DANCE 360 ー 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング
今後の舞踊振興に向けた手掛かりを探るため、総勢30名・団体にわたる舞踊分野の多様な関係者や、幅広い社会層の有識者へのヒアリングを実施しました。舞踊芸術をめぐる様々な意見を共有します。
2018/10/05
DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(15)公益財団法人セゾン文化財団 久野敦子氏
2016年12月から2017年2月までアーツカウンシル東京で実施した、舞踊分野の多様な関係者や幅広い社会層の有識者へのヒアリングをインタビュー形式で掲載します。
DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(15)
公益財団法人セゾン文化財団
久野敦子氏
インタビュアー:アーツカウンシル東京
(2016年12月7日)
──ダンスの現状の変化や取り巻く環境の変化について、どのように感じていらっしゃいますか。
久野:自分がよく見るダンスの範囲でしか回答できませんが、最近、コンテンポラリーダンスは停滞しているという話を良く聞きます。コンテンポラリーダンスがダンスのどの部分を意味するのか、話の文脈によって異なると思いますが、個人的には、今、行われているダンスをコンテンポラリーダンスと大きく括くるのなら、その活動が停滞しているとは思っていません。というのは、ダンスをする人の数や範囲は、かつてないほど広がっていると感じているからです。
……JCDN ※1 の「習いにいくぜ!東北へ!!」 ※2 のように、ダンサーたちが地域の民俗舞踊を習いに行くと、それがダンサーにとっては創作の糧になるし、その地域の再生にも貢献できると思います。学校教育や福祉の現場にダンスが取り入れられたという話も聞きます。今まではダンスの分類に含まれていなかった、例えばストリートダンスから優れた作品が生まれていることや街なか、美術館、ネット画像、マスメディアなどでもダンスを見る機会が増えています。むしろ、ダンスは社会に浸透してきていると感じます。ダンスと関係のない分野の人たちがダンスの現状を見ると、むしろダンスは活況だと思うかもしれません。
……ただ、舞台芸術として劇場で見るダンスの存在は弱くなっていることは実感しています。残念なことに、ダンスを上演する会場が少なくなっているし、劇場作品の規模は小さくなっています。
──作品のスケールが小さくなってきているのは私たちも感じているんですが、そこにどういう要因があったのでしょうか。
久野:一つはカンパニーを維持していく経済的サポートが十分ではないという、経済的要因があると思います。作品のスケールを大きくするためには、制作体制を強化し、スタッフの充実をはかり、ある程度の規模のダンサーを抱えるためのカンパニーの経済基盤を拡大、維持していくことが必要です。もう一つは、作品が誕生するための創作環境の衰退があると思います。90年代の終わりから2000年代の初めにかけて、若いダンサー/振付家たちがカンパニーをいくつも立ち上げた時期には、多方面からダンス育成のためのプログラムがあり有機的に連動して多くの才能を支援する仕組みやフェスティバル、上演プログラムがいくつもありました。神奈川県や横浜市、伊丹市アイホールなどが行っていたダンスの育成や創作支援の事業は、現在活躍している多くの振付家を輩出しました。地域の劇場とダンスを結びつけたJCDNの功績も大きかったと思います。企業の芸術文化支援策も有効でした。例えば、つい先ごろ終了を決めたトヨタ自動車のトヨタコレオグラフィーアワード ※3 、東京ガスのパークタワー・ネクストダンス・フェスティバル ※4 などです。
……神楽坂のセッションハウスや神戸新長田のDANCE BOX、横浜のSTスポットなどの民間の小さなスペースでは、当時から現在まで継続して若手育成のプログラムを行っていますが、こういう地道な活動の積み重ねが重要だと思います。これらの場所から、「トヨタコレオグラフィーアワード」や「パークタワー・ネクストダンス・フェスティバル」などに登場する人材が生まれてきました。また、その二つのステップを、ブリッジする部分、中くらいの規模となる公演場所が無かったので、セゾン文化財団とパークタワー・アートプログラムの共催で「ネクスト・ネクスト・ダンスフェスティバル(パークタワー・ネクストダンス・フェスティバル・プレイベント ネクスト・ネクスト―次の次のダンスは森下から)」を実施したこともあります。小さいスペースから作品創作や発表を始めて、その後大きな会場でチャレンジする仕組みが、かつてと比べて少ないことも感じます。
……でも、80年代の助成金などの支援がなかった時代でも、素晴らしいダンス作品を作っていた人はたくさんいました。新しい表現に取り組むモダンダンスも活発でしたし、舞踏があり、勅使川原三郎さんが現れ、海外に招へいされる人もいました。何よりアーティストたちは自分たちでダンスの場と観客を開拓していました。だから、経済的支援の問題だけではないと思います。
