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DANCE 360 ー 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング

今後の舞踊振興に向けた手掛かりを探るため、総勢30名・団体にわたる舞踊分野の多様な関係者や、幅広い社会層の有識者へのヒアリングを実施しました。舞踊芸術をめぐる様々な意見を共有します。

2019/03/07

DANCE 360 ― 舞踊分野の振興策に関する有識者ヒアリング(22)株式会社パルコ 中西幸子 氏

2016年12月から2017年2月までアーツカウンシル東京で実施した、舞踊分野の多様な関係者や幅広い社会層の有識者へのヒアリングをインタビュー形式で掲載します。

株式会社パルコ
中西幸子 氏
インタビュアー:アーツカウンシル東京

(2016年12月20日)


──今日のパフォーミングアーツについてどのように見ていますか。

中西:先日、日生劇場でミュージカルを見てきました。舞台美術も衣装も映像も豪華なエンタテインメントで、客席も満員。歌を歌っている方たちは、みんな、レベルが高く、主役はもちろん、脇役も、本当に心を打つように歌っていたのですが、なぜかダンスが全然心に響かなくて。ミュージカルと謳われているにもかかわらず、何かダンサーが輝くようなステージになっていない。それは振付のせいなのか、見せ方のせいなのか。ミュージカルと言いつつも、踊りが置いて行かれているようで、ダンスを手がけるものとしては残念だなと思いました。
なぜ心を打たなかったのかを考えてみると、まず一つ、主役及びそれ以外の出演者というつくり方になっていたこと。もっとも今の舞台作品の多くは、そのように構成されているかと思います。でもDANCE DANCE ASIA(以下、DDA)※1 を手掛けて思ったのですが、DDAではダンサーは常に「あたしを見てよ」「僕を見てくれ」という姿勢で舞台に立っているんですね。出演者全員が、真ん中のポジションを取るにふさわしい表現を見せている。それがダンス公演本来の魅力なのかな、と。特に海外のコンテンポラリーダンスはそういう作品が多いですよね。

※1:DANCE DANCE ASIA -Crossing the Movements:国際交流基金アジアセンター、株式会社パルコ主催による企画。2014年に立ち上げられ、アジアのストリートダンサーらを軸にして舞台作品の共同制作を行うプロジェクト。

お金を払って見に来ていただく作品をつくるためには、環境整備が大事

中西:例えば50年前の映画を思い返すと、もちろん主役はすごいけれど、脇役も強烈で、だから作品全体のクオリティが高まるし、とても勢いのある表現になっている。そういった視点からも作品を俯瞰する大事さを改めて思いました。
前回のShibuya StreetDance Week(以下、SSDW)※2 の一環で、『A Frame』※3 に「高校生対抗ストリートダンス選手権」の優勝者がフロントアクトとして出演したときも、全員が主役として踊っていました。そこは魅力的なダンス公演をつくる上で、忘れてはならないポイントだと感じました。

※2:Shibuya StreetDance Week:新しい芸術文化としてのストリートダンスの確立と、ストリートダンサーの聖地である渋谷から世界へ良質なエンタテインメントを発信し、渋谷をより活力に溢れた街にすることを目的に開催される国内最大規模のストリートダンスの祭典。アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)とShibuya StreetDance Week 実行委員会の共同主催。株式会社パルコは企画・制作、事業運営を担う。(参照:http://www.streetdanceweek.jp/
※3:A Frame:2015年11月に渋谷区文化総合センター大和田さくらホールで行われた、国内外のバトル・コンテストで活躍する90年代生まれのダンサーによるダンスユニット「The90sJPN」に、同じく90年代生まれで、東南アジアから選抜されたダンサーが加わって、「The90sASIA」を結成し、14日間にわたる東京での創作期間を経て生み出された舞台作品。演出はoguri(s**tkingz)、Jillian Meyers、スズキ拓朗(CHAiroiPLIN)の3名。国際交流基金アジアセンター、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、株式会社パルコの共同主催。(参照:http://dancedanceasia.com/the90sasia/

