見聞日常
アート、音楽、舞台、地域プロジェクト、ワークショップ、シンポジウムなど、アーツカウンシル東京では日々多様なプログラムを展開しています。現場やそこに関わる人々の様子を見て・聞いて・考えて…ライターの若林が特派員となりレポートします!
2017/04/14
復興とともにある、生活者目線の文化政策―「福島藝術計画×Art Support Tohoku–Tokyo」
被災地域における市民活動の担い手
避難所の体育館からFAXで送られてきた、たった数行の手書きの助成申請書。「津波で流失した獅子頭や装束の復活に必要な予算を聞かれても、代々受け継いできたものだからお金になんて換算したこともない」という切羽詰まった相談──東日本大震災直後に担当した文化復興助成プログラムの運営は、従来の方法では対応できないイレギュラー尽くしだった。パソコンで文章を書いたことがなかった申請者からの、1時間かけて打ったというメールは忘れられない。申請者の置かれている状況こそイレギュラーだった。海に出られなくなった漁師をはじめ、多くの人が、慣れないなか、地元の文化復興のための助成金申請書類と格闘していた。全国から届く寄付や義援金の受け皿となり得る団体が少なく、支援者はどこも現地の協働団体を探していた。
こうした事情も背景にあり、震災後、被災地域では多数の市民団体が組織された。過去6年を振り返ると、東北各県のNPO法人認証数の増加率は、宮城県を除き、全国平均の1.13倍を上回っている。岩手県は1.40倍で、震災前(2011年2月28日時点)の348団体から486団体(2017年1月29日時点、以下同じ)に増加。564団体から897団体に増えた福島県の増加率1.59倍は、東北で最も高く、法人件数も47都道府県中10番目となった※1。
福島県における「Art Support Tohoku–Tokyo」の展開
東北でNPO法人増加率が最も高かった福島県内のNPO法人のうち、芸術、文化に関わる活動を定款に掲げる団体は、震災前の2008年時点で39団体※2だったが、現在は110団体※3に増加した(2017年3月7日時点)。前回の記事で紹介した「Art Support Tohoku–Tokyo」(ASTT)の福島県内での活動の事務局を担う特定非営利活動法人Wunder ground(ワンダーグラウンド)も、そのうちの1つ。東日本大震災の10日前にNPO法人の認証を受けたワンダーグラウンドは、いわき市内で演劇等を中心に制作支援を行っていたが、震災を機に本格的に活動を展開するようになった。県内の芸術・文化に関わる人材や技術、資金、情報などを有機的に結ぶアートマネジメント集団である。現在は、いわき市最大級のまちなかアートフェスティバル「玄玄天」を主催しながら、食文化の発信や地域おこしイベントも手がけている。
東京都とアーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)は、2012年より福島県との共催で「福島藝術計画×Art Support Tohoku–Tokyo」を県内全域で展開している。津波と東京電力福島第一原子力発電所事故による被害と向き合う福島県において、芸術・文化を通じた地域活力の創出と心のケアという視点から、復旧・復興を支援するプロジェクトである。ワンダーグラウンドは、2013年より同事業の事務局を担っている。
「福島藝術計画×ASTT」の2016年度公式プログラムは、「マナビバ。〜文化政策から、地域の未来をつくる〜」と題するセミナーシリーズ。震災復興における文化政策の意義を考え、ワンダーグラウンドが拠点を置くいわき市が取り組み始めた「文化のまちづくり」に必要なこと、担い手としての行政や市民の役割を考える。アートプロジェクトから発展して、文化の「政策」という段階に行きついたことが興味深く、セミナーの現場を取材した。
学ぶ場、マナビバ-mana viva-。
「マナビバ。-mana viva-」は、震災から4年が経過し、仮設住宅から復興公営住宅への転居が始まった2014年当時、新たに生じた課題に対応するために始まったプロジェクトである。今一番悩んでいることについて話し合い学ぶ場、との趣向だ。
2016年度の「マナビバ。」のテーマは、いわき市における2つの現状から設定された。
1つは、福島県内最大の人口と面積を有するいわき市に暮らす住民の置かれた、多様な状況である。人口約35万人の同市には、原子力発電所周辺の相双地区から約2万人が避難しており、その入居先は福島県営の「復興公営住宅」である。一方、市内の津波による被災者は、いわき市営の「災害公営住宅」に入居している。補償も両者で異なる。また、内陸と沿岸部で被害の状況が異なるため、自ずと復興の進捗にも差が生じている。つまり、取り巻く状況が異なる住民が暮らすことの難しさが顕在化した状況にある。いわき市はかつて主力産業だった炭鉱の閉鎖を背景に1966年に14市町村が統合して誕生したこともあり、発足時から多様さを内包する都市ではあったが、震災後は多様さの内容がより複雑化している。