……経済的な面での支援の力というのは重要だし有効ではありますが、助成はアーティストの活動や作品の発展に向けての後押しがその役割だと思っているので、もし、助成金からダンス活性化のブームのようなものをつくっていこうという考えがあるのであれば、その仮定に問題があるかもしれません。流行ではなく、継続して支援することが重要だと思います。
──セゾン文化財団へ助成申請をするアーティストの層に何か変化はありますか。
久野:申請件数のうちダンスが占める割合は90年代後半から2000年初め頃が高かったと思います。この5年ぐらいの申請件数はそれほど増減していません。カンパニーで活動する人が少なくなり、個人の振付家の申請が多くなったというのが最近の変化です。海外からアーティストを日本に招いて滞在制作やリサーチを支援する、アーティスト・イン・レジデンスを実施していますが、このプログラムへの申請者は、多くがダンス分野からです。演劇よりもダンスのほうが国際的な活動をする人たちが多いのかもしれません。
……セゾン・フェローというプログラムでは、若手から中堅のアーティストが支援のターゲットに設定されています。アーティストによっては、ひとりの人を10年ぐらい継続して支援しています。その後は、文化庁の中期支援のようなものや、アーツカウンシル東京のようなところが、支援し続けていくとか、公共劇場が芸術監督やレジデンスアーティストとして活躍できるようなポジションを提供するというふうに、他の機関が続けて支援するようになるといいですね。劇場や助成をする機関が増えているので、そういう効果的な連携や役割の棲み分けはもっと進んだ方がいいと思います。
──助成されている間はアドバイスもされるのですか。
久野:支援している期間は一緒に伴走している気持ちです。発表される作品もできる限り拝見します。アドバイスというよりも相談されたときにはできる範囲で一緒に考えます。それ以外には、お話を丁寧に伺うようにしています。質問もよくします。何か事業をたちあげたいといったときに、どうやってやるのか、何でそんなことをするんですかとか(笑)。おもしろいと思ったら感想をお伝えする。こんな人を探していると言われたら、できる範囲で紹介したり、海外のアーティストやプロデューサーと助成対象者を繋げたりもします。セゾンでアーティスト、制作者向けの英会話講座を実施しているのですが、これも、国際進出を考えるのであれば、英語はできた方が良いよね、というアドバイスのひとつかもしれません。
──コンテンポラリー以外の舞踊分野の申請状況について
久野:セゾン文化財団は芸術性を志向するコンテンポラリーダンスのイメージが強いようです。日本舞踊やフラメンコなど他のジャンルのダンスの方々からの申請はあまりありません。最近、ストリートダンス系の方々から申請をいただくようになりました。ダンスの分野によって想定している成功モデルや活動の目的が異なることに、今更ながら気付きました。商業でやっていこう、エンターテインメントでやっていこうと思っている人の成功像は、何千人もの観客を感動させる作品をつくること、かつ収益をあげることです。一方、芸術性を志向する人たちの成功像は、自分たちの新しい表現方法や社会的なテーマに取り組むことで評価を得ることが重要で、動員や収益は後回しという傾向がある。色々なタイプのダンスから申請書をいただくのは良いことだと思うので、セゾン文化財団の助成プログラムの目的に沿って、いま考えていること、目標としていることをうまく言語化して申請書にまとめてご提案いただけたらと思います。
──演劇とダンスのアーティストの違いについて
久野:演劇は言葉が重要な分野なので、演劇人の多くは言葉のプロフェッショナルです。また、創作は、劇作家、演出家、俳優、技術スタッフたちとの協働作業がベースにあるので、創作の中心人物となる演出家、劇作家の言葉に説得力と具体性があります。一方、ソロで活動することも多いダンサーは、身体のプロフェッショナルです。作品のこと創作に対する考え方などを言葉にすると、それらはとても抽象的で、知らない人には伝わりづらい。でも、ダンスの人たちは、そこに居るだけでその場を変化させる力を持っています。コミュニケーションの方法が、言葉よりもずっと率直で身体に伝わってくるというか。身体を軸に、二つの分野は強く影響し合っていますが、創作方法も考え方も随分異なる分野です。
──劇場など他の舞台芸術の関係機関との連携については何か取り組んでいることはありますか。
久野:国内では、公共機関やフェスティバルから会場提供の要請をいただいたときなど会場協力をすることは時々あります。セゾン自体が連携に向けて積極的に動くというよりも、支援しているアーティストたちや事業が作品を劇場やフェスティバルで発表することで、自然に繋がっていると思います。自主事業で実施しているレジデンスプログラムでは、海外のパートナー機関との相互交流の連携事業を進めています。