──創造環境の状況についてはどのようにお感じでしょうか。

中西:お金を払って見に来ていただく作品をつくるためには、やはり環境整備が大事だと思っています。演劇では弊社も含め、Bunkamuraさん、大きい事務所や東宝さんなど、きちんとお金を出して制作する環境があり、しっかりしたものをつくれます。けれども今、自分が関わるストリートダンスに関しては、そういった環境がほとんどありません。主体的に1年に1本か2本、自主公演を開催しようというカンパニーが、リーディングカンパニーの中に10団体あるかどうか……。そうした団体ではきちんとしたリハーサルをするため、みんなが集まっての練習を心がけていますが、ストリートダンス一般では、それが難しいのかもしれない。
例えば去年『A Frame』の公演後、あるメンバーが「2週間、朝から晩までリハーサルして、作品を作るのは初の体験だった」と言っていました。日本のThe90sというユニットに所属し、定期的に公演を行う機会があるダンサーが、です。数週間にわたってリハーサルをせずとも、70分程度の公演をつくれるのはすごいこと。でも、よりおもしろいものをつくるためには、やはり制作環境のインフラ整備が大事なのではないかと思います。
例えば生活の糧を得るために働いた後、夜中にクリエイションで体を酷使するような環境は生産的ではありません。きちんとしたクリエイションやリハーサルができる環境、その成果から収入が得られる体系を整備することは、舞台作品を制作する上での根本です。しかし現状ではストリートダンスでもコンテンポラリーダンスでも、そうした環境が整備されているとは言い難い。その点ヨーロッパは、やはり2歩も3歩も先を進んでいると実感します。

──もっと力のある作品をつくれるような環境整備について、ストリートダンス分野ではどうですか。

中西:パルコの商業施設全体の売り上げに対して、エンタテインメント事業部の売上は3%程度です。でもパルコでは、エンタテインメント事業部は他の商業施設との差別化のためにあるという認識があり、それが社風になっています。だから売り上げや集客目標など数字の管理は厳しくても、その中で新しいことに挑戦できる。そして、時間と労力がかかる効率の良くない企画でも、会社自体に体力があるから、インキュベーションという視点から許されていると思います。それは小さい企業だと困難だと思います。

──投資してくれるというか、そういう視点があるということですね。

中西:ええ。そして一つの文化が産業になることが重要だと思います。我が国にとって自動車産業が重要なのは、糧を得ている人たちが500万人以上もいる基幹産業だから。だから発展させるための政策が練られるし、補助金も出るわけです。舞台事業でもそのように経済発展の一躍を担えるようになりたいですね。

(公的助成の)「公平性」というのは、すごく危ない言葉だと思うんですよね。

──アーティストの社会的地位についてどう考えていますか。

中西:4、5年前に韓国へ行った際、文化で起業する若者が多かったのが印象的でした。大学を出たばかりの2、30代の若者が、大きな希望を持って文化を職業に選ぶわけです。そこが日本とは、文化に携わる者の社会的地位が、根本的に違うと思いました。
日本では「芸術・文化」イコール「社会から外れてしまうアウトサイダー」ではないけれども、そういう偏見も一部にある。以前、メジャーな活動をしているダンサーが、警官に職務質問で職業を聞かれたときに「ダンサーです」と答えたら、「ダンサーは職業じゃないだろう」と言われた、というエピソードをツイートしていましたが、それも現状でのダンサーの認知のされ方を示す一例ですよね。だから、好きだから続けたいと思うダンサーが多くても、「でも、それで生活できるのか?」と立ち止まらざるを得ない。国外では芸術家としての将来にも希望があるように思いますが、日本には見通しがないのかもしれない、と思うこともあります。

──公的支援の在り方として今、何が必要でしょうか。

中西:SSDWは、まずは体力のある企業だから出せる企画であり、公的な組織が関わるから実現できたものです。スポンサーもなしに代々木公園で無料のフェスティバルなんて、普通ならまずあり得ません。ですから官民共同作業という要素は重要だと思います。
コンテンポラリー関係者とお話をすると、コンテンポラリーにはかつて比較的助成金がついた時代があり、当時の状況を「それに甘んじてしまっていたのではないか」と厳しく指摘される方もいます。そうした過去を踏まえると、私は助成する側が多くの作品を見て、主観で重点的な助成を行ったほうがいいと思うのです。
かつて音楽公演を制作していたときは、フランスのいろいろな助成団体の支援を受けました。フランスの各団体の担当者は毎日、実にいろいろな公演に足を運んでいるのですね。だから彼らは、評議員の人たちに「これを推薦したい」という根拠となる言葉を持っている。それは助成にあたって非常に大事な点だと感じました。彼らはシーンを発展させるため、主観的に助成したい活動を見つけて支援しています。その代わり、きちんと結果も出してもらうように助成対象にコミットし責任もとる。細かいことはとやかく言わないけれど、要所要所では「ここはこうしない?」「いや、そこはこういう理由で、この方向でやっているんですよ」と心と心が通じ合わせ、本音でやり合うんですね。