向き合う現状の2つ目は、いわき市の文化振興部局の機構改革である。同市は、2013年に文化庁長官表彰(文化芸術創造都市部門)を受け、文化によるまちづくりに向けて動き出した。2016年の市政50周年を機とする機構改革に際して、従来教育委員会にあった文化部門を市長部局に移行し、文化振興を専門的に担う「文化振興課」を設置。今後は、文化振興計画を策定し、ゆくゆくは「文化芸術創造都市宣言」を打ち出す構想も抱く。しかし、文化は元来多義多様で捉えにくく、さらに近年は観光や教育、福祉といった他の政策領域へも広がりをみせており、その「切り口」はますます多様化している。そうした文化をどのように振興していくのか、そもそも文化をどのように定義するかが、いわき市の文化振興部局の悩みだという。
これら2つの現状の課題に共通するテーマは「多様性」である。その解きほぐしに「マナビバ。」が挑んだ背景には、前年(2015年)度のASTTの手ごたえがあった。隣接する異なる災害復興住宅間の交流がない地域で、アートでコミュニケーションのきっかけをつくる「イトナミニティプロジェクト」を実施。この経験から、事務局(ワンダーグラウンド)は、「文化には横断する力がある」「アートは地域アイデンティティの多様性に横ぐしを指すことができる」と確信したのだという。
「マナビバ。」チラシ
今回の「マナビバ。」で筆者が注目したのは、いわき市の文化振興担当者と事務局であるNPO法人が、対等な関係で臨み、率直に語りあっていたことである。本番前の打合せでも、ゲスト講師、市担当者、NPOの濃密なディスカッションが毎回繰り広げられた。こうした講座のつくられ方こそが、有識者と称される専門家と行政を中心に決めるのではない、新しい地域文化政策の胎動を予感させた。
事前打合せでの活発なディスカッション
文化の対象は、どこまで広がっているのか?
「マナビバ。」初回のトークは、ゲストに大澤寅雄さん(文化生態観察/ニッセイ基礎研究所)を迎えて、2016年11月9日にいわき芸術文化交流館「アリオス」で開催された。テーマは、「文化の対象は、どこまで広がっているのか?」。分野を横断できる文化の力をいかす文化政策の役割について考える。会場には、一般参加者のほか、いわき市の職員が複数の部署から参加していたことが印象的だった。
大澤寅雄さん
大澤氏は、文化政策の対象領域が、芸術や文化の振興だけでなく、地域づくりや安心・安全、福祉、観光、コミュニティなど、多様な分野へと広がっていることを、身近な地元アリオスの事業例で紹介。住民がアーティストとともに地元の社会課題に向き合うことで、文化から文化以外の領域に自然と接続していく様子を丁寧に解説した。こうした動きが、「文化の対象が広がっている」ことだという例示に納得だった。文化、アートの領域横断は、あらかじめそれを狙っているのではなく、複雑化する社会課題に向き合った結果であるとの視点は興味深い。文化やアートに限らず、現代社会でアクションを起こせば、領域横断や対象の拡大は必ず生じる現象なのかもしれない。大澤氏によれば、領域横断は文化や芸術の役割や可能性を広くとらえることにつながり、従来型の文化政策を見直す効果もあるという。領域横断は「ポリシーミックス」でもあり、文化は縦割りだったものに横ぐしを通すものとして存在しうることを指摘した。
さらに大澤氏は、文化の広がりは、横断という直線的な動きというよりもむしろ、「生産者⇒消費者⇒分解者⇒生産者…」のように循環する、生態系のようなものだと語った。この3者がうまく連鎖するように、土、水、空気、分解酵素の役割を担うのが文化政策だという。文化施設についても、「利用者⇒地域づくり⇒市民形成⇒文化施設⇒利用者…」といった文化生態系を保持する「文化のビオトープ」として存在することに期待感を表した。また、循環するためには間に立つ「コーディネーター」が重要であり、人材育成が欠かせないという。文化や芸術は、地域の“共有入会地(コモンズ)”として機能する可能性を持っており、地域の活力を創出し、地域自治の基盤をつくっていく文化的営みの総体である「文化的コモンズ」という新たな概念を紹介した。
文化政策の役割については、ユネスコの「文化的多様性に関する世界宣言」(2001年、第31回ユネスコ総会)にある「文化とは共生の方法である」という一節を紹介。多様な住民が軋轢を乗り越えて暮らす共生の方法として文化があること、これがいわき市の目指す文化政策の方向性ではないかと示唆した。最後に、平田オリザ氏の「文化の自己決定能力」という言葉※4を紹介し、自分たちの文化や魅力を自ら考える能力がなければ、結局は、日本全国の文化を画一化してきた経済論理や政治的決定にのみこまれ、文化政策も形骸化することを指摘。いわき市の今後の文化政策に重要なのは、皆さん自身が考え、決定することですよ、とのメッセージでもあった。
会場からの「アートは目的なのか、手段なのか」との問いに、大澤さんは「どちらもありだと思います」と回答。これも唯一の正解はなく、その時、その場の状況で、自ら考え決定していくことなのだろう。
地域の多様性を大切にするためには?
