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コラム & インタビュー

アーツカウンシル東京のカウンシルボード委員や有識者などによる様々な切り口から芸術文化について考察したコラムや、インタビューを紹介します。

2013/01/27

アーツカウンシル東京の発足にあたり
東京芸術文化評議会会長 
福原義春氏講演より

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アーツカウンシル東京正式発足フォーラム(平成24年11月5日東京文化会館於)講演より抜粋

 アーツカウンシル東京の発足にあたり、その設置について何年間か議論を重ねて提案をした東京芸術文化評議会の会長として、その経緯について説明いたします。
 2007年12月に東京都が設置した東京芸術文化評議会は、芸術文化に関する諸政策を国と都が協働して推進するために、「文化芸術の力で日本にクリエイティブな活力を」という提言を2010年に発表しました。その骨子は、まず第一に、文化を成長戦略の重要な軸としてとらえて国策を再構築し、文化への投資で日本に活力を与えるというもの。二番目に、次世代の人材育成や民間による文化芸術支援を促進していくこと。さらに三番目の提言として、国と地方が各々のタテ割りのミッションを超え、さらに官民が協力できるような仕組みづくりについて言及しました。
 その三番目の提言、具体的な「仕組みづくり」について評議会で議論を深めた結果、2011年10月27日の文化都市政策検討部会で、芸術文化の推進体制に向けてアーツカウンシル東京の設置を報告した次第です。

 私は本来、企業経営者ですが、これからの社会における企業のあり方を模索しているうちに、文化を基軸にして企業を変革しなければならないと思うようになりました。
 そもそも20世紀までの企業活動は、短期的な利潤の追求に重点を置きすぎ、極端に言えば企業は自然環境の破壊や人間性の喪失につながるような、社会に負荷をかけながら巨大化していく怪物のような存在になってしまいました。私は、その原因は、単なるお金とモノの交換、あるいはお金とサービスの交換だけを資本の流れとする現在の資本主義社会の原理にあるのではないかと疑うようになりました。そして、社会をよりよく動かすための新しい原理として、「文化」という要素を企業経営の基軸に置くことができないかと考えたわけです。そして、企業経営に必要な要素として考えられてきたヒト・モノ・カネに、もう一つ「文化」というものを第四の要素として加え、拡大再生産が可能なストックとして文化をとらえる、「文化資本経営」を提唱してきました。
 さらに、様々な試行錯誤をしながら、文化的な要素で個人の人間力を最大に引き出し、文化的な多様性を取り入れて組織を活性化することで、絶対価値の創造ができるのではないかと考えました。今、多くの組織や個人が相対価値の競争に陥って悩んでいる中で、絶対価値を確立できれば持続的な成長も可能であるという確信を得たのです。企業組織、企業経営の変革を考えているうちに、組織の社会性や文化の重要性に改めて気づいたのですが、さらにその延長線上で、文化を基軸としたイノベーションは、非営利の組織づくりや地域政策などにも応用できるのではないか、この考えで、企業だけでなく社会全体を変革できるのではないだろうかと思うようになったわけです。
 このように文化を基軸とした社会変革を考えていた時に、当然、英国のアーツカウンシルのことが頭に浮かびました。ただし、いろいろな点から、英国の制度というのは必ずしも日本の制度にはなじみません。ひとつには、アーツカウンシルは運営も予算も完全に独立していますが、日本ではなかなか難しいということがあります。とはいえ、このように財政・行政とアームズ・レングスの距離にある、政治と無関係な機関で文化をハンドリングするということも、日本の文化政策のあるべき姿のひとつではないかというふうに考えています。
 そもそも日本文化は、江戸時代の一部の大名による稀な例を除けば、基本的には民間の力による創造と発信によって推進されてきたもので、国家や政治によるコントロールとは必ずしもなじまないと私は考えてきました。そこで先述のように、財政・行政とアームズ・レングス関係の、つまり互いに適度な距離で牽制し合いながら独立性を保って活動できる機関を、日本の社会あるいは政治の中でどう作ることができるのかということを、皆さんと一緒に研究しました。そして一番インパクトの強い方法を考えたとき、やはり日本の首都であって世界最大のメガシティである東京に、そのような文化装置をつくることが必要ではないかと考えました。このような経緯から、アーツカウンシル東京はそのような機能を持ちながら、知事の諮問にお答えし、文化のあるべき姿を提言するという役割を担うわけです。