──公的セクターから支援という立場でも目指すところは一緒に共有できると。

中西:熱意がなかったら伝わらないし、生ぬるくなってしまいます。その代わり、きちんと自分でも責任をとる。助成する側もそういう姿勢で対象に関わることが必要かと思います。

──公的支援においては公平性が指摘されることも多いと思います。

中西:その「公平性」というのは、すごく危ない言葉だと思うんです。「去年この人に助成したから、今回はこの人じゃなく別の人を選ぶ」という表面的な公平性。努力して助成金を獲得し、それによってどのような成果物を生んだのか、それ次第で助成を継続することもまた、公平な評価だと思います。

1万人集客できるようなエンタテインメントをつくらなくてはいけないと言われていて。そのための一つの手段は、スターをつくることだと思います。

──ストリートダンスの観客市場について

中西:2016年11月に東京芸術劇場シアターウエストで実施した『東京ゲゲゲイ歌劇団』は、8回公演2,000席がほぼ即完しました。s**t kingzも 4,000席ぐらいは即完できる力を持っています。
「ASTERISK」※4 も、5,000~6,000人ぐらいの集客力です。但し、プライベート企業のプロデューサーのミッションとしては、1万人集客できるエンタテインメントをつくらなくてはいけないと言われています。そのための一つの手段は、スターをつくることだと思います。まず1人。それは演出家でもいいし、表現者でもいい。誰か1人出てくると、それに追随しようともっともっと業界が盛り上がってくるのでは。公益文化事業とは少し離れた観点ですが、そういうところを目標にしていかないと誰もハッピーになりません。

※4:ASTERISK:「その時代に輝く最高峰のダンサーで作り上げられる進化系ダンス・エンターテイメント」2013年、2014年には長谷川達也(DAZZLE)、2015年、2016年には東京ゲゲゲイのMIKEYが演出を務める。参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/*ASTERISK

──スターを育てる、あるいは見つけるには、何が必要ですか。

中西:それには「絶対に彼、彼女はいい。一緒に仕事をしたい、向き合いたい」と自分の心が動くということしか、おそらくないかな。
ダンサーだったら、そのダンスが心に響く人ですよね。心を動かす身体表現ができる人。それは別にストリートダンスに限らず、コンテンポラリーでもバレエでも日舞でもそう。まずは心に響くかどうかが重要です。その次に、その人とどのようにつき合っていくのかということ。キャストとしてか、演出家としてか、あるいはもっと違う形なのか、というプロデュースする視点が必要になります。そうたくさんはいないとは思いますけれども、心に響くものを持つ人は必ずいる。そして、その人の輝かせ方は一つではないと思います。

──今の時代における新しいスターに出会って見つける、その可能性や手応えというのは何かお感じになりますか。

中西:ストリートダンスには大きな可能性があると思います。例えば菅原小春さん。2015年5月の「ASTERISK」に出演していただきました。声をかけたのが前年の9月ぐらいだったんですが、それがまさにブレイクする直前。もともと注目されていましたけれども、年末年始からだんだん大きいプロジェクトに声がかかり、「ASTERISK」終了直後にはスティービー・ワンダーとTDKのCMに出演したり、「VOGUE」のウーマン・オブ・ザ・イヤーに選ばれたり。あるいはリオ五輪のハンドオーバーセレモニーで出演したAyaBambiさんたち。東京ゲゲゲイにもすごくスター性がありますし、s**t kingzも踊りが上手くて実はアイドル的なところもある。