ダンスの歴史は短いけど、重要な作品はたくさん生まれているので、それらを残し、継承していくことをやっていかなければならないと思います。
──今の若い世代などは、かつてのスケールが大きかった作品を生で見て育っていないという時代になっていると思います。そのこともあってダンスをつくるときに目指すものが、自分の半径の狭いところになってきているような傾向もあると思うんですが。
久野:そうですね。作品の規模が大きければいいというわけではありませんが、1990年代に、ヨーロッパからピナ・バウシュやウィリアム・フォーサイスなどが来日したときに、当時の若手ダンサーや振付家たちが、新しいダンスの潮流に触れ「私たちもこれをやりたい」「こういうダンスでいいんだ」と影響を受けた。それで、ダンスの動きに変化が起きたというのはひとつの理由としてあると思います。ご指摘のように、今そういうものを見る機会は少ないですね。
……以前、ダンスアーカイブボックスというプロジェクトを、2000年代にダンスを始めて、いまを代表する活躍をしている振付家たちと実施しました。その中で、次の世代にダンスをどう伝えていくかというディスカッションを若い世代に参加してもらってやりましたが、彼らは知り合い以外の舞台をあまり見に行かないようなのです。ディスカッションに参加していた先輩たちの作品も、NHKで放映されたものを見たというぐらいでした。何か大きな時代のギャップを感じました。彼らが言う「見る機会がない」は、どういう意味を指しているのだろうかということも考えました。
……日本のコンテンポラリーダンスの歴史は短いけど、重要な作品はたくさん生まれているので、それは継承していくことをやっていかなければならないと思います。重要なことだと思います。何を残していくのかを決めることは難しいのですが、色々な価値基準を混在させたまま、アーカイブしていく必要があると思います。
……アーカイブ・センターのようなものはあったほうがいいと思います。そのセンターも保存するための博物館ではなくて、どんどん若い人が作品の参考として使っていけるような、なおかつ、そこで創作の実験もできるような場所があり、テクノロジーとの交流も、とか言っていると、すごく大きなセンターになってしまいますけど。本当にそういう場所が一つでもあると、随分、ダンスのシーンは違うだろうなと思います。
──舞踊の魅力や弱点はどう考えていますか。
久野:ダンスの魅力は限りなくあります。身体は人間の基本で、それを使って表現するというところに純粋に魅力を感じます。支援がなかろうが何がなかろうが、ダンスは必ず生活の中にある重要なものです。でも、舞踊の振興策とか助成の文脈で、予算対効果とか、スケールメリットはどうなのかとかの尺度で測られると、ダンスは市場も小さく観客も少ないし、歴史も浅いですし、残念ながら弱いです。
……海外の国々でもコンテンポラリーダンスの世界はそんなに大きくありません。日本とあまり変わらないかもっと小さい。それでも国がそれなりに支援していて、必要としている観客がいる様子を見ると、数字だけでその重要性を語ることはできないと思います。それぞれの地域の小さなネットワークでもダンサーたちが移動することで様々な場所と人が結ばれて、広がり、総体として大きなネットワークになっています。とくに、国際交流では、すごく重要な役割を果たしています。
──りゅーとぴあ ※5 のように、公立劇場が舞踊家を芸術監督に置いて、新しい舞踊文化の発信に取り組まれるところも日本に生まれました。なかなかそれが広がりませんが、芸術としての舞踊が社会の中でどのように役割を果たすと考えますか。
久野:りゅーとぴあは、舞踊家の芸術監督を置くことで国内外で広く注目される存在になっていると思います。地域への影響力も大きいのではないでしょうか。
芸術監督制度は、舞台芸術振興の政策として有効だと思います。公共劇場に演劇のほかにも舞踊専門の芸術監督の設置を公共ホールの必須条件にするというのも一つの方法だと思います。
……(レジデント・アーティストではなく)芸術監督がダンスの方向性を提示し、新作をつくり、国際交流にも力を入れ、ダンス公演の普及、若手育成、地域プログラムの実施など、幅広い活躍をしながらダンスの存在を関係者、市民に認識してもらい、社会の中で様々な人にダンスの可能性を問うていく、広げていくのは、理想的な方法かもしれません。でも、その場合は、異なるタイプの芸術監督が複数の劇場で活躍しているともっとよいですよね。
久野敦子
公益財団法人セゾン文化財団 プログラム・ディレクター
多目的スペースの演劇・舞踊のプログラム・コーディネーターを経て、1992年に財団法人セゾン文化財団に入団。2017年より現職。現代演劇、舞踊を対象分野にした助成プログラム、自主製作事業の立案、運営を担当。日々、舞台芸術のための新たなインフラ開発、才能発掘、育成のための支援策を考えている一般社団法人Dance Nippon Associates理事、京都造形芸術大学舞台芸術センター研究員など。
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