 ロンドン、パリ、ニューヨーク、あるいは東京のようなメガシティの文化力は、ある意味、その国の文化を象徴するものです。例えば人口30万の都市とメガシティでは完全にキャパシティも違い、発信力も全く異なります。東京は人口密度が連続するような都市的集積地域としては世界最大のメガシティです。多くのエリアとスポットで活発な文化活動が同時に行われています。東京では世界的なシンフォニー・オーケストラの演奏を毎日のように聴くことができます。その量も質も、地方都市であれば何年に一度というようなレベルの公演が集中しているのです。ミュージアムの展覧会にしても都内の至るところで世界の名画を同時に鑑賞できます。しかし、そのような東京の状況、影響力は拡散して日々の情報の中で埋没しがちで、文化が市民に自信を与えて社会を活性化し、日本の存在感を世界に示すということには必ずしもなっていません。私は、そこにはマネジメントの問題があると考えています。文化生産の現場の力を支えながら、クリエイションの方向性を示し、創造された文化を編集して個人や社会に衝撃を与え、それによる摩擦や反発も含んだ感動の力を次の文化生産への原動力として、サイクルを回し続けることができるのではないか。そのための全く新しい組織のあり方を考えるべきだと考えた次第です。
 そのような運動を実現するべく、文化生産プロデューサーやミュージアムのキュレーターの企画力と発信力をレベルアップして、日本で創造された文化を海外に広めていく、そのようなことのできるプロデューサーやディレクターをこの東京の中で育てていく必要があるだろう。そして、東京で、あるいは日本国内で話題になるだけではなく、世界の話題となり、世界から東京に人を呼び寄せるような文化の絶対価値を創造できるような文化生産を考えなければならないと考えました。
 メガシティ東京には、既に文化のポテンシャルが十分にありますが、それを編集しなおして、総合的な「場」の魅力に仕立て上げるために、個々の企画者の創造力、そして財政や政治の動きに左右されることなく、創造されたオリジナルな文化を統合して発信する、そのような装置の力が必要なのです。

 東京芸術文化評議会がアーツカウンシル東京の設置を呼びかけた背景には、以上のような考えがありました。東京を、国際都市にふさわしい個性豊かな文化を創造する、質の上でも世界最高のメガシティにすること。そして東京からの波及効果によって、創造性に満ちた潤いのある地域社会の姿を日本各地に構築すること。同時に、世界に向けた東京の文化発信力を高めること、これがゴールです。もちろんこのような成果が一朝一夕に現れるとは考えていません。ですから、アーツカウンシル東京の発足にあたってもう一つ言いたいことは、湧き上がった個々の文化力が統合され、爆発するまでには、熟成のためのある一定の時間が必要だということを私たちが良く認識しておかなければならないということです。さらに、国家や企業ではなかなか踏み出すことのできない、一見必要性のないもの、あるいは評価がまだ定まっていないものに可能性を見出して育てていくということが大切だと考えます。
 日本人はあまり気づいていませんが、私は日本文化というのは既に世界的な価値になっていると認識しています。そして、日本にはまだまだ多くの文化資産が残っています。また、その一部は私たちが気づかないうちに伝統になってしまっています。ですから、私たちは自分たちの創造が世界の生活向上、または世界中の人の精神の豊かさにさらに役立つということについて自信を持っていいのです。アメリカとは違い、フランスとも違い、英国とも違う日本のアイデンティティというのは一体何か。これからは、日本のアイデンティティ、日本の「型」をもう一度確立した上で、国内仕様の文化を国際仕様に変換し、しかももとのアイデンティティを損なうことなく、全体として日本性が感じられるような価値を創造することが我々の課題であると認識しています。
 もはや経済価値の積み上げだけでは世界は動きません。誰もがそのことに気がついています。今こそ、歴史や人間の知恵に裏づけられた文化力が必要なのです。アーツカウンシル東京の発足を出発点として、文化による社会変革が起こることを期待しています。