──ストリートダンスのプロデュースを始められたのはどのような経緯だったのでしょうか。

中西:2008年ぐらいにたまたまパリに出張したとき、コメディフランセーズというフランス演劇最高峰の国立劇団に所属する、友人の人気俳優から勧められたのがストリートダンスの舞台公演だったんです。「ロミオとジュリエット」のストリートダンス版でした。それまであまり面白いダンス公演を見てこなかったので非常にショックを受けましたね。舞台美術も音楽も魅力的で、何より「踊りを見た」という満足感がありました。満員の客席には10代から70代まであらゆる世代がいて、スタンディングオベーションではみんなが拍手喝采。それを見たときに「これは日本に絶対持っていきたい」と思ったのです。また、(かつて勤めていた公演制作会社)カンバセーション時代には、自治体や国と仕事をする機会があったので、この企画は官民共同でできる事業ではないかと思いました。
そこからストリートダンスの舞台公演を日本で実現したのは2011年のことです。でも、私たちが手がけた公演を(批評家で)ごらんになったのは、石井達朗さんと乗越たかおさんぐらいだった。みんな、声をかけてもなかなか来てくださらなくて。それがだんだん注目されるようになり、いろいろな方がアドバイスをくださるようになりました。何とかもう一頑張り二頑張りすればマーケットが築けて、集客できるジャンルになるのではないかな、と手応えを感じているところです。

──そのストリートダンスを取り入れたホールでの作品公演ということですよね。舞台芸術としてのストリートダンス。

中西:まだまだ粗削りで芸術という域には達していないのですが、それを目指してやっていきたいですね。バトルでもなくコンテストでもなく、舞台作品だからこそ、より多くの人たちにダンスの魅力を共感してもらえるのではないかと思うので。まだ小さなフィールドではあるけれどもダンスファン、演劇ファン、音楽ファンを取り込んで、将来は現代的な総合芸術をつくっていくことができるのでは、と思っています。
DDAも、文化交流という視点ではアジアはおもしろいのですが、アートばかりではなくエンタテインメントも取り入れないと「勉強になったな」とは思えても、「すごくおもしろかったよ」という公演にはなりにくいんですよね。
やはり「次もまた行きたい」と思うようなものをいかに仕掛けるかが、次に繋がるかどうかの分かれ目ですから、そこは本当に真剣に考えていかなくてはいけない。例えば作品性とか構成力を備えるために、演劇やコンテンポラリーの人を起用するといったことですね。そういう意味では今になってようやく、さまざまな手法を取り入れるための、スタートラインに立てた気がしています。5年前に始めたときには、いろいろアドバイスをいただいても、自分の中で腑に落ちない部分もありましたから。「コンテンポラリーを取り入れると、ストリートダンスの良さが失われてしまうのでは?」と少し反発するようなところもあったのです。でも、ようやく「コンテンポラリーの人にこういうところをアドバイスしてもらいたい」とか、「演劇のこういう要素を導入したらどうかな?」というポイントが、本当にちょっとずつですが見えてきました。

──坂東玉三郎さんが演出した、DAZZLEによる『バラーレ』は、やっぱりちょっと新しいですよね。あれはどういうふうに見ていますか。

中西:ストリートダンスではいかに速く踊るかが重視されていて、神業的な動きが揃うところが醍醐味の一つとしてあります。玉三郎さんはその一つ一つの動きを解体し、非常にゆっくりとした振付にすることで、全ての瞬間が美しく見えるように意識なさったのではないでしょうか。作中にあるマーラーの楽曲を踊る景を見て、そう思いました。それはストリートダンサーからは生まれない、玉三郎さんだからこその発想です。DAZZLEがそのような発想を元に鍛えられたのだとしたら、その経験は彼らにとってすばらしい財産になったと思います。

──ゆっくりな動きも、進化していけるということですね。

中西:ゆっくりした動きで人を魅了するのはすごく難しいこと。それは日本舞踊でも変わりません。それができるのはジャンルを問わず、ダンサーとしてすごいことです。

──そういうちょっと別の分野の舞踊とかの中で、そのような新しい表現にも出会って、進化していっている。

中西:ええ。おそらく玉三郎さんの中でビジョンがはっきりされているから、DAZZLEにもそれがきちんと伝わったのだと思います。そういう意味では、お互いのことをどうやって理解し、なおかつどうやってダンサーが魅力的に見えるステージをつくるのか。これは今後の課題でもあります。

