉 無明ノ宿」が初参加。

松本ゆい(演出助手)
東京都青梅市生まれ。武蔵野女子大学人間関係学部人間関係学科卒。俳優、演出助手を経て、舞台美術家の濱崎賢二氏に出会ったことをきっかけに、美術を学び出す。現在、舞台美術研究工房 六尺堂において、東京の小劇場の美術を手掛けている。ペニノ作品には「大きなトランクの中の箱」「地獄谷温泉 無明ノ宿」に参加。

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