第2回「マナビバ。」は、「地域の多様性を大切にするためには?」と題したディスカッション。いよいよ目下最大のテーマである「多様性」に切り込んでいく。さまざまな背景をもつ人々がともに暮らすいわき市。その多様な「違い」を包み込む文化政策のありようについて、国内外の理念や事例をゲストの長嶋由紀子さん(文化政策研究者)と鈴木一郎太さん(株式会社大と小とレフ取締役)から学ぶべく、2016年11月30日にアリオスで開催された。
長嶋氏からは、文化政策における「多様性」を考えるにあたっては、まず文化の多様性をどのように考え得るかについて、1970年代のフランスにおける文化政策と多様性の議論や、ユネスコの「文化的多様性に関する世界宣言」、「大衆の文化生活への参加及び寄与を促進する勧告」(1976年、第19回ユネスコ総会)などの事例が説明された。
長嶋由紀子さん(NPO法人Wunder ground提供)
長嶋さんの「文化的な営みの循環」の話は、初回の大澤氏の「文化生態系」の視点ともつながり、興味深い。人は「気づき」から⇒「アイデンティティの確立」を経て⇒「自分自身の思考と表現」を獲得し⇒「他者との交流/対話」に至る⇒そこでまた新たな「気づき」が生まれる。アートや芸術体験によってこのサイクルを回した場合、それ自体が「文化」として認識されていくという。つまり、文化は多様な人々の気づきや交流・対話によって形成され、そこに芸術的な体験が介在することで、このサイクルがうまく循環するとのことだ。そのうえで長嶋氏は、地域の多様性を大事にする文化政策は、個人や集団がそれぞれに価値を置く多様な文化を等しく尊重するものであること、地域を構成する多様な人々の交流の中心にアートを位置づけること、文化で「地域の未来」をデザインするという意識をもつことの重要性を説いた。
参加者からの「多様性を確保するために文化政策ができることは?」との問いには、「承認」だと応答。しかし、ただ「存在すること」を認めるのではなく、制度として認めることが大事だと指摘した。文化多様性はいわば“状態”だが、制度となってこそ“文化的多元主義”になっていくという。一方で、形式が生まれると、同時に排除も生まれるため、寛容性があってこその多元性だと強調した。
続いて、講師の鈴木氏は、まず、文化政策の推進にあたっては「生活者に期待したい。生活者を大事にできなければ、文化の独自性は生まれない」と語った。生活者は放っておいても物事にうまく対処するし、新しいものも生まれてくる。ただ、そうした状況にない場合に、政策として助けていく必要があるとの視点だ。多様な人がいる状態は世の中において普通のことであり、そうした人々が活動をしていくにはどうしたらいいかを考えるのが政策であるとの指摘だ。
鈴木一郎太さん
生活者という視点を会場と共有するため、鈴木氏が関わった愛知県名古屋市の「長者町まちなかアート発展計画」の「生活長者」というコンセプトが紹介された。同計画は、第1回あいちトリエンナーレの会場だった繊維街・長者町で、会期終了後も継続してアートを楽しみたいというサポーターやアートファン、長者町のファンらが設立した市民団体。「アートを表現することではなく、アートへの関わり方を模索し、表現していく」ことをコンセプトに、人とまちとアートが出会うアートプロジェクトを開始したが、長者町で従来行われてきた専門的なまちづくり活動との連携に悩んでいた。そこで鈴木さんが考えたのが「生活長者」という言葉であり、「生活長者6カ条」の提案だった。
「生活長者6カ条」
- 「生活長者」は、自らの生活の周囲を少し豊かにする
- 「生活長者」は、生活を大きく変化させることなく、自分のできる範囲で、個人的興味関心主導で「コト」を興す
- 「生活長者」の活動は、生計と一致しない(生業ではない)
- 「生活長者」は、不特定多数の他者を受け入れる土壌をつくる
- 「生活長者」は、社会的な活動であることを目的とすえていないが、結果的に社会性をおびる
- 「生活長者」が活動に専従しないことは、ある専門性から離れることを意味するわけではなく、生活と融合した専門性のあり方を作り出す