──最近拝見している作品は、比較的ストーリー仕立てのものが多いと思うんですが、作品として物語が軸にあったほうがいいというお考えがあるのでしょうか。

中西:先日公演が行われた、東京ゲゲゲイやBLACK LIP BOYZは、ストーリーを断ち切って踊りを前面に打ち出すことがテーマになっていて「ダンスの本質とはこちらかもしれない」と感じさせるような作品になっていました。
でも、そこは作品によって、いろいろ変化していくだろうと思います。演出家、演出助手やドラマトゥルクを起用したり、ストーリーの部分を少し補強したりということもあるでしょうね。

人が持っているいろいろな意味でのコンプレックスを何かプラスに変える力が、ダンスの中にはあるのではないかなと思います。

──今、ストリートダンスの観客層はどのようになっていますか。

中西:当初はダンサーが中心でしたね。でも先日のDDAはやや客層が広かったように感じました。東京ゲゲゲイのファン……、おそらく10代、20代の観客にはゲゲゲイのファンが多かったと思います。

──どのあたりまで観客層は波及していますか。一般の会社員や若い方なのか、あるいは美大生、音楽ファンといった文化(カルチャー)が好きな方々が見に来ているのでしょうか。

中西:そこはゲゲゲイとs**t kingzでまた違うんですね。s**t kingzは音楽ファンの人が多いと思います。三浦大知さんの振付やバックダンサーも担当していますから。
また、ダンサーにはバトルやコンテストなどの競技を目指すダンサーもいれば、主に振付に興味を持つダンサーもいますが、この3年くらいは競技志向のダンサーの間でも振付作品に注目が集まっています。例えばEn Dance Studioという大手のスタジオには振付中心のインストラクターが集まっています。s**t kingzの観客には韓流ファンも多いです。韓国のBIGBANGや、EXOの振付をしていますから。ちなみに韓国では誰が振り付けた楽曲なのか、観客もそこを意識している。作詞作曲とともに振付家もクレジットされるなど、振付家が尊重されています。
話は変わりますが今年の、「トヨタコレオグラフィーアワード」に行きました。15年目にして初めての観劇だったのですが、そのときにまず感じたのは、すごく地味だなということ。
例えばストリートダンサーたちは、いかに格好よく見せるかを常に考えていて……、高いものを着てはいないんですが、チープな中でも着こなしを工夫する。第一印象を大事にしているんです。
「トヨタコレオグラフィーアワード」でも、「楽しそうに」と言うと単純すぎるでしょうけど、もっと魅力の出し方を工夫して欲しかった。平原慎太郎さんの作品だけが唯一、ステージに色彩を加えるような衣装がよかったけれど、それ以外の人たちは地味。もう少し工夫するだけでもっと魅力的に見えるのに、と残念な気持ちになりました。
ストリートダンスではヒールで踊ったり、厚底靴で踊ったり、みんないろいろ工夫しています。表現したい世界観を立ち上げるために、衣装もとことん突き詰めているのです。例えアマチュアの発表会へ行っても、そこはみんなこだわっている。ささいなことのように思えるかもしれませんが、細かなことにこだわることで生まれる楽しさは、ダンサーにとっても観客にとっても大事なポイントだと思っています。
舞踊評論家の石井達朗さんが、ストリートダンスにはコンテンポラリーダンスが忘れていたことが二つあるとおっしゃっていて。一つはスキルを磨くということ。もう一つはエンタテインメント性。この二つに背を向けてきたことが、現在の低迷に繋がっているのではないか、と。

──そういう意味で、東京ゲゲゲイが評価されたという。確かに強いスキルもお持ちだし。観客を前にして見せるということをすごく考えているなと。

中西:彼らも専用のスタジオがあるわけではなくて、狭いレンタルスタジオを自分たちでお金を払って借りています。3分や4分の作品を発表するに当たり、40時間とか50時間とか、自分たちで徹底的に練習して上演しています。それだけ踊り込んだものを見せるので、パフォーマンスにすごく厚みを感じますね。それはs**t kingzも同じです。

──いろいろなダンスがある中で、ストリートダンスが社会の中でどういう意味があると思われますか。

中西:ストリートダンスには、まだあまり実績がありません。その分、たとえ批判されたとしても、ダンスを不当にけなしたのでなければ、好奇心を持っていろいろと吸収していく柔軟さがあると思っています。もっともバトルに挑戦しているダンサーたちには「文句があるんだったらバトルで勝てよ」というような意識はあるとは思いますが。
また、社会における一般的な価値観……、例えば高学歴、高収入といったものとは、全然違う価値観を持っている人が多い。もちろん一般的な価値観を持っている人もいますが、お金持ちになりたかったらダンサーにはなっていないと思います。
そういう意味では、一般社会とは異なっても揺るぎない価値観を持つダンサーがたくさんいます。それはすごく素敵なことだと思いませんか? そこには枠にはまったエリート意識とは全然関係なく、新しい価値をつくっていこうとするエネルギーがある。それは貧困、LGBT、自閉症といったさまざまな問題を抱える今の社会の中で、自分を表現できない閉塞感を打ち破る力になるのではないでしょうか。だから私は、ダンスには誰もが抱えるコンプレックスを、プラスに変える力があると思っています。そしてダンサーを志す子供たち、ダンスを踊る多くの子供たちはとても健全ですし、ダンスが大好きだからこそ、ダンスが否定的に捉えられるような行為はしたくないと思っている。だからゴミをゴミ箱に捨てたり、礼儀正しくふるまうといったことを、きちんと意識している子供が多い。

──近い距離で接していると魅力や強みが分かって、信じられるところがあると思うんですが、全く興味のない人とか、世間一般の中で、「ダンスっておもしろくないじゃん」と思う人たちが、やはりいたりする場合に、どんな言葉で、その価値を訴えていけるかなと。

中西:それは、おもしろい作品を紹介することに尽きると思います。例えば「ASTERISK」は、初めてダンスを見に来る観客も多く、年配者のアンケートには「ステージの上で若いダンサーたちが、一生懸命に演じる姿に感銘を受けた」と答えた人たちが多かった。DDAのアンケートでも「ひたむきな姿に共感する」との回答が異口同音に寄せられました。それをカタチにしていくのが私たちの使命ですよね。おもしろい作品をつくり、お金を集めて、またおもしろい作品をつくり、お金を集めて……、という連鎖反応を作っていく。それはコンテンポラリーアートにおける成功例に、似ているのではないかと思います。
20年ぐらい前、コンテンポラリーアートには「わからないもの」という印象がありました。ですが、作品の置かれた環境や、その背景にある政治や社会、クリエイター本人のメッセージを説明することによって、多くの人たちが共感できるようになり、それが新しい価値観の創造に非常に役立ったと思います。また、そうした工夫によって、多くの人が面白い作品を目にする機会をふやしたからこそ、これだけのブームになっている。コンテンポラリーアートの成功を見ると、ダンスにも同じように多くの人に共感してもらえる可能性があるように思います。

──ピナ・バウシュのような巨匠の大作はチケットがあっという間に売れるんですが、中堅、若手は、そんなに売れない場合も。この差は何だろうと。もっと繋がっていくといいと思うのですが。

中西:「すごい!」と思わせるだけの、振り切れた表現があるステージかどうか。そこが重要ではないでしょうか。

──情報の効果的な広め方など、どうしていったらよいのでしょうか。

中西:発想は変えたほうがいいと思っています。今回のDDAでは、一般媒体にはほとんど告知が掲載されませんでした。でも、おもしろい映像をつくってYouTubeなどにアップするなど、SNSで発信することで効果をあげました。ただし、SNSで発信する人は非常に多いですから、その中に埋もれない、おもしろいものをつくらなければいけない。だから映像制作にはお金をかけています。アンケートでの「なにでこの公演を知ったか」という質問には、雑誌や一般紙という回答はほとんどなく、やはりTwitter、FacebookなどのSNS、あとはチラシという回答が多かったですね。
若い子たちはわからないものにはお金を出さないけれど、「これは」と思ったものにはきちんとお金を出します。そこにいかに訴えるか。DDAもそれが課題ですが、来年はもう少し映像を中心にするなど、メリハリをつけた効果的な宣伝方法を考えています。また、今は携帯で手軽に映像を撮影できるようになったので、共感して映像を撮影し、それを発信してくれる仲間を増やすのも重要ですね。