この説明には、多くの参加者が急いでペンを走らせ、聞き入っていた。「生活長者」というユニークな言葉はもちろんだが、生活者の視点が大事だという指摘や、生活者が興したコトもいつしか社会性を帯びた提案になるという見方に、気づきを得た人が多かったのではないだろうか。異なる他者による新旧のまちづくりの共存を導いた鈴木氏の「6カ条」は、多様な生活者が暮らすいわき市でコトを興す際に大いに参考になる。
「アートは“わかるもの”などはつくっていなくて、そこに先進性があるからこそ、いつの時代もアーティストが存在するのだ」という鈴木氏。「先がわからないことや今は見えていないことを支援できるのは、文化政策だけである。ものごとに期待をかけるときは、文化やアートだ」とも語った。
2回の「マナビバ。」で展開された大澤氏、長嶋氏、鈴木氏の話は、文化政策や文化は「自分事である」ことを伝えていたように思う。「文化の対象は、どこまで広がっているのか?」「地域の多様性を大切にするためには?」という2つの問いに対しては、「生活者」の視点でとらえることが重要だと、3者それぞれの言葉で指摘された。文化政策とは、元来多様な生活者が集まる地域の日々の営みと未来について、当事者(生活者、為政者)がともに考えるものなのだという、政策の原点を考察する時間となった。
東日本大震災によって、「多様性」というテーマがリアルな課題として差し迫るいわき市。文化によるまちづくりは動き始めたばかりだが、専門家が数度の会議で決めた文化振興策ではなく、「マナビバ。」のように根源的な問いを生活者目線で議論した文化政策は、できあがった時のリアリティと本質の強度が、どこよりも先を行くものになるかもしれない。
取材・文・写真:若林朋子
プロジェクト・団体概要
福島藝術計画×Art Support Tohoku–Tokyo
福島県、東京都、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)の3者が共催し、地域の団体と協働してアートプログラムを実施する事業。2012年より継続実施。文化芸術に触れる機会や地域コミュニティの交流の場をつくり、文化芸術による地域活力の創出と心のケアという視点から復旧・復興を支援する。
http://f-geijyutsukeikaku.info/
「マナビバ。〜文化政策から、地域の未来をつくる〜」
「福島藝術計画×ART SUPPORT TOHOKU-TOKYO」の2016年度の公式プログラム。「マナビバ。」とは、震災がもたらした地域の課題と解決策を文化・芸術、アートの視点から探り、これからの福島について、考え・学び・話し合う場として、2012年にスタートした事業。
主催:いわき市、いわき芸術文化交流館アリオス、福島県、東京都、アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団、特定非営利活動法人Wunder ground
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第1回 トーク「文化の対象は、どこまで広がっているのか?」
日程:11月9日(水)18:30〜20:30
会場:いわき芸術文化交流館アリオス カンティーネ
ゲスト:大澤寅雄(文化生態観察/ニッセイ基礎研究所) -
第2回 ディスカッション「地域の多様性を大切にするためには?」
日程:2016年11月30日(水)18:30〜20:30
会場:いわき芸術文化交流館アリオス カンティーネ
ゲスト:長嶋由紀子(文化政策研究者)、鈴木一郎太([株]大と小とレフ取締役)
特定非営利活動法人Wunder ground
2011年より、いわきを中心に活動をしているアートマネジメント集団。2013年より「福島藝術計画×Art Support Tohoku-Tokyo」の事務局として、福島県内全域での活動も展開。2014年より、 いわきまちなかアートフェスティバル「玄玄天」 をいわき市平で開催している。
http://iwaki.wangura.net/
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連載「6年目のASTT アーツカウンシル東京の被災地支援事業」