アーティストとかプロデューサーの人たちがもっと負担なく使える創造環境が必要で、それがあると、もっともっと変わってくるかなと思います。

──DDAもSSDWも続いていくことと思いますが、何か今後のビジョンや、やっていきたい方向性など、今どんなことを考えていますか。

中西:DDAでは2017年4月に、今回の東京公演に参加した3人の演出家のうち、2人の出身国で公演を行います。さらに2018年3月には今回上演した3作品のうちの一つを長編化し、新規の2作品とともに東京芸術劇場で上演します。ですが今後はアジアだけではなく、やはり欧米に出ていきたい。パフォーミングアーツに対して、本当に目の肥えた人たちに向けて作品を発信して批評や批判を受けたいし、新しいファンを開拓したいですね。
来年(2017年)は日中国交正常化45周年ということで、国際交流基金が中心となって記念事業として歌舞伎を中国に持っていきます。再来年は日中平和友好条約締結40周年ですので、若い世代の交流に繋がるということでストリートダンス公演を選んでいただいたので、中国でも公演を行います。
東南アジアは人口の平均年齢が若く、ネット環境が整備されているので、若者はYouTubeで世界中のダンスを見ています。今やストリートダンスは、サッカーと同様に、若い世代の共通言語です。どこの国でも若者に熱狂的に受け入れられている。それはコンテンポラリーと異なる点です。ただ、DDAも今はストリートダンスの舞台公演という部分を強く打ち出していますが、近い将来には「ストリート」という言葉を取り、あらゆる種類の身体表現を含むものとして打ち出していきたい。ダンスだけですと、コンテンポラリーと混同されてしまい差別化ができません。一方、我々の公演も「ストリートダンス」本来の定義を拡大解釈しているので、当然ながら批判もあります。特にバトルを中心に活動するダンサーたちからは「本来のストリートとはちょっと違う」という声があるのも事実です。

──この前フラメンコの企画もやっていらっしゃったと思うんですが、ほかの舞踊の分野を見たときに、何か思うことはありますか。

中西:フラメンコについては我々の打ち出し方の問題で、フラメンコ界から外の客層へのアプローチが十分ではありませんが、表現自体はどんどん進化していると思います。10年ほど前、スペインの国民栄誉賞をもらったあるフラメンコダンサーが話していたのですが、スペイン国内ではフラメンコに対して差別意識があり、「ジプシーがやっていた芸能であり、芸術ではない」というレッテルが貼られていたそうです。しかし今では、そんな偏見を払拭するだけの目覚ましい実績を上げて、芸術にまでに高められています。伝統と革新の両方をきちんと併せ持っているからこその可能性を感じますね。
バレエは多くの振付家・演出家によって、今後もおもしろい作品が生み出されていくのではないでしょうか。演目はすごく普遍的でも、オペラと同様にさらに斬新な表現が生まれてくると思います。ダンサーも非常に訓練されているので、表現の豊さや多様性を持っていますよね。

──一番最初の質問に戻るんですが、今、舞踊分野の発展のために実現すべき支援策はなんでしょうか。

中西:舞踊専門の劇場や、廉価で使用できる稽古場ができるといいですね。欧米は、ほとんどの大都市に舞踊専門劇場があります。本当に日本ぐらいです、舞踊の地位がこれだけ低い国は。

──パルコさんは、ふだん稽古とかはどちらで?

中西:新宿村スタジオです。芝居は1作品で2ヶ月くらいの期間を借ります。ホール代も稽古場代も高いので結局、それがチケット代にはね返ってしまいます。もう少し安い金額で公演が見られたら、よく知らない公演でも試しに見てみることができると思うのです。
ともあれ、アーティストやプロデューサーが、過大な負担なく使える創造環境が必要です。それを実現することができれば、状況も変わってくると思います。直接助成には限度があるので、やはりインフラを整えていただけるとありがたいですね。


中西幸子

株式会社カンバーセーションにて、ジェーン・バーキン、騎馬オペラ『ジンガロ』、横浜みなとみらいを劇場にした野外スペクタクル『Les Mécaniques Savantes (博識な機械)』を初め、欧米、アジア、アフリカ、中南米などの世界中から多ジャンルの招聘公演を企画制作。
2011年3月株式会社パルコ入社、プロデューサーとしてストリートダンスの舞台公演ASTERISK、東京ゲゲゲイ、s**t kingz、また国際交流基金アジアセンターとの共催事業DANCE DANCE ASIA、アーツカウンシル東京と共催のフェスティバルShibuya StreetDance Weekを手がける。

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